1・嵐を呼ぶ少女
オーツの街の喧噪の中を、ちょっと珍しい組み合わせの2人組が
-- 正確には2人と1匹が -- 歩いていた。
1人は少女だ。耳が隠れるくらい大きなベレー帽の下から、肩の辺りで切りそろえた薄茶の髪がのぞいていた。
もう1人も女性。こちらは20代半ばだろう。そこいらの男に比べても引けを取らない長身で、腰には剣を下げていた。つまり、剣士だ。
そして彼女達の足下には、猫。全体はごく淡い茶褐色で、四肢としっぽの先と顔だけがチョコレートに浸したような色をしていた。
折しも黄昏時。しかも場所は買い物客でごった返すバザールだ。威勢のいいかけ声が飛び交い、屋台からはいい匂いが漂ってくる。
2人と1匹は、そんな騒がしくも活気溢れる人混みの中を流れるように歩いていた。
ふと、少女が足を止める。
「どうしたんだい?」
「う……ん、何かが目の前を通ったような、気が、したんだけど……?」
女剣士が訊ねると、自分自身もなんだかよく判らないような顔で少女が答えた。
その時である。
ヒュ〜〜〜ン。ドゴッッ!
何かが飛んできて、目の前の地面に落ちた。
「わぁぁっ! な、なにっ? また!?」
見れば、握り拳ほどの塊である。真っ黒で、丸くて、何やら紐のようなモノが付いていて、更にその先端には、火花が……
「火薬玉!? ったく、こんな高いもんを!」
叫んだのは情報通の女剣士だった。
火薬玉。東方で開発された武器である。先頃手のひらサイズ・お手ごろ価格の軽量版が発売になったらしいが、火薬自体が貴重品であるためまだまだ高価で、庶民がほいほい使える代物ではなかった。
「セイムさん、そんなこと言ってる場合じゃ」
ない、と少女が言う間にも、見る見る導火線は短くなって行く。逃げなければ、と誰もが思ったが、とても間に合いそうになかった。
少女が叫ぶ。
「ええい……風霊、我に力を貸し与え、この場に防壁張りたまえ!」
「げっ、よせ!」「ナ〜〜〜オッ!」
セイムと猫が慌てて止めたが遅かった。
ゴォォォォォ〜〜〜〜〜ッ!
少女の声に応えるように、風が吹いた。まではよかったが、風はそのまま小さな竜巻となってバザールを駆け抜けた。
「うわあっ!?」「きゃぁ〜〜」
各所で悲鳴がわき起こる。導火線の火は消えたが、こうなると火薬玉の爆発と竜巻と、どちらの被害が大きいのか怪しいところだ。
「……あれ? きゃっ!」
おかしいな、と首を傾げた少女の腕を、セイムと呼ばれた女剣士が掴んでそっと物陰に隠れた。猫もすぐさま後に続く。
バザールではまだ、突然の竜巻に驚いた人々のざわめきが続いている。役目を果たせぬまま道路に転がる火薬玉が淋しげだった。
「何なんですか、セイムさん、一体?」
訊ねる少女を見やって、セイムが言った。
「何、じゃないだろ? モモ。あんた、魔術下手くそなんだから、迂闊に往来で使うんじゃないよ!」
小声なのは、通りを歩く人に聞かれては困るからだ。
「ナァ〜〜オウ!」
足下で、同意するように猫が鳴いた。
「だって、逃げてたら間に合わないと思ったんだもん。だから、防壁張って火薬玉を包んじゃおうと思ったのよぉ。……いいじゃない、火は消えて、爆発は起こらなかったんだから」
「あの程度の火なら足で踏めば消えるの。大体あれじゃあ、火薬玉と竜巻とどっちの被害が大きいか判りゃしない」
はぁ〜〜〜っ。
特大のため息をセイムが漏らすのを見て、流石に少女も反省したらしい。「ごめんなさい」と素直に謝った。
「謝る相手が違うけど。とにかく、あんたの呪文を聞かれてないとも限らないんだから、さっさとこの場は離れた方が……」
いいだろうね、と言いかけたセイムの声に、別の声が重なった。
「じゃあやっぱりさっきの竜巻、お姉ちゃんが起こしたんだね?」
ぎっくぅぅぅぅ……
凍り付いてしまった2人と1匹である。
「なんの、こと……?」
おそるおそる振り向いた先に、10才くらいの男の子が立っていた。
「やだなぁ、竜巻だよ、さっきの。近くで誰かが呪文……風霊、我に力を……だっけ、言うのが聞こえてさ、隣見たらお姉ちゃん達がいて。で、竜巻が起こったでしょ? でもってお姉ちゃん達すぐいなくなるしさ。だからこれは絶対お姉ちゃんが竜巻呼んだんだって思って、慌てて後付けてきたんだ♪」
「何かの間違いじゃないのかい?」
いち早く立ち直ったセイムが引きつり笑いで答えたが、少年は聞く耳を持たない。大きな茶色の瞳がきらきら輝いている。
「君の気のせいよ、きっと」
かろうじて言い返した少女の言葉も、少年は即座に遮った。
「あっ、ほらその声! 呪文唱えたのと同じ声だ! やっぱりお姉ちゃんじゃないか♪」
声まで覚えられていては万事休すだ。天を仰いだ彼女達を励ますように少年が言った。
「大丈夫。ぼく、誰にも言わないから!」
「そう願いたいもんだね。じゃあね、坊や」
セイムがため息混じりに呟いて、連れを促して歩き始めた。だが、少年はまとわりついて離れない。
「ねえ、お姉ちゃん達、この街初めてだよね。今夜の宿とか決めてるの? 猫連れた客泊めてくれる宿屋って、少ないよ?」
この台詞で、まず猫の足が止まった。ついで少女、最後にセイムが。
少年の言う通りだった。大体宿屋は1階部分が食堂を兼ねているものだから、動物を中に入れるのを嫌う。こっそり隠して泊まっても良いが、それだと宿屋の者の出入りに一々気を配らなくてはならない。猫を連れていても大丈夫な宿屋があるならそれが一番なのだ。
どうする? と顔を見合わせた一行に、畳みかけるように少年が言った。
「ぼく、知ってるよ。猫連れてても泊めてくれる宿屋。連れてってあげる!」
止める間もなく駆けだして行く。
「あ、ねえ、ちょっと!」
「……しょうがないね。実際、猫連れを泊めてくれる宿屋があるんだったらそれに越したことはないんだし。それに、あの坊やが竜巻のことを言いふらさないかどうかも怪しいから、近くにいた方がいいだろ」
セイムの言葉で全てが決まった。
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