── Once in a blue moon ──

 

 

 

 

 ドン!
 ドーン!
 ドン、ドン、パン、パラパラパラ。
「あっ、あの色きれい! すっごいですね!」
 次々打ち上がり、夜空に開く色とりどりの光の花に、清流が喜んで歓声を上げる。
「あの広がり方おもしろいな」
「おお、今度は枝垂れたのお」
 墨を流したような空に映える鮮やかな炎の軌跡と、腹に響く、とまではいかないが、聞いてそれらしく心地よいほどには届く音とを楽しんで、紅尾と桜里が楽しげに言う。
 夜風を受けながらのバルコニーからの花火鑑賞は、この時期ならではの風物詩だ。
 単発、早打ち、連発、対打ち。
 一瞬で開いて消える菊、牡丹、競うようなスターマインに、典雅に余韻を残す枝垂れ。
 咲いては消える夜の花は、いつになっても見飽きない。
「そろそろ終わりですかね」
「そうよな、これだけ連続で打ち上げておるし、時間的にもそろそろであろう」
 紅尾と桜里の言葉を証すように、間断なく花火は打ち上がる。
 ドン!
 ドーン!
 ドン、ドンドン、ドーン、ドン!
 ドーン!
 ドーン!
 先の打ち上げの軌跡をなぞるように光の筋が空に上がり、大きく開いて闇を彩る。
 次々打ち上がる花火のその盛大さが、百花乱れ咲く時間の終わりを告げる。
 ドン!!
 最後にひときわ大きく咲いた花火の、枝垂れた光の糸も浮かぶ煙も、音が紅尾たちの耳に届く頃には既に風に流されている。
 沈黙で余韻を楽しむ紅尾と桜里とはうらはらに、何度見ても圧倒されるらしい清流は、息まで止めて最後の花火を見送る。
 そうして、名残りの煙も消えかけた頃になって、やっと清流がぼそりとこんなことを言った。
「……やっぱり、なんだか花火って……綺麗だけど、終わる時が淋しいですね」
 軽く片眉を上げ、視線を交わして、口元に淡い笑みを刷いた紅尾と桜里だ。
 まず、桜里が言った。
「そうよな。したが、その儚さこそが花火ぞ」
 頷いて、紅尾。
「ま、こんな風な打ち上げ花火の起源は盆供養だったり寺社への奉納だったりするらしいから、それを考えれば淋しいっていうのも判る気はするな」
「お盆? そうなんですか?」
「んー。京都の五山の送り火みたいなものだったんだろう、最初はな」
「そっか……お盆か……そうなんだ…………」
 途端、しゅん、としおれる清流である。
 紅尾と桜里は苦笑してしまった。
「おいおい、そこで暗くなってどうするよ」
「そうじゃ。今の花火大会はこの国の夏の風物詩。華やかな娯楽であろうがよ」
「でも、もとが供養だったらそんな娯楽なんて……」
 なおも言い募る清流を紅尾が止めた。
「供養だからしんみりしなきゃいけない、なんてことはないだろ、清流」
「そうじゃ。なればこそ今のこの花火があるのだし、盆灯籠も盆踊りも、しめやかなだけではなかろう?」
 ふぅわり、桜里が微笑みながら言うのに、やっと清流は顔を上げた。
「…………そっか」
「そうそう」
 少し浮上したらしい清流に、紅尾と桜里が笑いかけた。
 精霊としてはまだ若い──幼い、と言っても良いほど若い──からか、どうもこの地気の化身はさまざまなことを素直にまた重く受け止め過ぎるところがある。
 時に紅尾をすら苦笑させるその生真面目さは、けれど桜里にも紅尾にも好ましく映る。
 さらに続けて紅尾が言った。
「お盆でしみじみするんなら、それとは関係ないこと教えてやろうか清流?」
「なんです?」
「丁度お盆の頃だけどな、この12日がペルセウス座流星群の極大だ」
「流星群ですか?」
 途端、清流の目が輝く。
「ふむ。12日ならば、新月間近ゆえ良う流星も見えような」
 桜里が空を見上げるのに、釣られるように同じく夜空を見上げながら、清流。
「流星かー。たくさん見えるといいですねー」
 と、突然清流が、ふと思い出したように振り向き紅尾を見上げた。
「紅尾さん」
「なんだ?」
「ブルームーンってなんですか」
「ブルームーン?」
 ──それは。
「言葉通りなら青い月だけど?」
「なんじゃ、清流?」
 ──また突然に。
 視線を向ける紅尾と桜里を交互に見上げ、清流は問いを続けた。
「このあいだニュースで言ってたんです。今月はブルームーンですって」
「今月……?」
 問われて同じく首をかしげる桜里とは対照的に、紅尾が「ああ」と声を上げる。
「紅尾?」
「なんです?」
 向けられる視線に応えて紅尾が言うには
「それなら。その意味なら、ブルームーンはアレだ。1ヶ月に満月が2回ある月の、その2回目の満月のことだ」
 29.5日の間隔で満ち欠けを繰り返す月が、ひと月の間に2度満ちることが稀にある。
「それをブルームーンって言うんだ。欧米の言い方だけどな」
「ほお」
「……なんでブルームーンって言うんです?」
「ああ、それは」
 ──Once in a blue moon.
「月が青く見えることって珍しいから、それが珍しいことを指す英語の慣用句になって、ひと月に満月が2回ってのも珍しいから、それをそのままブルームーンって言うようになったらしいな」
「ひと月に満月2回ってそんなに珍しいんですか?」
 わざわざ名前をつけるほどに?
 清流のもっともな問いかけに、笑って紅尾はさらりと答える。
「とりあえず、この次にそうなるのは2007年の6月で、そのまた次は2010年の1月だそうだ」
「……なにゆえそんな事を知っておるのだ」
 呆れ気味の桜里に、笑って紅尾が返した言葉は
「え? 趣味v」
 これだけで。
「ついでに言うと、ひと月に新月が2回ってことも、珍しいけどやっぱりある」
「あるんですか?」
 きょとん、と清流が問うのに、笑顔で即答した紅尾である。
「ある。一番最近が去年、2003年の5月で、次が2005年の12月だ」
「……何故知っておる、というのは愚問か」
 呆れの度合いを増した桜里にさらに笑って答えた。
「調べました。」
「それも趣味か」
「えー、まあ。面白いでしょ?」
「…………まあ、なあ」
 面白いには面白いが。
 苦笑する桜里の隣で、清流は素直に喜んでいる。
「あるんだー、へぇー。面白いですねー! でもってやっぱり珍しいんだ!」
 ──素敵ですね!
 と。
 満面の笑みで面白がる清流に、ふわり、微笑って紅尾が言う。
「珍しいことはもっとあるぞ。去年の火星大接近は6万年に1回だったろう。ペルセウス座流星群の母天体はスイフト・タットル彗星で、これの周期は130年だし、獅子座流星群の母天体のテンペル・タットル彗星は33年周期だ」
「そっか。いっぱいあるんですね珍しいこと! ブルームーンがいっぱいだー」
 無邪気にはしゃぐ清流を見て、クスリ、笑った桜里が、少しだけ意地の悪いことを言った。
「珍しいことがたくさんありすぎて珍しさと面白みが薄れたりはせぬかえ、清流?」
 珍しいこと、楽しいことがたくさんあると有り難みが薄れて見えるのは、ひとの心の常ではある。
 けれど、この桜の化身の問いかけに、清流はきょとんと目を見開いた。
「どうしてです? 桜里さま。珍しいことがたくさんあったら、それだけ楽しいが増えるじゃないですか」
 ──でしょう?
 逆に問いを返されて、桜里と紅尾が口元に笑みを刻む。
「そうよな」
「そうだな」
 ──Blue moon.
「ま、ひと月に満月が2回あるのが珍しいのは、今の暦がこうだからってのも、あるんだろうけどな」
 紅尾が言うと、また、清流が。
「ああ、じゃあそれも、暦とか月の周期とか地球の公転周期とかのめぐりあわせってことですよね!」
 キラキラ。
 地気の化身の魂の輝く色が見えるようだ。
「そうだな」
「そうよな」
 さきほどとまったく同じ言葉を紡いで、紅尾と桜里がふわりと微笑った。

 

 

 Once in a blue moon.

 珍しくて楽しくて、面白くて綺麗で素敵なものは、案外たくさんあるかもしれない。

 

  

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あとがき
というわけで2004年夏の突発(笑)。天体現象にことよせてつい書きたくなるのは既にサガかもしれません。
少しでもお気に召していただければ幸い。感想などいただけると茶寮主、泣いて喜びますので、掲示板かメールにて、是非。