押しが強い

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30前の男同士が深夜、電話でなにを話しているかといえば「いかにしてモテるか?」しかない。

 

「最近わかったんだよ、なぜ俺らがモテないかということが」

「おお」

「本来オレらはさあ、もっとこうなんていうか、街を歩いていて目についたイイ女全員と

ファックしているべきだろ?」

「しているべきだ」

「でも現実にはそうはならなくて、オナニーばっかしてるだろ?」

「それはお前だけだ」

「いやまあそうなんだけど、とにかくもっとモテなきゃいかんのだよ。モテていかなきゃならん訳だよ」

「まったくその通りだ」

「でね、そういう俺らに欠けているものがあると思うんだよ。んでそれがわかったんだよ」

「それはなに」

「それはね、『押し』が足らないということなんだよ」

「あー」

「俺達にあとちょっとの『押し』さえあればさあ、今ごろ携帯電話みてえなもみ上げ生やして

頭アフロにして自家用プールサイドで白いガウン着て長椅子に寝そべって、葉巻くわえながら

果物がいっぱいブッ刺さったトロピカルドリンクを飲んでるはずなんだよ」

「パツキンの巨乳ビキニが運んでくんのか」

「プールがさ、真四角じゃなくて、ヘンな雲形定規みたいなんだよ」

「あーあと、胸元金ブレで、両手の指はぜんぶ指輪ね」

「そうそう、葉巻は口じゃなくて、歯でガッシリくわえるのな」

「大事なポイントだ」

「とにかく俺らには『押し』が足らんわけだよ。もっと『押し』ていかないと」

「いや実は2時間前、俺もまったく同じことを考えていた。俺らは『押し』が足らない」

「おおそうか。偶然だなそりゃ」

「俺らがかようにファック貧乏しているのは、やっぱり押しが足らないからなんだよ。

日常のあちこちにチャンスってのは転がってんだよな実は」

「そうそうそうそう」

「そのチャンスをきっちり活かしていけてるかどうか、そこがつまり押しってことだろ?」

「まーーーったくその通りなんだよ。例えば仕事場で、電車の中で、道端歩いてて、

ほんのちょっとのことなんだよ。そこでグッと押せるか押せないかでルーザー、つまりは

毎日オナニーばっかしてることになっちゃうんだろうなあ」

「いやそれはお前だけだって」

「……押しが強くなりてえなあ」

「できねえもんなあ、俺ら。そういうコト」

「自家用プールサイドで葉巻がっしりでトロピカルドリンクじゃねえもんなあ」

「胸元金ブレもパツキン巨乳ビキニじゃねえもんなあ」

「今気づいたが、それはもしかして『アクが強い』んではないか?」

「あっいいこと気づいたね。俺ら押しは強くしてかなきゃいかんけど

アクが強くなっちゃいかんよね」

「そう。それはモテない。アクと押しは違う。今やっぱさあ、しょうゆ顔が流行りだし」

「明石家さんまとか?」

「そう、ソース顔はモテないからね」

「……80年代ってステキだったな」

「……楽しかったよな、おニャン子」

「じゃあ今年のテーマは『押しが強い』でいいとして、」

「今年の下半期な」

「うん、それで具体的にどういうことが『押しが強い』ことになるんだろう?」

「うーん。当たりさわりないけど、やっぱ積極的に声かけてくってコトじゃねえの?」

「あー、『声出してこーぜー!!』ってコト?」

「バッチ来ーい!!ってヤツね」

「でもそこで気のきいたカッコいいこと言えないじゃん、俺ら?

なんかこう、うまいこと言わなきゃってプレッシャーでツブれちゃって結局ダメなんだよな」

「いやそれが『押しが弱い』ってコトなんだって。そういうこと気にしちゃダメなんだよ。

必要なのは『何を言うか』じゃなくて『言ったか言わないか』の既成事実なんだから」

「そうかあ。ファックって政治なのね」

「政治かどうかは知らんが、押しが強いってのはそういうことだと思うぜ」

「……うーむ。わかった」

「なにがよ?」

「いやとにかくこれから半年、『押し』て行こう。お互い頑張ろうぜ」

「そうだな、ガンガン『押し』ていかないとな」

「あーそれとね、最近イイ話聞いたよ。確実にモテる呪文ってヤツ」

「じゅ、呪文?」

「そう、これさえ言やあたいがいの女はパンツ脱ぐ、ていうモテ系のキーワード」

「おおそんなのあんのかよ。なんだよそれ」

「ジャミロクワイ」

「……もう寝るわ俺。おやすみ」

「あとね、ドラゴンアッシュってのも効くらしいよ。ダパンプとどう違うのかようわからんけど」

「踊るか踊らないかなんだよ。あとCCレモン飲むか飲まないか」

「そうなの? あとドラゴンアッシュって自称パンクらしいけど」

「ギャハハハハ。お前だって自称ギタリストじゃん。コード4つしか知らないクセに」

「ああそういうことか。あっ今気づいたけど、そういうところが『押し』の強さなのかもね」

「ああそうかもね。少なくともヤツら、ファックに不足はなさそうだし」

「だったらファックなんて要らないな。押しなんか強くなくていい。オナニーで充分」

「いや俺はファック目指すよ。押し強くして」

「……今年いっぱい頑張ってみるか。押しアンドファック、押しアンドファック、だな」

「来月辺り、反省会しようよ。『今月俺は、これだけ押しが強かった』つって」

「いいね。『こういうとき、俺はこうしたけど、それは果たして押しが強かったのか?』とかね」

「スケールの小さい『押し』だなあ」

「根本的に芸風あってないんだろうね、『押し』とかそういうことと」

「向いてないよね」

「そーいうときこそさ、ジャミロクワイがあるんじゃん」

「もういいよ。言っとくけどジャミロクワイ、白人だからな」

「そうなの? 俺、黒んぼのエセレゲエかなんかかと思ってた。名前の語感だけだけど」

「あーもう5時じゃん。寝るわ俺」

「あー俺も寝る。おやすみー」

「んーほんじゃねーガチャン」


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