星に願いを

 

 おぼろに霞む意識の中で、悟浄の声を聞いた。

 『…願い事なんざすんなよ』

 何の話だ一体?

 『まーこの猿なんざ 決まって食い物の名前連呼すんだろな』

 願い事、連呼?

 …………ああ、流れ星。

 流れ星が流れて消えるまでに願い事を3回言えたら、

 その願いは叶うんだって、教えてくれたのは八戒だったっけか?

 ぼやけた頭でそこまで考えた時、いきなり悟浄が俺の鼻をつまんだ。

「気持ちよさそーに寝こけやがってムッカツクー」

「ダメですよ起こしちゃ」

 八戒がたしなめてくれるのに悟浄が答えて

「起きやしねーよ」

 ……起きたよバカ。赤ゴキブリエロ河童!

 だけど、何でだろう? 目を開けちゃいけないような

 ──開けない方がいいような、そんな気がして。

 だから俺は目を開けなかった。

 開けずに、眠っているフリを続けた。

 俺の耳に、今度は八戒の声。

「…でも正直、願い事が即座に思いつくのってうらやましいですね」

 ──僕何も浮かんで来ませんでしたもん。

 見なくても判る。今の八戒の顔。

 こんな時の八戒は、いつもののほほんってした顔に少し

 ……ホントにほんの少しだけ自嘲気味な色を浮かべて、笑ってる。

 ──んな顔、すんなよ。

 起き出して、手を伸ばして、のしかかってそう言いたいけど、我慢した。

 だって俺は『小猿』だから。

 八戒も悟浄も──三蔵も、

 俺の前では絶対こんなグチめいたコトなんて

 ひとっことも漏らしちゃくれないから。

 だから俺は寝てなきゃいけない。

 ……ふっと、思った。

 流れ星を見つけたら、俺は何を願うだろう。

 考えたけど、判らない。

 やっぱ、その時になってみなきゃ判んねーかな、こーゆーのは?

 狸寝入りを続けながら考えて、また思った。

 ──でも。

 でも、うらやましいことだろうか。願い事が即座に浮かぶのは?

 そうでもない、ような気がするんだけど、

 俺の語彙はやっぱりどうにも少なくて、

 自分の頭の中でさえ、上手く言葉に出来ない。

 そんな時だ。悟浄が言った。

「…そりゃアレだ 願い事なんざ必要ねーからだろ」

 ──ああそうか。

 星に願って叶うようなことなら最初っから願ったりしねーんだ。

 少なくとも俺達は。

 願いはいつも心に抱いてる。俺も、三蔵も八戒も悟浄も。

 だけどそれは星に願って叶うことじゃないから。

 だから俺達は、星に願いをかける必要なんて、ないんだ。

 それに──

 それに、俺の一番の願いは、今、この瞬間にも叶ってる。

 俺の一番の願い……三蔵のそばにいること。

 叶ってることをまだ願うほどバカじゃない。

 第一、それは星に叶えてもらうことじゃなくて、俺自身で叶えることだから。

 だから一番叶えたいことは、絶対願い事になんかしない。

 絶対、俺は。俺達は。

 そうだよな、八戒?

 黙りこくった八戒の答えを、寝たフリ続けて俺は待ってる。

 悟浄も……でもって眠りの浅い三蔵も、目を覚まして、きっと待ってる。

 そうして耳が静寂に馴染んだ頃。

 ぽつりと八戒が呟いた。

「──成程…。」

 冷えた夜の森の空気が、瞬間ふっと暖かくなった。そんな気がした。

 

 朝になったら悟浄は俺に聞くかもしれない。

『よぉ猿、お前、お星サマに願い事するんだったら何願う?』

 そしたら俺は笑って答えてやるんだ。

『え? え〜とえ〜と、肉まん食べたい!』

 悟浄は『やっぱりな』って笑うだろう。八戒もきっと。

 三蔵は呆れてまたハリセンくれるかもしんねーけど。

 だけど、それでいいんだ。

 だって俺は『悟空』だから。

 いつも元気な小猿だから。

 俺のホントの願いは、もうとっくの昔に叶ってるから。

 だから、俺は。俺達は──

 

 

 星に願いを、なんて、言わねーんだ絶対。

 

 

 

 

 

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あとがき(もしくは言い訳・^^;)

ご存じの方はご存じの、峰倉かずやさん作『最遊記』。
はまった挙げ句、6巻の流れ星シーンを元ネタに、こんなモノを書き上げてしまいました。
いい具合に発酵してきたようですワタシのアタマ(^^;;;)。