2日目:目的地=嵐山
1 そしてやっぱり『待ち合わせ』
2日目の目的地は嵐山である。更にこの日は、『女6人の京都旅行』であるだけでなく、直前に掲示板で有志を募った某HPの日帰りオフも兼ねていた。
この日のみの参加者は4人。うち1人はオフ会初参加で、当然初対面である。待ち合わせ場所は、阪急嵐山駅改札前。集合時間は朝10時半だった。いまいち所要時間の計算に自信のない私たちは、余裕を持って現地に到着するよう早めにホテルを出て軽く朝食を取り、電車を1度乗り換えて、10時前に嵐山に着いた。
見知った顔はまだいない。流石に初参加のNさんもこんなに早くは来ないだろうと思い、暇つぶしも兼ねて、改札前に怪しい円陣を作り上げた。『女3人集まればかしましい』という。その倍数ともなれば、賑やかでないはずがなかった。しょーもない話に花が咲く。
「Pさん、その襟元のスカーフ取ったら、ひょっとして指の痕とか付いてない?」
「ああ、わかった? そうなのよ〜、Mさんの生き霊にね・・・」
「昨日散々Mさんからかったもんねぇ」
「うん。寝てる間に本人も気づかずにやってたみたい。そっちは大丈夫だった?」
「こっちはほら、狐さんが一番ドアに近いとこにいたから、入ってこられなかったんじゃない?」
「あっ、そうか〜〜」
傍から見たら怪しいことこの上ない会話である。(実際、初参加のNさんは、この集団の怪しさに、最初近づきがたいモノを感じたようである)
「それにしても、Nくんとか、そろそろ来る頃なのにね」
私と差し向かいで話していたPさんが呟いた。
見るとはなしに渡月橋方面を眺める私の脳裏を、過去の記憶が駆けめぐる。
「いや・・・あの御仁のことだから、案外もう着いてて、時間が余ったから、とか言って、その辺、ぶらついてる、かも・・・よ・・・?」
Pさんの言葉に応えながら、私の目は別のモノを見ていた。
(・・・あの、見覚えのある人影は・・・)
雰囲気で判る。Pさんも同じモノを見ている。他の4人も私たちの視線を追う。
「ねえ、あれって・・・」「うん、多分・・・」目も合わせていないのに心は通じている。2人の見つめるモノをNくん本人だと識別した途端、私たちは爆笑していた。『噂をすれば影が通る』という諺が往々にして真実であることを知らないわけではないが、これはあまりにもタイミングが良すぎた。
「なんてお約束通りなんだっ!」
「いや、判らないよ。JRの駅から来たのかも知れないし」
確認は私が取った。Nくんは、本当に『お約束通り』な人だった。
更に時間が経過して、Pくん、初参加のNさんが揃う。
残るはSさんのみだが、待ち合わせ時間を経過しても、彼の人は来ない。連絡もない。甦る『前科』。
Pさんが携帯から電話をかけた。Sさんは・・・・・・まだ家にいた。
女性陣の心は瞬時に決定していた。
『置いて行こう』。
嵐山に来るのに1時間はかかる人を、しかも『待ち合わせ時間に起きた人』を、待つ義理などない--それが女性陣の総意だった。大体、携帯があるのだから、Sさんがこれから来るにしてもそれで連絡を取ればいいのだ。「じゃあね、ばいば〜い」「さよなら〜」「それじゃっ!」口々にかける別れの言葉にも迷いはなかった。戸惑う男性陣を後目にすたすたと歩き始める。
--女性を怒らせると怖い
世の男性諸氏が、時を変え場所を変え人を変えて繰り返し呟いたであろう言葉を、NくんPくんが心に刻みつけた瞬間だったのではなかろうか?
2 やっぱり歩くぞ嵐山・渡月橋編
渡月橋へと向かう道すがら、Pさんと私は後続に質問を投げかけた。(余談だが、Pさん&私が先頭を行く、というこの陣形が崩れることは、この日お宿に帰り着くまでほとんどなかった)
「どこへ行きたい?」
Tさんが答えた。
「私、竹林、見たいなぁ・・・」
「他は?」
返る言葉は無かった。Pさんと私の視線が交錯する。
(無いのか、ほんとに無いんだな? 私たち2人の行きたいとこに行くぞ? いいんだな、歩いて!?)
今回のオフを事前に『体力増強オフ』と名付けたのはDさんだったかTさんだったか。その名称の最大の原因が、先頭を行く2人の『健脚』である。何しろ、春には鞍馬・貴船の山道を、後続を気遣う余裕まで見せて踏破したのだ。その2人の『行きたいところ』。どういうことになるのかは、自ずと明らかだった。実際、「行ければ化野念仏寺まで行ってみたいね〜」などと話していた私たちである。
(注:化野は嵯峨野の北西の端に位置し、阪急嵐山駅からは直線距離でも軽く2kmはある)
Tさんは、前回の京都オフで健脚であることが証明されていた。今回ただ1人の電脳空間未生息者で、前回の京都オフを知らないまま私とDさんに引きずり込まれたYさんは、既に昨日の伏見稲荷お社巡りで、Tさんに引けを取らない健脚を披露していた。DさんMさんも『歩き倒し』経験者だから、自分のペースは把握しているはずである。問題は、『その日だけ参加』の3人。内2人は男だからいいとして、残るはNさん。この方ばかりは、どうにも脚力&体力の測りようがなかった。
とりあえず天竜寺でお庭を眺めて、そこから先はみんなの様子を見て決めよう--頷きあう私とPさん。お昼は湯豆腐、と朝食の時に意見が一致している。店も、その時にガイドブックで候補を見つけてある。他のメンバーの歩く速度と疲れ具合とを見て、お昼時にその辺りにいられるくらいに戻ってくればいい。
「じゃ、行こうか」
ぞろぞろと、怪しい一行の行進が始まった。
渡月橋の手前でPさんが呟く。
「るろ剣思い出すねぇ」
「せ〜なっか〜に み〜みを ぴっと つっけって〜〜〜♪」
釣られて歌う自分がちょっと哀しい。それでも笑いながら歩いた。
いざ渡ってみると、渡月橋は、「この欄干に真夏に半袖でもたれたくはないなぁ・・・でも冬も、セーターだと引っかかりそうだなぁ」などと思える程度には古びていた。
感想。渡月橋は、渡るより、遠くから眺める方がいい。(←あくまで私的見解)
3 やっぱり歩くぞ嵐山・天竜寺編
天竜寺の総門をくぐったあたりで、後続の会話が耳に届いた。「でね、Mさんったら・・・」
どうやら昨日の『この人誰ですか』事件をネタにしているらしい。すかさず加わる私とPさん。
「まいったよ〜〜。どうしようかと思ったもん」
みんなで笑っていると、NくんがPくんを見つめて言った。
「でもお前、Mさんのこと笑えないよな。おんなじこと前やったもん」
・・・・・・はい?
みんなの視線がPくんに集中する。
「大阪でね〜〜、やっぱり本人目の前にして、これ誰? って」
「ええ〜〜〜っ!? そんなことやる人がもう1人いるなんてっっ!」
驚愕の声があがる中、Pくんを見上げるMさんの瞳が輝いていた。
更に歩く内に、Pくんの中ではDさん、Tさん、Yさんの名前と顔が一致していないことが発覚した。
断って置くが、今回Pくんが初めて会うのは、Mさん、Nさんのお2人だけである。
それでもPくんは顔と名前を一致させられないらしい。拝観料を納め、建物内部を拝見するべく本堂へと向かう間、Pくんはずっとみんなに「これは誰?」「じゃあこれは?」と質問されて遊ばれていた。
その上、体型や髪型が似ていたり、名字が同じだったりすると、「親戚?」と思ってしまうらしいことも判明。おかげでしばらく、背格好と髪の長さの似ているYさんと私は、Pくんの「姉妹? 親戚?」攻撃にさらされることとなったのである。(どうでもいいけど、その間違った認識、改めないと周囲に迷惑かけるよ? Pくん)
この日、『なちゅらるPくん』『天然Mさん』のコンビが誕生した。
--ボケぶりが 似てるとみんなが言ったから
10月24日は 天然記念日(←字余り&ぱくり)
気を取り直して、天竜寺拝観。
最初に、庭に面した廊下から『雲竜図』を眺めた。墨で描かれた竜が雲の上で襖を舞台に踊る。
「入っちゃだめなのかな?」
誰かが聞いて、やはり誰かが答えた。
「いいんじゃない? ほら」
--『畳に寝転がるのはおやめください』
「こーゆーこと書いてあるってことは、やる人いるんだよね、きっと・・・」
「まあ、横になって眺めていたい気はするけど・・・」
『畳に足を踏み入れるな』とは言わないあたりに古刹の優しさを感じた。
L字型に配された雲竜図を眺めるために、室内に足を踏み入れる。
薄暗い室内から望む庭は、汗ばむほどに気持ちよく晴れ渡った日の光を受けて一層鮮やかに見えた。
「タン・タン・タン タン・タン・タン タン・タン・タン タンタ〜〜ン♪」
「・・・そうだ、京都行こう」
「JR、東○」
ちゃんと通じているあたり、『類は友を呼ぶ』とはよくぞ言ったものである。
濡れ縁に出て、庭をバックに写真撮影。そのまま庭を眺めつつ廊下を渡り、多宝殿を拝観してから庭に降りた。
夢窓国師の手になる庭は、世界遺産の名に恥じない。どこから見ても絵になるのである。1日居ろ、と言われても、私はきっと困らない。ただ、もう少し時期が遅ければ、楓ももっと鮮やかに色づいていただろうことだけが、ほんの少しではあるが残念だった。
4 やっぱり歩くぞ嵐山・祇王寺編
天竜寺にも『山巡り』はあったようだが、今回は『先』があるので断念。そのまま、道案内の看板に従って大河内山荘・祇王寺方面へ向かう。
大河内山荘までの道は、竹林の中を通っていた。10月末にしては気温の高い日で、竹林の作り出す日陰と涼やかな空気が嬉しい。途中に何故か路上でポプリを売るおやじがいたりもして、話題にも事欠かない。
更に歩いて祇王寺へ。
道すがら、通り沿いにある店を眺めて歩く。あれが可愛い、これが面白いと言いつつも、素通り(笑)。
そんな一行の足を引き留めたのは、とある店先に佇む、身長1mほどもあろうかというキューピー人形だった。まず、大きさが普通でない。『可愛い』と言える限度を既に超えている。周りも変だった。祭りでテキ屋が売っていそうなお面や、ふぐや金魚の紙風船。一体何屋かと疑いたくなるような品揃えだった。そして何よりも、キューピー自身の眼差しが怪しかった。大きく見開いて、しかも虚ろな視線。・・・はっきり言って、怖い。店主が何を思って店先に立たせてあるのかは謎だが、通り過ぎる人の気を引くのがキューピーに与えられた役割であるなら、彼はそれは十二分に果たしていた。
首を捻りながら辿り着いた祇王寺の入り口は、またしても階段だった。ただし、短い。(あくまで主観)
拝観料を払って山門をくぐると、右手に庭を巡る小道、左手には本堂。迷わず庭へと回った。
平清盛の寵愛を失った祇王、妹・祇女とそのご母堂が出家して余生を送った場所である。庭を飾るのは、苔や竹、そして木々。天竜寺のような華やかさはないが、ひっそりと静かな、落ち着いた庭だった。
一巡りしてから本堂へ上がる。仏像の前には先客がいたので、奥の書院に腰を下ろし、窓から外を眺めた。
仏像の前の先客が操作したのだろう。背後から、録音テープの解説が聞こえる。
「この祇王寺は、平家物語ゆかりのお寺で、平清盛さまのご寵愛を失って出家なさった祇王さまが、妹の祇女さま、おかあさまと余生をお過ごしになられたお寺です」
聞くとはなしに聞き入ってしまう。
「・・・仏御前に清盛さまのご寵愛を奪われた祇王さまは、このような和歌を仏御前のお部屋の襖にお残しになって、館を去られたのです。
--萌え出るも 枯るるも同じ 野辺の草 いずれか秋に会はで果つべき」
意訳すれば、『今は清盛さまはあんたに夢中だけど、あんただって私と同じなんだから。いつかは清盛さまに厭きられて、私みたいに捨てられるのよ』。
「大概嫌みな歌だよねぇ、これ・・・」
「わざわざ相手の部屋の襖に書いていくってのが、更に凶悪だよね」
頷きあう一同。祇王の行為を哀れと語る解説と我々の間には、認識に大きな隔たりがあった。
「でもさあ、なんでここ、清盛の仏像まで祀ってあるわけ? 捨てられて出家したんだから、祀ってやる義理なんてないよねぇ」
「しかも解説、清盛に『さま』づけだもんね。謎〜〜」
『美しくも哀しい女性たちの寺』というガイドブックのコピーも、我々にかかっては形無しだった。
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