2・悪魔が仲間を連れてくる(1)
「にしても、モモ、お前、そもそも何で追われてるんだ?」
気を取り直したタスクが改めてモモに問いかけたのは、更に5分が経過してからである。
「あら、違いますわ、タスクさま。追われているのではなく、追われていたのです」
微妙にずれた答えが返ったが、これはミニエからナリアに向かっている間に生じた情報のタイムラグと見るべきだ。
「阿呆」
言い捨てて、件のメールを開いて見せた。
「お前、知ってんのか。5000万ギルの賞金がかかってるぞ」
王家の姫にこれだけの賞金をかけて、しかも極秘で捕捉依頼がなされたのだ。尋常の事態ではない。
すっ、とタスクの声が低くなる。
ジョーとトーマは先程から黙って2人のやりとりを聞いていた。
ニーノはといえば、メールを斜め読みして「げっ、お姫様!?」と呻き、これまたじと目でモモを見ている。(彼にとって一番衝撃だったのは、モモにかけられた賞金ではなくモモの素性だったようである)
「答えろ。このメールの内容は正しいのか?」
もう一度タスクが水を向けた。
3組の眼差しを受け、船そのものの注意もひきつけて、それでもモモは2杯目の紅茶を飲んでいる。
姫君然とした落ち着いた仕草だった。
だが、この状況でそれが出来るというのはなかなか常人離れしたことだ。
更に続く動作が普通ではなかった。
ゆったりと紅茶の味と香りを楽しんでから、カップをソーサーに戻して、モモは笑って言ったものである。
「まあ、叔父上も張り込んだものですわね」
この『綿菓子』、芯は鉄串で出来ていた。
(こいつ、知ってて……!)
どうやらモモは、追っ手がかかることは既に承知であるらしい。
つまり、ことの大筋はメールにあった通り、ということになる。
それまで黙っていたジョーが、ここにきてやっと口を挟んだ。
「姫君、教えてもらえませんかね」
どうして賞金なんぞかけられる身分になったのか。一体彼女は何をやらかしたのか。モモが盗み出した『国家機密』とは何なのか。
答えてモモが言った。
「お教えしたら、わたくしに力を貸して下さいます?」
「さあ? 聞いてみないと判りませんね」
「まあ。助けては下さいませんの?」
「事情も知らずに迂闊な約束は出来かねますよ。叔父君の方に理があると思えば、迷わずあなたをミニエにお連れして賞金を頂きます」
本人を目の前にしてこの台詞を吐けるのがジョーだ。
「わたくし、タスクさまとスール=ジョーさまなら助けて下さると思って、やっとの思いでここまで来ましたのに……」
「姫君には申し訳ありませんが、俺はタスクのような女好きでも、トーマのようなフェミニストでもありませんので」
これが双方棘だらけの声での会話ならばまだ良いが、なまじ穏やかな笑顔と口調で交わされるのだから、尚怖い。
このまま2人の会話を聞いていたら自分の繊細な神経がどうにかなりそうだ、とタスクは密かに思った。
うっかり口にしていたら、3人と1機から揃って「ずうずうしい」と白い目を向けられそうな台詞だが、実際にタスクが言ったのは別のこと、それも至極まっとうなことだった。
「まあ、とりあえず話すだけ話してみたらどうだ? 何にも判らなきゃ、どう動くかも判断出来ないんだから」
「はい! ありがとうござ」
「ただし!」
ふわっと顔をほころばせたモモの目の前に人差し指を突き出す。
「それで俺達がお前を助けるかどうかはまた別だ。ジョーがさっき言ったみたいに、お前をミニエに連れてって賞金もらう、ってことも、大いに有り得る。決定権はあくまで俺達にあるんだ、忘れんな」
「……はい」
モモは一瞬傷ついたように目を伏せた。ジョーは隣で「当然だ」と頷いている。ニーノは、無言。何となく涼しくなったような気がするのは、『フェミニスト』のトーマがタスクとジョーの言葉に少なからず怒っているからだろう。
気にせずタスクは先を促した。
「じゃ、まあ、モモ。話してみろよ」
「……はい……」
俯いたモモがためらいがちに口を開いた時、今度は狙ったように通信が舞い込んだ。
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鬱陶しいと思いながらも通信用の回路を開くと、サブスクリーンに癖のある栗色の髪が踊った。
「やあ、久しぶり。元気だったかい?」
朗らかに手を振るのは、タスクやジョーとそう変わらない年頃の青年である。
「お前の顔を見るまではそれなりに元気だったぜ、トール」
トールと呼ばれた青年は、タスクの素っ気ない声に苦笑を漏らしつつ、今度はジョーに視線を向ける。
「つれないなぁ。そう思わないか、ジョー?」
「そうか? 言っちゃあ何だが、俺もタスクと同じ気分だ、トリユーズ=ファゴット」
愛想のないことではタスクとどっこいの声でジョーが答えると、
「ひどいな。久々に会う友人だっていうのに」
上目遣いでトールが拗ねた振りをした。
「その『友人』に協力体制を持ちかけといて、最後で出し抜こうとしたのは誰だっけ」
シラけた声のタスクの台詞をジョーが引き取る。
「友人ってのは、山分けのはずの成功報酬を持ち逃げしようとするヤツを指す言葉だったのか? 寡聞にして知らなかったな」
食い物の恨みも怖いが、金の恨みも結構怖い。素晴らしく冷え切った声だった。
「イヤだな、そんな半年も前のこと。実際持ち逃げした訳じゃないんだし、過去は綺麗に水に流してボク達の友情を深めようよ」
「断る。お前とつるむとろくなことがない」
「そーそー。ハイリスクでもハイリターンなら賭ける気にもなるが、君の友情はハイリスク・ローリターンだからな」
『美味しいとこ取り』がモットーだと言い切るトールが、自ら進んでタスク達に連絡を入れてきた、その目的は何だ?
トールの視界の死角でモモとニーノが蒼ざめて引きつり笑いを張り付けるほどの、遠慮会釈のない皮肉を投げつけながら、タスクとジョーは彼の真意を探っている。
「やだなぁ。今度のは割はいいじゃないか。何たってバックがバックだし♪」
「何の話だ、一体?」
イヤな予感を覚えながらタスクが訊くと、トールが「これこれ」と一枚の紙をひらひら振った。
「知らないなんて言わせないよ」
言って笑うトールの手元を見つめる。
何かのプリントアウトだ。
文字が読みとれるほど大写しではないが、それでもはっきり判別のつくものがある。
長い薄茶の髪を2つに分けて三つ編みにした小柄な人物の写真。一番下に見えるのは、朱で描かれた印章らしき文様。
それらの意味することを瞬時に理解して、タスクとジョーが口を引き結んだ。
それに気付かずトールは続ける。
「ボクのところにも来たんだよ? ミニエ王女の捕捉・連行依頼。ボクより名前の売れた君達に届いてないワケないじゃないか」
「さあ、知らんな」表情を変えずにタスク。
「まぁたまたっ、しらばっくれて! やだよ、もう」けらけらとトールが笑った。
「で、仮にそれが俺達にも届いているとして、それが君と何の関係がある?」
半ば答えを予想しながらジョーが質問を投げる。同時にタスクが、スクリーンを見つめたまま後ろ手に手を振って、モモに『来るなよ』と無言で合図を送った
-- はずだった。
だが。
「決まってるでしょ。宇宙は広いんだよ? たった一人を捜し出すのなんて至難の業だよ。だから、ミニエの王女さま探し、一緒に、やろう、って……」
予想通りの相手の返答に、タスクとジョーが「やっぱりな」と溜息をついた、次の瞬間。
聞こえてはいけない音を聞き取って、2人はすぅーっと血の気が引くのを感じた。
聞こえてはいけない音 --
トコトコとこちらに歩み寄ってくる軽い靴音。
『うわぁ、姫さまっ! タスクの旦那ぁー』
背後でニーノが、オガ人特有のテレパシーを使って(元が植物だけあって、彼等は微力ながらテレパシストなのだ)訴えかけてくる。
それだけで、トールの台詞が途切れた理由など簡単に推測がつく。
(こぉのっ、アホ王女ーーっ!)
心の中で力一杯罵ったが、もう遅い。
続いた声がだめ押しをした。
「お呼びですか、タスクさま?」
「呼んでねぇんだよ、誰もっっっ!」
振り向きざまにタスクが怒鳴る。
ジョーががっくりとコンソール・パネルに両手をついた。
「あ、あーーーっ! モモ姫!」
スクリーンの向こう側で、トールが口をぱっくり開けて叫んでいた。
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