── Ever so close IV──
うららかな光に照らし出された春の道を、悟空は三蔵と歩いていた。
晴れればいささか汗ばむし、曇れば一気に気温の下がる4月あたまのこの時期だけれど、今日は良く晴れて風もない上、気温も適度で、散歩するにはもってこいだ。
おまけに桜も満開で、加えてすぐ後には自分のためのイベントが待っているとあっては、自然足取りも軽くなろうというものだった。
今日の日付けは4月5日。悟空が誕生日と決めた日だ。
三蔵達の誕生日と同様、この日も友人達が集まって、パーティーをすることになっている。
定められた刻限まではまだ間があるけれど、それは花見の時間を作るため。多忙を極める三蔵と桜の好きな悟空のために、悟浄が少し早めに迎えに来て、会場近くの桜並木でふたりを下ろしてくれたためだ。
本当に刻限が迫った頃に、また悟浄がジープで迎えに来てくれることになっている。
これも──この花見の時間も、三蔵と、そして友人達が悟空に用意してくれた、誕生祝いの一環だった。
「すげー……。きれーだなー、三蔵ー」
空を覆うように枝を伸ばし咲き誇る桜を見上げて、悟空は吐息を零すように呟いた。
隣を歩く三蔵は、返事こそくれないけれど、見ればコートのポケットから取り出しかけていたマルボロを、そっとポケットに戻している。煙草よりも桜、と、三蔵が思ってくれた証拠だ。
自然、悟空の顔に笑みが浮かんだ。
午後の陽射しにほんのり黄味を帯び始めた、おぼろに霞んだ青空。奔放に伸びた枝、満開の桜。
そして、隣に、三蔵。
さらにその後には友人達の心づくしが自分を待っているのだから、嬉しくならないわけがない。
(これってすげぇ贅沢だよなー)
頭上の桜を仰ぎ見てしみじみ思う。
と、そこへ、それまでの微風よりも数段強い風が吹いて、桜並木を渡って行った。
ザン、と、音のしそうな勢いで、満開の桜が花弁を飛ばす。
舞い散る花が空の青に映えて、息を飲むほどに美しい。
「うわ……!」
思わず声を上げた悟空だった。
が。
「っくしゅん!」
なにが一体どうしたものか、突然くしゃみが出てしまった。
当然のように隣で三蔵が吹き出した。
「色気もなにもあったもんじゃねぇな」
色気より食い気、よりもまだ笑えると、悟空を茶化す声が本当に楽しそうだ。
恥ずかしいのと、自分で自分がおかしいのとで、悟空はついそっぽを向いた。
三蔵が楽しそうなのは嬉しいが、その理由がこれというのはどうだろう。
微妙な心持ちのまま、脇の桜を眺めていると、突然三蔵が真顔になって、こんなことを問いかけた。
「寒いんじゃねぇのか」
悟空は思わず目を見開いて、きょとん、と三蔵を見返した。
「寒くないよ。なんで?」
さっきのは多分たまたま小さなゴミか何かが入っただけで、別段寒いわけではない。
実際、陽射しはまだたっぷりあるし、日影にいても暖かいし、吹く風もさほど強くはない。着ているものはジーンズに厚手のコットンシャツだけれど、上着は持っているのだから、寒ければ羽織れば済むことだ。
言うと、三蔵は
「そうか」
と呟いて、さらに
「ならいいけどな。寒かったらちゃんと言えよ。腹減った、だけじゃなく、な」
と、苦笑混じりにそう言った。
「え?」
首をかしげてしまった悟空だ。
腹減っただけじゃなく、とは……いや、そのままの意味なのだろうが、何故また三蔵はそんなことを言うのだろうか。
三蔵の台詞を言葉通りに解釈すると、まるで自分が「腹減った」以外の主張をしないようではないか。
「俺、それしか言ってない?」
もしもそうなら、それはちょっと自分でもどうかと思う、と、悟空は顔を赤らめながらおそるおそる問いかける。
すると三蔵はちらりと悟空を見遣り、少しだけ意地悪そうに口元を歪めて、
「まあ大半はそれかもな」
などと言う。
「げー……」
言われた悟空は、己が行動を顧みて、げんなりと呻いた。
そこへ、だ。
続けて三蔵が、こんなことを言ったのだ。
「大半はそれだ。それも俺が仕事にうんざりして休憩したくなってる時に妙に多いな。あとは、外へ行こうだの街へ出ようだの、人の仕事を邪魔してくれる。俺といる時は寒いだ暑いだ煩いくせに、俺が仕事で出かけた時は、雪の中を外で待っていたりする。
──悟空。」
呼び掛けられて悟空は今度こそ本当に赤くなった。
途中から三蔵の声が柔らかくなったのは、気のせいではないはずだ。
──バレていた。
と、いうことはだ。
「もしかしてさ、さんぞー……そんな腹減ってなかったり暑かったり寒かったりしなくても、そうだなとか言ってくれてたり……」
「ざけんな」
否定の言葉が妙に速い。
これは確定ではないだろうか。
「でもっ」
言い募ると今度はさらに意外な言葉が。
「うるせぇ俺じゃねぇ!」
視線をそらしながら言われても説得力はカケラもないが、その言葉でまた悟空は気付いてしまった。
俺じゃねぇ、と三蔵は言った。そうだ、三蔵だけではない。
八戒と悟浄が寺に来る時、必ず手みやげを──それも美味い手料理だったり評判の店の菓子だったりさまざま──くれる。三蔵が長く仕事で寺を空ける時には彼等が家に招いてくれる。
彼等ふたりだけでもない。
寺でも、悟空が三蔵に話し掛ける時、すぐさま脇から同意の声が上がることがある。そういう時には間をおかずに熱い茶と蒸かしたての饅頭が出て来たりするし、冷暖房が調節されたりもする。
八戒と悟浄はともかくとして、寺でのそれらは、三蔵のためだと思っていた。
けれど、この三蔵の口ぶりは……。
悟空は言葉に詰まってしまった。
もちろん悟空を不浄の者と忌み嫌う人もいるし、キツいことをされたりもする。
けれど……
けれど。
悟空は本当に困ってしまった。
言いたいこと、聞きたいことがたくさんあるのに、何を言えば良いのか判らない。
どう言えば良いかも、判らない。
自分が三蔵を大事にするのと同じくらいかそれ以上に、どうやら自分は三蔵に大事にされているらしい。
それは八戒や悟浄に対しても同様で、寺の僧侶に至っては予想外で。
500年ずっとひとりでいて、ずっと自分はひとりだと思っていたら、三蔵に助け出されて知り合いが増えて、さらにいつの間にかこんなに近くに人がいる。
そして、誰よりも一番近くに三蔵がいる。
本当に、何を言えば良いのか判らない。
困り果てた悟空に救いの手を差し伸べてくれたのはやはり三蔵だった。
「で?」
「え?」
「本当に寒くねぇのか」
助かった。
これで言葉に困らずに済む。
たった一言に詰められるだけの思いを込めて、悟空は笑顔でこう返した。
「うん、寒くない!」
まあ所詮完全自己満足ですが。
「Happy
Birthday、悟空!」