シャボンのし・あ・わ・せ



 5

「うぽ〜〜……」
 ゴブレットから解放されたアモンは、見るからに上機嫌だった。
 楽になったのが嬉しいのか、とカイルは思ったが、どうやらそうではないらしい。
 ヤドカリ状態からの脱出が嬉しいのなら、さっさと美枝森へでも帰りそうなものである。いや、人間に捕まっていた -- とも言い難いのだが -- アモンとしては、それが普通の反応だろう。
 だが、『彼』は、そうしなかった。
「変ですね……」
「……そうだな」
「だろう?」
 頷きあった3人である。
 と、その時。
 アモンが何やら嬉しそうに、自分の腕に鼻を近づけた。
「うぽ〜〜。うぽぽっ♪」
 匂いを嗅いで、にへら〜〜っと笑う。
「こっ、この動作はっ……!」
「こいつ、まさか……?」
「いや、これはやっぱり、そうかもよ……」
 ジェニアスも、カイルも、サウルも、いきなり悟った。
 アモンは、石鹸の匂いが気に入ったのだ、と。
 そうなのだ。
 アモンは、初めて嗅いだ石鹸の香りに陶然となっていた。ついでに言えば、両手をこすりあわせれば、まだ少し残っている石鹸水が泡立つことにも、光を反射して虹色に輝くその泡にも。
 シャボン玉を作り、嬉しそうに吹き飛ばすアモン。
 激しくブキミである。
 かつて兵達が揃って女装したことがあったが、このブキミさはその比ではない。

「………………。」
 沈黙が庵を包んだ。
 1人アモンだけが楽しげである。
 シャボンで遊んでいる。
 ふと、アモンが顔を上げた。
 何やら空気の匂いを嗅ぐような素振りを見せる。
「……?」
 見守る人間達の目の前で、いきなりアモンが立ち上がった。
『何を……』
 するつもりなのだろう?
 言葉もなく視線を交わした3人に、けれどアモンはすぐに答えをくれた。
 アモンが目指したものは、ジェニアスが石鹸水を作った残りの、石鹸本体だったのである。
 どうやらこれが『泡の素』だと悟ったらしい。ジェニアスのする事を見て覚えていたのだろう。
 ひょろりと細い腕で、自分よりも遙かに重いだろう石鹸を抱えようとしていた。
「いくら何でも、そりゃ無理だろーよ」
 呆れ果ててサウルが言ったが、アモンは聞こうとしなかった。
 キーキー唸りながら、一生懸命石鹸の塊を動かそうとしている。
 どうあっても石鹸を我がものにしようとしているようだった。
「……まったく……」
 溜息をついて、カイルがテーブルを離れた。
「……カイル? 何を」
 するつもりなのか、と訊きかけたジェニアスだったが、戻ってきた黒呪術師が右手に小型のナイフを持っているのを見て、その意図を察した。
「ちょっと、離れていて下さいね」
 両手でそっとアモンを押さえる。
 すかさずカイルが石鹸を手に取り、小さな塊を切り出した。
「ほらよ」
 それをつまんでサウルが差し出す。
 目の前に現れた、芳香を放つ小さな塊を、じっと見つめてアモンは
「うぽ〜〜〜……」
 嬉しそうにじんわりと目を潤ませた。
 差し出されたそれを、大事そうに抱え込む。
「さあ、もう美枝森にお帰りなさい」
 言ってジェニアスが手を離してやると、アモンはぴょこんと頭を下げて、ぱたぱたと窓から外へ出ていった。
 後に残った人間達は、
「はぁ〜〜〜……」
 深い溜息をついて床に座り込み、そして --
「……ぶっ」
「くすくす」
「くっくっく……」
 誰からともなく笑い始めたのであった。

 

******

 

 美枝森のはずれに、小さな庵がある。
 そこから少し離れて、ルーマカール星径神殿と、国境守備隊の兵営。
 この3つの建物では、時折、小さくなった石鹸がなくなることがあるのだそうだ。
 そうして、石鹸の代わりには、決まって大きなくるみが何個か落ちているらしい。
 そんな時には、その建物の主 -- 勿論、カイルか、ジェニアスか、サウルだ -- は、他の2人に声をかける。
「例のモノが、届いたよ」と。
  -- くるみの中身は、極上の果実酒である。
 面白いことに、くるみに入った果実酒は、カイルの持っている小さな銀のゴブレットの1杯分とぴったり同じ分量で……。
 3人は、極上のゴブレットに極上の果実酒を注ぎ、このささやかな酒宴のきっかけとなった出来事を思い出しては、くすくすと笑いあうのだそうだ。

 それから、もうひとつ。
 この件以来、美枝森から風に乗って聞こえてくるアモンの歌に、新しいフレーズが加わったそうである。
 曰く、
「銀の音、しりん。金の音、しゃらん。虹の泡、ぱちん……」
 どうやらルーマカールのアモンには、金と銀の他に、好きなものがもうひとつ増えたようである。

 

 




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あとがき(もしくは言い訳)


 またまた書いてしまいました、『辺境警備・サイドストーリー』(^^;)。
 実は、これを書いたのは、『華蓉』アップから『俺様はノラである。』を書き始めるまでの5日間。実質10時間かかってないんですね〜。余程「お笑い」を書きたかったらしいです、自分(苦笑)。
今回も、お笑いです。なんだか『辺境サイドストーリー』に関しては、すっかり色物街道を突っ走っている気がします(いや、『気』じゃないな、絶対・自爆)。笑って許して頂けるとありがたいですが、やっぱり謝っておきます。「ごめんなさい」。
 今回も高岡さんにイラストを付けていただきました。
 2人してすっかり楽しんでいる辺り、凶悪としか言いようがないかも知れません(苦笑)。
 というわけで、感想・苦情(^^;)、お待ちしてます。