1
彼は途方に暮れていた。
何だってまた、こんなことになったんだろう?
美しいモノの波動に惹かれてやってきた。
呼び声に招かれるままにここに来て、『それ』を見つけて……
手に入れたと思ったのに、今の自分のこの窮地はどうだ。
-- 彼はほとほと困り果てていた。
誰か助けてくれないものか。仲間が助けに来てはくれないか。
待ってはみたが、救いの手は現れない。
美枝森すら眠りにつく、時刻は深夜。
助けを呼ぼうにも仲間は遠く、この場の主たる人間も、今夜は出払っている。
何よりも……人間に助けを求めるわけにはいかなかった。
何故なら、彼は、人ではないから。
人ではないモノ。
いにしえの不思議を今に伝えるもの。
人間達は彼等をこう呼ぶ。
-- アモン、と。

******
「……何だ、コイツは……?」
兵営での酒宴に付き合わされて --
と言っても半分は自ら進んで参加したのだが、そんなことは表に出さない。あくまで『嫌々付き合わされて飲んでいる』風を装っていた
--
朝帰りしたカイルは、自分の庵の薬品棚の下に転がる見慣れぬ物体を目にして呟いた。
『見慣れぬ』と言ったが、半分は嘘だ。
床に転がる物体の半分は、極上の細工を施された小さな銀のゴブレットだった。
王都を後にする直前に亭主の浮気を占ってやった貴族の女が、礼金に付けて寄越した3個の内の1個だ。
おおかた、亭主が何度目かの結婚記念日に「息子が大きくなったら、私と君と息子で、これに極上のワインを入れて飲もう」とか何とか言って寄越したものが、実は5個1組の代物で、残りの2個は亭主の愛人の所にあったとかいう『いわく』があるのだろう。
別れることにしたとはいえ、愛人と同じモノなど持っていたくないから、離婚のネタをくれた占い師に、おまけの礼金としてくれてやった、というのが真相ではないかとカイルは思っている。
数も3個とちょっと半端で、しかも極上の品だったから、急いで売るのはやめにした。売りたがっているのが相手にばれたら、いくら極上の品でも買い叩かれてしまう。嵩張るものでもないから、気長に買い手を見つけることにしてルーマカールに持ってきたのだった。
だから、そこまでは良い。
問題は、残りの半分だった。
キーキー喚く何やら妙なモノが、ゴブレットから『生えて』いた。
手が2本あった。足も2本あった。手と足と残る部分しか見えないのは、ゴブレットに体がすっぽりはまりこんでいるからなのだろう。
そして、残る部分 -- 頭。
思わずまじまじと見つめて、カイルはぼそっと呟いた。
「……醜い。」
大きな耳、皺だらけの顔、大きな唇。
小悪霊らしいと言えば言えなくもないが、アップで見たらその衝撃はかの鉄商人に勝るとも劣らないだろう。
と、
「キィーーーーーッ!」
『それ』が一層大きな声で喚いて手足をばたばたと振り回した。
どうやらカイルの言葉を理解したらしい。
「ふぅん……知性はあるのか」
冷ややかに言った時、庵の外で声がした。
「マスター、忘れ物だよー!」
兵営の『豆』達の内の誰かだ。(『兵隊さん』と皆に呼ばれている彼等は全部で9人いて、勿論それぞれがちゃんと名前を持っているのだが、カイルには誰が誰だかいまだに区別がつかないのだった)
何を忘れたのかと思ってドアを開けたら、差し出された両手の上にヒヨコが乗っていた。
「ついでにパンもおすそわけするだよ」
にこにこと笑いながら庵に入って来る。
そして、彼もまた、見た。
床に転がる物体を。
一瞬「え?」という顔をして、沈黙し、それが何者なのかを見極めようと目を凝らす。
カイルと違ったのは、その後の反応だった。
彼は叫んだ。
「ア、アモンッ!」
こうしてカイルは、『それ』がルーマカールでどう呼ばれているのかを知ったのだった。
|