6・黄昏時の再会
「モモっ!? お前どうしてこんな所に……」
再会してのスークの第1声がそれだった。
「どうしてって……お兄ちゃん……」
あまりのことに言葉もないモモに代わって、ココがスークに文句を言った。
「どうしてって、決まってるだろ、スーク。君を捜しに来たんだよ!」
「そうだよ。この子は、兄さんを捜してこの猫と2人で旅に出たんだよ? それを……」
セイムが加勢に回る。
それでもスークの表情は変わらなかった。
「……どうして僕を捜すんだ?」
不思議そうにモモ達を見ている。
ふいに腹が立ってきた。
「だって! お兄ちゃんからの手紙は、1年前のここからのを最後に来なくなって! 待ってても帰ってこなくって、それから半年もたっちゃって! みんなは大丈夫だって言ったけど、やっぱりあたしは心配で、だからっ」
泣きそうな声でモモが叫ぶ。セイムもココも憤慨する中、スークがウォルカと呼んだ背の高い青年が、のほほんとスークに訊ねた。
「何、スーク、お前、家の人と連絡取ってなかったワケ?」
ため息混じりに答えてスーク「取ってたよ」
(へ……?)
スークの言葉でモモの涙が引っ込んだ。セイムとココも、目と口を開けてぽかんと間抜けな顔になった。更に続けてウォルカ。
「じゃ、なんでこのチビちゃんはこんな事言ってるんだ?」
「……見当は、付いてるよ……。モモ?」
こめかみを押さえてスークが妹に向き直る。
「お前、魔術の腕、ちょっとは上がった?」
モモには厳しい質問だった。小さな防壁を張ろうとして竜巻を呼んでしまう彼女だ。スークが旅に出てからも訓練は続けていたが、まだ初歩の呪文も使いこなせない状態だった。
「上達してないみたいだね」妹が黙り込んだ理由を、兄は正確に見抜いている。
「そ、それとこれとは関係ないでしょ!?」
苦し紛れの言い訳は、兄には通じなかった。
「大ありなんだな、これが。確かに僕は、1年前のものを最後に、『手紙』は出さなくなった。だけど代わりに、もっと早くてもっと沢山のことを伝えられる方法で、連絡を取ってたんだ。……これだよ」
スークが差し出したのは、モモが旅立つ彼からもらったものに
--
そして母・シギールミが持っていたものに、とてもよく似た水晶玉だった。
「それ……」
「……その水晶玉が、何だって……?」
いや〜な予感がするよ。
セイムが、唸るように呟くと、僕も、とココが同意した。
「見ててごらん」
スークが短い呪文を囁くと、水晶玉から光が立ち上って空中に丸い鏡を作りだし、そこに懐かしい姿を映しだした。金の髪、緑の瞳、長い耳
-- シギールミ。
鏡の中の母は、朗らかに笑った。
「あらっ、スーク。ちょっとご無沙汰だったじゃないの。元気だった?」
「……元気ですよ、僕も、モモもね。ご説明願えますか、母上? どうしてここにモモがいるのか。僕は、ついさっきまで、この子は家にいるものとばかり思ってたんですけど」
やけに丁寧な息子の言葉で、母の笑顔が引きつった。更に娘が「お母さん!? どーゆーことよ!」と叫ぶに及んで、シギールミは明らかに(やばい)という顔になった。
「え、え〜と、ほらその、ね。モモ、いつまでたっても魔術上達しないから、スークのためなら必死になって練習するかな〜なんて思って、わざと通信見せないでいたのよ。そしたらこの子、スークを探しに行く! なんて言い出しちゃって。スークは大丈夫だから、魔術が上達したら会えるからって言っても、聞かないで飛び出しちゃったのよね……」
「何で、見せてやらなかったんです、飛び出す前に、水晶玉の通信を……?」
「見せようとしたんだけどねー。モモったら、もうあなたが行方不明なんだって信じ込んじゃって、あたしが通信して見せようとしても、そんなのであたしは誤魔化されない! とかなんとか言って聞かなかったのよ」
そうなると頑固だから、この子は。
「まったくもう……」苦笑混じりの母の言い訳に、スークが頭を抱えると、
「旅に出ちゃったらモモと直接は連絡が取れなくなって心配してたけど。でも、無事にオーツに着いて良かったわ。じゃあねっ!」
爆弾が落ちると思ったのだろう、明るく言い放ってシギールミが一方的に通信を切った。
「ちょっと、お母さんっ!?」
慌ててモモが鏡に呼びかけたが、もう遅い。スークが何度試みても通信は繋がらなかった。
呆然としたのは全員同じである。
早い話が母親の怠慢と、モモの誤解だ。
「それじゃあ、僕は……」「あたしは……」
巻き添えを食った形のココとセイムが、脱力して座り込んだ。
「何よ……何よ、じゃああたしが悪いわけ? 全部あたしの思い込みだったっていうの?」
道理で里のエルフ達が止めたわけだ。彼等は、スークから『手紙』の来ない理由を知っていたのだろう。ひょっとしたら、モモ達一家への襲撃の理由も、大体のところは知っていたのかもしれない。
いきなり知らされた真実に、モモは半泣きになった。
スークは、違う、とも、そうだ、とも言えずに空を見上げた。
と、突然
「あっはははははは!」
青空のような笑い声が響いた。
見ればウォルカが手を叩いて笑っている。
これには残る4人もムッとした。
「何がおかしい!?」セイムが怒鳴ったが、ウォルカは気にも留めない。モモの肩をごつい両手でがしっと包んで笑顔で言った。
「いっや〜、いい! お袋さんも相当いいキャラクターだけど、チビちゃんの思いきりの良さがお兄さんは気に入った!」
「あ、あの……?」
莫迦にされたとばかり思っていたモモは、呆気にとられた。更にウォルカが言う。
「気に入ったよ。だって、そうだろ? お袋さんは、モモちゃんならすぐ魔術が巧くなると思ってわざと黙ってたわけだ。でもって、モモちゃんが家を飛び出しても連れ戻そうとしないで見守ってた。それって、お袋さんがモモちゃんを信じてるってことだろ。で、モモちゃんは、とにかくもうスークが心配で心配で、飛び出して来ちまった。それだけスークのことを想ってるってことだ。
いい家族じゃないか、タスクーディ?」
明るい茶色の瞳で友人を見る。
「ああ、その通りだよ、タカウォルカ」
視線を受けて、スークが穏やかに微笑った。
「それにしても、こんなちっちゃい子が旅するの、よく黙って見守ってたよな、お袋さん。俺だったら心配で、信じてるって言ってもやっぱ後追っかけちまうぜ」
ウォルカがしみじみ感心すると、
「ああ、それはね」言ってスークが再び水晶玉から鏡を作り出した。
「おいで」妹を呼び、鏡の前に立たせる。
「ここに立って。さあ、何が見える?」
スークの言葉で、全員が鏡を覗き込んだ。
鏡には、当然の事ながらモモと、セイム、ココ、ウォルカが映っている。
そして、更にもう1人 --
いや、人ではなかった。確かに姿は人だったけれど、それは明らかに人とは違った。透けて鏡に映る人などいるものか。
「おいおい……」「ちょいと、これって」「そーいうこと?」ウォルカとセイムとココの台詞に、モモが続けた「お父さん」。
鏡に映った『もう1人』は、5年前に死んだはずの父・ナル。風邪から肺炎を引き起こして亡くなったこの人は、ハイエルフも認める腕利きの魔術師だった。
「まさか幽霊になってたなんて……」
そりゃ、ナルが付いてるんだったらシギールミも安心だろうさ。
ココが力の抜けた声で呟くと、ご丁寧に鏡の中のナルはにっこり笑って『ちっちっち』と指を振った。スークが解説を加える。
「幽霊より、残留思念って言う方が正しいかな。母さんや僕達を心配して、想いが残って、それが風霊になったらしいんだ。力の強い魔術師にはたまにあることなんだけどね」
「……じゃあ、お父さんはずっといてくれたの、あたし達の --
あたしの側に?」
火薬玉から遠ざけてくれたのも、割れるガラスから遠ざけてくれたのも、お父さんだったの? ずっと、守ってくれてたの?
涙でかすれた娘の声に、父親は『そうだよ。当たり前だろう? お前は、お前達は、私の大事な家族なんだから』と優しい声で囁いた。
更にそこへ遠くから声が響いた。
「モモーーーーーっ!」
(誰だろう……?)
振り向いた一同が見たものは、全力で駆けてくる1人の少女だった。
「……あれって、ユカナーン……?」
モモが呟く間にも、どんどんこちらに近づいてくる。素晴らしい速度だった。あっという間にモモ達の目の前に立っていた。
いきなり怒鳴った。
「やっと追いついた。モモ! こーの早とちりのスットコドッコイ! ココと2人だけで旅に出るなんて、何考えてんのよあんたは? まったく。サトゥカイアとジョーイさんから手紙もらってびっくりしたわよ」
「ごめん……。でもユカ、どうしてここに?」
幼なじみの剣幕に圧倒されつつモモが訊ねると、両手を腰に当ててユカが答えた。
「決まってるでしょ。どうせあんたのことだからオーツに行くと思って、手紙もらってまっすぐここに向かったのよ」
「……すぐ? それにしちゃ、遅いぜ。やっと追いついたって言わなかったか、ユカ?」
ココが指摘すると、ユカは一瞬ぐっと言葉に詰まって、それから言いにくそうに答えた。
「……追いかけたのはすぐだけど、途中の街でスリに全財産すられて、しばらくその街でバイトしてお金貯めてたのよ……」
「それにしたって、遅くないか? それにユカ、魔術で取り返すとかしなかったのかよ」
「……3回スリにあったのよ! でもって、気付くのが遅かったし目印付けてるわけでもなかったから、魔術でも辿れなかったのよ!」
「…………。」
何も言えない4人+残留思念の思いを、ココが過不足なく代弁した。
「ユカ。君それ、モモのこと言えないよ」
同意するように、ニノラの木の上で、カラスがひとつ、かぁ、と鳴いた。
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