シャボンのし・あ・わ・せ



 4

 ジェニアスはカイルにこう囁いた。
「石鹸を少し下さい。それと、水。あと、小さな器も貸して下さい」
 訝しげな顔をしたまま、とりあえずカイルが言われたものをテーブルに載せる。
 それを見て、
「ありがとう」
 ジェニアスは石鹸を手に取り、器に少し水を移して、その中で石鹸を泡立て始めた。
 ジェニアスの意図に先に気付いたのは、サウルだった。
「あぁ、な〜る。そーゆー手があったか」
「?」
 まだ見当のつかない様子のカイルに、サウルが耳打ちする。
「ほら、指輪が外れないときとかに……」
「……ああ、なるほど」
 きつくなって外れなくなった指輪が、石鹸水の中でなら案外簡単に外れたりする。ジェニアスは、それをヤドカリアモンで試そうというのだ。
「しかし……大丈夫なのかねぇ? アモンに石鹸なんて……」
「さあ……でも」
「やってみなきゃ判らない、か」
 サウルの疑問に短く答えたジェニアスの言葉を、更に続けてカイルが言った。
「ええ」
 アモンには悪いですけど。
 ほんの少し申し訳なさそうな顔でジェニアスが言う。
「ま、やってみる価値はあるかもな」
 サウルの台詞にカイルが返した。
「火にかけるよりはましだろう」
「ええ、私もそう思います」
「だ〜〜から、悪かったってば!」
 2人の視線に押されてサウルが苦笑した時、ジェニアスが手を止めた。
「さて、もういいでしょう」
 言って、アモン入りのゴブレットをテーブルに立てる。
「ちょっと、我慢して下さいね」
 アモンに囁きながら、少しとろみのついた半透明の液体をゴブレットに注いだ。
「きぃーーーーーっ!?」
 さんざん荒っぽい真似をされた後だ。その上、大きな手が動いたかと思ったら、ゴブレットごとテーブルの上に立てられて、挙げ句、妙にぬめる液体を流し込まれたのだ。アモンが喚いたのも当然だろう。
 だが……それも短い間のことだった。
「……うぽ?」
 急にアモンがおとなしくなった。
「今ですね」
 アモンが黙り込んだのをチャンスとばかりに、ジェニアスがゴブレットとアモンを両手で掴む。
 右手にアモン、左手にゴブレット。
 なるべく優しくアモンを押さえて、まずアモンとゴブレットの間に隙間を作った。
 わずかな隙間で良い。そこに石鹸水が流れ込めば、ジェニアスの勝ちだ。
 銀髪の神官は、隙間に石鹸水が十分行き渡るようにしばらく待って、それから左手でゴブレットをしっかり支え、右手で押さえたアモンをゆっくりと回した。

 最初は小さく。動き始めると段々回転の幅を大きくする。
 やがてアモンの胴体がゴブレットの縁から現れ始め、そして --
 ぽんっ!
 どこか間の抜けた音と共に、アモンの体がゴブレットから解放された。
 これであの賑やかな喚き声ともおさらばだ。
 人間達が -- 特にカイルがほっとしたのも無理はかった。
 アモンは、といえば、ジェニアスに軽く水洗いされた後も、テーブルの上で呆然としている。
「さあ、もう大丈夫ですよ」
 ジェニアスが笑って、
「さっさと美枝森へ帰れ!」
 カイルがにらんだ。
 アモンが動かないのは、突然のことで何が起こったのか判っていないからだろう、と、ジェニアスもカイルも思っていた。
 が……。
「何かこいつ、ぽぉ〜〜っとしてねーか?」
 アモンを指さして、サウルが言った。




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