2005/7/23.24 日産スタジアム

今から振り返るとあっという間に終った感じのNISSAN OTTI presents YUZU STADIUM 2005 "GO HOME"。あの2002年のワールドカップの決勝戦の地。トヨタカップ等の数々のサッカーの試合を観に行ってた場所でのライブ。想像以上の大きさにどう対応すれば良いのかを企画の段階からとても悩んだ。

スケジュールが決まった時から、何をやるのか、何をすべきなのかとかを漠然と考え始めていた。今年になってラスベガスに行けた事も大きかった。ショウの本場に行った事で「ゆず」のライブは「ゆず」の世界をしっかり創る事だと実感できた。勿論勉強になった事も多く、ショウに来てくれた観客を開場時から飽きさせず、開演につなげて行く上手さ。ショウの完成度も高く、見せ所を随所にちりばめて観客を魅了し続ける事。あのラスベガスで感じた事が日産スタジアムでのショウに繋がったのは言うまでも無い。日本人として日本人の感覚で日産スタジアムを成功させたかった。因にラスベガスでお世話になったキャシーさんも二日目に観に来てくれて非常に喜んでくれた。

舞台セットの話はかなり早い段階で進んだ。「GO HOME」というライブが決まった事と同時に誕生したベスト盤と「GOING HOME」という曲。舞台セットのシンボルとして現代アートの村上隆氏のCDジャケットをモチーフにステージのサイドに「木」と「家(ホーム)」を置く事になった。舞台セットのタタキを稲葉社長(本編のミュージカルでは大活躍)が出して、そこからの発展をB/L の黒木氏が広げてくれた。舞台のセンターはお盆にして回り舞台にしょうというのが当初の予定だった。残念ながらLEDの重量の関係でカットになってしまった。2階部分(ミュージカル等で使った部分)はこのお盆にしようとした処がそのまま残った処。実際ここに立つと相当な高さで地上7メートル以上。設営中に登った高所恐怖症の僕には異常な高さと感じて急遽鉄柵を常設した。でも演者の方々は皆全然高さの恐怖を感じず、演じてくれた。流石はプロは違います。客席方向に伸びる「1〜ONE〜」同様の花道を基本舞台にした。

それと今回夏の野外でどうしてもやりたかったのが噴水だった。ラスベガスで宿泊した世界的に有名なベラージオホテルの前の噴水を観た時に、これを今回のライブに持ち込めたら良いなと思ってて、スミレの時の「木」とかスミレの匂いを創ってくれた荒川文夫氏が噴水も手掛けてるのが分って早々に話を進めた。規模が規模だったので完成を見たのが前日だったけど、、。因にあの開演の噴水のプランは相当練り直して完成した力作だった。

ライブの曲順と進行のプランの話も早々に始めた。最後の曲「GOING HOME」は子供コーラスを使って、会場内の皆が「手をつなぐ」というのがテーマとして決まった。このシーンが最後になり、それまでの曲の流れをどう創るかが課題になっていった。コーナーを大きく3つ又は4つに分けて構成を創る事にして、登場してからバンドと数曲やり、センターでの二人コーナーへ。ここまでを1部。2部は何かがっちりした見せ物をやる。3部はイケイケのライブ。これが基になり構成を考えて行った。そして、大きな見せ処として、アテネオリンピック個人銀メダルの山本博選手(現役である以上選手だそうです)に登場してもらい矢を放って貰い「栄光の架橋」につながる、暗転を上手く作って夜の部になりたいと悠仁からイメージの提示があった。

舞台セットに噴水のスペースが加わり、日産スタジアムの下見もしてからリハーサルが始まった。曲順の第1稿も早々に悠仁が創って来て発表され、バンドがSTAR DOG'Sだったので過去にやってない曲を中心に練習を重ねた。「3番線」ではラスベガス仕込みの水ドラ厶を悠仁がトライした。照明が入ると綺麗でもっと良い見せ方も出来るのだが、野外の太陽光の中でも敢えてトライした。プレミアムライブの神奈川県民ホールと 神戸国際会館こくさいホールでは見事に照明も栄えて良かった。それでも敢えてやる事が大事だと割り切って日産スタジアムでは披露した。「皆さんが創るライブ」だから。ここ数年のライブで悠仁の楽器のネタをローディチームに任せていて、今回も同様に水ドラムを任せてみて、良いものが出来て良かった。荒井雅博も立石圭二チーフも頑張った。

リハーサルも数日進んだ頃、悠仁がミュージカルをやろうと!徹夜で書き上げてきたのがそのミュージカルのストーリー。前日映像担当の巨匠鶴岡雅浩(鶴ちゃん)氏がリハーサルスタジオに来て、恒例の話し合い(この話し合いから数々の名場面、名シーンが出来上がってる)が行われ、その深夜に悠仁の書き上げたのが「青春歌謡劇場 ゴーイングホーム」だった。数々の有り合えない修羅場を潜ってきたが、今回はついにミュージカルへの挑戦が決まった。早々に振り付け氏を頼み、踊り手もいつもの頑張りスタッフから、本職のダンサーをとグレードを上げた。相手のヒロイン役の設定も楽しかったけど適任者探しが大変だった。この時点で決まっていた事は「ウエストサイド物語」のモチーフ。振り付けをラッキィ池田氏、稲葉社長の最後のオチ。JAE(JAC改め)(ジャパンアクションエンタープライズ)の本格的なタテだった。

鶴ちゃんがこのコーナーの演出をして、ラッキィ池田さんに全体の振り付けをお願いして話が進んで行った。何しろ「ゆず」無しで、国際フォーラムの広い舞台で4時間以上のダンスレッスンもしたり、、。黒木さんやりすぎです。台本も出来上がって、連日スタジオでは笑いながらのリハーサルが続き、ラッキィ池田さんに1度来てもらってからは、ダンスの強化も始まり、いつから「ゆず」のリハーサルはダンスリハーサル場になってしまったのかと錯覚すらする事があった。意外とは失礼だが岩沢厚治のダンスの習得は早く、驚くくらい早くに完成されていた。何でも空手には型があり、その型を覚える事を小さい時に経験してるので、ダンスの型を覚えるのは早いとの事。流石だった。

リハーサルの日々の中で段々内容が決まって行った。でもまだまだ大事なポイントがぼけていた。リハーサルスタジオでは限界があって、音楽的には完成されても「ゆず」のステージでは「流れ」が大事。各コーナーでの完成度と流れを創らないと良いライブにはならない。でも、それは会場でないと分らない事が多い。実際のステージの大きさは実際の舞台に立たないと絶対に判らないもの。リハーサルが進んで行く中で、音楽的にブラス隊が必要になった。山本選手の登場の件でファンファーレがどうしても必要になり、他の数曲もお願いする事になり、急遽ブラス隊を探し村田陽一氏にお願いをする事に。過去にユズモラスでもお願いしてるので快諾してくれて意見も貰ったり。本当はファンファーレは「木」の処でお願いしたかった。でもその後の流れで矢が射ぬいた時とかで的が見える位置に変更した。

リハーサルの途中で山本選手(山本先生って感じです)の処に皆で打ち合わせに行った。実際に夕やみの中で矢がどう見えるのか?どう放つのか?距離は?いろいろな確認をする為に、、。で、実際目の前で放された矢は見事に的を射ぬいた!一同感動の嵐。俄然「生」は凄いと盛り上がり、その後のリハーサルにも熱が入った。実際飛んでる矢を観る事はとても感動した。生はやはり凄い!

日々リハーサルに追われて本番までの時間が迫ってくる。村上氏に依頼した映像も全然確認出来ないまま「GOING HOME」の曲のリハーサルを。子供コーラスの指導してくれる先生との打ち合わせ。果して子供コーラスのソロは成功するのだろうか?聖歌隊をイメージして30人依頼した。話が逸れるけどJAEのダンサーも今回30名依頼した。多いと感じる発注人数は今回はたえず30人だった。ライブの最後を飾る大団円をどうまとめるか。イメージを日々のリハーサルから考えた。「てをつなぐ」というテーマ。これを文字にしてみたらと鶴ちゃんと話していて出てきたネタ。今回のライブでピジーという大きな映像を出せる映写機を6台用意した。これのネタを考えていて「てをつなぐ」をいろいろな国の言葉にして出してみたらという案があり、エンディングで文字を会場中に写してみるという事を考えていた。でも実際6台では会場全体は無理となり、残り数日までネタを考えていて、CDの「 I am going home. We are going home」を言葉の表現に決めた。 出し方と上に上がって行く早さなどは会場で決め、それと舞台セットの幅を越える壮大な星球を早々に準備した。この要素を持って最後のシーンを考えた。

大きなコーナーが出来つつある中、映像も考えて行った。毎度毎度だが鶴ちゃんの占める部分は大きい。会場のライブの映像のスイッチャーも全て彼に委ねている。本当に頭が下がる。最後の最後までライブの為に頑張ってくれる素晴らしい人間。余談だが4月の鶴ちゃんの結婚パーティを横浜のライブハウスで行った時は最高に盛り上がった良い思い出。

リハーサルが進む中で大問題が発覚。毎度恒例なのだが「時間」だ。夕暮れを意識しながらのライブ構成も実際後半部が多くなり全体の時間を考えてシェイプしないとダメになって来た。東京ドームの時も同じだが、今回は出し物等の関係と曲間とかお客との盛り上がりで時間が絶対に長くなると予想されたから。それでも今までリハーサルをしてきた曲をカットするのは忍びがたい。それでも、、。正直今後、大きな問題として時間内でしっかり完成されたライブを創る事は大人として大事な約束事だと痛感してる。長さを感じないライブが「ゆず」の特徴でもあるのは一緒に創っていて誇りなのだが、今後各方面との絡みを考えるとしっかり時間内での終演を迎えないと。結局リハーサルで数曲をカットした。それでも本番が長くなってしまった。今後難しいけどしっかり対応しないといけない問題だと思う。

リハーサルスタジオでは多くの情報量が集まりリハーサル以外にも打ち合わせが続く。今回の暑さ対策ではスタジオのエアコンが切られた。熱中症対策。これが辛かった。始めの1時間はまだ耐えられるが後半になると頭がボーッと成ってきて、最後の曲の頃はモウロウとなる日々。本番二日間が割と涼しかったので冗談で言っていた「リハーサルが最高に暑かった!!」って事になった。おまけに水ドラムをやるから湿気も凄くて大変だった。

神奈川県民ホールと神戸国際会館こくさいホールでのライブは久々のライブの手応えと新しい水ドラムへの反応の確認を重視しした。それともう1つ大きな課題が「1」のエンディング。これはこの6万人ライブの本編最後を飾るエンディングにしたかった。「1」という曲のイメージを大きくして壮大な終り方を意識してみたかった。実際これが実は大きな問題になってしまい映像も無い小屋でのエンディングで僕の中で、答えが見つからなくなってしまった。多くの観客が取り残されて行く感じがしまったのだ。揺らいだ。神戸での本番終了後は、この話で持ち切りになった。でも、でも、この悩みは日産スタジアムでも続き、1日目でも完成出来なかった問題。照明を含めて2日目の最終日にやっと自信作になった。妥協しなくて良かった。これ本当に思った事。


諸々の諸問題を抱えていよいよ日産スタジアムにたどり着いた。先ず感じたのはセットの完成度。あれだけ綿密に打ち合わせをしてミュージカル用に特設階段も発注して出来上がった舞台セット。稲葉さんが前日に来て「最高のオリジナリティに満ちた最高の舞台セット」と言われた時は嬉しかった。

さてさて、ここからが大事な問題の数々を打ち消して行く。噴水、電飾、音響そして照明、、。ミュージカルの完成度。数え切れない程の問題点を1つ1つ解決して行くしか無い。先ず噴水は今回の出物のメインテーマ。早速プランを観たいのだが仕込みに手間がかかり全然観れなかった。メンバーへの試走も見事に失敗。でもこの様な問題が起こると何故かやる気が出てくる。それから二日間の徹夜は殆ど噴水ショウの完成に向けてのドラマとなった。電飾はイルミカ小島パパがプランから全てを請け負っていたので心配なかった。プログラムのミスは多少あったけどその規模は素晴らしかったと思う。今回の「少年」は本当に見事だったと思う。音響はモッチーこと望月康生が頑張って良い音を出してくれたと思う。1日目のファーンファーレは良くなかったけどね。でもあれだけの会場を網羅出来るシステムを組んでくれてゼロ・ディービーありがとうって感じ。花道の先端での二人コーナーでリハーサルをしてみたら音量が凄く、二人が演奏出来なくなってしまい急遽足元の置きのモニターを出す事になった。でも常設したけど観客からゆずの二人が見れなくなる問題が発生してしまうのでポイントで出す事で決着。演奏が出来るか出来ないかのギリギリの選択なんて惨いなと思いながら彼らのプロ魂に感謝。

照明は延々夜中にプログラムの打ち込み。完成はほど遠く前日のゲネプロでも完成せず。この状況で何が良いのかを模索するより結果を信じる事今までの経験に期待する事に。ピンの出来も心配だが同じ理由で良い結果をと願う。大きなポイントとして「栄光の架橋」「飛べない鳥」「心のままに」「夢の地図」「1」「GOING HOME」をどう魅せれるかが課題だった。「栄光の架橋」を敢えて中盤に持ってきて、夜を意識して切っ掛けで場内暗転にしてイントロに入る事。「飛べない鳥」は空間の奥行。「心のままに」は明暗。「夢の地図」はカラフル。「1」は閃光。「GOING HOME」は舞台セット全部を使ったスケール感。大きな曲をどう見せたら曲が大きくなるかを考えた。照明は小野川信夫の大力作だったと思う。「夢の地図」ではセンターの客席に映像で大きな地図を描いた。カラフルに染まる客席も良かった。

通しリハーサルは時間の関係でブロックリハーサルに変更した。出演者の都合等もありブロックに分けてリハーサルを入念に行った。目玉のミュージカルは数日前に出演者が決まり前日に舞台リハーサルをした。事前にラッキィ池田氏が各出演者に今回の踊りのレクチャー等をしてくれてたり、当日も駆け付けてくれて何かと助けて頂いた。本当にラッキィ池田氏の素晴らしさには毎回毎回感謝してます。ありがとうございます。ルー大柴さんも楽しく演じてくれ嬉しかった。それとたまたまだったけど時間の関係でさとう珠緒さんと島田珠代さんのお二人が同時に舞台リハーサルになってしまい、結果相乗効果的に流れが二人に伝わった気がした。稲葉社長には完璧にやられました。ハイ。このコーナーの「する〜」は最高のラブバラードになり、「ゆず」二人の踊りがしっかり良く出来た事。生で演じたキャラクター。どれも面白かったと思う。

今回の噴水を出演者と同時に出すのはやめようと思った。先ず噴水ショウがしたかった。曲を「GOING HOME」に決めてバンマス伊藤隆博にお願いして3分31秒の素晴らしいストリングスアレンジをしてもらった。彼の才能は素晴らしく、映画音楽とかをやったら相当凄いものが出来ると思う。その後に「ゆず」のヒストリー映像が来て最後に「ゆず」が登場する流れが出来た。そんな中、黒木氏と舞台セットの「木」と「ホーム」を創ったバルーンの「世界の長田氏」とで1日に黄色と白色の3万個の風船を飛ばそうというプランが出た。やろう。凄いと思う。早速2つの選択肢が思い浮かんで「友達の唄」で使うか、敢えてオープニングで飛ばすか迷った。結局、体操後に1番わくわくする所で使う事に決めた。特効の向山竜太に急遽「音玉」を1発お願いし運動会の始まりをイメージしてオープニングを完成させた。一日目と二日目で風の向きが違っていたけど綺麗に舞ってくれた。二日目には赤の風船を3つだけ混ぜた。今回のリハーサルからの「3」ってのが何故か引っ掛かってて成功の願いを込めた。

今回の日産スタジアムでの開場時2時間をJAE(ジャパンアクションエンタープライズ)に頼んで、ウエルカムパフォーマンスをお願いした。ラスベガスで感じた会場内に入る所からショウが始まってる感じにしたかった。お客さんが開演までの時間を手持ち無沙汰にならないようにいろいろ工夫して。それで日産スタジアムの開場時に「何か」楽しい時間を創って欲しいとJAEの僕の友人の楢崎敬士にお願いをした。彼はJAEをラスベガスに進出させるべく日々頑張ってる。最高に良い奴。2月の時にもお世話になり、過去のJAEのショウにも何度か招待されて観に行かせて貰ってる。今回の本編のミュージカルと開場中のアトラクションの2つをJAEにお願いした。あのラスベガス的要素をと頼んだ。出し物の中でトランポリンには日本トランポリン協会専務理事の永田敏雄氏も参加してくれた。また僕は人を楽しませる喜びと悲しみを知ってるピエロが好きで今回色々お願いをした。広い会場内では難しいかったけど頑張ってくれた。「GOING HOME」の最後、出演者を台上に連れてくるのもこのピエロの大事な役目。良かった。

二日間の感想。一日目は流れを含めて、出演者も各スタッフも頑張って良いモノが出来てると手応えを感じた。開演前の地震はとても心理的にマイナスになったけど、それを上回る心意気で各自が皆本当に頑張れたんだと思う。体操が終っての「音玉」の音の大きさとその音色で悲鳴になってしまったけどその後の3万個の風船は本当に綺麗だった。やって良かった。そしてその流れで噴水ショウが始まった。プログラマーの 大越康之が僕のイメージを頑張って作り上げてくれた大作。当日の開場ぎりぎりまで変更をさせてしまったけど最高に綺麗だったと思う。一日目は本当に手探りの場所も多く曲間の間延びも気になった。ミスもあったけど内容的にしっかり乗り切れたと実感した。ポイントだったミュージカルも予想以上にしっかり出来たし、山本先生の登場から「栄光の架橋」への流れもまずまずだった。「夢の地図」は本当に良い出来だったと思う。問題があるとしたら「1」の終り方だった。これで本編が終ったと感じ取れなかった。終演後、「ゆず」の二人も同意見で、もっと良いモノを目指そうと話し合った部分。二日目への課題になった。アンコールの「少年」は予想通りに小島電飾が良かった。2階席の前に取り付けた700メートルの電飾が活かされなかったので二日目に変更した位で全体の出来は良かった。

そして「GOING HOME」壮大にどこまで出来るかだった。星球電飾、子供コーラス、文字の要素そして花火。前日のリハーサルまで子供コーラスが不安だった。6万人の前でどれだけ声が出るのか?出るタイミングを間違えないか?でもリハーサルでTOKYO FM少年合唱団の声量の多さとソロを熱唱して中村協央(かのう)君の上手さと凄さに驚いた。不安が見事に吹き飛んだ。本当に良かった。これでエンディングに「手をつなぐ」が出来れば最高だと。「 I am going home. We are going home」の文字要素のタイミングも念入りにした。最後に出演者全員を舞台に登場させる事にした。一日目はラッキィ池田氏が本番中に駆け付けてくれたので打ち合わせをしなかったら、とても元気な「手をつなごう」になってしまったけど、、。それでも最後の花火を皆で観ての終わりは良かった。

二日目はミュージカルが一日目と違う演者が出るのも良かった。鮮度が高くて、、。でも稲葉社長の小芝居には驚かされた。6万人を前に御立派でした。二日目は初日で感じた事ミス等を極力チェックして臨んだ。映像の内容も一日目と少し変えたり、、。各スタッフにも内緒だった次のツアーの話も出たり。驚いたスタッフも多いと思う。そして楽屋で打ち合わせをしたけどアンコール最後の演奏は「ゆず」の二人に任せた。時間の問題は大きいけど流れは止められなかった。良いライブだった。長かったけどね。

4時間を越えるライブを乗り切った「ゆず」の二人に先ず感謝です。そしてそれを支えてくれた多くの愛情を持ったSTAR DOG'Sのメンバーと各スタッフと全国の関係者の皆様。それから全国から日産スタジアムに駆け付けてくれて12万人の観客達。来れなかったけど応援してくれた全ての「ゆず」のファンの方々。皆に心から感謝です。毎回毎回大きなハードルになるけど、多くの観客がまた行きたいと思ってくれるそんなライブが創れてて嬉しいです。これからももっともっと良いライブ目指して精進しようと思います。これからも頑張ろうと。

                                     2005年8月2日午後9時。目黒の事務所にて