シャボンのし・あ・わ・せ



 2

 話を聞きつけてやってきたサウルは、テーブルに載せられた『銀細工ゴブレット・アモン入り』を目にして、開口一番こう言った。
「おおっ、ヤドカリアモン!」
 言い得て妙とはこのことだろう。
 一瞬カイルも納得してしまった。
「それにしても、どうしてこんな……」
 ヤドカリアモンをしみじみ見つめて呟いたのは、ジェニアスだ。
 この疑問には、カイルより先にサウルが答えた。
「そりゃーやっぱり、棚からこれを担ぎ下ろそうとして失敗して落っこちて、運悪くゴブレットにはまっちまったんだろうよ」
 サイズがぴったりだったのが運の尽きだったなぁ、うんうん。
 気の毒そうに口では言うが、その口の端が笑っている。明らかに面白がっていた。
 アモンよりもサウルの方が性質が悪い -- その笑みを見てカイルはつくづく思った。
(こいつも……こんなことになってただでさえ嫌だろうに、こんなヤツの笑いの種にされて……?)
 何となく、ヤドカリアモンが一層哀れに思えてふと目を向けたカイルは、アモンがサウルとジェニアスをやけにじぃーーっと見つめていることに気付いた。
「……おい、何か知らんが、にらんでるぞ」
「え?」
 慌ててジェニアスとサウルが視線をアモンに戻す。
「隊長さん、このアモンひょっとして、前にあなたが捕まえてかごに入れてた……?」
 ジェニアスの問いに、サウルはポンッと手を打って言った。
「あー、あの銀貨12枚分の極上果実酒!」
「知り合いか?」
 2人を見遣ってカイル。
「知り合いってほどでは……」
 以前、サウルが隠し持っていた銀貨をアモンに取られたことがある。怒ったサウルが、銀貨を取り戻すべく神殿の聖水杯を使ってアモンをおびき寄せ、捉えたまでは良かったが、そのアモン、ミルクやビスケットを取って兵達を怯えさせるわ泣くわ喚くわで、とうとうサウルの方が根負けして美枝森に帰した。極上の果実酒は、その後アモンがサウルに届けた『礼』なのだった。
 苦笑混じりにジェニアスが説明すると、
「どうせその銀貨ってのは、どこぞの商人からもらった袖の下なんだろう」
 カイルが冷ややかに断じた。
「え〜と……」
 図星である。その通りなので、サウルには反論の余地はなかった。
「ま、それはおいといて……でも、こいつがあのアモンと同じかどうかなんて、調べようがないんじゃないか?」
 悪霊の顔なんて -- しかも『アモン』の顔なんて、見分けがつくとも思えない。じーっと見てると言っても、ただ『人間』をにらんでいるだけかも知れない。
 サウルが慌てて話題を変えると、
「試してみましょうか」とジェニアス。
「試す? どうやって?」
 不審そうに問いかけたカイルに
「これです」
 答えてジェニアスが見せたものは……
  -- 聖水杯。
「神官さん……あんた何でそんなもんを」
 呆れ顔のサウルに、ジェニアスは
「いえその……前のことがあるから、今回も必要かな〜と思って、つい……」
 ちょっと恥ずかしげに笑った。
「まあいいけど。で、それでどうやって調べるって?」
「ええ、あのアモンだったら……私や隊長さんの顔を覚えているのなら、前にこれを盗ろうとして隊長さんに捕まったことも覚えているんじゃないかと思うんです」
 金や銀の好きなアモンが、この聖水杯に怯えるような素振りを見せたら、『あたり』だろう、とジェニアスは言うのだ。
「なるほど」
 カイルとサウルが頷いて、早速計画が実行に移された。(と言っても、ただヤドカリアモンの前に聖水杯を置いただけではあるのだが。)
 で、結果がどうなったかというと……
 最初、アモンは聖水杯の銀色の輝きにうっとりとした表情を見せた。が、やがて、見守る人間3人にもそうと判るくらいに、彼(?)の顔から血の気が引いた。聖水杯の形や文様が、記憶を刺激したらしい。更に決定的なことに、アモンは、本来ならばすり寄って行くに違いない銀の聖水杯から、ずりずりと後ずさったのである。
「決まり、だな」
 だからと言ってどうということもないのだが -- ついでに言うなら彼は何もしていないのだが、やけに渋くキメてサウルが言った。
 その後がいけない。
「2度も人間に見つかるなんて、や〜い、ば〜か、ド〜ジっ」
 へろへろと舌を出し、ただでさえ哀れな姿のヤドカリアモンをここぞとばかりにからかった。
 お陰で、それまででも十分キーキーうるさかったアモンが、一層騒ぎ出してしまった。

 大して広くない庵である。やかましいことこの上なかった。
「隊長さん、やめなさいっ!」
「いい加減にしろ、お前等!」
 ジェニアスとカイルが怒鳴りつけて、やっと騒ぎが収まった。
 そして。
「それで、どうするんです、このアモン?」
 カイルもサウルもジェニアスも心では思いながら、3人共がなんとなく言い出せずにいた一言を、ここにきてやっとジェニアスが言った。




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