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浮 雲
二葉亭四迷 


   浮雲はしがき

薔薇の花は頭に咲いて活人は絵となる世の中独り文章のみは黴の生えたちんぷんかんの四角張りたるに頬返しを付けかねまたは舌足らずの物言いを学びて口に涎を流すは拙(つたな)しこれはどうでも言文一途の事だと思い立っては矢も盾もなく文明の風改良の熱一度に寄せ来るどさくさ紛れお先まっくら三宝荒神さまと春のや先生を頼み奉り欠け硯に朧の月の雫を受けて墨摺り流す空のきおい夕立の雨の一しきりさらさらさつと書き流せばアラ無情(うたて)始末にゆかぬ浮雲めが艶(やさ)しき月の面影を思いがけなく閉じこめて黒白も分かぬ烏夜玉(うばたま)のやみらみっちゃな小説ができしぞやとわれながら肝をつぶしてこの書の巻端に序するものは
  明治丁亥初夏
二葉亭四迷  

浮 雲 第一篇


     第一回 アヽラ怪しの人の挙動(ふるまい)

千早振る神無月ももはやあと二日の余波(なごり)となッた二十八日の午後三時ごろに、神田見附の内より塗渡(とわた)る蟻、散る蜘蛛の子とうようよぞよぞよ沸き出でて来るは、いずれも顋(おとがい)を気にしたもう方ゞ。しかしつらつら見てとくと点検すると、これにも種々種類のあるもので、まず髭から書き立てれば、口髭、頬髭、顎の髭、やけに興起したナポレオンの髭に、狆の口めいたビスマルク髭、そのほか矮鶏(ちゃぼ)髭、狢髭、ありやなしやの幻の髭、濃くも淡くもいろいろに生え分かる。髭に続いて差(ちが)いのあるのは服飾。白木屋仕込みの黒物ずくめにはフランス皮の靴の配偶(みょうと)はありうち、これを召す方様の鼻毛は延びて蜻蛉(とんぼ)をも釣るべしという。これより降(くだ)っては、背皺よると枕詞の付く「スコッチ」の背広にゴリゴリするほどの牛の毛皮靴、そこで踵にお飾りを絶やさぬ所から泥をひく亀甲(かめのこ)ズボン、いずれも釣るしんぼうの苦患(くげん)を今に脱せぬ貌(かお)つき、デも持ち主は得意なもので、髭あり服ありわれまたなにをかもとめんとすました顔色で、火をくれた木頭(もくづ)とそっくりかえってお帰りあそばす、イヤおうらやましいことだ。その後より続いて出ておいでなさるはいずれも胡麻塩頭、弓と曲げても張りの弱い腰に無残や空弁当をぶらさげてヨタヨタものでお帰りなさる。さて老朽してもさすがはまだ職に堪えるものか。しかし日本服でも勤められる手軽なお身の上、さりとはまたお気の毒な。
途上人影のまれになったころ、同じ見附の内より両人(ふたり)の少年が話しながら出てまいった。一人は年齢二十二、三の男、顔色は蒼味七分に土気三分、どうもよろしくないが、秀でた眉にきっとした目つきで、ズーと押しとおった鼻筋、ただ惜しいかな口もとがちと尋常でないばかり。しかし締まりはよさそうゆえ、絵草紙屋の前に立っても、パックリあくなどという気づかいはあるまいか。とにかく顎がとがって頬骨があらわれ、ひどくやつれているせいか顔の造作がとげとげしていて、愛嬌気といったら微塵もなし。醜くはないがどこともなくケンがある。背はスラリとしているばかりでさのみ高いというほどでもないが、痩肉(やせじし)ゆえ、半鐘なんとやらという人聞きの悪いあだ名に縁がありそうで、年数物ながら摺畳皺(たたみじわ)の存じた霜降り「スコッチ」の服を身にまとって、組み紐を盤帯(はちまき)にした帽檐(つば)広な黒ラシャの帽子を載いてい、今一人は、前の男より二ツ三ツ兄らしく、中肉中背で色白の丸顔、口もとの尋常な所から目つきのパッチリとした所はなかなか好男子ながら、顔だちがひねてこせこせしているので、何となく品格のない男。黒ラシャの半「フロックコート」に同じ色の「チョッキ」、ズボンは何か乙な縞ラシャで、リュウとした衣装付け、縁の巻き上がった釜底形の黒の帽子を眉深にかぶり、左の手を隠袋(かくし)へ差し入れ、右の手で細々した杖をおもちゃにしながら、高い男に向かい、
「しかしネー、もし果たして課長がわが輩を信用しているなら、けだしやむを得ざるに出でたんだ。なぜと言ッて見たまえ、局員四十有余名と言やア大層のようだけれども、みんな腰の曲がッた老爺(じいさん)にあらざれば気のきかない奴ばかりだろう。そのうちで、こう言やアおかしいようだけれども、若手でサ、原書もちったアかじっていてサ、そうして事務を取らせて捗(はか)のいく者と言ったら、マアわが輩二、三人だ。だからもし果たして信用しているのなら、やむを得ないのサ。」
「けれども山口を見たまえ、事務を取らせたらあの男ほど捗のいく者はあるまいけれども、やっぱり免を食ったじゃアないか。」
「あいつはいかん、あいつはばかだからいかん。」
「なぜ。」
「なぜと言って、あいつはばかだ、課長に向かってこないだのような事を言う所を見りゃア、いよいよばかだ。」
「あれは全体課長が悪いサ、自分が不条理な事を言い付けながら、何もあんな頭ごなしにいうこともない。」
「それは課長の方があるいは不条理かもしれぬが、しかしいやしくも長官たる者に向かって抵抗を試みるなぞというなア、ばかの骨頂だ。まず考えて見たまえ、山口はなんだ、属吏じゃアないか。属吏ならば、たとい課長の言い付けを条理と思ったにしろ思わぬにしろ、ハイハイって言ってその通りに処弁していきゃア、職分は尽きてるじゃアないか。しかるにあいつのように、いやしくも課長たる者に向かってあんな差図がましい事を………」
「イヤあれはさしずじゃアない、注意サ。」
「フム乙(おつ)う山口を弁護するネ、やっぱり同病相あわれむのか、アハアハアハ。」
高い男は中背の男の顔をしり目にかけて口をつぐんでしまッたので談話がすこしとぎれる。錦町へ曲がり込んで二ツ目の横町の角までまいった時、中背の男はふと立ち止まって、
「ダガ君の免を食ったのは、弔すべくまた賀すべしだぜ。」
「なぜ。」
「なぜと言って、君、これからは朝から晩まで情婦のそばにへばり付いている事ができらアネ。アハアハアハ。」
「フフフン、ばかを言いたもうな。」
ト高い男は顔に似気なく微笑を含み、さて失敬の挨拶も手軽く、別れて独り小川町の方へまいる。顔の微笑が一かわ一かわ消えゆくにつれ、足取りも次第次第にゆるやかになって、ついには虫のはうようになり、しょんぼりと頭をうな垂れて二、三町ほどもまいッたころ、ふと立ち止まりてあたりをみまわし、駭然として二足三足立ち戻ッて、トある横町へ曲がり込んで、角から三軒目の格子戸作りの二階家へ入る。いっしょに入ッて見よう。
高い男は玄関を通り抜けて縁側へ立ち出でると、傍の坐舗(ざしき)の障子がスラリあいて、年ごろ十八、九の婦人の首、チョンボリとした摘まみッ鼻と、日の丸の紋を染め抜いたムックリとした頬とで、その持ち主の身分が知れるという奴が、ヌット出る。
「お帰んなさいまし。」
トいって、なぜか口なめずりをする。
「叔母さんは。」
「さっきお嬢さまとどちらへか。」
「そう。」
ト言い捨てて高い男は縁側を伝ってまいり、突き当たりの段梯子を登ッて二階へ上がる。ここは六畳の小坐舗一間の所に三尺の押入れ付き、三方は壁でただ南ばかりが障子になッている。床に掛けた軸はすみずみもすでに虫ばんで、床花瓶に投げ入れた二本三本の蝦夷菊は、うら枯れて枯れ葉がち。坐舗の一隅を顧みると古びた机が一脚据え付けてあッて、筆、ペン、楊子などをつかみ插しにした筆立て一個に、歯みがきの函と肩をならべた赤間の硯が一面載せてある。机のかたわらに押し立てたは二本立ちの書函(ほんばこ)、これには小形のランプが載せてある。机の下に差し入れた縁の欠けた火入れ、これには摺付木の死体が横たわッている。そのほか坐舗いっぱいに敷き詰めた毛団(けっと)、衣紋竹(えもんだけ)に釣るした袷衣(あわせ)、柱の釘にかけた手ぬぐい、いずれを見ても皆数年物、その証拠には手ずれていて古色蒼然たり、だが自(おのずか)ら秩然と取りかたづいている。
高い男は徐(しず)かに和服に着替え、脱ぎすてた服を畳みかけて見て、舌鼓を撃ちながらそのまま押入れへへし込んでしまう。所へトバクサと上がッて来たのは例の日の丸の紋を染め抜いた首の持ち主、横幅の広い筋骨のたくましい、ズングリ、ムックリとした生理学上の美人で、持ッて来た郵便を高い男の前に差し置いて、
「アノーさっきこの郵便が。」
「ア、そう、どこから来たんだ。」
ト郵便を手に取って見て、
「ウー、国からか。」
「アノネあなた、今日のお嬢さまのお服飾は、ほんとにお目にかけたいようでしたヨ。まずネ、お下着が格子縞の黄八丈で、お上着はパッとしたいゝ引縞の糸織りで、お髪はいつものイボジリ巻きでしたがネ、お掻頭(かんざし)はこないだ出雲屋からお取んなすったこんな」
とわざわざ手で形をこしらえて見せ、
「薔薇の花掻頭でネ、それはそれはお美しゅうございましたヨ………わたしもあんな帯留めが一ツ欲しいけれども………」
とすこしふさいで
「お嬢さまはお化粧なんぞはしないとおっしゃるけれども、今日はなんでも内々で薄化粧なすッたに違いありませんヨ。だってなんぼ色がお白いッてあんなに………私も家にいる時分はこれでもヘタクタつけたもんでしたがネ、こちらへ上がッてからお正月ばかりにして不断はつけないの、つけてもいいけれども御新造さまの悪口がいやですワ、だッていつかもお客様のいらッしゃる前で、「鍋のお白粉をつけたとこはまるで炭団(たどん)へ霜が降ッたようでございます」ッて………あんまりじゃアありませんか、ネーあなた、なんぼ私が不器量だッてあんまりじゃアありませんか。」
ト敵手がそばにでもいるように、真っ黒になってまくしかける。高い男は先ほどより、手紙を把ッては読みかけ読みかけてまた下へおきなどして、さも迷惑な体、その時もただ「フム」と鼻を鳴らしたのみでさらに取り合わぬゆえ、生理学上の美人はさなくともえみわれそうな両頬をいとどふくらして、ツンとして二階を降りる。その後ろ姿を見送ッて高い男はホット顔、また手早く手紙を取り上げて読み下す、その文言(もんごん)に、 と読みさして覚えずも手紙を取り落とし、腕を組んでホットため息。


     第二回 風変りな恋の初峰入 上

高い男とかりに名乗らせた男は本名を内海文三と言ッて静岡県の者で、父親は旧幕府に仕えて俸禄を食(は)んだ者であッたが、幕府倒れて王政古(いにしえ)に復えり時津風になびかぬ民草もない明治の御世になッてからは、旧里静岡に蟄居してしばらくは偸食(とうしょく)の民となり、なすこともなく昨日と送り今日と暮らすうち、内座して食(くら)えば山も空しの諺に漏れず、次第次第に貯蓄の手薄になる所からあがき出したが、さて木から落ちた猿猴(さる)の身というものは意久地のない者で、腕には真陰流に固まッていても鋤鍬は使えず、口はさようしからばと重くなッていて見れば急にはヘイの音も出されず、といって天秤を肩へ当てるも家名の汚れ外聞が見ッともよくないというので、足を擂木(すりこぎ)に駆け回ッて辛くして静岡藩の史生に住み込み、ヤレうれしやと言ッた所が腰弁当の境界、なかなか浮かみ上がるほどにはまいらぬが、デモ感心には多くもない資本をおしまずして一子文三に学問を仕込む。まず朝むっくり起きる、弁当を背負わせて学校へ出してやる、帰ッて来る、直ちに傍近の私塾へ通わせると言うのだから、あけしい間がない。とてもよそ外の小供では続かないが、そこは文三、性質が内端だけに学問には向くと見えて、あまりしぶりもせずして出てまいる。もっとも途に蜻蛉を追う友を見てフト気まぐれて遊び暮らし、しょんぼりとして裏口から立ち戻ッて来る事もないではないが、それはたまさかの事で、ママ大方は勉強する。そのうちに学問の味も出て来る、サアおもしろくなるから、昨日までは督責(とくせき)されなければ取り出さなかッた書物をも今日はわれからひもとくようになり、したがッて学業も進歩するので、人も賞めそやせば両親も喜ばしく、子の生長にその身の老ゆるを忘れて春を送り秋を迎えるうち、文三の十四という春、待ちに待った卒業も首尾よく済んだのでヤレうれしやという間もなく、父親はふと感染した風邪から余病を引き出し、年ごろの心労も手伝って、ドット床に就く。薬餌(やくじ)、呪(まじない)、加持祈祷と人の善いと言うほどの事をし尽くして見たが、さて験(げん)も見えず、次第次第に頼み少なになって、ついに文三の事を言い死(いいじに)にはかなくなってしまう。生き残った妻子の愁傷は実に比喩を取るに言葉もなくばかり、「ああいくら嘆いても仕方がない」トいう口の下からツイ袖に置くは泪(なみだ)の露、ようやくの事で空しき骸(から)を菩提所へ送りて荼毘(だび)一片の烟と立ち上らせてしまう。さて*かせぎ*人が没してから家計は一方ならぬ困難、薬礼と葬式の雑用とに多くもない貯叢(たくわえ)をゲッソリつかい減らして、今は残り少なになる。デモ母親は男勝りの気丈者、貧苦にめげない煮焚の業の片手間に一枚三厘のシャツを縫(く)けて、身を粉にしてかせぐに追い付く貧乏もないか、どうかこうか湯なり粥なりをすすって、公債の利の細い烟を立てている。文三は父親の存生(ぞんじょう)中より、家計の困難に心づかぬではないが、何と言ってもまだ幼少の事、いつまでもそれでいられるような心地がされて、親思いの心から、今に坊がああしてこうしてと、年齢には増せた事を言い出しては両親に袂(たもと)を絞らせた事はあっても、またどこともなく他愛のない所もあって、浪に漂う浮き草の、うかうかとして月日を重ねたが、父の死後便のない母親の辛苦心労を見るにつけ聞くにつけ、小供心にも心細くまた悲しく、始めて浮世の塩が身にしみて、夢のさめたような心地。これからは給事なりともして、母親の手足にはならずともせめてわが口だけはとおもう由をも母に告げて相談をしていると、捨てる神あれば助くる神ありで、文三だけは東京にいる叔父のもとへ引き取られる事になり、泣きの泪(なみだ)で静岡を発足して叔父をたよって出京したのは明治十一年、文三が十五になった春の事とか。
叔父は園田孫兵衛と言いて、文三の亡父のためには実弟に当たる男、慈悲深く、憐ッぽく、しかも律儀真当(まっとう)の気質ゆえ、人の望(う)けもよいが、惜しいかなちと気が弱すぎる。維新後は両刀を矢立てに替えて、朝夕算盤を弾いては見たが、慣れぬ事とて初めのうちは損毛ばかり、今日に明日にと食い込んで、果ては借金の淵に陥まり、どうしようこうしようとあがきもがいているうち、ふとした事から浮かみ上がって、当今ではちとは資本もでき、地面をも買い、小金をも貸し付けて、家を東京に持ちながら、その身は浜のさる茶店の支配人をしている事なれば、さのみ富貴と言うでもないが、まず融通のある活計(くらし)。留守を守る女房のお政は、お摩(さす)りからずるずるの後配(のちぞい)、れっきとした士族の娘と自分ではいうが………チト考え物。しかしとにかく、如才のない、世辞のよい、地代から貸し金の催促まで家事一切独りで切って回るほどあって、万事に抜け目のない婦人。疵瑕(きず)と言ッてはただ大酒飲みで、浮気で、しかも針を持つ事がキツイきらいというばかり、さしたる事もないが、人事はよく言いたがらぬ世の習い「あの婦人(おんな)は裾張蛇の変生だろう」ト近辺の者は影人形を使うとか言う。夫婦の間に二人の子がある。姉をお勢(せい)と言ッて、そのころはまだ十二の蕾、弟は勇(いさみ)と言ッて、これもまだ袖で鼻汁ふくわんぱく盛り(これは当今は某校に入舎していて宅にはおらぬので)、トいう家内ゆえ、叔母一人の機に入れはイザコザはないが、さて文三には人の機嫌気褄(きづま)を取るなどという事ができぬ。ただ心ばかりは主とも親とも思ッてよく事(つか)えるが、気がきかぬと言ッては睨(ね)めつけられる事いつもいつも、そのたびごとに親のありがたサが身にしみ骨に耐(こた)えて、袖に露を置くことはありながら、常に自らしかッて辛抱、使い歩きをする暇には近辺の私塾へ通学して、しばらく悲しい月日を送ッている。トある時、某学校で、生徒の召募があると塾での評判取りどり、聞けば給費だという。何も試しだと文三が試験を受けて見た所、幸いにして及第する、入舎する、ソレ給費がもらえる。昨日までは叔父の家とは言いながら食客(いそうろう)の悲しさには、追い使われたうえ気兼ね苦労のみをしていたのが、今日はほかに掣肘(ひかれ)る所もなく、心いっぱいに勉強できる身の上となったから、ヤ喜んだの喜ばないのとそれはそれは、雀踊(こおどり)までして喜んだが、しかし書生と言ッてもこれもまた一苦界、もとよりよそ外のおぼッちゃま方とは違い、親から仕送りなどという洒落はないから、むだづかいとては一銭もならず、またしようとも思わずして、ただ一心に、便のない一人の母親の心を安めねばならぬ、世話になった叔父へも報恩(おんがえし)をせねばならぬ、と思う心より、寸陰を惜しんで刻苦勉強に学業の進みも著しく、いつの試験にも一番と言ッて二番とは下らぬほどゆえ、得難い書生と教員も感心する。サアそうなると傍(はた)がやかましい。放蕩と懶惰(らいだ)とを経緯(たてぬき)の糸にして織り上がったおぼッちゃま方が、負けじ魂の妬み嫉みからおむずかりあそばすけれども、文三はそれらの事には頓着せず、独りネビッチョ除け者となッて朝夕勉強三昧に歳月を消磨するうち、ついに多年蛍雪の功が現われて一片の卒業証書を懐き、再び叔父の家を東道(あるじ)とするようになッたからまず一安心と、それより手を替え品を替え種々にして仕官の口をさがすが、さて探すとなると、ないもので、心ならずも小半年ばかり燻(くすぶ)ッている。その間終始叔母にいぶされるつらさ苦しさ、初めは叔母も自分ながらけぶそうな貌(かお)をして、やわやわ吹き付けていたからまずよかッたが、次第にいぶし方にも念が入ッて来て、果ては生松葉に蕃椒(とうがらし)をくべるようになッたから、そのけぶいことこの上なし。文三もしばらくは鼻をもつぶしていたれ、ついにはあまりのけぶさに堪え兼ねてむせ返る胸を押ししずめかねた事もあッたが、イヤイヤこれも自分が不甲斐ないからだと、思い返してジット辛抱。そういう所ゆえ、その後ある人の周施で某省の准判任御用係となッた時は天へも昇る心地がされて、ホット一息つきはついたが、始めて出勤した時は異(おつ)な感じがした。まず取り調べ物を受け取ってわが座になおり、さて落ち着いて居回りをみまわすと、子細らしく頸を傾けて書き物をするもの、蚤取り眼(まなこ)になって校合をするもの、筆をくわえてせわしげに帳簿を繰るものと種々さまざまある中に、ちょうど文三の真向こうに八字の浪を額に寄せ、せわしく眼をしばたたきながら、間断もなく算盤を弾いていた年配五十前後の老人が、ふと手を止めて珠を指ざしをしながら、「エー六五七十の二………でもなしとエー六五」ト天下の安危この一挙にありと言ッたような、さも心配そうな顔を振り揚げて、そのくせ口をアンゴリあいて、眼鏡越しにジット文三の顔を見つめ、「ウー八十の二か」ト一越調子高な声を振り立ててまた一心不乱に弾き出す。あまりのおかしさに堪えかねて、文三は覚えずも微笑したが、考えて見れば笑うわれと笑われる人とあまり懸隔のない身の上。アアかつて身の油に根気の心を浸し、眠い目を睡ずして得た学力を、こんなはかないばかげた事に使うのかと、思えば悲しく情けなく、われになくホット太息(といき)をついて、しばらくはただ茫然としてつまらぬ者でいたが、イヤイヤこれではならぬと心を取り直して、その日より事務に取りかかる。当座四、五日は例の老人の顔を見るごとに嘆息のみしていたが、それも向こう境界に移る習いとかで、日を経るままに苦にもならなくなる。この月より国もとの老母へは月々仕送りをすれば母親もよろこび、叔父へは月賦で借金済(な)しをすれば叔母もきげんを直す。その年の暮れに一等進んで本官になり、昨年の暑中には久々にて帰省するなど、いろいろ喜ばしき事が重なれば、眉の皺も自から伸び、どうやら寿命も長くなったように思われる。ここにチト艶いた一条のお噺があるが、これを記す前に、チョッピリ孫兵衛の長女のお勢の小伝を伺いましょう。
お勢の生い立ちのありさま、生来子煩悩の孫兵衛を父に持ち、他人には薄情でもわが子には目のないお政を母に持ッた事ゆえ、幼少の折より插頭(かざし)の花、衣の裏の玉と撫でいつくしまれ、何でもかでも言いなり次第にオイソレとしつけられたのが癖となッて、首尾よくやんちゃ娘に成りおおせた。紐解きの賀済んだころより、父親の望みで小学校へ通い、母親の好みで清元のけいこ、生まれ得て才はじけの一徳には生覚えながら飲み込みの早く、学問、遊芸、両(ふた)つながら出来のよいように思われるから、母親は目も口も一ツにして大よろこび、尋ねぬ人にまで風聴する娘自慢の手前味噌、しきりに涎を垂らしていた。そのころ新たに隣家に引き移ッてまいッた官員は、家内四人活計で、細君もあれば娘のいる。隣づからの寒喧(かんけん)の挨拶が食い付きで、親々が心安くなるにつれ娘同士の親しくなり、毎日のように訪いつ訪われつした。隣家の娘というのは、お勢よりは二ツ三ツ年層で、優しくしとやかで、父親が儒者のなれの果てだけあッて、小供ながらも学問が、好きこそ物の上手でできる。いけ年を仕ッてもとかく人まねはやめられぬもの、ましてや小供といううちにもお勢は根生(ねおい)の軽躁者(おいそれ)なれば、なおさらたちまちその娘にかぶれて、起居挙動から物の言いざままでそれに似せ、急に三味線をほうりだして、唐机の上に孔雀の羽を押し立てる。お政は学問などというかしこまッた事は虫が好かぬが、いとしの娘のしたいと思ッてする事と、そのままに打ちすてて置くうち、お勢が小学校を卒業したころ、隣家の娘は芝辺のさる私塾へ入塾することになッた。サアそうなるとお勢は矢も楯もたまらず、急に入塾したくなる。何でもかでもと親をせがむ、寝言にまで言ッてせがむ。トいってまだ年端もゆかぬに、ことにはなまよみの甲斐なき婦人(おんな)の身でいながら、入塾などとはもってのほか、トいったんは親の威厳でしかり付けて見たが、例の絶食に腹を空かせ、「入塾できないくらいなら生きている甲斐がない」トため息かみまぜの愁訴、しおれ返ッて見せるに両親も我を折り、それほどまでに思うならばと、万事を隣家の娘に託して、おぼつかなくも入塾させたは今より二年前の事で。
お勢の入塾した塾の塾頭をしている婦人は、新聞の受け売りからグット思い上がりをした女丈夫、しかも気を使ッて一飯の恩は酬いがちでも、睚眥(がいさい)の怨みは必ず報ずるという蚰蜒(げじげじ)魂で、気に入らぬ者と見れば、何かにつけて真綿に針のチクチク責めをするが性分。親の前でこそ蛤貝とそっくりかえれ、他人の前では蜆貝と縮まるお勢の事ゆえ、責(さいな)まれるのがつらさにこの女丈夫に取り入ッて卑屈を働らく。もとより根がお茶ッぴいゆえ、その風に染まりやすいか、たちまちのうちに見違えるほど容子が変わり、いつしか隣家の娘とは疎々(うとうと)しくなった。その後英学を初めてからは、悪あがきもまた一段で、襦袢がシャツになれば唐人髷も束髪に化け、ハンケチで咽喉を緊(し)め、うっとうしいを耐えて眼鏡を掛け、独りよがりの人笑わせ、あっぱれ一個のキャッキャとなり済ました。しかるに去年の暮れ、例の女丈夫は、教師に雇われたとかで退塾してしまい、その手に属したお茶ッぴい連も一人去り、二人去りして残り少なになるにつけ、お勢も何となくわが宿恋しくなッたけれど、まさかそうとも言いかねたか、漢字はあらかたできたとこしらえて、退塾して宿所へ帰ッたは今年の春の暮れ、桜の花の散るころの事で。
すでに記したごとく文三の出京したころは、お勢はまだ十三の蕾、幅の狭い帯を締めて、姉様を荷厄介にしていたなれど、こましゃくれた心から、「あの人はお前のご亭主さんにもらッたのだヨ」ト座興に言ッた言葉の露を実(まこと)とくんだか、初めのうちははにかんでばかりいたが、小供のなじむは早いもので間もなく菓子一つを二ツに割ッて食べるほど、睦み合ッたも今は一昔。文三が某校へ入舎してからは、相あう事すらまれなれば、まして一つにいた事は半日もなし。ただ今年の冬期休暇にお勢が帰宅した時のみ、十日ばかりも朝夕顔を見合わしていたなれど、小供の時とは違い、年ごろが年ごろだけに、文三もよろずに遠慮がちでよそよそしくもてなして、さらに打ち解けて物など言ッた事なし。そのくせお勢が帰塾した当座両三日は、百年相識に別れたごとく、何となく心さびしかッたが………それも日数を経るままに忘れてしまッたのに、今また思いがけなく一ツ家に起臥(おきふし)して、折節はなれなれしく物など言いかけられて見れば、うれしくもないが一月がまた来たようで、何となくにぎやかな心地がした。人一人ふえた事ゆえ、これはさもあるべき事ながら、ただ怪しむべきはお勢と席を同じゅうした時の文三の感情で、いつもおかしく気が改まり、円めいていた背を引き伸ばして頸を据え、異(おつ)うすまして変に片づける。魂が裳抜(もぬけ)れば一心に主とする所なく、居回りにあるほどのものことごとく薄烟に包まれて、虚有(きょゆ)縹渺(ひょうびょう)の中に漂い、あるかと思えばあり、ないかと想えばない中に、ただ一物(あるもの)ばかり見ないでも見えるが、この感情はまだ何とも名づけ難い。夏の初めより頼まれて、お勢に英語を教授するようになッてから、文三はすこしく打ち解け出して、折節は日本婦人のありさま、束髪の利害、さては男女交際の得失などを論ずるようになると、不思議や今まで文三を男臭いとも思わず太平楽を並べ大風呂敷を拡げていたお勢が、文三の前ではいつからともなく口数を聞かなくなッて、どこともなく落ち着いて、優しく女性(にょしょう)らしくなッたように見えた。ある一日、お勢のいつになく眼鏡をはずして頸巾(くびまき)を取ッているを怪しんで文三が尋ぬれば、「それでもあなたが、健康な者にはかえって害になるとおっしゃッたものヲ」トいう。文三は覚えずもにっこり、「それはしごくよい事だ」ト言ッてまたにっこり。
お勢の落ち着いたに引き替え、文三は何かそわそわし出して、出勤して事務を執りながらも、お勢の事を思い続けに思い、退省の時刻を待ちわびる。帰宅したとてもお勢の顔を見ればよし、さもなければがっかり力抜けがする。「彼女(あれ)に何したのじゃアないのかしらぬ」トある時われを疑ッて、覚えずも顔をあからめた。
お勢の帰宅した初めより、自分には気が付かぬでも文三の胸には虫がわいた。なれどものそのころはまだ小さく場取らず、胸にあッても邪魔にならぬのみか、そのムズムズうごめく時は世界じゅうが一所に集まるごとく、またこの世から極楽浄土へ往生するごとく、また春の日に瓊葩綉葉(けいはしゅうよう)の間、和気香風(かきこうふう)の中に、臥榻(がとう)を据えてその上に臥(ね)そべり、次第に遠ざかりゆく虻(あぶ)の声を聞きながら、眠るでもなく眠らぬでもなく、ただウトウトとしているがごとく、何ともかとも言いようなくこころよかッたが、虫めはいつのまにか太くたくましくなッて、「何したのじゃアないか」ト疑ッたころには、すでに「添度(そいたい)の蛇(じゃ)」という蛇になッてはい回ッていた………むしろつれなくされたならば、食すべき「たのみ」の餌がないから、蛇めの飢死に死んでしまいもしようが、なまじいに卯の花くだし五月雨のふるでもなくふらぬでもなく、生殺しにされるだけに、蛇めも苦しさに堪えかねてか、のたうち回ッて腸をかみちぎる………初めての快さに引き替えて、文三も今は苦しくなッて来たから、ひそかに叔母の顔色を伺ッて見れば、気のせいか粋を通して見て見ぬ風をしているらしい。「もしそうなればもう叔母の許しを受けたも同前………チョッいっそ打ち付けに………」ト思ッた事はしばしばあッたが、「イヤイヤ滅多な事を言い出して取り着かれぬ返答をされては」ト思い直してジット意馬の絆を引き緊め、藻に住む虫のわれから苦しんでいた………これからが肝心要(かなめ)、回を改めて伺いましょう。


     第三回 よほど風変わりな恋の初峰入り 下

今年の仲の夏、ある一夜、文三が散歩より帰ッて見れば、叔母のお政は夕暮れより所用あッて出たまままだ帰宅せず、下女のお鍋も入湯にでもまいッたものか、これも留守、ただお勢の子舎(へや)にのみ光明(あかり)が射している。文三初めは何心なく二階の梯子段を二段三段登ッたが、ふと立ち止まり、何かしきりに考えながら、一段降りてまた立ち止まり、また考えてまた降りる………にわかに気を取り直して、まさに再び二階へ登らんとする時、たちまちお勢の子舎の中に声がして
「どなた。」
トいう。
「私。」
ト返答をして文三は肩をすくめる。
「オヤどなたかと思ッたら文さん………さみしくッてならないからちっとお噺しにいらッしゃいな。」
「エありがとう、だがもうちっと後にしましょう。」
「何か御用があるの。」
「イヤ何も用はないが………。」
「それじゃアいいじゃアありませんか、ネーいらッしゃいヨ。」
文三はすこしためらって梯子段を降り果てお勢の子舎の入り口までまいりはまいッたが、中へとては立ち入らず、ただたたずんでいる。
「お入んなさいな。」 「エ、エー………」
ト言ったまま文三はなおたたずんでモジモジしている、何か入りたくもあり入りたくもなしといったような容子。
「なぜあなた、今夜に限ッてそう遠慮なさるの。」
「デモあなたお一人ッ切りじゃア………なんだか………」
「オヤマアあなたにも似合わない………アノいつか、気が弱くッちゃア主義の実行は到底おぼつかないとおっしゃッたのはどなただッけ。」
ト*虫秦(しん)*の首を斜めに傾げて嫣然(えんぜん)片頬に含んだお勢の微笑に釣られて、文三は部屋へ入り込み坐に着きながら
「そう言われちゃア一言もないが、しかし………」
「ちっとおつかいなさいまし。」
トお勢は団扇を取り出して文三に勧め
「しかしどうしましたと。」
「エ、ナニサ影口がどうもうるさくッて。」
「それはネ、どうせちっとは何か言いますのサ。また何とか言ッたッていいじゃアありませんか、もしお互いに潔白なら。どうせあなた、二千年来の習慣を破るんですものヲ、多少の艱苦は免れッこはありませんワ。」
「トハ思ッているようなものの、まさか影口が耳に入るといやなものサ。」
「それはそうですヨネー。この間もネあなた、鍋が生意気におかしな事を言ッて私にからかうのですよ。それからネ私があんまりうるさくなッたから、到底わかるまいとはおもいましたけれども、試みに男女交際論を説いて見たのですヨ。そうしたらネ、アノなんですッて、私の言葉には漢語がまざるからまるっきり何を言ッたのだかわかりませんて………ほんとに教育のないという者はしようのないもんですネー。」
「アハハハそいつは大笑いだ………しかしおかしく思ッているのは鍋ばかりじゃアありますまい、きっとおっかさんも………」
「母ですか、母はどうせ下等の人物ですから終始おかしな事を言ッちゃアからかいますのサ。それでもネ、そのたんびに私が辱しめ辱しめしいしいしたら、あれでもちっとは恥じたと見えてネ、このごろじゃアそんなに言わなくなりましたよ。」
「アノーなんですッて、そんなに親しくするくらいならむしろあなたと………(すこしもじもじして言いかねて)結婚してしまえッて………」
ト聞くと等しく文三はぎょっとしてお勢の顔をみつめる。されどこなたは平気の躰(てい)で
「ですがネ、教育のない者ばかりを責めるわけにもいけんませんヨネー。私の朋友なんぞは、教育のあると言うほどありゃアしませんがネ、それでもマア普通の教育はうけているんですよ、それでいてあなた、西洋主義のわかるものは、二十五人のうちたった四人しかないの。その四人もネ、塾にいるうちだけで、外へ出てからはネ、口ほどにもなく両親に圧制せられて、みんなお嫁にいッたりお婿を取ッたりしてしまいましたの。だから今までこんな事を言ッてるものは私ばッかりだとおもうと、何だか心細くッて心細くッてなりません。でしがたネ、このごろはあなたという親友ができたから、アノー大変気丈夫になりましたわ。」
文三はチョイと一礼して
「お世辞にもしろうれしい。」
「アラお世辞じゃアありませんよ、ほんとうですよ。」
「ほんとうならなおうれしいが、しかし私にゃアあなたと親友の交際は到底できない。」
「オヤなぜですエ。なぜ親友の交際ができませんエ。」
「なぜといえば、私にはあなたがわからず、またあなたには私がわからないから、どうも親友の交際は………」
「そうですか。それでも私にはあなたはよくわかッているつもりですよ。あなたの学識があッて、品行が方正で、親に孝行で………」
「だからあなたには私がわからないというのです。あなたは私を親に孝行だとおっしゃるけれども、孝行じゃアありません。私には………親より………大切な者があります………」
トどもりながら言ッて文三は差しうつ向いてしまう。お勢は不思議そうに文三の容子をながめながら
「親より大切な者………親より………大切な………者………親より大切な者は私にもありますワ。」
文三はうなだれた頸を振り揚げて
「エ、あなたにもありますと。」
「ハア、ありますワ。」
「だ………だれが。」
「人じゃアないの、アノ真理。」
「真理。」
ト文三はぶるぶると胴震いをして唇を食いしめたまましばらく無言、ややあッてにわかに喟然(きぜん)として嘆息して
「アアあなたは清浄なものだ潔白なものだ………親より大切なものは真理………アア潔白なものだ………しかし感情という者は実に妙なものだナ、人を愚にしたり、人を泣かせたり笑わせたり、人をあえだりもんだりして玩弄する。玩弄されるとうすうす気が付きながらそれを制することができない。アア自分ながら………」
トすこし考えて、ややありて熱気(やっき)となり
「ダガ思い切れない………どうあッても思い切れない………お勢さん、あなたは御自分が潔白だからこんな事を言ッてもおわかりがないかもしれんが、私には真理よりか………真理よりか大切な者があります。去年の暮れからまる半歳、その者のために感情を支配せられて、寝てもさめても忘らればこそ、死ぬよりつらいおもいをしていても、先ではすこしもくんでくれない。むしろつれなくされたならば、また思い切りようもあろうけれども………」
トすこし声をかすませて
「なまじい力におもうの親友だのといわれて見れば私は………どうも………どうあッても思い………」
「アラ月が………まるで竹の中から出るようですよ、ちょっとごらんなさいヨ。」
庭の一隅に栽え込んだ十竿ばかりの繊竹(なよたけ)の、葉を分けて出る月のすずしさ。月夜見の神の力の測りなくて、断雲一片の翳だもない、蒼空一面にてりわたる清光素色、ただ亭々皎々として雫もしたたるばかり。初めは隣家の隔ての竹垣にさえぎられて庭を半ばよりはい初め、中ごろは縁側へ上ッて座舗(ざしき)へはい込み、稗蒔(ひえまき)の水に流れては金瀲*艶*(れんえん)、簷馬(ふうりん)の玻璃に透りては玉玲瓏(れいろう)、座賞の人に影を添えて孤澄一穂(すい)の光を奪い、ついに間の壁へはい上がる。涼風一陣吹きいたるごとに、ませ籬(がき)によろぼいかかる夕顔の影法師がばさとして舞い出し、さては百合の葉末にすがる露の珠が、たちまち蛍となッて飛び迷う。草花立樹の風にもまれる音のざわざわとするにつれて、しばしば人の心も騒ぎ立つとも、須臾(しゅゆ)にして風が吹きやめば、またあたり蕭然(ひっそ)となって、軒の下草に集(すだ)く虫の音のみ独り高く聞こえる。目に見る景色はあわれにおもしろい。とはいえ心に物ある両人(ふたり)の者の目には止まらず、ただお勢が口ばかりで
「アア佳いこと。」
トいって何ゆえともなくにっこり笑い、仰向いて月にみとれる風(ふり)をする。その半面(よこがお)を文三はぬすむがごとくながめやれば、目鼻口の美しさは常に異(かわ)ッたこともないが、月の光を受けてすこし蒼味を帯(お)んだ瓜実顔に、ほつれ掛かッたいたずら髪、二筋三筋扇頭の微風にそよいで頬のあたりを往来する所は、ぞっとするほど凄味がある。しばらく文三がシケシケとながめているト、やがて凄味のある半面が次第次第にこちらへねじれて………パッチリとした涼しい目がヂロリと動き出して………見とれていた目とピッタリ出あう。螺(さざえ)の壺々口(つぼつぼぐち)ににっこと含んだ微笑を、細根大根に白魚を五本並べたような手が持っていた団扇で隠して、恥ずかしそうなしこなし。文三の目はにわかに光り出す。
「お勢さん。」
ただし震い声で。
「ハイ。」
ただし小声で。
「お勢さん、あなたもあんまりだ、あんまり………残酷だ、私がこれ………これほどまでに………」
トいいさして文三は顔に手をあてて黙ッてしまう。意(こころ)を注(とど)めてよく見れば、壁に写ッた影法師が、ぶるぶるとばかり震えている。今一言………今一言の言葉の関を、踰えれば先は妹背山。蘆垣の間近き人を恋い初めてより、昼は終日(ひねもす)夜は終夜(よもすがら)、ただその人の面影のみ常に眼前ににちらついて、砧(きぬた)に映る軒の月の、払ッてもまた去りかねていながら、人の心を測りかねて、末摘花の色にも出さず、岩堰(せ)く水の音にも立てず、独りクヨクヨ物をおもう、胸のうやもや、もだくだを、払うも払わぬも今一言の言葉の綾………今一言………たった一言………その一言をまだ言わぬ………おりからガラガラと表の格子戸のあく音がする………びっくりして文三はお勢と顔を見合わせる。むっくと起ち上がる。転げるように部屋を駆け出る。ただしその晩はこれ切りの事で、別段にお話しなし。
翌朝に至りて両人の者は始めて顔を合わせる。文三はお勢よりは気まりを悪がッて口数をきかず。この夏の事務の鞅掌(いそがし)さ、暑中休暇も取れぬのでそうそうに出勤する。十二時ごろに帰宅する。下坐舗で昼食を済まして二階の居間へ戻り、「アア熱かった」ト風をいれている所へ、梯子バタバタでお勢が上がッてまいり、二ツ三ツ英語の不審を質問する。質問してしまえばもはや用のないはずだが、何かモジモジして交野(かたの)の鶉(うずら)を極めている。やがて差しうつ向いたままで鉛筆をおもちゃにしながら
「アノー昨夕はあなたどうなすったの。」
返答なし。
「何だか私が残酷だッて大変憤ッていらしったが、何が残酷ですの。」
ト笑顔をもたげて文三の顔をのぞくと、文三はあわててあちらを向いてしまい
「大抵察していながらそんな事を。」
「アラそれでも私にゃ何だかわかりませんものヲ。」
「わからなければわからないでようござんす。」
「オヤおかしな。」
それから後は文三は差し向かいになるごとに、お勢は例の事を種にして乙(おつ)うからんだ水向け文句、やいのやいのと責め立てて、ついには「おっしゃらぬとくすぐりますヨ」とまで迫ッたが、石地蔵と生まれ付いたしょうがには、情談(じょうだん)のどさくさ紛れにチョックリチョイといって除ける事のできない文三、しからばという口つきからまず重くろしく折り目正しく居すまッて、しかつべらしく思いのたけを言い出そうとすれば、お勢はツイとあちらを向いて、「アラ鳶が飛んでますヨ」と知らぬ顔の半兵衛もどき、さればといって手を引けば、また意(こころ)ありげな色目づかい、トこうじらされて文三はちとウロが来たが、ともかく触らば散ろうという下心の自ら素振りに現れるに、「ハハア」と気が付いて見ればうれしくありがたく辱(かたじ)けなく、罪も報いも忘れ果てて命もトントいらぬ顔つき。臍の下を住み家として魂がいつのまにか有頂天外へ宿替えをすれば、静かにはすわッてもいられず、ウロウロ座舗をまごついて、舌を吐いたり肩を縮めたり思い出し笑いをしたり、また変ぽうらいな手つきをしたりなど、よろずに瘋癲(きちがい)じみるまで喜びは喜んだが、しかしお勢の前ではいつも四角四面に食いしばって猥褻(みだり)がましい挙動(ふるまい)はしない。もっともかつてじゃらくらが高じてどやぐやとなッた時、今までうれしそうに笑ッていた文三がにわかに両眼を閉じて静まり返り何と言ッても口をきかぬので、お勢が笑いながら「そんなにまじめにおなんなさるとこうするからいい。」とくすぐりにかかッたその手頭を払いのけて、文三が熱気となり、「アアわれわれの感情はまだ習慣の奴隷だ。お勢さん下へ降りてください。」といったためにお勢に憤(おこ)られたこともあッたが………しかしお勢も日を経るままにくたびれたか、あまりじゃらくらもしなくなって、高笑いをやめて静かになッて、このごろではおりおり物思いをするようになッたが、文三に向かッてはともすればぞんざいな言葉づかいをする所を見れば、泣き寝入りに寝入ッたのでもない光景(ようす)。
アアたまたま咲きかかッた恋の蕾も、事情というおもわぬ沍(いて)にかじけて、おかしくもつれた縁の糸のすじりもじった間柄、海へも付かず河へも付かぬ中ぶらりん、月下翁(むすぶのかみ)の悪戯か、それにしてもよほど風変わりな恋の初峰入り。
文三の某省へ奉職したは昨日今日のように思う間にすでに二年近くになる。年ごろ節倹の功が現れてこのごろではすこしは貯金もできた事ゆえ、老耋(としよ)ッたお袋にいつまでも一人住みの不自由をさせて置くのも不孝の沙汰、今年の暮れには東京へ迎えて一家を成して、そうして………と思う旨を半分報知(しら)せてやれば母親大よろこび、文三にはお勢という心あてができたことは知らぬが仏のような慈悲心から「早く相応な者をあてがって初(うい)孫の顔を見たいとおもうは親の私としてもこうなれど、その地へ住ッて一軒の家を成すようになれば家の大黒柱とてなくてかなわぬは妻、どうせもらう事なら親類某の次女お何どのは内端でおとなしく器量も十人並みでわたしにはしごく機に入ッたが、この娘を迎えて妻としては」と写真まで添えての相談に、文三はハット当惑の眉をひそめて、物のついでに云々(しかじか)と叔母のお政に話せばこれもまた当惑の躰。初めお勢が退塾して家に帰ッたころ「勇という嗣子(あととり)があッて見ればお勢はどうせ嫁にやらなければならぬが、どうだ文三に配偶せては。」と孫兵衛に相談をかけられた事もあッたが、そのころはお政もさようさネと生返事、どっち付かずに綾なして月日を送るうち、お勢のはなはだ文三に親しむを見てお政もついにその気になり、当今では孫兵衛が「ああ仲がよいのは仕合わせなようなものの、両方とも若い者同士だからそうでもない心得違いがあッてはならぬから、お前が終始看張ッていなくッてはなりませぬぜ。」といっても、お政は「ナアニ大丈夫ですよ、またちっとやそッとの事ならあッたッてようござんさアネ、どうせ早かれ晩(おそ)かれいっしょにしようと思ッてる所ですものヲ。」ト、ズット粋を通し顔でいる所ゆえ、今文三の説話をきいて当惑をしたもそのはずの事で。「お袋の申す通り家をもつようになれば到底妻(さい)をもらわずに置けますまいが、しかし気心もわからぬ者をむやみにもらうのはあまりドットしませぬから、この縁談はまず辞(ことわ)ッてやろうかと思います。」ト常に異(かわ)ッた文三の決心を聞いてお政はようやく眉を開いてしきりにうなずき、「そうともネそうともネいくらおっかさんの機に入ッたからッて肝心のお前さんの機に入らなきゃア不熟の基だ。しかしよくお話しだッた。実はネお前さんのお嫁の事についちゃアちイと良人(うち)でも考えてる事があるんだから、これから先おっかさんがどんな事を言ッておよこしでも、チョイとわたしに耳打ちしてから返事を出すようにしておくんなさいヨ。いずれ良人でお話し申すだろうが、ちイと考えてる事があるんだから………それはそうとおっかさんのもらいたいとお言いのはどんなお子だか、チョイとその写真をお見せナ。」といわれて文三はさもきまりわるそうに、「エ写真ですか、写真は………私の所にはありません、さっきアノ何が………お勢さんが何です………持ッていッておしまいなすった………」
トいう光景(ありさま)で母親も叔父夫婦の者もあてとする所は思い思いながら一様に今年の晩(く)れるのを待ちわびている矢さき、だれの望みもかれの望みも一ツにからげて背負ッて立つ文三が(話を第一回に戻して)今日思いがけなくも………諭旨(ゆし)免職となった。さても*まわりあわせ*というものは是非のないもの、トサ昔気質の人ならば言う所でもあろうか。


     第四回 言うに言われぬ胸の中(うち)

さてその日もようやく暮れるに間もない五時ごろになっても、叔母もお勢もさらに帰宅する光景(ようす)も見えず、いつまで待っても果てしのない事ゆえ、文三は独り夜食を済まして、二階の縁端(えんさき)に端居しながら、身を丁字欄干に寄せかけて暮れ行く空をながめている。この時日はすでに万家の棟に没しても、なお余残(なごり)の影を留めて、西の半天を薄紅梅に染めた。顧みて東方の半天をながむれば、淡々とあがった水色、諦視(ながめつめ)たら宵星の一つ二つはほじり出せそうな空合い。幽かに聞こえる伝通院の暮鐘の音に誘われて、塒(ねぐら)へ急ぐ夕鴉の声が、あちこちに聞こえてやかましい。すでにして日はパッタリ暮れる、あたりはほの暗くなる。仰向いてみる蒼空には、余残の色もいつしか消えうせて、今は一面の青海原、星さえ所斑(ところまだら)にきらめき出でて殆(と)んと交睫(まばたき)をするようなまねをしている。今しがたまで見えぬ隣家の前栽も、蒼然たる夜色に偸まれて、そよ吹く小夜嵐に立ち樹の所存(ありか)を知るほどの闇(くら)さ。デモ土蔵の白壁はさすがに白いだけに、見透かせば見透かされる………サッと軒端近くに羽音がする、ふりかえッて観る………何も眼にさえぎるものとてはなく、ただもう薄ぐらいのみ。
心ない身も秋の夕暮れには哀れを知るが習い、まして文三は糸目の切れた奴凧の身の上、その時々の風次第で落ち着く先は籬(まがき)の梅か物干しの竿か、見きわめの付かぬ所が浮世とは言いながら、父親が没してからまる十年生死の海のうやつらやの高波に揺られ揺られてかろうじて泳ぎいだした官海もやはり波風の静まる間がないことゆえ、どうせ一度は捨小舟(すておぶね)の寄る辺ない身になろうも知れぬとかねて覚悟をして見ても、そこが凡夫のかなしさで、危うきに慣れて見れば苦にもならずあてにならぬ事をあてにして、文三は今歳の暮れにはお袋を引き取ッて、チト老楽をさせずばなるまい、国へ帰ると言ッてもまさかに素手でもいかれまい、親類の所へ土産は何にしよう、「ムキ」にしようか品物にしようかと、胸で弾いた算盤の桁は合いながらも、ともかく合いかねるは人の身のつばめ、今まで見ていた盧生(ろせい)の夢も一炊の間にさめ果てて「アアまた情けない身の上になッたかナア………」
にわかにパッと西の方が明るくなッた。見かけた夢をそのままに、文三が振り返ッて視やる向こうは隣家の二階、戸を繰り忘れたものか、まだ障子のままで人影が射している………スルトその人影が見る間にムクムクとふくれ出して、よい加減の怪物となる………パッと消えうせてしまッたあとはまた常闇(とこやみ)。文三はホッと吐息をついて、顧みてわが家の中庭をみおろせば、所狭きまで植えならべた草花立樹などが、わびしげに啼く虫の音を包んで、黯黒(くらやみ)の中からヌッと半身をぬき出して、ガラス張りの障子を漏れる火影(ほかげ)を受けている所は、家内をうかがう曲者かと怪しまれる………ザワザワと庭の樹立(こだち)をもむ夜風の、あまりに顔を吹かれて文三は、ぶるぶると身震いをして起(た)ちあがり、居間へ入ッて手探りでランプを点(とぼ)し、立て膝の上に両手を重ねて、何をともなく、みつめたまま、しばらくはただぼんやり………ふと手ぢかにあッた薬鑵(やかん)の白湯を、茶碗にくみ取りて一息にグッと飲みほし、肘を枕に横に倒れて、天井に円く映るランプの火橙(ほかげ)をみつめながら、にっこと片頬に微笑を含んだが、あいた口が結ばって前歯が姿を隠すにつれ、いずくからともなくまた愁いの色が顔にあらわれてまいッた。
「それはそうとどうしようかしらん。到底言わずには置けん事たから、今夜にも帰ッたら、おもいきッて言ッてしまおうかしらん。さぞ叔母がいやな面をする事たろうナア………目に見えるようだ………しかしそんな事を苦にしていた分にはらちが明かない、何もこれが金銭を借りようというではなし、すこしも恥ずかしい事はない。チョッ今夜言ッてしまおう………だが………お勢がいては言いにくいナ。もしヒョット彼(あれ)の前でいや味なんぞを言われちゃア困る。これはなんでもいない時を見て言う事だ。いない………時を………見………なぜ。なぜ言いにくい。いやしくも男児たる者が零落したのを恥ずるとはなんだ。そんな小胆な。くそッ今夜言ッてしまおう。それはもちろん彼娘だッて口へ出してこそ言わないがなんでも来年の春を楽しみにしているらしいから、今だしぬけに免職になッたと聞いたら定めて落胆するだろう。しかし落胆したからと言ッて心変わりをするようなそんな浮薄な婦人じゃアなし、かつ通常の婦女子と違ッて教育もあることだから、大丈夫そんな気づかいはない。それは決してないが、叔母だて………ハテナ叔母だて。叔母はああいう人だから、おれが免職になッたと聞いたら急にお勢をくれるのがいやになッて、無理に我娘を他にかたづけまいとも言われない。そうなったからと言ッてこっちは何も確(かた)い約束がしてあるんでないから、いやそうはなりませんとも言われない………ああつまらんつまらん、いくらおもい直してもつまらん。ぜんたいなぜおれを免職にしたんだろう、わからんナ。うぬぼれじゃアないがおれだッて何も役に立たないという方でもないし、また残された者だッて何も別段役に立つという方でもなし、して見ればやっぱり課長におべッからなかったからそれで免職にされたのかな………実に課長は失敬な奴だ。課長も課長だが残された奴らもまた卑屈きわまる。わずかの月給のために腰を折ッて、奴隷同様なまねをするなんぞッて実に卑屈きわまる………しかし………待てよ………しかし今まで免官になッてほどなく復職した者がないでもないから、ヒョッとして明日にも召喚状が………イヤ………来ない、召喚状なんぞ来てたまるものか。よし来たからと言ッて今度はこっちから辞してしまう、だれが何と言おうトかまわない、断然辞してしまう。しかしそれも短気かナ、やっぱり召喚状が来たら復職するかナ………ばかめ、それだからおれはばかだ、そんな架空な事をあてにして心配するとはなんだばかめ。それよりかまず差し当たりエートなんだッけ………そうそう免職の事を叔母に咄(はな)して………さぞいやな顔をするこッたろうナ………しかし咄さずにも置かれないから思い切ッて今夜にも叔母に咄して………ダガお勢のいる前では………チョッいる前でもかまわん、叔母に咄して………ダガもし彼娘(あれ)のいる前で口ぎたなくでも言われたら………チョッかまわん、お勢に咄して、イヤ………お勢じゃない叔母に咄して………さぞ………いやな顔………いやな顔を咄して………口………口ぎたなく咄………して………アア頭が乱れた………」
ト、ブルブルと頭を左右に打ち振る。
轟然(ごうぜん)と駆けて来た車の音が、家の前でパッタリ止まる。ガラガラと格子戸のあく、ガヤガヤと人声がする。ソリャコソと文三が、まず起き直ッて突胸(とむね)をついた。両手を杖に起たんとしてはまたすわり、すわらんとしてはまた起つ。腰の蝶番は満足でも、胸の蝶番が「言ッてしまおうか」「言いにくいナ」と離ればなれになッているから、急には起ちあがれぬ………にわかにむっくと起ちあがッて梯子段の下り口までまいッたが、ふと立ち止まり、すこしためらッて、「チョッ言ッてしまおう。」と独り言を言いながら、足ばやに二階を降りて奥坐舗へ立ち入る。奥坐舗の長手の火鉢の傍に年配四十格好の年増、すこし痩肉(やせぎす)で色が浅黒いが、小股の切り上がッた、垢抜けのした、どこともでんぼう肌の、萎(すが)れてもまだ見どころのある花。櫛巻きとかいうものに髪を取り上げて、小弁慶の糸織りの袷衣と養老の浴衣とを重ねたやつを素肌に来て、黒襦子と八段の腹合わせの帯をヒッカケに結び、ほろ酔いきげんのくわえ楊枝でいびつにすわッていたのはお政で、文三の挨拶するを見て、
「ハイただいま、大層遅かッたろうネ。」 「
ぜんたい今日はどちらへ。」
「今日はネ、須賀町から三筋町へ回ろうと思ッて家を出たんだアネ。そうするとネ、須賀町へいッたらツイ近所に、あれはエート芸人………なんとか言ッたッけ、芸人………」
「親睦会。」
「それそれその親睦会があるからいっしょにいこうッてネお浜さんが勧めきるんサ。わたしは新富座か二丁目ならともかくも、そんな珍木会とか親睦会とかいう者なんざア七里七里けぱいだけれども、お勢………ウーイブー………お勢がいきたいというもんだからしょう事なしのお交際でいって見たがネ、思ッたよりはサ。わたしはまた親睦会というから大方演じゅつ会のような種のもんかしらとおもったら、なアにやっぱり品のいい寄席だネ。こんだ文さんもいッてごらんな、木戸は五十銭だヨ。」
「ハアそうですか、それではいずれまた。」
説話(はなし)がすこしとぎれる。文三の肚の裏に「おなじ言うのならお勢のいない時だ、チョッ今言ッてしまおう」ト思い決めて今まさに口を開かんとする………折しも縁側にバタバタと足音がして、スラリと背後の障子があく、振りかえッて見れば………お勢で、年は鬼もという十八の娘盛り、瓜実顔で富士額、生死を含む目もとの塩にピンとはねた眉で力味を付け、壺々口の緊め笑いにも愛嬌をくくんでむやみに滴(こぼ)さぬほどのさび、背はスラリとして風に揺らめく女郎花の、一時をくねる細腰もしんなりとしてなよやか、慾にはもうすこし生えぎわと襟足とをよくしてもらいたいが、何しても七難を隠すという雪白の羽二重肌、浅黒い親には似ぬ鬼っ子でない天人娘、艶やかな黒髪を惜しげもなくグッと引っ詰めての束髪、薔薇の花插頭(かんざし)をさしたばかりで臙脂(べに)もなめねば鉛華(おしろい)もつけず、衣服とても糸織りの袷衣に友禅と紫襦子の腹合わせの帯か何かでさして取り繕いもせぬが、わざとならぬながめはまた格別なもので、火をくれて枝を撓(たわ)めた作り花のいや味のある色の及ぶ所でない。衣透姫(そとおりひめ)に小町の衣を懸けたという文三の品題(みたて)は、それはほれた欲目のひいきざたかもしれないが、とにもかくにも十人並み優れて美しい。坐舗へ入りざまに文三と顔を見合わしてにっこり、チョイと会釈をして摺り足でズーと火鉢のそばまでまいり、しとやかに座に着く。
お勢と顔を見合わせると文三は不思議にもガラリ気が変わッて、咽元(のどもと)まで込み上げた免職の二字を鵜呑みにして何食わぬ顔色、肚の裏(うち)で「もうすこしたッてから。」
「おっかさん、咽がかわいていけないから、お茶を一杯入れてくださいナ。」
「アイヨ。」
トいってお政は茶箪笥をのぞき
「オヤオヤ茶碗がみんな汚れてる………鍋。」
ト呼ばれて出て来た者を見れば例の日の丸の紋を染め抜いた首の持ち主で、空うそぶいた鼻のさきへ突き出された汚れ物を受け取り、振り栄えのあるお尻を振り立ててひき退がる。やがて洗ッて持ッて来る。茶を入れる。サアそれからが今日聞いて来た歌曲のうわさで、母子二つの口が結ばる暇なし。免職の事を吹聴したくも言い出す潮がないので、文三は余儀なく聴きたくない咄を聞いて空しく時刻を移すうち、説話はようやく清元長唄の優劣論に移る。
「おっかさんは自分が清元ができるもんだからそんな事をお言いだけれでも、長唄の方がいいサ。」
「長唄も岡安ならまんざらでもないけれども、永松はただつッこむばかりでおもしろくもなんともありゃアしない、それよりか清元の事サ、どうも意気でいいワ。「四谷で始めて逢うた時、すいたらしいと思うたが、因果な縁の糸車。」
ト中音で口癖の清元を唄ッてケロリとして
「いいワ。」
「その通り品格がないからきらい。」
「また始まッた、ヘン跳馬(じゃじゃうま)じゃアあるまいし、万古に品々もうるさい。」
「だって人間は品格が第一ですワ。」
「ヘンそんなにお人柄なら、煮込みのおでんなんぞは食べたいといわないがいい。」
「オヤいつわたしがそんな事を言いました。」
「ハイ一昨日の晩いいました。」
「うそばっかし。」
トハ言ッたが大きにへこんだので大笑いとなる。ふとお政は文三の方を振り向いて
「アノ今日出がけにおっかさんの所から郵便が着いたッけが、おうけとりか。」
「アほんにそうでしたッけ、さっぱり忘れていました………エー母からもこのたびは別段に手紙を差し上げませんがよろしく申し上げろと申すことで。」
「ハアそうですか、それは。それでもおっかさんはいつもおかわんなすったこともなくッて。」
「ハイ、おかげさまと丈夫だそうで。」
「それはマア何よりの事だ。さぞ今年の暮れを楽しみにしておよこしなすったろうネ。」
「ハイ、指ばかり屈(おっ)ていると申してよこしましたが………」
「そうだろうネ、かわいい息子さんのそばへ来るんだものヲ。それをネーどこかの人みたように、親をばかにしてサ、一口いう二口目にはじきに揚げ足を取るようだと義理にもかわいいと言われないけれど、文さんは親思いだからおっかさんの恋しいのもまた一倍サ。」
トお勢をしり目にかけてからみ文句であてる。お勢はまた始まッたという顔色をしてあちらを向いてしまう、文三は余儀なさそうにエヘヘ笑いをする。
「それからアノー例の事ネ、あの事をまた何とか言ッておよこしなすッたかい。」
「ハイ、また言ッてよこしました。」
「なんッてネ。」
「ソノー気心がわからんからいやだというなら、エー今年の暮れ帰省した時に逢ッてよく気心をみぬいた上できめたらよかろうといってよこしましたが、しかし………」
「なに、おっかさん。」 「エ。ナニサ。アノ。ソラお前にもこの間話したアネ。文さんの………」
お勢は独りしきりにうなずく。
「ヘーそんな事を言ッておよこしなすッたかい、ヘーそうかい………それにつけても早く内で帰ッて来ればいいが………イエネこないだもお咄し申した通りお前さんのお嫁の事についちゃア内でもちいと考えてる事もあるんだから………もっともわたしも聞いて知ってる事だから今咄してしまってもいいけれども………」
トすこし考えて
「いつ返事をお出しだ。」
「返事はもう出しました。」
「エ、モー出したの、今日。」
「ハイ。」
「オヤマア文さんでもない、わたしになんとか一言咄してからお出しならいいのに。」
「デスガ………」
「それはマアともかくも、何と言ッておあげた。」
「エー今はなかなか婚姻どころじゃアないから………」
「アラそんな事を言ッておあげじゃアおっかさんがなお心配なさらアネ。それよりか………」
「イエまだお咄し申さぬから何ですが………」
「マアサわたしの言う事をお聞きヨ。それよりかアノ叔父も何だか考えがあるというからいずれとっくりと相談した上でとか、さもなきゃア此地(こっち)に心当たりがあるから………」
「おっかアさん、そんな事をおっしゃるけれど、文さんは此地に何か心当たりがおあんなさるの。」
「マアサあッてもなくッてもそう言ッてあげたとおっかさんが安心なさらアネ………イエネ親の身になッて見なくッちゃアわからぬ事たけれども、子供一人身を固めさせようというのはどんなに苦労なもんだろう。だからお勢みたようなこんな親不孝な者でもそういつまでもお懐中(ぽつぽ)で遊ばせても置けないと思うとわたしは苦労で苦労でならないから、こないだもわたしがネ「お前ももうおっつけお嫁にいかなくッちゃアならないんだから、ソノーなんだとネー、いつまでもそんなに小供のような心持ちでいちゃアなりませんと、それもおっかさんのようにこんな気楽な家へお嫁にいかれりゃアともかくもネー、もしヒョッと先に姑でもある所へいくんでごらん、なかなかこんなにわがまま気ままをしちゃアいられないから、今のうちにちっと覚悟をして置かなくッちゃアなりませんヨ」とわたしが先へ寄ッて苦労させるのがかわいそうだから為をおもって言ッてやりゃアネ文さん、マア聞いておくれ、こうだ。「ハイ私にゃア私の了簡があります、ハイ、お嫁にいこうといくまいと私の勝手でございます」というんだヨ、それからネわたしが「オヤそれじゃアお前はお嫁にいかない気かエ」と聞いたらネ、「ハイ私は生一本で通します」ッて………マアあきれかえるじゃアないかネー文さん、どこの国にお前、尼じゃアあるまいし、亭主持たずに一生暮らすもんがある者かネ。」
これはまんざら形のないお噺でもない。四、五日前何かの小言のついでにお政が尖り声で「ほんとにサ戯談(じょうだん)じゃアない、何歳になるとお思いだ、十八じゃアないか。十八にもなッてサ、いいころ嫁にでもいこうという身でいながら、なんぼなんだッてあんまり勘弁がなさすぎらア。アアアア早く嫁にでもやりたい、嫁にいッて小やかましい姑でも持ッたら、ちったア親のありがた味がわかるだろう。」ト言ッたのが原因でちとばかりいじり合いをした事があッたが、お政の言ッたのは全くその作り替えで。
「トいうがつまるとこ、これが奥だからの事サ。わたしどもがこのくらいの時分にゃア、チョイとお洒落をしてサ、小色の一ツもかせいだもんだけれども………」
「また猥褻。」
トお勢は顔をしかめる。
「オホオホオホほんとにサ、なかなか小いたずらをしたもんだけれども、この娘はズー体ばかり大きくッても一向しきなお懐(ぽつぽ)だもんだから、それでいつまでたッても世話ばッかり焼けてなりゃアしないんだヨ。」
「だからおっかさんはいやヨ、ちいとばかりお酒に酔うとじきに親子の差し合いもなくそんな事をお言いだものヲ。」
「ヘーヘー恐れ煎り豆はじけ豆ッ、あべこべに御意見か。ヘン、親の謗りはしりよりか、ちいと自分の頭の蠅でも逐うがいいや、おもしろくもない。」
「エヘヘヘヘ。」
「イエネこの通り親をばかにしていて、何を言ッてもとてもわたしどもの言う事を用いるようなそんな素直なお嬢さまじゃアないんだから、こんだ文さんもヨーク腹に落ちるように言ッて聞かせておくんなさい、これでもお前さんの言う事なら、ちったア聞くかもしれないから。」
トお政はまたお勢をしり目にかける。折しも紙襖(ふすま)一ツ隔ててお鍋の声として
「あんな帯留め………どめ………を………」
こなたの三人はびっくりして顔を見合わせ「オヤ鍋の寝言だヨ。」と果ては大笑いになる。お政は仰向いて柱時計をながめ、
「オヤもう十一時になるヨ、鍋の寝言を言うも無理はない、サアサア寝ましょう寝ましょう、あんまり夜深しをするとまた翌日の朝がつらい。それじゃア文さん、さっきの事はいずれまた翌日にもゆっくりお咄ししましょう。」
「ハイ私も………私もぜひお咄し申さなければならん事がありますが、いずれまた明日………それでもお休み。」
ト挨拶をして文三は座舗を立ち出で梯子段の下まで来ると、後ろより
「文さん、あなたの所に今日の新聞がありますか。」
「ハイあります。」
「もうお読みなすッたの。」
「読みました。」
「それじゃア拝借。」
トお勢は文三のあとに従いて二階へ上がる。文三が机上に載せた新聞を取ッてお勢に渡すと、
「文さん。」
「エ。」
返答せずしてお勢はただ笑ッている。
「何です。」 「いつうか頂戴した写真を今夜だけお返し申しましょうか。」
「なぜ。」
「それでもおさみしかろうとおもって、オホオホ。」
ト笑いながら逃ぐるがごとく二階を駆けおりる。そのお勢の後ろ姿を見送ッて文三はほっとため息をついて
「ますます言いにくい。」
一時間ほどを経て文三はようやく寝支度をして褥(とこ)へは入ッたが、さて眠られぬ。眠られぬままに過去将来を思い回らせば回らすほど、なお気が冴えて目も合わず、これではならぬと気を取り直しきびしく両眼を閉じて眠入ッた風をして見ても、自ら欺くことができず、余儀なく寝返りを打ちため息をつきながら眠らずして夢を見ているうちに、一番鶏が唱い二番鶏が唱い、ようやく暁近くになる。「いっそ今夜はこのままで」トおもうころにようやく目がしょぼついて来て額が乱れだして、今まで眼前にちらついていた母親の白髪首に斑な黒髯(くろひげ)が生えて………課長の首になる、そのまた恐(こわ)らしい髯首がしばらくの間目まぐろしく水車のごとく回っているうちに次第次第に小さくなッて………やがて相恰(そうごう)が変わッて………いつのまにか薔薇の花掻頭(かんざし)をさして………お勢の………首………に………な………


     第五回 胸算違いから見一無法は難題

枕もとでよびさます下女の声に見果てぬ夢を驚かされて、文三がうろたえた顔を振り揚げて向こうを見れば、はや障子には朝日影が斜めに射している。「ヤレ寝過ごしたか………」と思う間もなく引き続いてムクムクと浮かみ上がッた「免職」の二字で狭い胸がまずふさがる………*おんばこ*を振り掛けられた死蟇(しにがいる)の身で、おどり上がり、衣服をあらためて、夜の物を揚げあえず、楊枝を口へ頬ばり故(ふる)手ぬぐいを前帯にはさんで、あわてて二階を降りる。その足音を聞きつけてか奥の間で「文さんはやくしないと遅くなるヨ。」トいうお政の声に圭角(かど)はないが、文三の胸はぎっくり応えて返答にもまごつく。そこで頬ばッていた楊枝をこれ幸いと、われにもわからぬでたらめを句籠(くごも)りがちに言ッてまず一寸のがれ、そこそこに顔を洗ッて朝飯の膳に向かッたが、胸のみふさがッて箸の歩みも止まりがち、三膳の飯を二膳で済まして、いつもならグッと突き出す膳もソッと片寄せるほどの心づかい、身体までにわかに小さくなったように思われる。
文三が食事を済まして縁側を回りひそかに奥の間をのぞいて見れば、お政ばかりでお勢の姿は見えぬ。お勢は近ごろ早朝より駿河台辺りへ英語のけいこにまいるようになッたことゆえ、さては今日ももう出かけたのかと恐る恐る座舗へ入ッて来る。その文三の顔を見て今まで火鉢の琢磨(すりみが)きをしていたお政がにわかに光沢(つや)布巾の手を止めて不思議そうな顔をしたのもそのはず、この時の文三の顔色がツイ一通りの顔色でない、蒼ざめていて力なさそうで、悲しそうで恨めしそうで恥ずかしそうで、イヤハヤ何とも言いようがない。
「文さんどうかおしか、大変顔色がわりいヨ。」
「イエどうもしませぬが………」
「それじゃアはやくおしヨ。ソレごらんな、モウ八時にならアネ。」
「エーまだお話し………申しませんでしたが………実は。ス、さくじつ………め………め………」
息気はつまる、冷汗は流れる、顔はあかくなる、いかにしても言い切れぬ。しばらく無言でいて、さらに出直して
「ム、めん職になりました。」
ト一思いに言い放ッて、ハッと差しうつ向いてしまう。聞くと等しくお政は手に持ッていた光沢布巾を宙に釣るして、「オヤ」と一声叫んで身を反らしたまま一句も出でばこそ、しばらくはただ茫然として文三の貌(かお)をみつめていたが、ややあッてせわしく布巾をほうり出して小膝を進ませ、
「エ御免におなりだとエ………オヤマどうしてマア。」
「ど、ど、どうしてだか………私にもわかりませんが………大方………ひ、人減らしで………」
「オーヤオーヤしようがないネー、マア御免になってサ。ほんとにしようがないネー。」
と落胆した容子。しばらくあッて
「マアそれはそうと、これからはどうしていくつもりだエ。」
「どうもしようがありませんから、母親にはもうすこし国にいてもらッて、私はまた官員の口でもさがそうかと思います。」
「官員の口てッたッてチョックラ、チョイとありゃアよし、なかろうもんならまたいつうかのような憂い思いをしなくッちゃアならないやアネ………だからあたしが言わない事ちゃアないんだ、ちイと課長さんの所へも御機嫌伺いにおいでおいでと口を酸っぱくなるほど言ッても強情張ッておいででなかッたもんだから、それでこんな事になったんだヨ。」
「まさかそういうわけでもありますまいが………」
「イイエきっとそうに違いないヨ。デなくッてなんぼ人減らしだッて罪も咎もない者をそうむやみに御免になさるはずがないやアネ………それとも何か御免になってもしようがないようなわりい事をした覚えがおありか。」
「イエ何も悪い事をした覚えはありませんが………」
「ソレごらんなネ。」
両人ともしばらく無言。
「アノ本田さんは(この男の事は第六回にくわしく)どうだッたエ。」
「彼の男はようござんした。」
「オヤよかッたかい、そうかい、運のいい方はどっちへ回ッてもいいんだネー、それというがぜんたいあの方は如才がなくッて発明で、ハキハキしておいでなさるからだヨ。それに聞けば課長さんの所へも常不断御機嫌伺いにおいでなさるという事たから、きっとそれでこんどもよかッたのに違いないヨ。だからお前さんもわたしの言う事をきいて課長さんに取り入ッて置きゃア今度もやっぱりよかッたのかもしれないけれども、人の言う事をおききでなかッたんだもんだからそれでこんな事になっちまッたんだ。」
「それはそうかもしれませんが、しかしいくら免職になるのが恐いと言ッて私にはそんな鄙劣(ひれつ)な事は………」
「できないとお言いのか………フンやせ我慢をお言いでない、そんな了簡方だから課長さんにも睨(ねめ)られたんだ。マアヨーク考えてごらん、本田さんのようなあんな方でさえ御免になってはならないと思いなさるもんだから手間暇かいで課長さんに取り入ろうとなさるんじゃアないか、ましてお前さんなんざアそう言ッちゃアなんだけれども、本田さんから見りゃア………なんだから、なおさの事だ。それもネーこれがお前さん一人の事なら風見の烏みたように高くばッかり止まッて食うや食わずにいようといまいとそりゃアもうどうなりと御勝手次第サ、けれどもお前さんにはおっかさんというものがあるじゃアないかエ。」
母親と聞いて文三のしおれ返るを見てお政はよい責め道具をみつけたという顔つき、長羅宇(ながらう)の烟管(きせる)で席をたたくをキッカケに、
「イエサおっかさんがおかわいそうじゃアないかエ。マアとっくり胸に手をあてて考えてごらん。おっかさんだッておとっさんには早くお別れをなさるし、今じゃたよりにするなアお前さんばっかりだから、どんなに心細いかしれない。なにもああしてお国で一人暮らしの不自由な思いをしておいでなさりたくもあるまいけれども、それもこれもみんなお前さんの立身するばッかりを楽しみにして辛抱しておいでなさるんだヨ。それをすこしでも汲み分けておいでなら、たとえどんなつらいと思う事があッてもいやだと思う事があッても我慢をしてサ、石にかじりついても出世をしなくッちゃアならないと心がけなければならない所だ。それをお前さんのように、ヤ人のきげんを取るのはいやだの、やそんな鄙劣な事はできないのとそんなわがまま気ままを言ッておッかさんまで路頭に迷わしちゃア、今日冥利(みょうり)がわりいじゃないか。そりゃアモウお前さんは自分の勝手で苦労するんだからかまうまいけれども、それじゃアおっかさんがおかわいそうじゃアないかい。」
ト層(かさ)にかかッて極めつけれど、文三は差しうつ向いたままで返答をしない。
「アアアアおっかさんもあんなに今年の暮れを楽しみにしておいでなさる所だから、今度御免におなりだとお聞きなすったらさぞマアがっかりなさる事だろうが、年をとッて御苦労なさるのを見るとほんとにお痛わしいようだ。」
「実に母親には面目がござんせん。」
「あたりまえサ。二十三にもなッておっかさん一人さえ楽に養(すご)す事ができなんだものヲ。フフン面目がなくッてサ。」
ト、ツンと済まして空うそぶき、烟草を環に吹いている。そのお政の半面(よこがお)を文三は畏(こわ)らしい顔をしてきっと睨つけ、何事をか言わんとしたが………気を取り直してにっこり微笑したつもりでも顔へあらわれた所は苦笑い、震え声ともつかず笑い声ともつかぬ声で
「ヘヘヘヘ面目はござんせんが、しかし………で………できた事なら………しようがありません。」
「何だとエ。」
トいいながら徐(しず)かにこなたを振り向いたお政の顔を見れば、いつしか額に芋*むし*ほどの青筋を張らせ、肝癪の眥(まなじり)を釣り上げて唇をヒン曲げている。
「イエサ何とお言いだ。できた事ならしようがありませんと………だれがでかした事たエ、だれが御免になるように仕向けたんだエ、みんな自分の頑固(かたいじ)から起こッた事じゃアないか。それも傍で気を付けぬ事か、さんざッぱら世話を焼かして置いて、今さら御免になりながら面目ないとも思わないで、できた事ならしようがありませんとは何の事たエ。それはお前さんあんまりというもんだ、あんまり人を踏み付けにすると言う者だ。ぜんたいマア人を何だと思ッておいでだ。そりゃアお前さんの事たから鬼老婆とか糞老婆とか言ッて他人にしておいでかもしれないが、わたしァどこまでも叔母のつもりだヨ。ナアニこれが他人で見るがいい、お前さんが御免になッたッてならなくッたッてこっちにゃア痛くも痒くも何ともない事たから、何で世話も焼くもんですか。けれども血はつながらずとも縁あッて叔母となり甥となりして見れば、そうしたものじゃアありません。ましてお前さんは十四の春ポッと出の山出しの時から、長の年月このわたしが婦人(おんな)の手一ツで頭から足の爪頭までの事を世話アしたから、わたしはお前さんをご迷惑かは知らないが血を分けた子息同様に思ッてます。ああやッてお勢や勇という子供があッても、すこしも陰陽(ひなたた)なくしている事がお前さんにゃアわからないかエ。今までだッてもそうだ、どうぞマア文さんも首尾よく立身して早くおっかさんをこっちへお呼び申すようにしてあげたいもんだと思わない事はただの一日もありません。そんなに思ッている所だものヲ、お前さんが御免におなりだと聞いちゃアあたしは愉快(いいこころもち)はしないよ、愉快はしないからアア困ッた事になッたと思ッて、ヤレこれからはどうしていく積りだ、ヤレお前さんの身になったらさぞおっかさんに面目があるまいと、人事にしないで嘆いたり悔やんだりして心配している所だから、ぜんたいなら「叔母さんの了簡に就かなくッてこう御免になって、まことに面目がありません」とか何とか詫びの言の一言でも言うはずの所だけれど、それも言わないでもよし聞きたくもないが、人の言う事を取り上げなくッて御免になりながら、糞落ち着きに落ち着き払ッて、できた事ならしようがありませんとは何の事たエ。マどこを押せばそんな音が出ます………アアアアつまらない心配をした、こっちではどこまでも実の甥と思ッて心を付けたり世話を焼いたりして信切(しんせつ)を尽くしていても、先様じゃア屁とも思し召さない。」
「イヤ決してそう言うわけじゃアありませんが、ご存じの通り口不調法なので、心には存じながらツイ………」
「イイエそんな言い訳は聞きません。なんでもあたしを他人にしておいでに違いない、糞老婆と思ッておいでに違いない………こっちはそんな不実な心意気の人と知らないから、文さんもいつまでもああやッて一人でもいられまいから、来年おっかさんがおいでになすったらとっくり御相談申して、だれと言ッてあてもないけれども相応なのがあッたら一人授けたいもんだ。それにしても外人と違ッて文さんがお嫁をおもらいの事たから黙ッてもいられない、何かしら祝ッてあげなくッちゃアなるまいからッて、このごろじゃア、アノ博多の帯をくけ直さして、コノお召縮緬の小袖を仕立て直さして、あれをこうしてこれをこうしてと、毎日毎日勘(かんが)えてばッかいたんだ。そうしたら案外で、御免になるもいいけれども、面目ないとも思わないで、できた事ならしようがありませぬと済まアしておいでなさる………アアアアもういうまいいうまい、いくら言ッても他人にしておいでじゃアむだだ。」
トいや味文句を並べて始終肝癪(かんしゃく)の思い入れ。しばらくあッて
「それもそうだが、ぜんたいそのくらいなら昨夕(ゆうべ)のうちに実はこれこれで御免になりましたと一言ぐらい言ッたッてよさそうなもんだ。お話しでないもんだからこっちはそんな事とは夢にも知らず、お弁当のお菜(かず)も毎日おんなじ物ばッかりでおあきだろう、アアして勉強してお勤めにおいでの事たからそのくらいな事はこっちで気を付けてあげなくッちゃアならないと思ッて、今日のお弁当のお菜は玉子焼きにしてあげようと思ッても鍋にはできず、よんどころないからわたしが面倒な思いをしてこしらえて付けましたアネ………アアアアたまに人が気をきかせればこんな事ッた………しかし飛んだよけいなお世話でしたヨネー、だれも頼みもしないのに………鍋。」
「ハイ。」
「文さんのお弁当は打ちあけておしまい。」
お鍋女郎は襖のかなたから横幅の広い顔を差し出して、「ヘー」とモッケな顔つき。
「アノネ、内の文さんは昨日御免におなりだッサ。」
「ヘーそれは。」
「どうしても働きのある人は、フフン違ッたもんだヨ。」
ト半ばまで言い切らぬうち、文三は血相を変えてツと身を起こし、ツカツカと座舗を立ち出でてわが子舎(へや)へ戻り、机の前にブッすわッて歯をくいしばッての悔やし涙、ハラハラと膝へこぼした。しばらくあッて文三は、ふり落ちる涙の雨をハンカチーフでぬぐい止めた………がさてぬぐッても取れないのは、沸き返る胸のムシャクシャ、つらつらと思いめぐらせばめぐらすほど、悔やしくもまた口惜しくなる。免職と聞くより早くガラリと変わる人の心のさもしさは、道理(もっとも)らしい愚痴の蓋で隠そうとしても看透かされる。とはいえそれは忍ぼうと思えば忍びもなかろうが、面(まの)あたりに意気地なしと言わぬばかりのからみ文句、人を見くびッた一言ばかりは、いかにしても腹に据えかねる。なぜ意気地がないとて叔母がああ嘲り辱しめたか、そこまで思いめぐらす暇がない、ただもう腸(はらわた)が断(ちぎ)れるばかりに悔やしく口惜しく、恨めしく腹立たしい。文三は憤然として「ヨシ先がその気ならこっちもその気だ、畢竟(ひつきょう)姨(おば)と思えばこそ甥と思えばこそ、言いたい放題を言わして置くのだ。ナニ縁を断ッてしまえば赤の他人、他人に遠慮も糸瓜(へちま)もいらぬ事だ………糞ッ、面あて半分に下宿をしてくれよう………」ト肚の裏で独り言をいうと、不思議やお勢の姿が目前にちらつく。「ハテそうしては彼娘(あれ)が………」ト文三は少しくしおれたが………ふとまた叔母の悪々(にくにく)しい者面(しゃつらら)をおもい出して、また憤然(やっき)となり、「糞ッ止めても止まらぬぞ」トいつにない断念(おもいきり)のよさ。こう腹を定めて見ると、サアモウ一刻もいるのがいやになる。借り住まいかとおもえば子舎が気に食わなくなる。わが物でないかと思えば縁の欠けた火入れまで気色にさわる。時計を見れば早十一時、今から荷物を取りかたづけてぜひとも今日じゅうには下宿をしよう、と思えば心までいそがれ、「糞ッ止めても止まらぬぞ」ト口癖のように言いながら、熱気(やっき)となってそこらを取りかたづけにかかり、何かさがそうとして机の抽斗(ひきだし)をあけ、中に納(い)れてあッた年ごろ五十の上をゆく白髪たる老婦の写真にフト目を注(と)めて、われにもなくつらつらとながめ入ッた。これは老母の写真で、ご存じの通り文三は生得の親おもい、母親の写真をみて、わが辛苦を甞め艱難を忍びながら定めない浮世に存生(なが)らえていたる、自分一人の為のみでない事を想い出し、われとわれをしかりもしまた励ましもする事いつもいつも、今も今母親の写真を見て文三は日ごろ食べつけの感情をおこし覚えずも悄然としおれ返ッたが、また悪々しい叔母の者面をおもい出してまた熱気となり、拳を握り歯を食いしばり、「糞ッ止めても止まらぬぞ」ト独語(ひとりごと)を言いながら再びまさに取りかたづけにかからんとすると、二階の上がり口で「お飯でございますヨ」ト下女の呼ぶ声がする。ことさら二、三度呼ばして返事にももったいをつけ、しぶしぶ二階を降りて、気むずかしい苦り切ッた怖ろしい顔色をして奥坐舗の障子をあけると………お勢がいるお勢が………今まで残念口惜しいとのみ一途に思い詰めていた事ゆえ、お勢の事は思い出したばかりで心にも止めず忘れるともなく忘れていたが、今突然かわいらしい目と目を看合わせ、しおらしい口もとでにっこり笑われて見ると………淡雪の日の目にあッて解けるがごとく、胸の鬱結(むすぼれ)も解けてムシャクシャも消え消えになり、今までのわれを怪しむばかり、心の変動、心底(むなそこ)に沈んでいた嬉(うれ)しみありがたみが思いがけなくもニッコリ顔へ浮かみ出しかかッた………が、グッと飲み込んでしまい、心では笑いながら顔ではフテテ膳に向かッた。さて食事も済む。二階へ立ち戻ッて文三が再び取りかたづけにかかろうとして見たが、何となく拍子抜けがして以前のような気力が出ない。ソッと小声で「大丈夫」と言ッて見たがどうも気が引き立たぬ。よってさらに出直して「大丈夫」ト熱気とした風をして見て、歯を食いしばッて見て、「いったん思い定めた事を変(へん)がえるという事があるものか………知らん、止めても止まらんぞ。」
ト言ッて出てゆけば、彼娘を捨てなければならぬかと落胆したおもむき。今さら未練が出てお勢を捨てるなどという事はもったいなくてできず、と言ッて叔母に詫言(わびごと)を言うも無念、あれもいやなりこれもいやなりで思案の糸筋が乱(もつ)れ出し、肚の裏(うち)では上を下へとゴッタ返すが、この時よりすでにどうやら人が止めずともついにはわれから止まりそうな心地がせられた。「マアともかくも」ト取りかたづけにはかかッたが、考えながらするので思いのほか暇取り、二時ごろまでかかってようやくかたづけ終わり、ホッと一息ついていると、ミシリミシリと梯子段を登る人の足音がする。足音を聞いたばかりで姿を見ずとも、文三にはそれとわかッた者か、先刻飲み込んだニッコリを改めて顔へ現してそなたを振り向く。上がッて来た者はお勢で、文三の顔を見てこれもまたニッコリして、さて坐舗を見回し、
「オヤ大変片づいたこと。」
「あまりヒッ散らかっていたから。」
トわれ知らず言ッて文三はわれを怪しんだ。なぜ虚言(そらごと)を言ッたか、自分にもわかりかねる。お勢は座に着きながら、さしてびっくりした様子もなく、
「アノ今おっかさんがお噺しだッたが、文さん免職におなりなすったとネ。」
「昨日免職になりました。」
ト文三は今朝とはうってかわッて、今はそこどころでないと言ッたような顔つき。
「実に面目はありませんが、しかしいくら悔やんでもできた事はしようがないと思ッて今朝おっかさんに御風聴(ふいちょう)申したが………しかられました。」
トいって歯をくいしばッて差しうつ向く。
「そうでしたとネー、だけれども………」
「二十三にもなッて親一人楽に過ごす事もできない意気地なしと言わないばかりにおっしゃッた。」
「そうでしたとネー、だけれども………」
「なるほどわたしは意気地なしだ、意気地なしに違いないが、しかしなんぼ叔母甥の間柄だと言ッて面と向かッて意気地なしだと言われては、腹も立たないがあんまり………」
「だけれどもあれはおっかさんの方が不条理ですワ。今もネおっかさんが得意になってお話しだったから、私が議論したのです。と議論したけれどもおっかさんにはわたしの言う事がわからないと見えてネ、ただ腹ばッかり立てているのだから、教育のない者はしようがないのネー。」
トきまり文句。文三は垂れていた頭をフッと振りあげて、
「エ、おっかさんと議論をなすった。」
「ハア。」
「僕のために。」
「ハア、君のために弁護したの。」
「アア。」
ト言ッて文三は差しうつ向いてしまう、何だか膝の上へボッタリ落ちた物がある。
「どうかしたの、文さん。」
トいわれて文三はようやく頭をもたげ、にっこり笑い、そのくせ*まぶち*を湿(うる)ませながら
「どうもしないが………実に………実にうれしい………おっかさんのおっしゃる通り二十三にもなッてお袋一人さえ過ごしかねるそんな不甲斐ないわたしをかばっておっかさんと議論をなすったと、実に………」
「条理を説いてもわからないくせに腹ばかり立てているからしようがないの。」
ト少し得意の躰(てい)。
「アアそれほどまでに私を………思ッてくださるとは知らずしてあなたに向かッて匿(かく)し立てをしたのが今さら恥ずかしい、アア恥ずかしい。モウこうなれば打ちまけてお話ししてしまおう。実はこれから下宿をしようかと思ッていました。」
「下宿を。」
「サしようかと思ッていたんだが、しかしもうできない。他人同様の私をかばって実のおっかさんと議論をなすった、そのあなたの御信切を聞いちゃ、しろとおっしゃッてももうできない………がそうすると、おっかさんにお詫びを申さなければならないが………」
「打っちゃッて置きなさいヨ。あんな教育のない者が何と言ッたッてようござんさアネ。」
「イヤそうでない、それでは済まない。ぜひお詫びを申そう。がしかしお勢さん、お志はうれしいが、もうおっかさんと議論をすることはやめてください、私のためにあなたを不孝の子にしては済まないから。」
「お勢。」
ト下坐舗の方でお政の呼ぶ声がする。
「アラおっかさんが呼んでおいでなさる。」
「ナアニ用も何もあるんじゃアないの。」
「お勢。」
「マア返事をなさいヨ。」
「お勢お勢。」
「ハアイ………チョッうるさいこと。」
ト起ちあがる。
「今話した事はみんなおっかさんにはコレですよ。」
ト文三が手頸を振ッて見せる。お勢はただうなずいたのみで言葉はなく、二階を降りて奥坐舗へまいッた。
先ほどより癇癪の眥(まなじり)を釣り上げて手ぐすね引いて待ッていた母親のお政は、お勢の顔を見るより早く、込み上げて来る小言を一時にさらけ出しての大怒鳴(がなり)。
「お………お………お勢、あれほど呼ぶのがお前には聞こえなかッたかエ。聾者(つんぼ)じゃアあるまいし、人が呼んだらいい加減に返事をするがいい………ぜんたいマア何の用があッて二階へおいでだ、エ、何の用があッてだエ。」
ト逆上(のぼせ)あがッて極めつけても、こなたは一向平気なもので、
「何にも用はありゃアしないけれども………」
「用がないのになぜおいでだ。さっきあれほど、もうこれからは今までのようにヘタクタ二階へいッてはならないと言ッたのがお前にはまだわからないかエ。さかりのついた犬じゃアあるまいし、間がな透きがな文三のそばへばッかしいきたがるよ。」
「今までは二階へいッてもよくッてこれからは悪いなんぞッて、そんな不条理な。」
「チョッわからないネー。今までの文三と文三が違います。お前にゃア免職になった事がわからないかエ。」
「オヤ免職になッてどうしたの、文さんが人を見るとかみつきでもするようになったの、ヘー、そう。」
「な、な、な、なんだと、何とお言いだ………コレお勢、それはお前あんまりと言うもんだ、あんまり親をば、ば、ば、ばかにすると言うもんだ。」
「ば、ば、ば、ばかにはしません。ヘー私は条理のある所を主張するのでございます。」
ト唇を反らしていうを聞くやいなやお政はたちまち顔色を変えて、手に持ッていた長羅宇の烟管を席(たたみ)へほうりつけ
「エーくやしい。」
ト歯を食いしばッて口惜しがる。その顔を横目でジロリと見たばかりで、お勢はすまアし切ッて座舗を立ち出でてしまッた。
しかしながらこれを親子げんかと思うと女丈夫の本意にそむく。どうしてどうして親子げんか………そんな不道徳な者でない。これはこれ辱なくもありがたくも日本文明の一原素ともなるべき新主義と時代後れの旧主義と衝突をする所、よくお目を止めてごらんあられましょう。
その夜文三はおもいきッて叔母に詫び言をもうしたがヤ梃(てこ)ずったの梃ずらないのと言ってそれはそれは………まずお政が今朝言ッたいや味に輪をかけ枝を添えて百万蛇羅並べ立てたあげく、お勢の親を麁末(そまつ)にするのまでを文三の罪にして難題を言いかける。されども文三が死んだ気になって諸事おゆるされてで待ち切ッているに、お政もスコだれの拍子抜けという光景でいや味の音締(ねじめ)をするようになッたから、まずよしと思う間もなく、ふとまた文三の言葉じりから燃え出して以前にも立ちまさる火勢、黒烟*焔々*と顔にみなぎる所を見てはとても鎮火しそうもなかッたのも、文三が済みませぬの水を斟み尽くして澆(そそ)ぎかけたので次第次第に下火になって、プスプス燻(いぶり)になって、ついに不精不精に鎮火(しめ)る。文三はほっと一息、寸善尺魔(すんぜんしゃくま)の世の習い、またもや御意の変わらぬうちにと、挨拶もそこそこに起ッて座敷を立ち出で二、三歩すると、後ろの方でお政がさも聞こえよがしの独語、
「アアアア今度こそは厄介払いかと思ッたらまた背負(しょ)い込みか。」


     第六回 どちら着かずのちくらが沖

秋の日影もやや傾いて庭の梧桐(ごとう)の影法師が背丈を伸ばす三時ごろ、お政は独り徒然(つくねん)と長手の火鉢にもたれかかッて、斜めにすわりながら、火箸を執って灰へ書く、楽書(いたずらがき)も倭文字、牛の角文字いろいろに、心に物思えばか、怏々(おうおう)たる顔の色、ややともすれば太息(といき)をついている折しも、表の格子戸をガラリトあけて、案内もせず入ッて来て、隔ての障子のあなたからヌット顔を差し出して、
「今日は。」
ト挨拶をした男を見れば、どこかで見たような顔と思うも道理、文三の免職になった当日、打ち連れて神田見附の裏より出て来た、ソレ中背の男と言ッたその男で、今日は退省後と見えて、不断着の秩父縞の袷衣の上へ南部の羽織をはおり、チトくたびれた博多の帯に袂時計の紐を巻き付けて、手にトルコ形の帽子を携えている。
「オヤどなたかと思ッたらお珍しいこと。こないだはさっぱりお見限りですネ。マアお入んなさいナ、それとも老婆ばかりじゃアおいやかネ、オホホホホホ。」
「イヤ結構………結構もおかしい、アハハハハハ。トキニ何は、内海はいますか。」
「ハアいますヨ。」
「それじゃちょいと逢って来てからそれからこの間の復讐(かたきうち)だ、覚悟をしてお置きなさい。」
「返り討ちじゃアないかネ。」
「違いない。」
ト何かわからぬ事を言ッて、中背の男は二階へ上がッてしまッた。
帰ッて来ぬ間にチョッピリこの男の小伝を言うべき所なれども、何者の子でどんな教育をうけどんな境界を渡ッて来た事か、過ぎ去ッた事は山媛の霞に籠ッておぼろおぼろ、トントわからぬ事のみ。風聞によれば総角(そうかく)のころに早く怙恃(こじ)を喪(うしな)い、寄る辺渚の棚なし小舟ではなく宿無し小僧となり、あすこの親戚ここの知己と流れ渡ッているうち、かつて侍奉公までした事があるといいイヤないという、粉々たる人のうわさは滅多にあてになら坂や児手(こので)柏の上露よりももろいものとかたづけて置いて、さて正味の確実(たしか)な所をかい摘まんで誌せば、産まれは東京で、水道の水臭い士族の一人(かたわれ)だと履歴書を見た者の噺し、こればかりは偽ではない。本田昇と言ッて、文三より二年前に某省の等外を拝命したこのかた、吹小歇(ふきおやみ)のない仕合わせの風にグットのした出来星判任、当時は六等属の独身でまずは楽な身の上。
昇はいわゆる才子で、すこぶる知恵才覚があッてまたよく知恵才覚を鼻にかける。弁舌は縦横無尽、大道に出る豆蔵の塁を摩(ま)して雄を争うも可なりというほどではあるが、竪板の水の流れを堰きかねて折節は覚えず法螺を吹く事もある。また小奇用で、何一ツ知らぬという事はない代わり、これ一ツ卓絶(すぐれ)てできるという芸もない、怠(ずるけ)るが性分で倦きるが病だといえばそれもそのはずか。
昇はまたすこぶる愛嬌に富んでいて、きわめて世辞がよい。ことに初対面の人にはチヤホヤもまた一段で、婦人にもあれ老人にもあれ、それ相応に調子を合わせて、かつてそらすという事なし。ただ不思議な事には、親しくなるにしたがい次第に愛想がなくなり、鼻の頭(さき)であしらって、折に触れては気にさわる事を言うか、さなくばいやにおひゃらかす。それを憤りて食ってかかれば、手に合う者はその場で捻(ねじ)返し、手に合わぬ者は一時笑ッて済まして後、必ず讐(あだ)を酬ゆる………尾籠ながら、犬の糞で横面を打(は)り曲げる。
とはいうものの昇は才子で、よく課長殿に事える。この課長殿というお方は、かつて西欧の水を飲まれた事のあるだけに、「殿様風」という事がキツイおきらいと見えて、常に口をきわめて御同僚方の尊大の風を御誹謗あぞばすが、御自分は評判の気六ヶ敷屋(きむずかしや)で、御意にかなわぬとなると些細のことにまで目を剥き出して御立腹あそばす、言わば自由主義の圧制家というお方だから、哀れや属官の人々はごきげんの取りようにまごついてウロウロする中に、独り昇はまごつかぬ。まず課長殿の身態(みぶり)声色はおろか、咳払いの様子から嚔(くしゃみ)の仕方までまねたものだ。ヤそのまた真似の巧みな事というものは、あたかもその人がそこにいて云為(うんい)するがごとくそっくりそのまま、ただ相違と言ッては、課長殿はだれの前でもアハハハとお笑いあそばすが、昇は人によッてエヘヘ笑いをするのみ。また課長殿に物など言いかけられた時は、まずせわしく席を離れ、子細らしく小首を傾けて謹んで承り、承り終わッてさてにっこり微笑して恭しく御返答申し上げる。要するに昇は長官を敬すると言ッても遠ざけるには至らず、狎れるといっても*涜(けが)*すには至らず、諸事万事御意の随意随意(まにまに)かつて抵抗した事なく、しかのみならず………ここが肝心要………他の課長の遺行を数えて暗に成徳を称場する事も折節はあるので、課長殿は「見所のある奴じゃ」ト御意あそばしてごひいきにあそばすが、同僚の者はよく言わぬ。昇の考えでは皆法界悋気(りんき)でよく言わぬのだという。
ともかくも昇は才子で、毎日怠らず出勤する。事務にかけてはすこぶる活発で、他人の一日分たっぷりの事を半日で済ましても平気孫左右衛門、難渋そうな顔色もせぬが、大方は見せかけの勉強ぶり、小使給事などをしかり散らして済まして置く。退省(ひけ)して下宿へ帰る、衣服を着がえる、すぐいずれかへか遊びに出かけて、落ち着いて在宿していた事はまれだという。日曜日には、御機嫌伺いと号して課長殿の私邸へ伺候し、囲碁のお相手をもすれば御私用をも達す。先ごろもお手飼いに狆(ちん)が欲しいと夫人の御意、聞くよりも早飲み込み、日ならずしてどこでもらッて来た事か、狆の子一ぴき携えてごらんに供える。件の狆を御覧じて課長殿が「こいつ妙な貌をしているじゃアないか、ウー。」と御意あそばすと、昇も「さようでございます、チト妙な貌をしております。」ト申し上げ、夫人が傍から「それでも狆はこんなに貌のしゃくんだ方がよいのだと申します。」トおっしゃると、昇も「なるほど夫人の仰せの通り狆はこんなに貌のしゃくんだ方がよいのだと申します。」ト申し上げて、御愛嬌にチョイト狆の頭をなでて見たとか。しかし永い間には取り外しもあると見えて、かつて何かの事ですこしばかり課長殿のごきげんを損ねた時は、昇はその当座一両日の間、胸がつかえて食事が進まなかッたとかいうが、ほどなく夫人のお癪からもみやわらげて、殿さまの御肝癖も療治し、果ては自分の胸のつかえも押しさげたという、なかなか小腕のきく男で。
下宿が目と鼻の間のせいか、昇はしばしば文三の所へ遊びに来る。お勢が帰宅してからは、一段足しげくなって、三日にあげず遊びに来る。初めとは違い近ごろは、文三に対して気にさわる事のみを言い散らすか、さもなければ同僚の非を数えて「おれは」との自負自賛、「人間地道に事をするようじゃ役に立たぬ。」などと勝手な熱を吐き散らすが、それは邂逅(たまさか)の事で、大方は下坐敷でお政を相手にむだ口をたたき、ある時は花合わせというものを手中に弄して、いかがなまねをしたあげく、寿司などを取り寄せておごり散らす。もちろんお政にはことのほか気に入ッてチヤホヤされる、気に入り過ぎはしないかと岡焼きをする者もあるが、まさか四十面をさげて………お勢には………シッ足音がする、昇ではないか………当たッた。
「トキニ内海はどうも飛んだ事で、実に気の毒な、今もいって慰めて来たがふさぎ切ッている。」
「うっちゃってお置きなさいヨ。身から出た錆だもの、ちっとはふさぐもいいのサ。」
「そう言えばそんなような者だが、しかし何しろ気の毒だ。こういう事になろうとはやくから知っていたらまたどうにかしようもあったろうけれども、何をしても………」
「何とか言ッてましたろうネ。」
「何を。」
「わたしの事をサ。」
「イヤ何とも。」
「フムあなたも頼もしくないネ、あんな者を朋友(ともだち)にして同類(ぐる)におなんなさる。」
「同類にも何もなりゃアしないが、ほんとうに。」
「そう。」
ト談話のうちに茶を入れ、地袋の菓子を取り出して昇にすすめ、またお鍋をもってお勢を召(よ)ばせる。いつならば文三にもと言う所を今日は八分にしたゆえ、お鍋が不審に思い、「お二階へは」ト尋ねると、「ナニ茶がカッ食らいたきゃア………言わないでもいいヨ。」ト答えた。これを名づけてWoman's revenge「婦人の復讐」という。
「どうしたんです、鬩(いじ)り合いでもしたのかネ。」
「鬩り合いならいいがいじめられたの、文三にいじめられたの………」
「それはまたどうしたわけで。」
「マア本田さん、聞いておくんなさい、こうなんですヨ。」
ト昨日文三にいじめられた事を、おまけにおまけを付けてベチャクチャとしゃべり出しては止め度なく、滔々蕩々として勢い百川(ひゃくせん)の一時に決したごとくで、言い損じがなければたるみもなく、多年の揣摩(すいま)一時の宏弁、自然に備わる抑揚頓挫、あるいは開きあるいは闔(と)じて縦横自在に言い回せば、鷺も烏にならずには置かぬ。哀れむべし文三はついに世にも怖ろしい悪棍(わるもの)となり切ッた所へ、お勢は手に一部の女学雑誌を持ち立ちながら読み読み坐舗へ入って来て、チョイト昇に一礼したのみでにっこりともせず、しゃべりながら母親が汲んで出す茶碗を憚りとも言わずに受け取て一口飲んで下へ差しおいたまま、済まアシ切ッてまた再び読みさしの雑誌を取り上げて眺め詰めた、昇と同席の時はいつもこうで。
「トいうわけでツイそれなりけりにしてしまいましたがネ、マア本田さん、あなたはどっちが理屈だと思いなさる。」
「それはもちろん内海が悪い。」
「そのまた悪い文三の肩を持ッてサ、あたしに食ッてかかッた者があると思し召せ。」
「アラ食ッてかかりはしませんワ。」
「食ッてかからなくッてサ………あたしはもうもう腹が立って立ってたまらなかッたけれども、何してもこの通り気が弱いシ、それに先には文三という荒神(こうじん)様が付いているからとてもかなう事ちゃアないとおもって、虫を殺して黙ってましたがネ………」
「アラあんな虚言(うそ)ばッかり言ッて。」
「虚言じゃないワ真実(ほんと)だワ………マなんぼなんだッてあきれ返るじゃありませんか。ネーあなた、どこの国にか他人の肩を持ッてさ、シシババの世話をしてくれた現在に親に食ッてかかるという者があるもんですかネ、ネー本田さん、そうじゃアありませんか。ギャッと産まれてからこれまでにするにゃア仇や疎かな事じゃアありません。子を持てば七十五度泣くというけれども、この娘の事てはこれまで何百回泣いたかしれやアしない。そんなにして育ててもらッて露ほどもありがたいと思ッてないそうで、このごろじゃ一口いう二口目にゃすぐ悪たれ口だ。マアなんたら因果でこんな邪見な子を持ッたかと思うとシミジミ悲しくなりますワ。」
「人が黙ッていればいい気になってあんな事を言ッて、あんまりだからいいワ。わたしは三才の小児じゃないから親の恩ぐらいは知っていますワ。知っていますけれども条理………」
「アアモウわかッたわかッた、何も宣(のたま)うナ。よろしいヨ、わかッたヨ。」
ト昇は憤然(やっき)となッてしゃべりかけたお勢の火の手を手頸で煽り消して、あてお政に向かい、
「しかし叔母さん、こいつは一番しくじッたネ、平生の粋にも似合わないなされ方、チトお恨みだ。マア考えて御覧じろ、内海といじり合いがあッて見ればネ、ソレ………というわけがあるからお勢さんも黙ッて見ていられないやアネ、アハハハハ。」
ト相手のない高笑い。お勢は額で昇を睨めたまま何も言わぬ、お政も苦笑いをしたのみでこれも黙然、ちと席がしらけたおもむき。
「それは戯談(じょうだん)だがネ、ぜんたい叔母さんあんまり欲が深過ぎるヨ、お勢さんのようなこんな上出来な娘を持ちながら………」
「なにが上出来なもんですか………」
「イヤ上出来サ。上出来でないと思うなら、まず世間の娘っ子をごらんなさい。お勢さんぐらいの年格好でこんなに縹致(きりょう)がよくッて見ると、学問や何かはそっちのけでぜひ色狂いとか何とかろくなまねはしたがらぬものだけれども、お勢さんはさすがに叔母さんの仕込みだけあッて、縹致はよくッても品行は方正で、かつて浮気らしいまねをした事はなく、ただ一心にお勉強しておいでなさるから、漢学はもちろんできるシ、英学も………今何を稽古しておいでなさる。」
「「ナショナル」の「フォース」に列国史(スイントン)に………」
「フウ、「ナショナル」の「フォース」。「ナショナル」の「フォース」と言えば、なかなかむつかしい書物だ、男子でもよめない者はいくらもある。それを芳紀(とし)も若くッてかつ婦人の身でいながら稽古しておいでなさる、感心な者だ。だからこの近辺じゃアこういやア失敬のようだけれども、鳶が鷹とはあの事だと言ッて評判していますゼ。ソレごらん、色狂いして親の顔に泥を塗(なす)ッてもしようがない所を、お勢さんが出来がいいばっかりに叔母さんまで人にうらやまれる。ネ、何も足腰さするばかりが孝行じゃアない、親を人によく言わせるのも孝行サ。だからぜんたいなら叔母さんは喜んでいなくッちゃアならぬ所を、それをまだ不足に思ッてとやこういうのは欲サ、欲が深過ぎるのサ。」
「ナニちっとばかりなら人様に悪く言われてもいいからもうすこし優しくしてくれるといいんだけれども、邪慳(じゃけん)で親を親臭いとも思ッていないから悪くッてなりゃアしません。」
ト目を細くして娘の方をみかえる。こういう睨(にら)め方もあるものと見える。
「喜びついでにもう一ツ喜んでください。わが輩今日一等進みました。」
「エ。」
トお政はこなたを振り向き、びっくりした様子でしばらく昇の顔をみつめて、
「御結構があったの………ヘエエー………それはマア何してもおめでとうございました。」
ト鄭重に一礼して、さて改めて頭を振り揚げ、
「ヘー御結構があったの………」
お勢もまた昇が「御結構があッた」と聞くと等しくびっくりした顔色をしてすこし顔をあからめた、咄々(とつとつ)怪事もあるもので。
「一等お上がんなすッたと言うと、月給は。」
「たった五円違いサ。」
「オヤ五円違いだッて結構ですワ。こうツ今までが三十円だッたから五円ふえて………」
「何ですネーおっかさん、他人の収入を………」
「マアサ五円ふえて三十五円、結構ですワ、結構でなくッてさ。あなたどうして今時高利貸したッて月三十五円取ろうと言うなア容易な事ちゃアありませんヨ………三十五円………どうしても働き者は違ッたもんだネー。だからこの娘とも常不断そう言ッてます事サ、アノー本田さんは何だと、内の文三や何かとは違ッてまだ若くッておいでなさるけれども、利口で気働きがあッて、如才がなくッて………」
「談話(はなし)も艶消(つやけ)しにしてもらいたいネ。」
「艶じゃアない、ほんとにサ。如才がなくッてお世辞がよくッて男振りもいいけれども、ただ物食いの悪いのがあったら瑜(たま)に疵だッて、オホホホホ。」
「アハハハハ、貧乏人の質で上げ下げが怖ろしい。」
「それはそうと、いずれ御結構振る舞いがありましょうネ。新富かネ、ただしは市村かネ。」
「いずれへはなりとも、ただし負ぶで。」
「オヤそれはありがたくも何ともないこと。」
トまた口をそろえて高笑い。
「それは戯談(じょうだん)だがネ。芝居はマア芝居として、どうです、明後日団子坂へ菊見というやつは。」
「菊見、さようさネ、菊見にもよりけりサ。犬川じゃア、マア願い下げだネ。」
「そこにはまた異な寸法もあろうサ。」
「笹の雪じゃアないかネ。」
「まさか。」
「ほんとにいきましょうか。」
「おいでなさいおいでなさい。」
「お勢、お前もお出ででないか。」
「菊見に。」
「アア。」
お勢は生得の出遊き好き、下地は好きなり御意はよし、菊見の催しすこぶる妙だが、オイソレというも不見識と思ッたか、手弱く辞退して直ちに同意してしまう。十分ばかり経て昇が立ち帰ッたあとで、お勢は独り言のように、
「ほんとに本田さんは感心なもんだナ。まだ年齢も若いのに三十五円月給取るようになんなすった。それから思うと内の文三なんざア盆暗(ぼんくら)の意気地なしだッちゃアない、二十三にもなッて親を養す所か自分の居所立所にさえまごついてるんだ、なんぼ何だッて愛想が尽きらア。」
「だけれども本田さんは学問はできないようだワ。」
「フム学問学問とお言いだけれども、立身出世すればこそ学問だ。居所立所にまごつくようじゃア、ちっとばかり書物が読めたッてねっからありがた味がない。」
「それは不運だからしようがないワ。」
トいう娘の顔をお政はしげしげみつめて、
「お勢、ほんとうにお前は文三と何も約束した覚えはないかえ。エ、あるならあると言っておしまい、隠し立てするとかえッてお前のためにならないヨ。」
「またあんな事を言ッて………昨日あれほどそんな覚えはないと言ッたのがおっかさんにはまだわからないの、エ、まだわからないの。」
「チョッ、また始まッた。覚えがないならないでいいやアネ、何もそんなに熱くならなくッたって。」
「だッて人をお疑りだものヲ。」
しばらく談話がとぎれる、母親も娘も何か思案顔。
「おっかさん、明後日は何を衣(き)て行こうネ。」
「何なりとも。」
「エート、下着はいつものアレにしてト、それから上着はどれにしようかしら、やっぱりいつもの黄八丈にして置こうかしら………」
「もう一ツのお召縮緬の方におしヨ、あの方がお前にゃア似合うヨ。」
「デモあれは品が悪いものヲ。」
「品が悪いッたッて。」
「アアこんな時にア洋服があるといいのだけれどもナ………」
「働き者を亭主に持ッて、洋服などなんなと拵えてもらうのサ。」
ト母親の顔をお勢はジットみつめて不審顔。

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