月の綺麗な夜だから

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 江戸は公方様のお膝元である。住人の数も半端ではない。不夜城でこそないが、それでも陽が落ちたくらいで喧噪の全てがおさまるはずもない。夜はまだまだこれからなのだ。
 だが、人足達が家路についた後の倉庫町となれば話はまた別。しかもそれが、一時期の江戸大建造期が過ぎ去ってからは使われることも少なくなった、一角の更にはずれの古倉とあってはなおのこと。
 まだ日は暮れきっていないとはいえ、こんな場所、行き交う人などいるはずもない。辺り一帯は、どこかでネズミが鳴けばすぐそれと判りそうなくらいに静まり返っている。
 そんな時刻のそんな場所に、けれど佇む一行があった。
 清水達だ。
「登竜。ここなのか? 連中が小桃をかっさらって連れ込んだのは」
 今度は方向を間違えたりしてないだろうな。
 自分よりも頭一つ以上背の低い少年占い師を見下ろして清水が問うと、問われた少年は
「はい。間違いありません。こんな時間のこんな場所に、二十以上もの人の気配があるなんて、そうでもなきゃちょっと考えられないでしょう?」
 笑顔で答える登竜は、人の気配も読めるのだという。不思議なことだと思いはするが、それでも彼を信じる清水がいる。それに、はずれたらはずれたで、材木倉をひとつひとつ調べてゆけばいいだけの話だ──大層な手間ではあるけれど。
 右手を見ればすぐ隣に翠條。その向こうに初がいて、一番端に梶源。清水の左隣が登竜で、その隣にはちよ。
 何も言わずに視線を投げれば五人ともがやはり無言で頷いてみせる。
 それを見て清水が倉の引き戸に手をかけた。
 罠があるかも知れないし、敵の技量も判らない。だが判らないことに怯えるのは性に合わない。どこかにあるかも知れない侵入口も、探す時間が今は惜しい。判らないことだらけなら、いっそ真正面から堂々と行く方が数段マシだ。それに、この場所を指定してきたのは連中の方なんだから、鍵などかけてはいないだろう。もしもかかっていたなら──その時は戸をぶち破ればいい。
 遠慮はいらない。する気もない。
 どうせ戸の向こうでは、得物を持った連中が今か今かと待ちかまえているのだ。
(憂さ晴らしには、もってこいだ)
 剣呑な言葉は声にこそ出さないけれど、口元に浮かんだ笑みが清水の心を物語る。
 似たような笑みが、並び立つ大人三人の顔にも浮かんでいるのを横目でそっと読み取って、(同類だな)清水はそっと頬を緩めた。
「行くぞ」
 短くそれだけを言って、清水は戸にかけた左手に力を込める。倉の内と外とを隔てる大きな木の板は、ゴロゴロガリガリと重い音を立てて、それでもゆっくりと、開いた。
 途端。
「うおぉおおおおおおーーーーーっ!」
 怒濤のうなり声を上げながら、飛び出してくる人影がざっと二十。案の定手に手に得物を持っている。どうやら連中は、町人をだまくらかしてボロく儲けたその金で、これから先の利益を守るためにごろつきどもを雇ったらしい。ごろつきどもがわざと大きな声を出すのは、こちらを威嚇したいからだろう。
 耳に不快なそのわめき声を、けれど圧して倉の奥から更に耳障りな高笑いが響く。
「わーはははっ! どうでぇザマーミロ、金がありゃあこんなことだって簡単なんだぜ。昼間のお礼だ、たっぷり味わいな!」
 興奮しているからだろう、うわずってはいるが、間違いなく魚辰の声だった。商売用の愛想の良さはどこへやら、耳障りなことこの上ないが、
「殿ちゃん気を付けてっ!」
 小桃の声も聞こえる──生きている。
 それだけで今は良かった。
「おら、このチビが心配なら……」
 抵抗しないでおとなしくやられろ、とでも言いたいのだろう、この顔面傷男は。
 普通なら、揺れる。怯える。怖れて立ちすくむ。逃げだそうとするかもしれない。
 けれど、彼等は清水で、翠條で、梶源で、登竜で、ちよで、初だった。
(けっ。自力で喧嘩する度胸もねぇらしい。人質まで取ってってのがもっと情けねぇ)
 清水が小さく鼻で笑う。
「うぜぇ」
 たった一言。それが合図。
 それだけで、互いが得物を振り回すに十分なだけの距離を空ける。
 勝負は一瞬だった。
 白刃は、閃かなかった。清水の側からは。
 刃同士がぶつかり合う音も、だからない。
 代わりに響いたのは、
 「はっ」「が!」「げっ」「く」「ぐぁ」
 遠くで耳にしたら、どこかでヒキガエルが鳴いていると勘違いしそうなこんな声。
 蛙の合唱が終わる頃には、二十人からのごろつきどもが地面と仲良くなっていた。
 清水の足下に六人。翠條の足下に四人。ちよと初と梶源の側にそれぞれ三人が倒れていて、驚いたことに、武芸は苦手だと言っていた──だから清水が咄嗟に背中に庇った登竜の前でも一人、大の男がのびている。
「登竜。お前、武芸は苦手じゃなかったのか」
「苦手ですよー。だから手の出し時が判らなくて、追いつめられちゃって、結局手加減出来なくなっちゃうんです。困ってるんですよだから。それに一度に一人しか相手に出来ませんしね」
 一度に一人相手に出来れば普通は十分だろうと清水は思うのだが、首を傾げた清水に登竜が返した言葉を聞けば、「ああそうか」としか言いようがない。
「よろしいではありませんか若殿。登竜が一人の相手になってくれたお陰で、殿の負担が軽くなったわけですから」
 翠條の一言であっさりその場は片付いて、
「ま、そうだな。んじゃ、行くか」
 清水達は今度こそ、小桃をさらった悪党棒手振り達に、視線を据えて真向かった。
 広い材木倉の一番奥で、ろくでなしどもは蒼ざめてこちらを見ている。
(用心棒があっさりやられて計算違いもいいところってか?)
 ──バカが。売った喧嘩を買われたくらいで何をそんなにびびってやがる。人死にが出たわけでもあるまいに。
 思いはそのまま口元に浮かんで笑みになる。
「待たせたな。預けたものを返してもらいに来たぜ」
 歩を進めた清水に続いて五人も。
 彼等の見つめる先には小桃。そしてすっかり数を減らして四・五人になった悪徳棒手振り達。魚辰の隣で、小狡そうな顔の若い男が、青い顔のまま二人がかりで小桃を押さえつけていた。後ろ手に縄をかけてあるにもかかわらず、だ。多分そうでもしなければ、気の強い小桃のことだ、暴れて手がつけられなかったのだろう。
 それなのに、うろたえているのはちんぴら棒手振りどもで、毅然と前を見ているのは小桃の方だった。
 捉えられた側と捉えた側の表情の差がおかしい。
 既に連中は戦意を喪失している。もう一押しすれば、簡単に小桃を返すだろう。
 清水も、翠條達も、それを確信していた。
 だが。
 ──ガッ!
「っっ!」
 突然背後から振り下ろされた棍棒に、まず梶源が背中を打たれて膝を折った。息を飲んだちよと初が背後から羽交い締めにされ、更にそのまま口を塞がれる。梶源に駆け寄ろうとした登竜はまた別の腕に引き戻され、こちらは清水に駆け寄ろうとしていた翠條ともども腕をねじ上げられて動きを封じられてしまった。翠條たちの長刀は、弾き飛ばされて地面に空しく転がっていた。
 気配に気付いて清水が振り返った時には、遅い。ぎり、と歯噛みして向き直ると、
「形勢逆転ですなぁ、旦那?」
 愛想の良さを取り戻して魚辰が笑った。
「切り捨て御免のお侍さんには似合わないことをしましたねぇ。殴って気絶させるだけなんて。お陰でアタシは助かりましたよ」
「……礼は現金で頼むぜ魚辰」
「いえいえ、もっといいのを差し上げますよ」
 清水の言葉に、魚辰はバカ丁寧な言葉で答える。笑みを形作るその顔の中で、だが目だけが笑っていなかった。
「……何をしたい。何をさせたい」
 答えを半ば予測しながら清水が問う。
「いえちょいとばかり昼間のお返しをね。商売人は義理を大事にしませんと」
 やはり言葉だけは丁寧に、言って魚辰は仲間に視線で合図した。
 清水の両腕に、左右から手が伸びる。
 振りほどこうとしたが、
「預かりものが増えてますねぇ、旦那」
 魚辰の一言がその動きを封じた。
 いつもなら──翠條やちよの力量を知っている普段の清水なら決してそのくらいでひるみはしないのだけれど……それでも動けなくなってしまったのは、登竜や初、そして小桃がいるからだろうか。それとも実際に彼等が取り押さえられているのを見てしまったからだろうか?
 足をすくわれ肩を押されて地に倒れると、「旦那」「殿ちゃん」「清水の旦那っ!」梶源が、小桃が、登竜が、驚いて清水を呼んだ。
「若殿、我々のことなどお気になさらずとも結構。さっさとこんな連中など叩き伏せておしまいなさい!」
 乳母はこんな時でも乳母だ。
「ああ言ってますよ、みなさんが。さあどうなさいます旦那? ええ?」
 嬉しげな魚辰の声を清水は無視した。そのまま顔を上げて、禿頭をにらみつける。
 視線を受けて魚辰が更に笑った。
「悔しいですか旦那? 後悔してるんじゃありやせんか、いっそさっきこいつらをたたっ切っておくんだったと。そうすりゃあこんなことにはなってなかったワケですからねぇ」
「うるせぇよ」
 吐き捨てた清水の肩に衝撃が走る。痛みが襲ってきたのはその後だった。
 斬りつけられたわけではない。ただ棒で殴られただけ。けれど痛みには違いない。
 一瞬顔を歪ませた清水の耳に、小桃達の悲鳴が届く。
「殿ちゃんっ!」「旦那」「若殿!」
 それでも声を上げない清水の様子が、棒手振り達を刺激した。二度、三度、四度、棒が背中に振り下ろされ、前からは拳が腹を打つ。
「我慢強いですねぇ、旦那。いつまで保ちますかね。試してみましょうか」
 嗜虐的な笑みを浮かべて魚辰が声をうわずらせると、呼応して手下共も卑しく口元を歪ませ、ひとつ、またひとつと清水を痛めつけて行く。昼間清水と初国に叩き伏せられたその恨みと、日頃梶源達に商売を邪魔されているいまいましさ、それが今この時、全て清水一人に向けられていた。
「やめて、やめてよ! 殿ちゃん!」
「魚辰、てめぇら旦那を殺す気かっ!」
「殿、しっかりなさいませ!」
「抵抗できない人間を一方的に痛めつけるなんて。卑怯者っ、恥を知りなさい!」
「旦那っ、何でやられっぱなしなのさ! 何で黙って殴られてるのさ。たたっ切ってやりゃあいいじゃないのさそんな奴ら!」
 いつの間にか初とちよも口を塞ぐ手を振りほどいて叫んでいた。
「ほら、お仲間もああ言ってますぜ。どうです今からでも遅くねぇ、その刀を抜いてみますか、たったお一人で俺ら全員を相手に?」
 どうせそんなこと出来っこない。
 そんな嘲りを隠しもせずに魚辰が言う。
 その、声に。
「……やかましい……」
 殴られた拍子に切ってしまった唇を、滲む血をなめ取りもしないまま噛み締めて、吐き捨てるように清水が呟く。
 ──本当は。
 本当は、関係ないのだ。相手が十人だろうが二十人だろうが。『敵ではない』と言い換えてもいい。師範代格の腕自慢ならともかく、そうでないなら十人や二十人、一度にかかってきたところで、やられはしないのだ清水は。
 ただ、自分に自信がなかった。
 小桃や翠條や梶源達を人質に取られたこの状況で、怒りに我を忘れない自信。怒りにまかせて相手を死なせることはないと言い切る自信が、清水にはなかったのだ。
 それでは願いを込めて自ら付けた筆名に、己自身で背くことになる。
 だから、耐えようと思った。魚辰達が無抵抗の清水を痛めつけるのに飽きるまで。
(それとも俺が意識をなくすまで、か?)
 常に似ず弱気な自分に自嘲の笑みを向けると、それが見えたわけでもないだろうに
「へっ、こんな大層なモンぶら下げてたって、使わねぇんじゃ宝の持ち腐れってやつだよなあ、ダ・ン・ナ」
 ──使ってみせれば?
 清水を打ち据えていた棒手振りの一人が、足で清水の刀をちょいちょいとつついた。
(……やなこった)
 心の中で呟いて口の端を持ち上げる。
 その、清水の脳裏に。
 何故か、突然登竜の声が響いた。
『数多の命没した荒れ野に仏の法を説く者無くとも、平らかに御霊鎮めて緩やかに時よ過ぎ行け……ですか。もう人が死ぬのは見たくない、んですね、旦那……』
「……登竜……?」
 ──何故聞こえる、登竜の『声ではない声』が。それよりも、何故知っている、誰にも語ったことのないその言葉を?
 思わず声を漏らした清水に向かって、羽交い締めにされたままの登竜がちいさく微笑う。
 それが、気配で判る。
 続く登竜の言葉はちゃんと耳に届いた。
「旦那、気持ちは判らないでもないですけどね。今は状況が違うでしょう。そのままじゃあなた死にますよ間違いなく」
 占い師に言われては洒落にならない。
 後を受けて翠條が更に言い募る。
「若殿、この場で若殿がお命を落とすようなことがあれば、その事実は皆を一生さいなむことになりますぞ。よろしいのですか」
 ──自分達のせいで。自分達を守って清水が死んだりしたら。小桃達は……。
 だから立て、と、二人は言う。人の来し方を知り行く末を読む占い師。赤子の頃から清水を見てきた最も近しい乳母。ともにその言葉は真実で、だから清水は息を飲む。
 そうしてちよが追い打ちをかけた。
「旦那。あんたあたしらを見くびってんじゃないだろうね? さっきはちょっと油断したけど、次はこんな簡単にやられやしないよ」
 ──だから安心して動けと。
『旦那が動いてくだされば、この連中も驚きますよ。そしたらこっちのものですから』
 登竜の『言葉』にそうかと頷く。
「やだっ、殿ちゃん、死んじゃやだぁっ!」
 小桃の涙で、我に返った。
「……ああ、そうだな。悪ぃ。おめえらを見くびっちゃいけねぇよな。」
 彼等に自分の命など背負わせてはいけない。
 殴られながら、それでも、ふっ、と、口元に浮かんだ笑みはとても穏やかなもので。
 そうして清水は片膝をつき、器用にずらした腰の刀を鞘ごとくわえて、首を振りざまそれを捕まれたままの右手へと送る。
「なっ? ……!」
 清水を捉えて痛めつけていたちんびら達が、その動きに気付き、止める暇もあらばこそ。刀の柄を、右腕を押さえていた若造の向こうずねに叩きつけ、次いで前方で木刀を振りかざしていた棒手振りの顎に鞘の先を見舞う。振り下ろす流れで今度は左腕を掴む男の向こうずねを打ち、ついでに自由になった左の肘を同じ男の腹にめりこませた。
 立ち上がりざま、自分を打ち据えていた残る二人を鞘の一払いで倒している。
 この間、一呼吸。
「やれやれ手応えのない」
 にやりと笑って魚辰に投げる台詞がこれだ。
「……そんな、バカな……」
 ──あれだけ痛めつけられていながら。
 魚辰の口が音もなくそう動くのを哀れむような笑みを浮かべて眺めながら、清水は背後へと声をかける「翠條?」。
 それだけで翠條達を捉える男どもが怯むのを知った上でだ。
「ひ、ひぃっ……なんてヤツだ……」
 怯えて数歩、翠條達を拘束したまま後ずさったちんぴらどもに、魚辰の檄が飛ぶ。
「て、てめぇらびびってんじゃねぇ。多勢に無勢なんだ負けるわきゃねぇやっちまえ! 何のために高い金払うと思ってんだ、仕事しねぇと残りは払ってやらねえぞ!」
 清水は怖い。だが金は欲しい。数が多い分自分達が有利だろうか? 色々なことを考えて、有利と判断したらしい数人が走った。
「ちっくしょぉおーーーーっ!」
「莫〜迦。なっちゃいねぇんだよお前等!」
 振り返りもしないまま吐き捨てて、清水は第一撃を足を踏み変えるだけで避け、勢い余って行き過ぎたところへ後頭部に一撃。同時に左腕はもう一本の刀をやはり鞘ごと抜き取って別の男の腹に叩き込む。振り向きざまに別の男の顎に一発打ち込みながら、もう片方では別の男の脇腹を打っている。
 剣舞でも舞っているような、優雅で鮮烈な動きだった。
 あっと言う間に十人。
「な、なんてヤツだ……だが、旦那、預かりもののことを忘れちゃあいやせんか?」
 息を飲んだ魚辰が、やっとの思いでそれだけの言葉を絞り出す。だが。
「それは我らのことですか?」
 即座に続いた声は翠條のもので。
 自らを縛るものを叩き伏せ、自力で自由を取り戻した強者達は、そうして五人揃って清水の背後に並び立った。
「そろそろ終わりにしようぜ魚辰」
「ひぃ……くっ、ええいまだこっちには!」
 しつこく小桃を押さえつけていた若造二人を振り返って魚辰が声をうわずらせる。
「まだ、やるのか?」
 うざったそうに清水が見やると、若造二人は「ひっ」と息を飲み、そうして突然小桃の腕を突き飛ばして、追いつめられて猫に食いつこうとするネズミのように清水達へと飛びかかった。
「おっと!」
 意表を突かれた清水が咄嗟に刀を構えたけれど、それよりも素速く動いた影がある。
 清水が持て余した一人を見事に打ち倒し、清水の隣で微笑んだのは、初。
 その手際に、どこか見覚えがある気がした。
「初どの……もしやあなたは……」
「何が、もしや、ですの清水さま?」
 少しばかり速い返事に、清水の脳裏にある考えが過ぎったけれど。
(まあ、いいか。今は考えないことにしよう)
 肩をすくめて魚辰に視線を戻すと、肝心の魚辰はすっかり腰を抜かしている。
(こりゃあ相手にならねぇや)
「小桃。ほら来い。帰るぞ」
「うんっ!」
 差し延べられた清水の手に、笑顔で応えた小桃はしかし、そのまま駆け寄ることはせず
「その前に……ていっ!」
 ぺし! と魚辰の禿頭を力任せにひっぱたいた。
 それだけのことに「ひいぃっ」と情けない声をあげながら
「こ、これで俺達をつぶせたと思うなよ。え、江戸の町衆は安けりゃ買うんだ魚をよ!」
 と震える声で言ったのは、魚辰なりの意地だろうか。
 その魚辰に答えたのは、棒手振りの梶源ではなく清水だった。
「間違えんなよ魚辰。この先お前等の商売が上がったりになっても、それは俺らのせいじゃねぇ。町衆が選んだ結果だ。いつまでも騙されてやるほど、みんな莫迦じゃねぇよ」
 半身になって言い捨てて、呆けたようになっている魚辰を残し、大立ち回りを演じたばかりの七人は材木倉を後にする。
 外に出ると、すっかり暮れきった西の空にほっそりと三日月が浮かんでいた。
 目を細めて、月を眺めて、そうして清水が呟いた台詞がこれだった。

 

「いい月だなおい。完全勝利もおさめたことだし、月を肴にぱあっと宴会でもやるか」

 

 

 



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恒例・あとあがき(笑)

キリ番ゲット記念小説第6弾、『月の綺麗な夜だから』。
やけに時間がかかってしまいました。いくら仕事がばたばたしたとかいろいろあったとか言ったって、105枚に5ヶ月はないだろう(TT)。
今回は、時代劇です、一応。ひとまず、書き終えて、ほっとしているのではありますが・・・。キャラ設定希望を出して下さったみなさまのご希望に添えたかどうか、そしてこの物語がきちんと『物語』として成立しているかのどうか・・・やっぱり不安です(苦笑)。
どうか、ご感想をお聞かせ下さいまし。
この企画にご参加下さったみなさまからのキャラクター設定希望は
こちらです。