JazzとRockがお互いを求めあい
新しい音楽を模索していた時代
奇跡の5年間





The Beatles

LET IT BE... NAKED (2003/1970)

  1. Get Back
  2. Dig A Pony
  3. For You Blue
  4. The Long And Winding Road
  5. Two Of Us
  6. I've Got A Feeling
  7. One After 909
  8. Don't Let Me Down
  9. I Me Mine
  10. Across The Universe
  11. Let It Be

Personnel :

John Lennon: Vocals, Guitar, Slide Guitar, Bass
Paul McCartney: Vocals, Bass, Piano, Guitar
George Harrison: Vocals, Guitar
Ringo Starr: Drums
Billy Preston: Rhodes, Organ

 

2003年11月17日、"Let It Be... Naked"なるCDが全世界で一斉に発売されました。今回は緊急版としてこの問題作をとりあげます。

フィル・スペクター・プロデュースによる、オリジナル"Let It Be"のリリースとほぼ同時にビートルズの解散が明らかになって以来33年。この間のビートルズ研究は、最早1つの学問分野とも言うべきレベルにまで到達していると言っても過言ではないでしょう。英EMIやAppleによる情報公開、あるいは不正に流出した海賊盤の数々を資料として、各曲の録音日やテイク数、どのパートをどう重ねていったのか、はたまた使用楽器はどれだったのか、或いは当時のヒットチャートやメンバーの交友関係から、この曲はこれをヒントにこんな影響下で作曲されたんだとか、その研究内容は実に多岐に渡っています。この"Let It Be"が生み出されたいわゆる"Get Back Sessions"は、そんな中でも独自の研究対象として確立している分野でしょう。

Get Back Sessionsは、1969年1月に新アルバム制作と3本目の映画撮影を兼ねて行われた一連のセッションを指し、主にポールの発案により極力オーバーダブを施さない、ライブ演奏重視の方針で録音されたマテリアル群にあたります。ここで録音された演奏はその後紆余曲折を経て最終的に翌1970年に映画のサウンドトラックとしてリリースされますが、そこに収められたものは当初の理想とは程遠く、オーケストラやコーラスがオーバーダブされた代物に変貌していました。その処理を施したのが、他ならぬフィル・スペクターだったというわけです。

今回発表された"Let It Be... Naked"は、そのフィル・スペクターによるオーバー・プロデュースを廃し、「ありのままのオリジナルサウンドを再現」したアルバムなんだそうな。毎度お馴染みとなったAppleの戦略による情報不足が、上記の「オリジナルサウンドの再現」という言葉の一人歩きを生み、ほとんどのファンは Get Back Sessionsの生テープをリマスタリングしたような内容なんだろうと想像していたようです。

そしてやっと迎えた発売日。そこは天下のビートルズ、発売にタイミングをあわせて一般向け情報誌からビートルズ学専攻者向けのマニアな雑誌まで、こぞってこの新譜の特集を組みます。その結果、実際に音を聴いたり雑誌を読みあさったりしてわかってきたことは、このアルバムは"Get Back Sessions"そのままの音ではない、今まで海賊盤でさんざん聴いてきた演奏ではなくて、現代の最新デジタル技術をふんだんに使って作られた、いわゆる「いいとこどり」の作品だった、ということです。

私も研究者の端くれとして(笑)、今回の素材となった音源を収録した海賊盤を所有しておりますので、それらと聴き比べたところたしかにその通り。この部分はこのテイク、ここはあのテイク、というように切り貼りしてあるのがよくわかります。

音質や各楽器間の分離が良くなっているだろうということは十分に予想していましたし、たしかにその点は格段に改善されていましたが、肝心の演奏そのものが切り貼りとは。これでは「ありのままのオリジナルサウンド」ではありません。ここに収められた演奏は、1969年1月にロンドンで実際に奏でられたものではなく、デジタル技術を駆使して組み立てられたバーチャルなものなんです。もっと具体的に言えば、ある部分のジョンのボーカルとそのバックのリンゴのドラムは、同じ時間に同じ空間で演奏されたものじゃないってことなんですよ。これではお互いに目くばせしてタイミングを合わせたり出来るはずもなく。

この事実を知った時、何とも言えぬ失望感というか、罪悪感のような感情が沸き上がってきました。何が一番嫌だったかというと、それは切り貼りをしたのがビートルズ本人とは全く面識のないエンジニア達だったということ。そしてその彼らがインタビューで「ミスを修正した」などと答えていることでした。演奏における「ミス」って何でしょう。演奏した本人がそう言うのならともかく、第三者が気軽に決めつけていいもの? それもどこぞの素人の練習テープとかいう代物ではなく、あのビートルズのパフォーマンスに対して「ここはミス」だなんて。他のテイクと比べて明らかに違う故にミスだろうと想像することは出来ても、そうだと決めつけることなんて私には出来ません。畏れ多くて。

とはいえ、現代の音楽作品のほとんど全てがこういう手法で制作されているのも事実。マニア向け雑誌など読まない一般リスナーにしてみれば、これが切り貼りによる代物かどうかなんて知る由も無し。ビートルズが大好きであるが故に出来る限りたくさんの情報を集めてアルバム発売を楽しみに待っていたのに、そうやって詳しく知ってしまったが為に逆に楽しめないなんて不条理もいいところ。なのでひとまず余計な情報は頭に置かず、音だけに集中して聴いてみたところ...

これはこれでいいじゃないですか。少なくとも"Don't Let Me Down"や"I've Got A Feeling"といった楽曲を、この演奏で初めて聴いた人にはなんら違和感がない、今の感覚でも十分カッコいいと感じるものじゃないかなぁ、と思えました。エンジニアに対しても、オリジナル音源を聴いて知っているので、逆によくここまで直せるよなぁすげぇなぁと素直に感心してしまったり。

そうなんです。単純に聴いている分にはまったく十分満足な作品なんですよこれ。では、この"Naked"というタイトルはいったい何を指していたんでしょうか。

私が思うに"Naked"の意図するところは、オーバーダブしていない「ありのまま」という意味ではなく、スタジオで奏でられたその場の生っぽさ、いわゆる「むきだし」の音を指しているんではないでしょうか。ダイレクトに迫るボーカルに微妙に付けられたエコーを聴くと、少々小さめの箱の中にいる残響感があります。つまりビートルズがレコーディングしているスタジオに座っているような音を聞き手に提供しようとしたのではないかな、と思うのです。まぁ厳密に言うとアップルビルの屋上で演奏されたテイクでも箱の中のようなエコーが入ってるのはおかしいんですけど、アルバム全体の音を揃えるためでしょうし、前に書いたようにこれはルーフトップセッションから、なんてことは一般リスナーには関係ないことですからね。

要するにこのアルバムは、現代のエンジニアが素材を聴いてカッコいいと思う部分を繋げて作品にしてみましたという、今流行の単なる「リミックス」アルバムなんです。ここでのビートルズの演奏はあくまでも素材でしかない。そう考えるとこのアルバムの立つ位置が実にすっきりします。それを、最初からこの作品をリミックス盤だと言えばいいものを「70年のあれは間違いだった。こっちがオリジナルだ」などという宣伝をしたレコード会社のマーケティング戦略が諸悪の根元。フィル・スペクターを不当に悪者扱いしているのも大変気分が悪いです。あの当時、ポールは認めなかったかもしれないけど残りの3人はOKしたんですし、リンゴは今回の"Naked"に関するコメントでも「あれはあれで良かった」って言ってます。

オリジナルには、否定できないそれだけの重みがあるってことですよ。33年も過ぎていればなおさらね。

(2003.12.17 記)


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