G線上のフーガ

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 3・天使は笑顔で無茶を言う(2)

「さて、モモ。そろそろ説明してくれてもいいんじゃないか? お前が狙われる理由を」
 船をやられたトールを収容し、気分転換にコーヒーでも、と移動したダイニングルームで、香り高い湯気を立ち上らせるトーマ特製ブレンドのマグカップを片手に、タスクが最初に言った台詞がそれだった。
 ナリアからミニエまでは、ワープと通常航行で3日。非常事態が発生しない限り、トーマに任せておけば心配はいらない。
「そうだな、俺も知りたい。モモ姫、一体貴女はなにをやらかして賞金首になったんです」
「しかも、5000万ギルだもんねぇ」
「命まで狙われるってのは、ちょいと穏やかじゃありませんよねえ」
 成り行きだったとは言え、自分達が一体何に巻き込まれたのか、少しは把握しておきたい、と思うのは全員同じであるらしい。
「話すな? モモ」
 最後にやはりタスクがだめ押しをして、4組の色の違う瞳がモモを見つめる。
 ミニエの王女はそれを真正面から受け止め、
「……はい。お話しいたします」
 静かな声できっぱりと言った。
 5000万ギルの賞金首が語り始めた内容は、なかなかに興味深いものだった。

 

 宇宙空間に航行可能な部分とそうでない部分があることは、周知の事実である。
 恒星の大きさ、活動が活発かそうでないか、重力はどうか。小惑星帯があるかないか、星間ガスの密度はどうか。必要物資を補給できる文明があるか。
 数え上げたらキリがないほど多くの条件が、宇宙を旅するルートをある程度限定する。
 すぐ隣の星系に行きたいのに、大回りして別の星系を経由しなければならないことも、それほど珍しくはないのだ。
 タスク達が今いる場所がそうだった。
 キンギー・エリアと呼ばれるこの宙域には、ミニエ、キョーディ、ヴァギアーム、シギラ、オザークという5つの主要な恒星系がナリアを中心に五角形を形作り、宇宙的な規模で見れば固まって、存在している。エリア内の物資の交流も盛んで、比較的裕福な宙域だ。
 だがこのキンギー・エリア、一言で言えば『悪条件の巣窟』で、エリア外への航路はキョーディからしか伸びていない上、エリア内では各星系とナリアを個別に結ぶ航路しか取れないという、一体何を考えてこんな配置にしたのかとどこかの誰かに文句を言いたくなるような不便な構造になっていた。
 必然的にエリア内外の物資の交流にはナリアを経由せざるを得ない。自然ナリアが関税で潤うことになる。それでもこれまで大きな諍いがなかったのは、ひとえにナリアが天然資源に乏しい『貿易国家』であるからだった。
 そもそもナリアという国家自体、交易の要所を巡って小競り合いの絶えなかったキンギー・エリアの各星系が、長年の折衝の結果、それぞれの星系から人間を送り出して『要所の守人』とするべく作り出したものなのだ。
 連邦制を採る代々のナリア元首は、この自国の微妙な立場を、程度の差こそあれ理解して国家を動かしてきた。関税は高めだがまあ適切と言える範囲、サービスも行き届いていて、不満はあるが不服はない。だからこそ、キンギー・エリアの各星系は、ナリアに『星系間の要』の役割を預け続けてきたのである。
「それを崩したのが当代のナリア元首です」
  -- 現・ナリア大統領、ケーナ。43歳。
 人好きのする笑顔と耳に心地よいテノールを武器に世論を巧く抱き込み、あっと言う間に元首にまで駆け上ったその壮年の男は、まずマスメディアを通じて、世論に如何にナリアが不当に権利を侵されているかを訴えた。
 曰く、関税が安すぎる。宇宙港の利用料も物資も安い。ナリアがなければ交易出来ないくせに、他の星系は当然の権利とばかりにナリアを利用するだけ利用している。云々。
 部外者のタスク達から見ても、決してそんなことはなかったのだが、たとえそれまでの扱いに何ら不満がなくとも
  -- 貴方はもっと尊重されて然るべきだ。
 と言われて嬉しくならない人間がまずいないのと同様、交易の要所として正当に扱われ、何の不満も持っていなかったはずのナリア人が、これで舞い上がってしまった。
「ケーナが元首に就任したのが5年前。その直後に、ナリアを通過する全ての物資への関税が300%引き上げられました」
 宇宙港の利用料も、外星系人向けに販売される物資の価格もご他聞に漏れず、だ。
 当然ながら、不満が出た。
 だがナリアは -- ケーナは、キンギー・エリアの特殊な構造を楯にとって、関税その他を元に戻すように、とのエリア5星系の要求を突っぱねたのである。
「ミニエは土地も豊かで資源も豊富な星系ですから、他星系との交易がなくとも自給自足は可能です。ですが……」
 他星系との交流がなければ、ミニエは変化の少ない淀んだ星系になってしまう。ましてミニエほど資源に恵まれない他の星系はなおのこと、ナリアの主張を飲むしかなかった。
「それからわたくしずっと、ナリアを経由しないで他の星系に -- 出来ればキョーディに行ける航路を捜していたのですが……」
(……あれ?)
 何やらひっかかりを感じたトールとニーノを後目に、
「ひょっとして、見つけた?」
 モモが言い淀んだ後を引き取って、ジョーが推測を口にすると、
「はい、一応……」
 歯切れが悪いながらも王女が肯定する。
「なるほど。国家機密はGラインか」
「いえ、Gラインとまでは……」
 タスクが腕組みで呟いた台詞に、モモが弱いながら異議を唱える。
「呼べない?」
「……はい、とても……」
 不思議そうに見返した一同を見渡して、モモは小さく頷いた。
 キンギー・エリア6星系を結ぶ航路とキョーディからエリア外へと伸びる航路には、AからFまでの名前が便宜上つけられている。7本目の航路が見つかったのなら、それは『Gライン』と呼ばれていいはずなのだが。
「Gラインと呼べない理由は?」
「とても使えないからです」
 質問を予測していたのだろう。即答だった。
「使えない? 何故です姫君」
「危険すぎます。しかも、使用できる期間に制限があります」
「どんな?」
 当然の流れとして投げかけられた問いへの答えはなかなかに壮絶で、一同は頭を抱えて「なるほど」と納得してしまったのであった。

 

************

 

 2日間は何事もなく穏やかに過ぎた。
 変化が訪れたのは、3日目の午後。
 あともう2時間もすればミニエ宇宙港、というところで、それはやってきた。一行はダイニングでティータイムとしゃれ込んでいた。
 突然、憎らしいほど冷静な声が響いた。
『おくつろぎのところ申し訳ありませんが』
 トーマだ。何事か、とタスクが訊くより先に、とんでもないことを平然と言った。
『まだ距離はありますが……敵です』
「アホウッ! んなこと落ち着いて言うな!」
 慌てて操縦室に駆け戻った一同を、敵艦を示す光点をイルミネーションのように点したメインスクリーンが出迎えた。
 戦闘状態に突入するにはまだ距離が足りないが、光点は、ざっと見て30。
「お〜い、何かやたら増えてねーかぁ?」
 チューバの率いてきた軍勢は彼の旗艦も含めて6隻だから、軽く5倍になっている。
『はい。私が確認した限りでは31隻です』
「しかも、増えた分って、何だか……」
「うん、やっぱこれはどう見ても……」
「似てます、よねぇ……?」
「ああ、似てるな。ナリアの正規軍に」
 見たくないモノを見てしまった、とは、一同の心に浮かんだ感想である。同時に、何で奴らがこんなところにいるんだ、とも思った。
 紋章こそ消してあるが、増えた20数隻は、ナリア軍の小型戦艦に酷似していたのだ。
 ナリア宇宙港の警備は、当然ながらナリア正規軍が担当している。今ではすっかり評判の地に落ちたその軍の戦艦を、見紛う宇宙船乗りなどこの宙域にはいない。何しろ、無駄に派手なのだ。しかも素行が悪い。挙げ句、バカ高い宙港使用料を支払い検閲を受ける間、ず〜っと目の前に居丈高にのさばるのだ。
 いつかあいつらに一発お見舞いしてやる。
 というのが、キンギー・エリアを行き来する宇宙船乗りの合い言葉となっていた。
「何で、あいつらがあのおっさんと一緒にいるんだ? ここはもうミニエの領域だろう」
  -- ナリア軍の出る幕じゃない。
 剣呑なタスクの声に答えたのはモモである。
 真顔でコワいことを言った。
「それは、叔父がケーナとデキているからですわ」
 ぞくぞくぞくぅっと、背筋を寒いモノが駆け上る。
「で、デキてるって、お姫様ぁ……?」
 怯えながらトールが訊ねると、けろっとした顔でモモが答えた。
「あら、間違いましたかしら、わたくし? じゃあなんて言えばよろしいの。結託している、と言いたかったのですけれど……」
 頼むからそんなコワい言い間違いはしないで欲しいと、心の底から全員が思った。
「お前は、いいから、そんな俗な言葉なんて使おうと思うな。……で、お前の叔父貴とケーナの野郎が組んでるってのは……?」
 鳥肌の立った腕を撫でながら、タスクが話を元に戻す。
「ケーナがナリアの大統領になる時、資金援助したのは叔父ですのよ。別に違法なことではありませんから放っておいたのですが、まさかこんなことになるなんて。今では叔父には、逆にケーナから賄賂が流れていますわ」
 そのミニエ王弟は、ケーナから貰った賄賂とミニエ=ナリア間での単独の交易優遇を手土産に、王座に着こうと画策中だという。つまりは、国家元首になりたい者同士がつるんだ、ということらしい。それもあって、モモはGラインを捜していたのだろうが。
「そんなに巧くいくかぁ? いざって時にケーナに捨てられるのがオチだろ」
 肩をすくめてタスクが言うと、
「わたくしもそう思うのですけれど。目の前の御馳走に弱いんですのよ、あの方は」
  -- たとえそれが絵の中の餅でも。
 実の叔父に対して辛辣に言い放つ王女の様子に、トールとニーノが呆気にとられた。
 先程の台詞といい、とてもではないが少女の物言いとは思えない。しばらく前に感じた違和感を思い出して、トールとニーノは顔を見合わせた。
 だが、そんな2人にはお構いなしで
「ともあれ、これで全ては繋がったな」
 タスクがぽん、と手を打った。
「ああ。ケーナと手を組んでる王弟殿下としては、Gラインに存在されては困るわけだ」
 メインスクリーンを睨んでジョーが言う。
「で、Gラインを発見したモモ姫を襲撃して失敗。国家機密を盗んで逃げたことにして」
「賞金かけて捜索させると見せかけ……ってヤツですね」
「ルート計測のデータを叔父上に見られてしまったのが失敗でしたわ。何しろ、危険すぎて使えないと申し上げても信じて下さらないのですもの」
 溜息混じりのモモの呟きが全てを肯定した。
「で、どうするんです、旦那方?」
 一度に30隻の戦艦が相手だ。ましてここはミニエの領域。国王の助けが得られるかもしれないが、どちらかといえば、チューバと彼から連絡を受けた王弟の私兵に挟み撃ちにされる可能性の方が高い。いくらトーマと言えども困ったことになるのではないか。
 ニーノが不安を隠しきれずに囁いた途端、
「察しがいいな」
 タスクがスクリーンを指さした。
 見れば、トーマの前方に新たな光点が20、展開している。光点の大きさからして、こちらは小型戦闘機のようだった。
 背後に31隻、前方に20機。
「うわっ! どうすんだよ、タスク!? いくらトーマでも、50機いっぺんに相手するのは無理だろー!?」
 前方の敵が増える可能性は大いにある。
 トールが慌てふためくと、
『やって出来ないことはありませんが?』
 どこか嬉しげにトーマが返した。
「まあ、小型戦闘機も2機積んであるけどな」
 苦笑混じりのタスクの台詞を引き継いで、ジョーが盛大に文句を言う。
「バカ言え! 前方の小型機だけ相手にするにしたって、3対20で済めばいいが、後から援軍つぎ込まれたらキリがないぞ。こっちの武器が減るだけだろう。勿体ない!」
 まあ確かに、そうなれば水鉄砲で石を削るようなものだろうが。
「ジョー……君って……」
 思わず2・3歩後ずさったトールの横で、やはり苦笑混じりにニーノが訊ねた。
「じゃあ、どうします? こないだみたいに小ワープで逃げますか」
「それが無難じゃないのぉ……?」
「根本的な解決にはならないが……まあ作戦を立て直す時間くらいは稼げるだろうな」
 突破しやすいのは前方の小型機だが、そこに活路を開いてもミニエで王弟に捕まっては目も当てられない。
『では、ワープの準備に入りますか?』
 ジョーの言葉に反応して、トーマが出力を上げ始め、ニーノとトールがモモを誘って座席に着く。続いてジョーがシートベルトを締めた、その時。
「その必要はない」
 スクリーンを見上げてタスクが言った。
 タスクの台詞に、モモがきょとんと目を見開いた。ジョーがシートベルトを外して立ち上がった。トールとニーノがタスクを見つめた。トーマが出力を上げたままワープの準備を解いた。
「タスク……? その必要はないって、じゃあどうするんだい」
 訝しげに目を細めるトールを背に、相棒の考えを察したジョーが「まさか」と呟いた。
「まさか、タスク、お前……」
 恐る恐る、ニーノが続ける。
「ひょおっとして、旦那、Gライン、使おうとか、思ってます……?」
「せっかくだからな」
 振り向いてタスクが不敵に笑った。
「危険なんだろおぉ〜〜お?」
 トールが情けない声を出す。
「ああ。だけどそれこそ、やって出来ない事じゃない。Gライン、今はまだぎりぎりで使えるんだろう、モモ?」
 前後を敵に挟まれている。そう遠くない場所に、多少危険ではあるが逃げ道がある。
  -- 何故使ってはいけない?
 だがそれでも。
「はい。タスクさまとトーマならきっと大丈夫です! わたくしたちは逃げられて、チューバやケーナや叔父にはGラインがどれだけ危険か教えることが出来るわけですわね。こういうのを、一石二鳥と言うのですわよね♪」
 答えたモモの笑顔を見た瞬間、男共は -- タスクもトーマもだ -- しみじみと
(この姫、ホントに危険って判ってるか?)
 と、天を仰いだのである。
 そうして。
「それにわたくし、タスクさまと一緒になら、たとえ死んでも本望ですわ♪」
 とモモが続けて微笑んだ直後、
「勝手に殺すなぁっっっ!!」
 男共の力一杯の抗議が、トーマの操縦室に響きわたったのであった。



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