宿に戻ったその後も、悟空は窓から外を見ていた。
窓の外に浮かぶ月と、眼前に広がる桜林を。
普段賑やかを通り越して騒音の域にまで達することも多いこの金眼の少年がこうまで静かだと、さすがに居心地が悪くなる。
──居心地が、悪くなる。
いっそイラつくと言ってもいいくらいに。
悟空の静かな理由が、なんとなくではあっても判る三蔵だから、それは、なおのこと、だった。
『声』が聞こえる。
『想い』が届く。
たまりかねて三蔵はとうとう声をかけた。
「おい、猿」
ピクン。
大地の子供の肩が揺れる。
「……悟空」
もう一度呼ぶと、やっと悟空が振り向いた。
「三蔵……」
太陽のようなその金の眼が、今は月の光を宿す。
どこかに闇を秘め、陰を滲ませるその瞳に、やはり太陽と称される金の髪を持つ最高僧は、ふっと小さな溜め息を漏らした。
『声』が聞こえる。『想い』が届く。
それでも三蔵はことさらに言葉をかけることをしない。
マルボロに火をつけて、悟空が何か言うのを待っている。
窓の外には白金の月、照らされた地上には満開の桜。風に誘われ、光に誘われ、夜の闇にも誘われて、風がなくとも舞い散る花片に、そうして二人、視線を向けて。
やがて、悟空がぽつりと呟いた。
──呟いた。
まるで想いが知らず言葉になったかのように。
「俺……」
とてもとても大切だったはずの『何か』。かつて自分が犯した罪。大事な『何か』の記憶を奪われ、その『罪』自体の記憶まで奪われて、500年、封印されていた、自分。
「俺は、ここに……」
普段は忘れている──心の片隅に沈めて隠して、考えないようにしている、その不安。
言葉にするのが怖すぎて悟空が声に出せないそれは、けれど三蔵には届くのだ。
それはきっと八戒も悟浄も、程度の差こそあれ察知しているものなのだろうが、悟空の抱えるその『闇』を、撃ち抜いて砕くのは三蔵だった。
いつもなら言い捨てる。
自分で決めろと。
けれどこんな時の悟空はどこか儚く淡く、強い言葉を返しても月光の笑みしか浮かべない。
だから三蔵は短く言った。
許可も、命令も──心に秘めて表に出さない、祈りも、願いも、全て、込めて。
たった一言。
「ここに、いろ」
と。
その一言で悟空の瞳に太陽の光が戻ることを、金髪紫眼の最高僧は知っていた。
ふたたびのあとがき(もしくは言い訳・^^;) というわけで、またしても『おまけ』小説。わずかでもお気に召せばよいのですが。
書きたかったのは三蔵のラストの一言、でしたが、ここまで引っ張るか自分(苦笑)。
でも、三蔵と悟空だけじゃなく、八戒さんと悟浄も書きたかったんです(自爆)。
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