4・G線上のフーガ(2)
翌朝。
「来たぞ。見ろ」
館内放送に叩き起こされて操縦室に集まった一同に、メインスクリーンを指さしてタスクが言った。そこには、全速力でタスク達を追いかけてきたのだろうチューバ率いる宇宙船が、光点となって浮かんでいた。
既にタスク達はGラインの入り口まであとわずかのところまで来ている。このまま行けば、チューバ達までGラインに入ってしまう。
いきなりモモが通信回路を開いた。
「やめて、来ないでっ! これからわたくし達が辿るルートは……今のGラインを航行するのは、あなた方には無理です!」
チューバ達の小型戦艦は、機動力でトーマに劣る。その周りの小型戦闘機では出力が足りないし、キョーディまでエネルギーが保つかどうかも怪しい。漂う小惑星を避けながらナイリマとタウシマの重力を振り切るには、共にあまりに頼りなかった。
だが、王女の叫びもチューバには届かない。
勝ち誇ったような醜い笑みがサブスクリーンに浮かんだ。
「Gラインをお教え下さるとは恐悦至極にございます、王女。無理かどうかは、やってみなければ判りますまい。さあ、どうぞお進み下さい。我々は、あなた方の最期を見届けてから、Gラインを手土産にあの方の元へ帰ります故」
この期に及んでなお慇懃無礼を貫く『王弟の忠臣』の顔に唾を吐きかけたくなったタスクとジョーだが、その衝動を必死で押さえた。
何しろ、映る顔はチューバだが、映っているのはトーマのスクリーンである。後が怖い。
代わりに、口元に笑みを、瞳には剣呑な光を浮かべて同時に相手を嘲笑った。
「なら、無理じゃないかどうかやってみろよ」
「バカは死ななきゃ治らないって言うからな」
-- プツッ。
トーマが通信を切る。
手振りでモモ達に座るよう指示してから
「……行くか」
まるでこれから買い物にでも行くような気軽な口調で、たった一言、タスクが告げる。
「ああ、そうだな」
答えながらジョーが砲門を開いた。トールとニーノが黙ってモモを誘い、シートに着いてベルトを締めた。今度は砲門を貸せとは言わない。自分達に手出し出来るレベルではないと、トールもニーノも知っていた。
「見せてやろーぜ。格の違いってモンを」
『了解』
トーマが速度を上げた。
トップスピードだ。
同時に、メインスクリーンに示されていたレーダー反応ディスプレイが右のサブスクリーンに移された。もう片方にはGラインの概略図。代わってメインスクリーンに映し出されたのは、前方に広がる宇宙空間だった。操縦室の壁面もスクリーンに代わり、周囲の光景を映し出す。
『Gラインに突入します』
途端にレーダーのディスプレイが乱れた。
ナイリマとタウシマの重力と電磁波が邪魔をして、レーダーは正常に作動しないのだ。
ここから先はオートパイロットも効かない。乗組員がその腕で切り抜けるしかない。
いきなり前方スクリーンに小惑星が現れた。
「ちぃっ!」
タスクが船体をわずかに傾ける。だが、避けたところにまた別の小惑星があった。
「きゃあっ、タスクさま!」
思わず叫んだモモの見つめる先で、小惑星が金の光を受けて吹き飛ぶ。
-- ジョーだ。
トップスピードのまま、トーマは行く。2つの恒星の重力と小惑星の間隙を、タスクが選んでいる。ふいに現れる障害物を旋回して避ける。右に、左に、上に、そしてある時は下に。それでも避けきれないものは、ジョーが正確に撃ち落として行く。
「……すげぇ……」
神技という言葉がトールの脳裏に浮かんだ。
そんなモノが本当にあるなら、今自分達が目にしているこれこそがそうだろう。
「こんなの……初めて見ますよ、アタシ……」
長寿でも知られるオガ人のニーノまでがそんなことを言った。
モモはただ黙って、タスクとジョーの背中と、その向こうの宇宙を見つめている。
最早後方のチューバ達などどうでもよかった。追いつけるはずがないのだ。連中など、小惑星にぶち当たるか2恒星の重力圏にとらわれそうになるかで、Gラインの入り口で引き返すのが精々だろう。
こんな無茶な航行、普通の宇宙船乗りなら5分も保たない。軍人でも30分保つかどうか。それをタスクとジョーは、既に1時間近くも続けている。
エース級 -- いや、それ以上だ。
「ホントに、すげぇ……」
心からの賛辞を込めてトールが呟いた瞬間
「抜けたっ!」
タスクが叫んだ。
-- そうだ。Gラインを抜けた。
前方に広がるのは、キョーディまで続く穏やかな宇宙だ。小惑星も星間ガスも格段に減っている。何より恒星重力がほとんどない。
レーダーが息を吹き返した。追ってくる光点は、とりあえず、見えない。
-- 振り切った……。
「へっ、ザマーミロ!」
トーマが左のサブスクリーンに映し出す後方の宙域に向けて、タスクが中指を立てた。
と、その時。
「おい……タスク。あれ、何だと思う……?」
スクリーンを睨み、眉をひそめてジョー。
「あれって何だ……って、げっ! 追いついて来やがったか。やるなぁ……」
Gラインを映すスクリーンの右隅、タウシマの重力場ギリギリのところに、1隻の小型戦闘機がいた。
「でも、何か飛び方が変だよ、あれ……」
どうやらエンジンをやられたらしい。
尚悪いことに、
「旦那方、あれっ……あの船の上っ!」
ニーノが叫んだ通り、後方上から戦闘機めがけてゆっくり飛来する小惑星があった。
レーダーは効かない。後方を見ている余裕は戦闘機のパイロットにはないだろう。だが、
「あ、あのままでは……!」
あのままでは、あの艦の乗組員は、確実に。
だが、モモ達が蒼ざめるよりもタスクとジョーの反応が速かった。
「トーマっ、反転!」 -- 急旋回。
「砲門開け!」 -- 目標捕捉。
「くっそぉー、間に合えぇぇーーーっ!!」
そして再びトーマから、金の光が放たれた。
************
「本当にありがとうございました」
そう言って、キョーディの宇宙港でタスク達に頭を下げるのは、Gラインで危ういところをタスク達に助けられたパイロットである。
ジャビセンという名のその若いパイロットは、Gラインでタスク達に助けられてからキョーディまでの航路を共に進む途中で、事情を聞いて顔を真っ赤にして憤慨した。
彼は、というか彼等は、上官に命じられるまま、ろくに事情も知らずにチューバに同行していたのだそうだ。
組織とは得てしてそう言うモノだが、ジャビセンにしてみれば、何も知らされずに王女殺害に荷担するところだったのだ。怒るのも当然といえば当然だろう。
「それでは、よろしくお願いしますね」
「はい! では、後日」
モモの言葉に頷いて去って行く彼は、仲間と共に後日、ミニエ王弟やケーナ達を『不当に結託してキンギー・エリアの経済を混乱させた罪及びミニエ王国王女殺害未遂容疑』で訴追する際、証人になるのだという。
モモが頼んだこともあったが、半分以上は彼等自身の意志だった。
同時にモモは、Gラインの存在とその性質も公表するつもりでいる。
現実的な話として、こうして実際にタスク達が既存のルートを使わずにミニエからキョーディに到着している以上、公表しないわけにはいかないのだ。
それに、ああして電波に乗せてGラインの存在をほのめかしてしまっている。
タスク達だけでなく若いジャビセンもが、使用可能期限ぎりぎりのGラインを航行出来たことも大きい。
だが何より、タスクの台詞が効いた。
『 --
公表しろよ、Gライン。王家だのなんだのが危険だからって隠すのを、優しいだの民を思っているだの言ってありがたがる奴らもいるがな。宇宙船乗りは……少なくとも俺達は、自分の力量とルートの困難さとを秤に掛けるくらいの智恵は持ってるぜ。
ちゃんとデータを出して、Gラインの開く期間も、どれだけ危険かも公表して、それでも無茶する宇宙船乗りがいたら、そりゃ、そいつらがバカなんだよ』
--
あんまり宇宙船乗りを莫迦にするな。
タスクはそう言っているのだと、モモは思ったのだ。同時にこの言葉で、モモの弱みを強みに変えてくれたのだ、とも。
「本当によかったですわ、あの時、間に合って、ジャビセンさまを助けることが出来て」
微笑んだモモの台詞に、ニーノが調子を合わせた。
「ですねぇ。……ところで旦那方?」
-- どうしてあの時、ジャビセンくんを助けたんです?
「そーだよなー。ちょっと前まで自分達の命狙ってたヤツを助けるなんて」
小柄なニーノが下から、トールが横から、同時にタスクとジョーの顔を見る。
「……知るかよ、バ〜カ」
そっぽを向いたタスクの肩に手を置いて
「俺的には、恩は売れる時に売っとけ、かな」
くすくすとジョーが笑った。
(ああ……)
モモと残りの男2人は、疑問に対する回答を胸にストンと受け取ったように思った。
この2人のこの反応。
ならば、チューバ達の攻撃から逃れてGラインに向かった時目にした、航行能力だけを奪われた小型戦艦のあの姿は、決して偶然の産物ではなかったのだ。
ニーノとトールは溜息もついた。
-- この2人には、勝てない。
甘いわけでは決してない。タスクとジョーが、スチャラカな笑顔の下に厳しさも冷酷さも持ち合わせていることを、ニーノもトールも知っている。だからこそ、思う。
-- 勝てるわけがない。こんな連中に。
得心した2人が苦笑いで頷きあっていると、隣でタスクが何やら焦った声を出した。
「あっ、こらモモ、離せテメー!」
「いやです。離しません、絶対に♪」
「離せっつってんだろ、こらっ!」
「い・や・で・す♪ そんなにイヤならどうぞタスクさま、力ずくで振り切って下さいな」
文句を言いつつも、ぴったり張り付いたモモの体を振り切れないタスクである。
「……あのなぁ〜〜〜」と口をぱくぱくさせて、ただモモを見下ろしている。
見上げたモモが砂糖菓子の笑みを浮かべた。
「ほら、お出来にならない。優しいのですね、タスクさまは。わたくし、タスクさまを好きでよかったと心から思いますわ」
「俺は、ちぃっとも、よくないっ!」
傍で見ている限りでは、大型犬と小型犬のじゃれあいである。
男3人がたまらなくなって吹き出した。
「いいじゃないかタスク。お姫さまは君が好きみたいだし、気持ちに応えて差し上げれば」
「そうですよ、旦那。王女の恋人なんて、なかなか持てませんぜ〜」
無責任に言い放つ。ところが。
2人を睨んでタスクが叫んだ台詞で、トールとニーノは凍りついてしまった。
「バカ野郎! いくらなんでも自分の倍も年上でしかも童顔な王女なんて、ごめんだぞ!」
「……え……? なんだって?」
「……え〜と、倍も年上で、童顔……?」
「何だ、知らなかったのか、ミニエ人の特徴」
意外だな、と、隣でジョーが呟く。
「ほぉ〜? 知らなかったのか。ならいい機会だから教えてやろう」
にじり寄るタスクを見つめながら、
(知りたくない……!)
と2人は思ったのだが。
「ミニエ人はな、地球系人類の3倍は長寿なんだ。でもって、その分成長も遅いんだ!」
モモの外見は15歳。ということは……。
「人生における経過年数の割合に直せば、大した違いはないではありませんか」
不満げなモモの声が全てを肯定する。
「あ、あは、あはは……」「え〜〜っと……」
-- この話題、これ以上つっこむの止そう。
硬く心に誓うニーノとトールをよそ目に、
『で、これからどうします?』
降ってきたのはトーマの声だ。
「ナリアに戻ってくれると嬉しい」とトール。
「アタシはここいらで失礼します」
うっかりスペースポリスに見つかるとヤバいニーノがさくっと逃げた。
「俺はやっぱり……」
バカンスに、と言いかけたタスクの台詞は、モモの頼みに遮られた。
「ミニエまで送っていただけませんか? もちろんお礼はいたしますから」
「あっ、モモお前ぇ〜〜!」
しまったと思ったがもう遅い。
お礼、の一言に、即座にジョーが反応する。
「ミニエですね、姫君。喜んでお送りしましょう。トーマ?」
『勿論です、どうぞ、姫君』
フェミニストな宇宙船に否やはない。
タスクの完敗だった。
「あ、じゃあついでにボクもナリアまで乗っけてってよ。ヨロシク!」
にこにこ笑ってトールが歩き始めた。
「ま、いいか。ただしタダ乗りは厳禁だぞ」
「ナリアまではまたご一緒出来るのですね」
ジョーとモモが後に続く。
仕方がない。どの道Gラインは使えないから、ミニエにはナリア経由で行くしかない。
「ちぇっ。しょーがねーなー」
ぶつぶつ文句を言いながら、やがてタスクもトーマに向かって歩き始める。数分後。
『トーマ=ガーネイ号、発進します』
銀色の船体が、滑るようにキョーディの宇宙港を後にして、星の海へと泳ぎ出した。
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金と黒の賞金稼ぎを乗せた銀色のサカナは、今日も宇宙を泳いでいる。
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