モモ!

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9・彼等と彼等の事情

 

「説明してよ、お兄ちゃん」
 モモが言うと、事情を知らないココ、セイム、ユカが同感だ、と頷いた。
 居心地の良い居間だ。毛足の長い極上のカジュワール絨毯が、疲れた足を優しく包む。革張りのソファも、マホガニーのテーブルも、綾織りのカーテンも、部屋を照らすシャンデリアも、どれを取っても極上で、それでいて無駄に飾り立てたところがない。主の趣味の良さが伺える部屋だった。
 全員の前には紅茶が置かれ、良い香りの湯気を立てていた。
 実はこの紅茶、既に2杯目である。
 モモとユーキが立ち直り、一息ついて口をきけるようになるまでに、半刻ほどの時間が必要だったのだ。
 先程の台詞は、他の面々が1杯目を飲んでいる間、ソファに横になって休んでいたモモが、やっと自力で起きあがって、カップ片手に言ったものだ。
「そうだね。話しておいた方がいいだろうね」
 スークの言葉にユーキが頷き、
「どこから話せばいいのかな」
 という問いには、ナルが『最初から』と答えた。
「……それじゃあ、昔話をしようか……」
 長い話になるよ、と前置きしてから、スークはゆっくりと語り始めた。
「昔……と言っても今から20年くらい前のことだ。オーツの街に、腕のいい魔術師がいた。
 彼は本当に腕が良くてね、近隣の街から依頼を受けて出かけていったりもしたし、時には他の魔術師や、エルフ達とまで協力して、難しい仕事を片付けたりもしていた。
 そうして、彼は、1人のエルフの女性と恋に落ちた。2人はとても仲が良くて、魔術師達もエルフ達も祝福したんだけれど……困ったことに、当の魔術師の父親が、この恋に大反対したんだ。魔術師は、オーツの街の、ある名門伯爵家の跡取り息子だったんだよ。
 家か恋人か -- 選べと言われて、魔術師は恋人を選んだ。両親に祝福してもらえないのは哀しいけれど、だからといって恋人と別れて想ってもいない女性と結婚することは、彼には出来なかったんだ。それに、彼には弟がいて……弟は、彼に言ったんだそうだ。
 あなたが、家のためにご自分を犠牲にすることはない。この家も、両親も、自分が守る。今は父親も気が動転しているけれど、いつかきっと判ってくれる。だから、あなたはあなたの思うままに生きていってくれればいい。
 兄は恋人と旅立ち、弟は家を継いだんだ」
 ほっ、とため息を付いたスークに、「代わるよ」とユーキが囁いた。ここからは、自分の方が詳しいから、と。
「魔術師からは時々手紙が弟の元に届いたそうだけれど、その後、伯爵夫妻の口から魔術師の名が出ることはなかった。
 そうして十数年。兄弟は、互いの子供に互いのことを知らせないままに育て……そして、さっさと逝ってしまった。
 そうして更に数年が過ぎたころ、伯爵が不治の病にかかった。そうなると思い出すのは家を捨てて出ていってしまった長男のこと。悩んだ伯爵は、罪滅ぼしのつもりだったんだろうね、孫達に全てを話して逝った。
 驚いたのは孫達だ。慌てて祖母にことの真偽を問いただしたら、本当だという。これを聞いて、下の孫がある危機感を抱いた。
 孫達が成人していないから、今は祖母が女伯爵を名乗っている。次期当主は、上の孫ということになっている。けれどもしも、いとこ達が現れたら? 祖母は、彼等に伯爵家を継がせると言い出すかも知れない。
 下の孫は考えた。
 危険な芽は摘んでしまおう」
「……なんてことを……!」
 ユーキの言葉にマティカが呟き、モモが息を呑んだが、ユーキは構わず続けた。
「ところが、いとこ達は母親と共にエルフの里にいて、色々やったけれど効果がない。そのうちに上のいとこがやってきた。
 姉も祖母も喜んだよ。初めて会ういとこで、孫だ。そして、祖父の死以来体の弱くなった祖母が、彼をそばに置きたいと言い出した」
 いつからかユーキは姉、祖母、という言葉を使っていたが、誰も何も言わなかった。
 これは、彼と彼等の物語だと、その場の全員が悟っていた。
「僕は警戒した。当然だろう? この家を継ぐのは姉さんであるべきなんだから。だけど、いとこはこう言った。
 自分達は爵位になんて興味はない。だから君が心配する必要はどこにもないってね。
 彼はそれを、魔術師ならではの方法で故郷に知らせ、故郷からも同様の返事が届いた。
 だから僕は安心して、攻撃をやめさせた。
 それなのに……」
「なのに、あたしが、旅に出た」
 ぽつりとモモが呟いた。
「僕はそれを知らなかった。母さんは教えてくれなかった。知っていたら……ユーキがモモの消息を聞いた時に、ちゃんと答えてあげられて、そうしたらモモが襲われることもなかったのにね」
 困った人だよ、とスークが苦笑した。
「そう。モモが旅に出たと連絡が入った。なのにスークに探りを入れても知らないと言った。だから僕は思ったんだ。これは、スーク達の計画なんじゃないかってね。
 最初にスークが来て、僕達を安心させる。そして祖母や姉が心を許したところで、モモが来る。そうして祖母と姉に取り入って……彼等になら、伯爵家を任せても良いと思わせる。そういう計画」
「勝手に決めつけないでよ〜!」モモが脱力すると
「そうだね……。勝手な僕の思いこみだったね」自嘲気味にユーキが笑った。
「ユーキ、あなた、どうしてそこまで……」
 何も知らなかったマティカは、すっかり困惑している。ウォルカが答えた。
「それだけ、大事だってことだよ。この坊ちゃんには、マティカ姫、あなたが」
「ユーキは……従姉姫、あなたの場所を守りたかったんですよ、きっと」
 だからこそ、あなたに悟られないように、全てを今までこうして隠し通した。
 続けるスークの瞳も優しい。
「ただ……僕等にしてみれば、無駄に襲われたことになるんだから、それは反省してほしいけれどね」
「そうだよなぁ……怪我がなかったから良かったようなもんの」
「それでなくてもモモなんて、盗賊に狙われやすいってのにねぇ」
 ココとセイムが連係プレーでちくちくとユーキを責めたが、それもユカが口を開くまでだった。
「でも……モモがちゃんと魔術の腕を上げてて、スークさんと連絡が取れてれば、少なくとも旅に出て襲われることはなかったわけよね。自業自得に入るんじゃないの、これも?」
 し〜ん……。
 沈黙してしまった一同である。
「ユカ……そんな、身も蓋もない……」
 ココの引きつり笑いで、モモが拗ねた。
「ええ、ええ、そーでしょーとも! どーせあたしが悪いんですよっ!」
「……違う、モモ。僕が悪かったんだ。僕が勝手に想像して、思いこんで、君達を攻撃したんだから。……すまなかった」
「……ユーキ……」
 潤んだ目で見つめ合ういとこ達。麗しい肉親の愛情が芽生えたかと思った2人に、
「なんか、早とちり同志で連帯深めてるよ」
 ココがきっちりトドメを刺した。



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