「なんだ太郎。まだ寝とらんかったのか」

「……うん」

「次郎の風邪が治ったら母さんと父さんはちゃんと迎えにきてくれる。

おまえにまで移ってはいかんから、ここにおるのじゃろうが。

なのにおまえがここで風邪を引いたら意味なかろ?

早よ、寝んさい。寒かろう?」

「ん……」

「……それに、今夜は、雪は降っとるが、新月じゃろう。

こんな日は早く布団にもぐりこんで、朝まで起きんのがええ。

でないと」

「でないと、なに、じーちゃん?」

「でないと、もののけが降ってくる。」

「…………もののけ?」

「そうじゃ」

「降ってくるの?」

「そうじゃよ。こんな風に音もなく雪の降る新月の晩には、

もののけが降ってくる、という話じゃ」

「……もののけって、どんな?」

「人そっくりの姿をしたもののけだそうだ。

背が高かったり低かったり、大人だったり子供だったり

男だったり女だったりまちまちなんじゃて。

ま、ワシも見たワケじゃないから良うは知らんがな」

「正体、判らないの?」

「さあなぁ。狐や狸が化かすんじゃ、という人もおるがの。

本当のところは誰も知らん」

「……そのもののけ、降ってきて、どうするの?」

「どうもせん。ただ屋根の上に降り立って、

下界を、つまりワシらの家並みを、見るんだそうだ

──まあそれがひとりやふたりじゃのうて大勢集まって来る、

ちゅうんじゃからさぞかし怖かろうがの。ほっほ」

「……結構、イヤだね、それ。」

「じゃろう? それにの。

そのもののけと眼があうと、魂を取られる、とも言う」

「魂? 取られたら、どうなるの?」

「さて。死ぬんじゃないかね?」

「じゃ、どうもしなくないじゃない」

「そうじゃな。じゃが連中が魂を抜くのは、

静かに家並みを眺めていたのにいきなり大声を出されて驚くからだ、

とも、言うからの」

「邪魔しなければ、何もしない?」

「さて、逢うたことがないから判らんがの。

ま、雪の夜なんぞに大声出さん方がええのは確かじゃの」

「ふぅん……そうか」

「そうじゃ。だから、早よ寝んさい。

夜中に起きても窓の外は見ん方がええぞ、今夜は。

もしもうっかり窓の外を見て、何かが見えても、

大声は出さん方がええ。判ったか? 太郎」

「うん。」

「なら、寝んさい」

「うん、じーちゃん。おやすみなさい」

「ほい。おやすみ」

 

 

太郎を眠らせ 太郎の上に 雪 降り積む

  太郎を眠らせ 太郎の上に ナニかが降り積む。

 

 

 

 

  

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あとがき

2001年1月15日の私淑言が異様にウケ、当時多事拾遺掲示板で「途中までファンタジーだけどラストはホラー」だの「視線向けられたら魂吸い取られそう」だのと相次いだ発言をネタにして、掲示板でのみアップした突発。ラスト2行は三好達治の本歌取りです。
暑さに負けて再録しました。
連日殺人的な気温を繰り出すこの真夏に、真冬の夜の冷えた空気を感じ取っていただければ幸い。掲示板かメールで感想を頂けると、茶寮主、泣いて喜びます。