VS 閉店時間

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時刻は午後11時50分。閉店まであと10分。すでに店内は「蛍の光」が大音量で流れ、両替は5分前に終了している。仕事帰りの俺は、少しも躊躇せずにゲーセンに飛び込んだ。いつもの缶コーヒーを買い、いつもの席に座る。アーケードゲーム『機動戦士ガンダム 連邦VSジオン』、通称「無印」。すでにバージョンアップした「DX」がリリースされて久しく、またプレステ2でも「DX」が発売されたため、もはや古い「無印」をプレイする客はほとんどいない。設定もイージーモードに下げられ、初心者専用となっているゲームだ。

席に座ると同時に、コイン投入。ジオン側。ジャブロー地上スタート。名前は「トクワン」。バズーカザク。時間を惜しむようにレバーを小刻みに動かし、ボタンを的確に押していく。さあ、今夜も始まった。

密林から夥しい対空砲火が飛び交う中、愛機バズザクのモノアイに灯がともる。ガウ攻撃空母の前面ハッチが開く。連邦さんめ、今日はまたずいぶんと派手なお出迎えじゃないか。直ぐ傍をかすめる火線を気にもとめず、俺の機体はゆっくりと降下を始めた。

してやったり。地上と河底で上下に、さらに中島で左右にも分断されやすいジャブロー地上。相方のグフとうまく連携ができた。キャノン2機を挟み撃ちにしてハメ、ほぼ同時に連続撃破する。瞬間、サーチボタン連打。ガンダムさんの接近を確認するや、俺はジャンプして地上に躍り出た。

ガンダムさんは遠くからゆっくり飛んできた。長距離ビームを余裕でかわしつつ、あくまでも河へ入らせないよう、ガンダムさんと河の間にバズザクをすべりこませる。気がかりなのは河底から突然撃ってくるキャノンだが、まずはガンダムさんだ。と、サーベルを抜刀したガンダムさんがこちらにダッシュしてくる。その鬼神のような目の光りに恐怖しつつも冷静に横ダッシュでかわし、落ち着いてバズをたたき込む。2発。3発。ガン! 背後からキャノンに撃たれた。気にせずガンダムさんに張り付き、4発目をたたき込む。勝利。ここから俺の記念すべき夜が始まった。

ジャブロー地下は楽だ。「哀・戦士」を元気よく熱唱しながら、巨大な鍾乳洞を舞う。相方のアッガイさえ基本的には無視。俺一人で決着をつける。特にガンダムさんが登場してからは独り舞台だ。徹底してガンダムさんをマークし、バズをくらわせる。ゾックが出てくるまでもない。

サイド7は狩りステージ。いかに旧ザクを殺さないかが課題。グレートキャニオンは楽しめる。後半出てくるキャノンを徹底マーク。ニューヤークではやはりガンダムさんマーク。スタジアム外周のちょっとした段差を利用すれば、ガンダムさんをハメ殺しできる。シャア少佐の力を借りるまでもなくクリア。

黒海南岸。正念場である。サイド7スタートでも油断すれば死んでしまうところ。相方のドムを決して見捨てない。タンクはバズよりもヒートホークの方が減りが早い。この2つを忘れなければ勝てる。

驚くくらいうまく行った。崖下にタンク一台を押しつけ、ヒートホークハメ。ザクザク、ザクザク、ザクザク。とどめはバズ。ここでもう一台タンクが降りてくる。迷わずそちらへ飛ぶ。狂ったようにステップしまくり、ザクザク、バズ。バズ、ザクザク。1、2発くらってスッこかされたが、すりむいた膝小僧も気にせず元気よく立ち上がり、とどめのバズ。いよいよガンダムさんが向こうの山に降りてくる。すぐ横をかすめていくピンクの光線に身が引き締まる。落ち着いて山を降り、ドムをいじめていたタンクの頭上にバズをくれてやる。ちょうどガンダムさんも飛んできた。理想的な展開。相手の増援がくるまでの若干のタイムラグ。俺とドムとで2対1だ。ちょこまかと動き回るドムに気を取られたガンダムさんの背中に、容赦なく俺のバズがたたき込まれる。スッテン。スッテン。敵のタンクが撃ち始めた。ドムの生首が転がっていくのを画面の隅で流しつつ、ガンダムさんに集中。3発。シールドが吹っ飛んだだけ。抜刀した! かわす! はずした! ステップ! チャンス? いやステップ! 斬りかかってきたがステップ!! よけ切った! むなしく宙を斬り続けるガンダムさんの背中に、俺はゆっくりとバズーカの狙いを定めた。曹長へ昇進。

オデッサ鉱山基地は楽しいステージだ。見通しのいい平原で、思う存分ステップ合戦を楽しめる。むなしく空中2段蹴りを空振ってるキャノンの背中に、落ち着いてバズ。自軍のエネルギーに余裕があるため、あと1発まで弱らせておいて、わざと死んでみる。敵機のとどめもなるべく相方に任せ、自分は元気な方を削ることに専念する。敵機を多く殺せば階級が上がり、難易度も高くなる。ガンダムさんの出ないオデッサは、こういう「空撃ち」や「わざと死に」をやるのにうってつけのステージだ。

ベルファストもチョロい。軽くジム2機を遊んでやった後、バズガンダムさんとの1対1。敵の相方はジムなので、警告に気をつけていればそう当たるものではない。まして相方はズゴックだ。任せておける。近距離を保ったまま、こまめに周囲をステップ、隙あらばバズ! ガンダムさんが死んだ後は、空撃ちとわざと死に。と思ったら、ズゴックがあっさり片づけちまった。少尉に昇進。いよいよ宇宙だ。

そろそろワンコインクリアの夢が具体性を帯びてくる。迷うことはない。やってやろうじゃないの。いま自分が扱える最強の機体、ミサイルザクを選ぶ。今夜のマシンガンは、ちょっとしつこいぜ。

ソロモン。相方ドムが引っかき回してくれたおかげで、最初のジム2機はあっさり片づいた。自分でも驚くくらい的確なサーチ切り替え、マシンガン連射、切り替え、連射。ドムのバズーカは全く当たらないが、これに気を取られたジム2機は俺に背中を向けたまま、ビシビシと弾を喰らい、ヨロヨロを繰り返す。ようやくこっちに意識を向けた瞬間、ジャイアントバズが初めて当たった。ガンダムさんとの対決は水槽の中。とにかく外に出ようとするガンダムさんを、これ幸いとばかりにマシンガンで狙い続ける。空中を落下し続ける機体には、ずっと当たり判定があるのだ。恐るべしマシンガン。最後はドムの一回転切りでフィニッシュ。階級は少尉のまま。良い感じだ。

しかしこのとき俺は、ガンダムさんすら上回る恐ろしい敵に襲われていのだった。「……閉店時間を過ぎておりますので、まもなく電源を切らしていただきます……」という店内放送。時刻はすでに12時20分。慌てて周囲を見渡すと、もはや店内は俺一人。いや、バーチャ4やってるクソガキ3人組がいた! でもバーチャなんてあっという間に終わるだろ? こっちは長丁場だし、あとちょっとでワンコインクリアなんだよ! どうしよう。ほんとうにどうしよう? ここで電源切られたら悲しすぎる。

ロンゲで茶髪の店員に「あとちょっとで初めてのワンコインクリアなんです、お願いします」と哀れな目をして頼み込む自分がいた。疲れたワイシャツにネクタイ垂らしたサラリーマンが、20前後の若造に「もうちょっとだけガンダムゲームやらせてください」と哀願する様はさぞかし滑稽だろう。端から見てれば俺だって爆笑するに違いない。店員は勝ち誇ったように困った苦笑いを浮かべながら、「あーもう、とっくに時間過ぎてるんでー、すいませんねー」「でも俺、ワンコインクリア、初めてなんですよ。お願いしますあと3面残ってるだけなんで」「いやーでも20分も過ぎてますからねー。もういい加減にしてくださいよーブツン」「あっ!!!」

自分がそんな真似が出来るか? そこまでやっといて、明日からまた平気な顔をしてサラリーマンを続けていくのか? 30年生きてきた。結婚して家庭も持った。生命保険だって入ってる。たいした30年じゃなかったが、ひとつひとつが間違いなく自分自身だ。それをここにきて、今さら全否定することはないじゃないか。サービス残業もしている。上司の失態をかぶったりもしている。そのうえ何が悲しゅうて、「もうちょっとだけゲームをさせてください。僕はガンダムゲームが大好きなサラリーマンなんです!」と、見ず知らずの小僧に告白せねばならんのだ?

横ダッシュ!! 危なかった。抜刀したガンダムさんを紙一重でかわす。相方のドムがやられた。遠くからジムが飛んでくるのが見える。気合いを入れろ、兵隊! やってやる。どんなことでもやってやる。集中しろ。集中しろ俺。絶対にクリアしてやる。俺はガンダムが大好きだ。俺はガンダムゲーム好きのサラリードファッキングマンだ。ぜんぶ俺にまかせろ。ぜんぶ持っていく。ぜんぶちゃんとやってやる。ひとつも手は抜かねえ。なんでもやる。いつでも来い!

ア・バオア・クー外部。レバー操作ももどかしく機体をUターンさせると、左に大きなカーブを描きつつ、一目散にタンクを目指す。後半のキャノンとの対決では、それなりに無駄弾を撃つだろう。タンクはなるべく斬りで片づけたい。1機撃破。瞬間、ゲルググも四散する。相方を殺したタンクがゆっくりこちらを振り向くが、背中に冷たいものが走り大きくステップしてみる。案の定、真後ろに新タンクが降下していた。挨拶代わりのマシンガン。遠くのタンクを視界に捉えつつ、目前のタンクに斬りかかる。ザクザク。ザクザ…ビシッ! ゲルググの誤射を喰らった。すかさずボップミサイルを浴びる。ガリガリガリ。ああ、遠くから何かが飛んできたような気がバッカーン! ご丁寧にバウンドまで拾われて戦死。

戦場に舞い戻った俺は、自分の目を疑った。ここはどこだ? 周りに誰もいない。つーか、塔の反対側に生まれてきちゃったよ! 生まれてきてすいません。言ってる場合じゃねえよ。とにかく塔の向こう側で孤軍奮闘しているはずのゲルググを救うため、のろまのザクを全力で駆る。ちくしょうコンピューターめ。俺にワンコインクリアさせたくないばっかりに、こんな意地悪までしやがるのか? なんて卑怯なヤツだ。絶対に負けるもんか。遠くにボコられてるゲルググが見える。気持ち程度でミサイルなど撃ってみる。やっぱダメかあ。あっ死んじゃった。なにも出来ない無力な俺を許してくれ。

と思ったらキャノンがこっちを睨んできた。同時にガンタンクから何か飛んでくるのがわかる。落ち着いて見極め、キャノンと一対一でステップ合戦。遠くから撃ってくるタンクは無視。ちくしょう。よくもゲルググを。こんな意地悪しやがって。しやがってちくしょう。多少ビームをくらったものの、しつこい張り付きマシンガンでキャノン撃破。残りのタンクも実はゲルググが殺してくれてた。さあ、いよいよだ。

最終面ア・バオア・クー内部は、少なくともジオン側でやる場合、スタート時の自機がどこにいるかで大きく結果が左右される。いわゆる「大広間」の入り口にうまく立ってればいいのだが、「廊下」の真ん中あたりから始まった日にゃ、ピョンピョン飛んで大広間に着いた時点でゲルググがすでにボコられてて、一人でキャノン2機お相手、なんてことになりかねない。マップが映し出される。しめた。ベストポジションからのスタートだ。俺は勝利を確信した。

もう店員なんか気にならない。時計も見ない。俺の持ってるすべてを出し尽くす。よけてよけてよけて、よけてマシンガンばら撒いて、ミサイル撃ってよけて撃つ。それだけだ。

序盤、大広間での攻防、わりにうまくいく。ゲルググビームでよろめいたキャノンに、容赦なくマシンガンを叩き込む。瞬間、殺気を感じてステップすれば、もう一機のキャノンが空しく空中歩きダンスをしていた。落ち着いてビシビシ撃ち、着地ぎわにミサイル。悪くない。

さらに幸運だったのは、俺と相方ゲルがほぼ同時に死んだことである。そのまま二人して、廊下のどん詰まりのところから復活。目の前にはガンダムさんが独りぼっち。もうやるしかないだろう。抜刀したまま突進する狂気のガンダムさんを、こちらも狂気で避け、ゲルビームを待つ。よろめいたらこちらもミサイル。ゲージが少なくなれば、もう自分の命なんて要らない。ザクの安さを思い知れ。ひたすら食らいついて食らいついて、マシンガンを乱射しまくる。遅ればせながら、遠くからキャノンが撃ってきてるのがわかる。でも構ってられない。ひたすら目の前のガンダムさんだけを徹底ストーキング。少しずつゲージが減っていく。あとちょっと。あっ。

作戦終了。セピア色に変わった画面を見るや、カバンを掴んで外に飛び出した。ゆっくりエンディングを鑑賞してる場合ではない。もう12時30分を過ぎているのだ。飛び出したまませかせかと家路をたどりながら、タバコに火をつける。そこで急に足をゆるめて、ゆっくり煙をはいた。初めてのワンコインクリア。俺は、勝ったのだ。「連ジ」に。店員に。そして俺自身の人生に。俺は、勝ったのだ。


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