4・G線上のフーガ(1)
王女の笑顔に気力を奪われようがこれから辿ろうとしているルートの危険に蒼ざめようが、航行している以上船は進むし、進めばその分敵は近づく。
10分ほどの後、トーマが言った。
『あと5分で敵の主砲の射程距離に入ります』
ワープの準備に入るなら今の内である。
どうする、と伺う一同の視線を集めて、けれどタスクは動じない。スクリーンを見つめて背後の王女に問いかけた。
「モモ。Gラインの入り口は、もう少し先なんだったな?」
「はい。あれはミニエとキョーディを最短距離で結んでいます。使えるルートを選ぶとそうなるのです。小惑星帯やガスの影響を避けるためにも、Gラインを使うにはなるべくミニエに近づいた方がよいと思います」
ミニエの宇宙港に入る必要はないから、王弟の手に落ちる心配はまあ要らない。
ならば、撃破すべきは前方の20隻。
方針を固めたタスクにためらいはなかった。
「ジョー、砲撃用意。トーマは全速前進」
「全速前進ですかい、旦那ぁ〜〜!?」
「当たり前だ。トロトロ進んでどうする。的にして下さいって言ってるよーなもんだろが」
うろたえるニーノを振り向きもしない。
「射程距離に入ったら撃ってくるだろうが、もっと近づけば誘爆を怖れて逆に攻撃してこなくなるもんだ」
当然こちらも敵に囲まれて身動きが取り難くなりはするが、そこをどう抜け出すかはパイロットの腕次第。
「大丈夫だから心配すんな」
言い放って次々と指示を出す。
メインスクリーンの右上隅で、敵の射程距離突入までの残り時間がカウントダウンされていた
-- 残り、あと3分。
「それからトーマ。小型機の包囲を突破したら、ミニエの民間放送を電波ジャックしろ。モモはそこへせいぜい泣き顔作ってSOSを流してやれ。挟まれたってな」
何をする気か、と疑問に思ったのはニーノとトールだけだった。指示を受けた当人は、にっこりに笑って言ったものである。
「襲われている。逃げ道がない。死にたくないから少しでも可能性のあることを試すことにする、とでも言えばよろしいの?」
「そういうことです」『頼みましたよ、姫君』
答えたのは、タスクではなくジョーとトーマだ。彼等の間に言葉は要らないらしい。
-- 仲間とは、こういうものか。
トールとニーノが感心する間にも、敵艦隊との距離は縮まる。
-- 射程距離到達まであと1分。
タスクが主砲の発射準備を始める。隣でジョーが残る砲門を開き始める。見遣ってトールが声をかけた。
「なー、タスク、ジョー。ボクも連中に一発くらいお見舞いしたい」
キンギー・エリアを泳ぎ回る宇宙船乗りの、数年来の夢である。
「……いいけど……向こうが撃ってくるまでこっちからは一発も撃つなよ?」
「あ、アタシもいいですか?」
ニーノがすかさず便乗すると、即座に2人の手元のモニタに照準器が現れた。託された砲門は、各自1門ずつだ。
「言っとくけど、タダじゃあないからな!」
『敵艦隊の射程距離に突入します』
涙が出るほど嬉しいジョーの台詞に、トーマの声が重なった瞬間、待っていたように前方の小型戦闘機から幾筋もの光が放たれた。
「っか〜、通告もナシかぁ〜〜?」
「連中にしてみりゃ、通告はナリアで済んでるってことなんだろうよ。いーじゃねーか、こっちも遠慮なく迎撃できるぜ」
トールの正当な苦情に軽口を返す間にも、光の束はトーマに向かって迫ってくる。
「タスクさまっ!」
モモが叫んだ。戦闘経験など持ち合わせるはずもない筋金入りの箱入り王女だ。蒼ざめているのだろうが、気を失わないだけ上等だ。
すかさずタスクが怒鳴り返した。
「黙ってろ、モモ! トーマの重力制御は抜群だけどな、、方向転換が急激だから口開けてると舌噛むぞ!」
同時に、一点集中で放たれた敵のビーム砲を急旋回でかわしている。
「ひぃえぇぇ〜!? 胃袋口から出そうっ!」
ひっくりかえったニーノの声には、至極冷静なコメントが返された。
「ほ〜、見てみてぇ」
「実際あったらなかなかエグいだろうな。録画したらマニアに売れるかも」
『興味がありますね。ニーノ、次は是非。タスク、第2波が来ますよ』
続けて言い放ちながら、それでもトーマのスピードは落ちない。まっすぐ敵の包囲網に突っ込んで行く。
敵艦隊に動揺が走った、ように見えた。わずかながら戦列が乱れる。主砲のエネルギー反応が一瞬ふっと弱くなる。
当然だろう、とニーノもトールも思った。
攻撃してくる敵に、まっすぐ、しかも全速力で突っ込むなど、たとえそれが最善の策だと判っていても、普通出来ることではない。
だが、このトーマ=ガーネイのクルーは、並の人間ではなかった。
「っしゃ! トール、ニーノ、撃っていいぞ」
動揺のために緩んだ敵の包囲網の、その更に一番手薄になった場所へと照準を合わせながら、タスクが言う。
ジョーに声をかけないのは、その必要がないからだ。
瞬時にトーマの船体から金色の光が伸びた。
2条を除く全てが、敵艦に命中した。
エンジンをやられ、主翼を破壊された戦闘機が、戦線を離脱して包囲網に穴を作る。
タスクとジョーのすかさず放った第2波が、その破れ目を更に広げた。
「もういいだろう。トーマ、行けるな?」
『当然です。』
-- 一体誰に言っている?
トーマの声にはそんな響きまでがあった。
既に敵艦隊は目の前に迫っている。よもやまさか相手がまっすぐ突っ込んでくると思ってもみなかっただろう小型戦闘機の群は、密集していたがために、トーマのこの動きに対応できなかった。
下手に攻撃すれば誘爆の危険がある。それだけならまだしも、味方に当たりかねない。
不安はためらいを産み、ためらいは攻撃の遅れに繋がる。トーマにはそれで十分だった。
うろたえる敵戦闘機の間を、トーマは、まるで地球の海の岩場に遊ぶサカナのように悠々と泳ぎ去ったのである。
客人3人組(モモ、ニーノにトールだ)は、その間メインスクリーンに映し出される周囲の光景に、顔を見合わせていた。
そこに映るモノ……
エンジンや翼を破壊され、それでも尚爆発せずに残る小型戦闘機。その数、20。
つまり、完全破壊されたものが1機もないのだ。
自分達の見ているものが、果たして偶然の産物であるのか否か。
3人は、判断をつけかねていたのである。
************
包囲網を抜けたところでトーマが言った。
『準備が整いましたよ。どうぞ、姫君』
ミニエの電波ジャックに成功したのだ。
トーマの声で、頷いたモモがサブスクリーンの前に立った。手を組み合わせて訴える。
さっきは敵の攻撃を目の当たりにして悲鳴を上げていたくせに、大した度胸だ。
「キンギー・エリアM-18宙域、トーマ=ガーネイ号よりミニエ王国へ。わたくし達は現在、国籍不明の小型戦艦および戦闘機により、攻撃理由未詳のまま攻撃を受けています。ですが当艦には有効な反撃手段がありません。故に当艦は、貴殿等に救援を求めると共に、これより生存の可能性を求めて危険宙域に入ります。貴殿等に生きて再び相見えることを切に願います。繰り返します、こちら……」
あれだけのことをやっておいて、反撃手段がない、とはよくもまあ言えたモノだ。
「……お姫様の、うそつき」
トールが嘘つき王女の後ろ姿を見つめてしみじみと呟くと、振り返ってモモが
「あら、逃げることを目的にしての行動だったのですから、有効な反撃手段がない、というのはあながち嘘でもないと思いますが?」
にっこり笑ってにそんなことを言った。
確かにそうだ。
逃げるしかないから、その逃げ道に向かうために出来ることをした。しかもその『逃げ道』は、本当に逃げ道になるかどうかもアヤシイ代物だったのだ。
「トーマ、Gライン解析」
タスクの声に、即座にトーマが反応する。
『出来ています。ここから8時の方向に旋回の後直進すれば、明日にはGラインの入り口に到達します。そこから先は障害物が多すぎて私のレーダーはあまり役には立ちませんので、今の内に大体のルートを示しておきます』
トーマが言い終わると同時に、メインスクリーンに宙域図が浮かぶ。
ミニエとキョーディを表す緑色の光。その周囲を埋める星間ガスや小惑星。更に、ミニエとナリアを結んで引かれた一筋の赤い線と、それを挟んで真向かう2つの恒星。
-- その赤いラインこそが、Gラインだ。
星間ガスや小惑星は、この宙域にそれほど密には存在しない。問題は2つの恒星だった。
小さいが故に、また互いの距離が近すぎたが故に、互いに重力の影響を受け、その誕生に際して惑星を作ることの出来なかった兄弟星・ナイリマとタウシマ。Gラインとは、6年周期で訪れるこの2つの恒星の活動停滞期に、常はギリギリのバランスで両者の重力が満ちているその中間宙域にわずかな期間だけ発生する、恒星重力の隙間なのである。モモによれば、その活動停滞期が今であるらしい。
それにしても……
( -- 細い)
恒星の重力が弱まったところで、それによって集められた小惑星がどこかに消えるわけではない。活動期には恒星に引き寄せられていた軽い星間ガスが、Gラインに漂ってくることも考えられる。決して安全とは言い難い。
-- 生きて再び相見えることを切に願う。
モモがミニエ国民へのアピールとして使ったこの言葉は、いみじくも的を射ていた。
見せつけられた現実に、ニーノ、トール、モモの3人が息を飲む。
タスクとジョーは無言でスクリーンを見つめている。まるで、風に吹かれれば消えて行く砂絵を瞳に焼き付けるように。
やがて、静かにタスクが問いかけた。
「トーマ。このライン、いつまで保つ?」
--
ナイリマとタウシマの重力の隙間は、いつまで存在しているのか。
『正確には判りませんが、せいぜいあと4日といったところでしょう』
至極冷静な声でトーマが答える。
「ということは、実質Gラインが使えるのはあと2日、と考えた方がいいな」
-- ギリギリか。
ジョーが腕組みでスクリーンを睨んでいた。
|