The Modern Jazz Quartet

SPACE (1969)

  1. Visitor from Venus
  2. Visitor from Mars
  3. Here's That Rainy Day
    (Carnival of Flanders)
  4. Dilemma
  5. Adagio from Concierto de Aranjuez

Personnel :

John Lewis: Piano
Milt Jackson: Vibraharp
Percy Heath: Bass
Connie Kay: Drums

 

MJQです。

一般的にはロックではなくクラッシック寄りとされている MJQですので、ここで紹介されることを意外に感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、当然ながら理由があります。それはこのアルバムが、あのビートルズの興したレコード会社、アップルからリリースされているという事実です。この時、MJQはれっきとしたアップルレーベルの専属アーティスト。

アップルレーベルにおける MJQのアルバムは、この"Space"と、前年にリリースされた "Under The Jasmin Tree"の2作があります。とりあえずここでは2作目の方を表に掲げましたが、どちらも大きな違いはありません。実際に演奏を聴いてみると、こちらの1、2曲目で冒頭にテープスピードを操作したようなサウンドエフェクトが一瞬聴こえる(それでもMJQにしたら大冒険ですが)以外は、どちらのアルバムもオーソドックスな、いつもの MJQの世界です。ですから演奏だけを聴いていると、なぜ MJQがアップル?これだったらプレスティッジのままでもよかったんじゃないの?という素朴な疑問がふつふつと沸いてきます。

ところがよく見渡してみると、この頃のMJQは意外にロックとの接点を多く持っているのです。たとえばこの年の3月には、"Supershow"というTVショウにローランド・カーク、エリック・クラプトン、コラシアム、スティーブン・スティルス、そしてニュー・ヤードバーズから改名して間もないレッド・ツェッペリンらと並んで出演していますし、ドラマーのコニー・ケイに至っては、前年の1968年にヴァン・モリソンのあの名盤、"Astral Weeks"のレコーディングに参加しています。とはいうものの、"Supershow"の映像を見てみると激しいロックやブルースの演奏が次々と披露される中で、ローランド・カークがロック勢に負けない、あるいはそれ以上の迫力あるパフォーマンスを見せている一方、MJQのほうは我関せず、やはりいつものあのMJQの演奏を繰り広げています。正直言って少々場違いの感も否めません。

この疑問の答えは、90年代に入って相次いでリイシューされたこれらのCDの、ライナーノーツの中にありました。要するに元リバティ、ワールド・パシフィックレーベルの重役だったロン・キャスという人物がアップルの初代経営者に就任し、それが縁となってアップル側から MJQに話を持ちかけて契約に至ったそうなのですが、これは単なる社長の趣味という問題ではなく、設立当初のアップルレーベルが掲げていた理想、つまりアップルをロックやポップチューンでひたすらチャート上位を目指すようなレーベルではなく、幅広いジャンルを網羅した総合的芸術集団にしたいという理想に基づいた契約だったということなのだそうです。たしかにアップルレーベルには、バッドフィンガーやメリー・ホプキン以外にもドリス・トロイやラヴィ・シャンカールも所属していたし、ビートルズのソロ・プロジェクトには前衛的実験音楽のようなアルバムが多くリリースされています。そんな中でMJQは、どうやらジャズ部門代表の位置づけだったらしいのです。

この頃のジャズ界で先駆的立場にいたのはやはりマイルスとその一派だと思いますが、この時なぜアップルがマイルスではなくMJQを選んだのか、アップルレーベル内での位置づけを考えると、その理由がなんとなくわかるような気がします。それは、ビートルズや"SuperShow"を企画したロック側からすると、マイルスたちのエイトビートを取り入れた演奏は、たとえそれがジャズに分類されたとしても他とアーティスト達と代わり映えしないと考えられたか、あるいはマイルス達の音楽は難しくて理解しにくかったのかもしれません。彼らがそこで求めていたのは、いわゆる伝統的なジャズらしいジャズだったのではないでしょうか。だとすれば、MJQはこの任に最適です。MJQという選択肢は、よく言えば万人にわかりやすい、悪く言えばジャズを詳しく知らない素人丸出しの選択とも言えます。

もちろんこういった思惑は片側だけに存在するものではなくて、MJQ側にも少なからず期待するものがあったはずです。なにしろアップルと契約するということは、それまでジャズという音楽にまったく縁のなかった購買層に紹介されることになりますし、さらにそこには「あのビートルズのアップルレコード」という、望んでもなかなか手に入らないキャッチコピーが付いているわけですから、今まで以上にレコードが売れ、これをきっかけに新たにファンも増えるんじゃないかと期待したくもなります。ただこの期待はまったくの的はずれではなかったにせよ、5年後の1974年にMJQが解散を発表した時、ミルト・ジャクソンは「25年MJQでやってきても物質的に報われることはほとんどなかった」と語ったそうなので、これらのアルバムもセールス的にはMJQの期待に及ばなかったのかもしれません。ですがこのアップルでの2作は、最終的に半世紀近くに及んだMJQの全作品の中でもかなり高い評価を得ていますし、メンバー自身が後にインタビューで気に入っているMJQ作品としてその名を挙げることも少なくなかったので、音楽的な達成感は大きかったのでしょう。

残された音楽だけを聴くと、この両者の契約はジャズとロックの関係になんの影響も与えていないように思えます。しかし、契約書にサインした1968年の時代背景を考えると、そのインパクトは小さくなかったのではないでしょうか。アップル側はアルバム制作時になんの注文も付けなかったといいます。そしてMJQはアップルだからということで安易にビートルズナンバーのカバーなぞは手がけず、自らの芸術に忠実な音楽を残しました。この2作は、お互いの音楽を単純に掛け合わせるだけが相互接近ではない、お互いのスタイルを尊重し認め合うことも立派なコラボレーションなんだということを、語っているように思えます。そういう意味では、この2作もやはり奇跡の産物なのかもしれません。

(2001.2.9 記)


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