G線上のフーガ

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 2・悪魔が仲間を連れてくる(2)

  -- バレた!
 タスクは真剣に思った。
 これはマズい。マズすぎる。
 タスクとしては、今後の対応を決めるのは、モモの話を聞いてからにしたかった。いきなりミニエに突き出すことだけは、しないつもりでいたのだ。ジョーにしても、勿論トーマにしても考えは同じだったはずだ。
 だが、トールにバレてしまってはそれは無理だ。早速自分達にモモをミニエに突き出そうと持ちかけるか、それがダメならトーマに攻撃を仕掛けるなり乗り込んでくるなりしてさっさとモモを捉えるかの、どちらかだろう。
 何しろ5000万ギルである。
 こんな美味しいチャンスをあの男が逃すとは到底思えなかった。
 だが、続くトールの行動は、タスクやジョーの予測を越えていた。
 スクリーンの向こう側で、トールがタスク達とは別の方向に視線を向けたのである。
「ほ〜ら、ボクの言った通りでしょ?」
(何!?)
 耳を疑うトールの台詞に、更に耳を疑う声が重なった。
「まさかと思いましたが、本当においでとは」
「言ったでしょう? モモ姫はタスク達と仲がいいって」
 得意気にトールが笑う。
 そういえば半年前、トールと仕事の話を詰めている最中に、モモからの通信が飛び込んだことがあった。トールはそれをしっかり覚えていたのだろう。
 記憶の糸をたぐり寄せて「しまった」と舌打ちしても後の祭りである。
「そうですね。それでは直接……」
 向こう側の声がそう言い終わるのを待たずに、トーマの声が操縦室に響いた。
『タスク。新たな通信が入っています』
 どこか憮然としたように聞こえるのは、タスクの気のせい、と言うワケでもなさそうだ。
 操縦室には、メインスクリーンの両側にそれぞれ一つずつサブスクリーンがある。現在通信に使用しているサブスクリーンは1つなのだから、新たに通信が入ったのならもう片方を使えば良いのだが -- なんとトーマ、その新しい通信も、トールのそれと一緒に表示してしまったのである。
 それも、互いの顔を縦半分にぶった切って。
「トーマ……お前ってヤツは……」
 人間以上に人間らしいトーマの反応に、思わず笑いそうになるタスクとジョーだったが、
「……チューバ……」
 と背後でモモが息を飲むのを耳にして、一瞬緩めた警戒心を再び引き締めた。
 メインスクリーンには、いつの間にかトーマが後方の宇宙空間を映し出している。
 追いすがるように背後に迫る艦影は、2つ。
 1つはトールの船だが、もう1つはどう見てもミニエの小型戦艦である。
 小型戦艦ごときに引けを取るトーマではないが、モモが顔を知っているのなら -- そして彼女が相手を敬称もなしで呼ぶのなら、この、顔の右半分だけで笑っている焦げ茶の髪の初老の男は、間違いなくミニエ王国に仕える人間だろう。しかも、限りなく王族に近いところで。
 ならば、戦艦1隻だけで航行するとは到底思えない。たとえ今目の前にいなくても、どこかに援軍がいるはずだった。
「姫君。お迎えにあがりました」
 チューバと呼ばれた男は、穏やかな声で自国の王女に語りかける。
 答えてモモが叫び返した。
「いやです、帰りません!」
 予想した答えだったのだろう。チューバは動じることなく、今度は会話の対象をタスクに切り替える。
 当然ながら、というべきか、その声は、強者の威を借りるバカ特有の、自分の優位を疑いもしない、中身のない自信に満ちていた。
「タスカヴィーレ=チェンバロ殿。お初にお目にかかります。私はミニエ王家に仕える者。モマンギアーナ姫をミニエにお連れする大役を仰せつかった者でございます。報酬はお支払いいたします故、姫君のお身柄を私共にお引き渡し下さいますように」
 言葉だけは丁寧だが、要約すれば
『金は払ってやるからブツを渡せ』
 である。
 更に言えば、モモが名を呟きこそしたものの、自分からは名乗っていないし、主の名も出してない。つまりは、名乗ってやる必要もない、ということなのだろう。
 慇懃無礼、という言葉の手本を見るようだ。
 ムッとした。
 タスクの口元がへの字に曲がる。
 スクリーンを見つめるジョーの瞳が、すぅっと細くなっていた。
「ほら……5せん……るだよ」
「如何で……な。わる……条……はない……」
 トーマが画面と音声にノイズを入れる。
『おや。通信状態が悪いようですね』
 わざとらしくしらばっくれる態度は、コンピューターながら天晴れだ。いつもなら「ちゃんと仕事しろ」と怒鳴るところだが、今ばかりはトーマに拍手を贈りたかった。
「タスク。向こうは何か言ってるようだが?」
「ああ、雑音が多くて聞こえねぇなあ」
「こんな状況で何を言っても……」
「雑音だらけで聞き取れませんでした、なんて言われて、モモ連れてっても賞金払ってもらえないかもしれねーよなー」
 このおっさん腹黒そーだから約束なんて簡単に破りそうだし、トールいるから賞金もらっても持ち逃げされそうだし。
 真面目腐った顔できっぱり言ってのける。
 ノイズの走るスクリーンの向こう側で、トールとチューバが顔色を変えるのが判った。
 見上げたことに、トーマはこういう『心配り』を忘れない。こちらの言葉も、雑音めかして途切れ途切れに流しながら、肝心のところはちゃんと届けてているに違いなかった。
 それを承知の上で、金髪と黒髪の賞金稼ぎは嫌みったらしい会話を交わす。
 何のことはない。トールとチューバへの意趣返しだ。
 受けた恩は等量返し、受けた非礼は倍返しが彼等の信条なのである。
 視界の隅に、先程とは別の理由で蒼ざめるモモの姿が見えた。ニーノは、ここで笑っては殺されるとばかりに、必死で笑いをこらえている。
「で、どうする?」
 答えをしっかり予測しながらジョーが訊いてくるのを、タスクは笑って受け流した。

 

************

 

  -- どうする。
 ジョーの言葉を合図に、トーマがノイズを消し去った。
「どうするんだい、タスク?」
「如何です、タスカヴィーレ殿」
 いきなりクリアになった画像と音に多少戸惑いながらも、トールとチューバが改めてタスクの回答を迫る。
「それは当然、決まってるだろう。何しろ5000万ギルだからなぁ」
 口調だけは穏やかに、タスクは言った。
 背後でモモが目を閉じるのが見えた。
「そうそう、何しろ5000万ギルだしね♪」
「ですなぁ」
 ほっとしたように、スクリーンの向こう側の2人が声を揃える。
 だが。
「そう。決まってるよなぁ」
 続いたジョーの声は、笑いを含んで冷ややかだった。
 タスクが答える。
「ああ、決まってる。モモはチューバのとこに行くのを嫌がってるしな。モモをミニエに連れてくにしても、自分達でやるのが確実だ」
「タスクさま……?」
 これはもうチューバに突き出されるもの、と、半ば覚悟を決めていたのだろう。意外な言葉を聞いて、モモが目を、今度は大きく見開いている。
「 -- トーマ」
『はい』
 主の低い呼びかけに応えたトーマが、何故かゆっくりと艦の出力を上げ始めた。トールやチューバには気付かれないほどの速度だ。
「タスク?」
「タスク殿、何を?」
 タスクの台詞に不審を覚えたトールとチューバが、眉をひそめている。
「それに、ここでお前等にモモを引き渡して、せっかくの賞金もらい損ねるのもヤだしな」
 明るく言い放つタスクの傍らで、ジョーは先程からニーノとテレパシーを交わしていた。
(ニーノ……聞……えるか?)
(何です、ジョーの旦那)
 ジョーにテレパシー能力はないが、障害物の大してない状況で、しかも相手が強く思ったことなら、ニーノは受信出来るのである。
 より確実なのは相手の体の一部に触れることだが、相手から丸見えの位置にいるジョーにそれをすれば、いくらニーノでもトールやチューバの注意を引く。
 今この操縦室に、タスクとジョーとモモ以外の人間がいると向こう側に知られることが、果たして良いのか悪いのか判断しかねたニーノは、仕方なくその場にとどまることにした。
 受信内容に雑音が混じるのは、この際仕方がない、と諦める。
(聞こえてますよ、旦那。ちっとばかし雑音が混じりますがね。もうちょっと大きく、叫ぶくらいに強く思って下されば、もっとはっきり聞こえます)
 ニーノの側からの交信は容易で明瞭だ。
(オーケー! それじゃあ、これでどうだ!)
 思念だけで叫べ -- しかもそれをトール達に悟られずに -- とは、なかなか難しいことを言う、と内心苦笑しつつ、ジョーはそれをやってのける。
(十分です。で、テレパシーを使ってまでアタシにさせたいことってのは、何です?)
 ジョーの行動の理由を、ニーノは正確に理解していた。
(説明が要らなくて助かる。モモ姫をシートに座らせて、シートベルトを締めてくれ。それが終わったら、君もだ)
(了解。)
 何故、とは訊かない。訊かれて説明している時間が、ジョーとタスクは惜しいだろう。でなければ、わざわざ不明瞭なテレパシーなど使わない。
 ジョーとの交信を切ったニーノは、即座に意識を5000万ギルの賞金首に向けた。
( -- モモ姫さま)
「……え?」
 呼ばれて振り向いたモモを、手招きで後方に移動させる。
「どう……」
 どうしたのか、と聞きかけたモモの口を、「ちょいと失礼」と片手で塞いで、手近なシートに座らせた。
(ニーノさま? 一体……)
 目だけでそう聞いてくる王女に、テレパシーで
(黙って)
 とだけ告げて、ニーノは自分もシートに座り、シートベルトで体を固定する。
(こっちの準備はいいですぜ、旦那方)
 前方に向けて放たれたニーノの思考は、すぐさまタスクとジョーに届いた。
(感謝っ!)
(でかした、ニーノ!)
 不敵な声がニーノに返る。
 ここまでのことが、実際は、タスクの「ヤだしな」までの台詞と同時進行していた。
 続けてタスクが
「そーゆーワケで、俺達、ミニエまでモモを、俺・達・で、連れてくから」
 惚れ惚れするほど朗らかな笑顔で言い切る。
「なぁんだってぇ〜〜!?」
 トールが顔を赤くして叫ぶ。
 対照的に、隣に並ぶチューバの顔は蒼ざめて、受けた屈辱に歪んでいた。
「左様ですか。そういうことでしたら……」
 相手の目がすぅっと細くなる。右手をあげたのは、誰への合図か。
「トーマ!」
『いつでもいけますよ、タスク』
 主従の応答を契機にジョーが自分のシートに飛び込み、ベルトで体を固定する。
「おいっ、何をする気なんだ、あんたっ!?」
 スクリーンの向こう側でトールが叫んだ。
 いつの間に現れたのか、チューバの搭乗する戦艦の周りで、更に5隻の小型戦艦が、あからさまに主砲発射の準備をしている。
 王女を連れて帰れない場合の対処として、どういう指示が出されていたのかは、火を見るより明らかだった。
「けっ、そんなこったろーと思ったぜ」
 吐き捨てるように言い放ち、タスクが自分のシートに舞い降りた。
「よせ、何考えてるんだ一体っ! タスク、ジョー、逃げろっ!」
 スクリーンの向こう側ではトールが叫び続けている。
 逃げろというからには、彼はチューバに下された『裏の指示』までは知らなかったのだろう。
 何故か、タスクもジョーもほっとした。
「言われなくても。トーマ、いいぜ! モモ、頭シートにくっつけて口閉じろ。舌噛むぞ!」
 不敵に笑ったタスクが言い終えると同時に、トーマが淡い光に包まれる。
「やめろーーーっ!!」
 声を限りに放たれたトールの絶叫を、タスク達は聞かなかった。
 そして、トールの悲鳴が響き渡った瞬間、まるでそれが合図だったかのように、ミニエ戦艦がトーマに向けて光の矢を放った。

 光が消えた時、そこに……
  -- トーマの姿は、なかった。



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