2007/3/16
35:夢中
おれはビートルズエッジ、そりゅあすごかったよ。
あの時の熱気。高校生の頃だった。
映画館にヘルプを見に行ったらスクリーンに女の子が突進してきて大きな穴をあけつぎはぎしたスクリーンに警官が数人守る中で上映再開。
中学三年の時エイプリールフールでジョンが死んだとうそつかれ、嘘だとわかっても立ち直るのに時間がかかった。おれは彼らに夢中だった。
大人になって夢中なものと聞かれればいるよ。二人。
会ったこともないし、見たこともない。もう故人だからね。
ただ彼らの残した型だけは一生かけて研究するよ。
陳発科に照奎。
彼らの残した新架式はおれの宝物。一生追求していくよ。


2007/3/15
34:簡化太極拳二十四式
去年おれらの会の有志が陳家溝に行ったとき老師が太極拳は日本人より中国人の方があっているとおしゃっていたそうだ。
おれもそう思うよ。でもいいものはいい。おれたちはおれたちなりにそれを受け取って日本人の太極拳にしていくようにする必要があるのかなと思っている。
海外行ったとき日本の中華料理ラーメンが食べたくなったりしないかい。
中華料理のようだけどラーメンはやはり日本だって思うよ。ブルースに憧れた欧米人がブルースをもとにロックを発展させたように。
おれも中国の太極拳を優れた武術や健康法として発展させていきたいと思っている。
以前は二十四式を武術的にとかってに少しアレンジしたこともあったがいまはもう一回基本に帰って正しい制定拳の形に戻ってみようと思っている。
基本としてとてもいい型で基本は基本しっかりと分けてものにしたい。クラプトンがブルースを大事にしてるように。



2007/3/14
33:月光仮面世代
おれはだんかいの世代よりほんの少しだけあとの世代。
子供の頃流行っていたのは月光仮面。テーマ音楽はいま聞いても懐かしい。
本屋にいったら五百円で月光仮面やハリマオのDVDが売っていたので懐かしさにかられてつい買ってしまった。やはり懐かしいと感じたというのとなにか贅沢な感じを受けた。
今のがよほど贅沢な時代なのにね。銀座の通りに車が数えられる程度に走っている。
悪党達に狙われているのに警察だって忙しい自分たちでなんとかしようと言っている祝探偵。
歌とともに現れる月光仮面。ばかばかしいと言えばそれまでだが、なにかほのぼのとした感じを受け、そんな気持ちにあふれていた時代を贅沢に正直感じてしまった。見えなくても家族や仲間がしっかりつながっている感じがした。まあ感傷にひたっている中年オヤジの戯れ言許してくれ。


2005/3/29
32:虚実の変化
太極拳の套路は、ものすごく優れていてかなり実用的だと思う。それはなぜかこれを理解するためには、太極拳自体を理解する必要がある。

ただ先生の形を真似するだけならなにも向上は期待できない。型のしくみ、意味を理解することが大切。ポン、リー、ジー、アン、リエ、ツアイ、ゾウ、カオから型が構成され、それを意識することにより、技の方向性、体全体の力(部分的な筋力ではない)ケイのだしかたが明確になる。

常に反対の極を合わせて考えるようにすると太極拳がわかりやすい。例えば腰を緩めるとする。この緩めるということが結構難しい。腰筋を実にすることにより虚が生まれ(タオヨウ)腰を緩めるということができるのではないだろうか。

倒巻肱を考えてみよう。相手の手首、肘を巻きつけるように引き込むとする。相手の肘に自分の手をかけようとすると相手の力の影響をうけてしまう。手ではなく腕でかけると(肩、肘の回転運動を加える)手は虚になり技がスムースにかかる。技をかけるとき相手に触れている部分が実のままだと相手の力の影響をうける。虚にし、前の関節を実にして技をかけたほうがいいと俺は考えている。また相手が力を加えたならそのかけられた部分は虚にした方がいい。例えば手首をつかまれたならそこは虚にしなければ相手が力が強い場合逃げれない。相手が自分に力を加えた部分、自分が技をかけるために相手に触れる部分は実だとクラッシュして相手の力の影響を受ける。虚にし、他の関節を実にしその回転運動で技をかけるほうがいいと思っている。

釘を考えてみよう。板に釘を打ち付ける。板に触れている部分は実であろうか、金槌でうっている部分が実で釘が板に打ち込まれていくだろう。ドライバーでねじをいれるときねじの先ではなく、ドライバーの力が加わっている部分が実だろう。タイヤが鋼鉄だったら長くは持たない。弾力のあるゴムで空気が入っているから具合がいいのである。さくらの枝と竹とどっちが折れやすい。がちがちの実だらけだと折れてしまう。弾力があり余裕があると力を逃すことができる。

虚と実をうまく使っていくこと。おれにとってはこう考えて技を使うことによってかなり太極拳が実用的になった。


2005/3/29
31:組み手と推手について
太極拳には組み手ないのかと疑問を持ったり、空手の組み手には太刀打ちできないと思う人もいるかもしれない。

もし誰かが、組み手やったほうがいいのと聞けば、「それはあんたしだいだ」と答えるだろう。経験としてやってみていい人もいるだろうし、やらないほうがいい人もいるだろう。型だけやった人がそれで使えると思って組み手やってみたら、またそこで思うことがあるかもしれない。やってみることも否定しないが、太極拳ではない。あくまでも一つの経験としてだね。

おれは、武術では技のやりとりをしあうべきではないと思っている。技をかけたならそこで決めるべきだ。技のやりとりを楽しむものではない。

相手の攻撃を技で即座に粉砕することが武術だと思っている。それはどう練習するのか、やはり推手である。推手の練習などで思い切り攻撃してきた相手に対応できるのかと疑問を持つ人がいるだろう。ただ推手だといって、二人で手をつけて押し合うだけならなんの役にたたない。推手の中で技をかけて完全に技を決め相手が次の攻撃ができない状態をつくりださないと意味がない。あんな推手で役にたたない、空手の組み手の方が絶対強くなると思う人は納得いかないかもしれない。

ただ組み手を考えても所詮手加減しあわなければならない。思い切り顔面殴る、蹴る、急所を攻撃するなどでダメージ与えるわけにはいかないだろう。技をかけたなら、相手が次の攻撃ができない状態をつくりだすことこれが一番大事じゃないかい。 武術ではやりあってはいけないと思う。危険な状態から即座に脱すること、これが一番。推手なんかと思うかもしれないけど技をきれいに決めるということは難しいことだと思うよ。お互いに動きのなかで相手の動きをキャッチし技をかけたらそこで相手を制す。太極拳を練習している人はそう心がけて練習してほしいと思う。ただ最初は初心者どうしではなく、ある程度推手を理解している人とやることが大事。理解しているといっても単に動きができるというのではなく、きちんと技がかけられる人とやるべきだ。おれは推手の中ですべての太極拳の技を使うことが可能だと信じている。24式太極拳と陳式太極拳ではそれを証明する自信が無形塾にはある。套路の練習同様、推手の練習も大切だ。


2005/3/26
30:長い手

 おれはよく対面で人と向かい合い、お互いに手をのばしっこする。
相手が届かない距離からりーチの短いおれのほうが届いてしまう。たいていの人は腕だけで伸ばそうとしている人が多い。

 おれは横隔膜をひきあげ胸をふくらませ、肩、肘、手首と順番に呼吸に合わせて伸ばすのだがたいていおれのほうが遠い位置から相手に届く。また届かないという人でも手をもってあげて回転させながら順番に関節を動かしながら伸ばすように誘導するとぐっと伸びよくなんて自分の腕が伸びるのだろうと驚く。これに「テンシケイ」の秘密があるとおれは思うよ。



2005/3/25
29:呼吸について

 おれは呼吸がなにより大切だと思っているよ。なぜならこの営みがないとすぐ生命保持できなくなるくらいのものだから。だから呼吸にどうしてもこだわってしまう。
 
 おれは呼吸には自分で意識してやる呼吸と意識しないで自然にやる呼吸とがあるのではないかと思っている。あくびやくしゃみなど自然な呼吸とぃっていいのではないかな。ためしにできるだけゆっくり吸って吐いてやってごらん。これを繰り返しているとゆっくりやっているから楽と思うかもしれないけど、だんだん苦しくなって「はあ、はあ」と自然に調節するようになるだろう。この「はあはあ」が自然な呼吸なんだと思う。自分で意識してやる呼吸と無意識でする

自然な呼吸。

 体をゆるめるのはなんのため。聞くといろいろ答えがでてくるだろう。
おれはこのゆるめるのは、自然な呼吸をするためだと思っている。ゆっくり動作と呼吸と合わせたつもりでもいつも完全にあっているというわけにはいかないのではないだろうか。体をゆるめることによってさらに微量だが自然に空気を取り入れることができ調節することができるのではないかな。おれはそう思っている。ゆるめるというのはとても大事なことだと思うよ、呼吸にこだわるおれにとってはゆるめる行為と呼吸とを結びつけて考えていくことが極めて自然である。



2005/3/23
28:ノーと言えない失敗談

よくロスにいっていた。年に3回いったこともある。リトル東京の2世フエスティバルではデモンストレーションをやった。アリゾナに帰っていたエリックも手伝いにきてくれた。彼は190センチメートルもある大きな人でとてもハンサムである。基地で彼女を太極拳クラスに連れてきたが、彼女が「エリック、太極拳止めて、先生みたいなおなかの大きな体にならないで」と目の前でいったのでへこんだことがある。レクチャーを開いて太極拳を短期間指導したこともあった。そのとき気功の先生も参加し、天心会の天山先生を紹介してくれた。

 天山先生は最初椅子に深く腰をかけていた。背もたれにももたれかかっていた。おれが陳式2路を見せ、武術談義をしていくなかで姿勢や態度がどんどん変わっていった。今ではとても親しくおつきあいさせていただいている。そのときジムさんという人もレクチャーで知り合った。ジムさんに3つの道場につれていかされその度に演武をやって見せた。

 でもどうも様子が変なのである。全然友好的でなくつめたい雰囲気である。おれはてっきりジムさんの知っている道場で向こうの依頼で演武しているものだとばかり思っていた。実はかってに日本の武術家がきているから演武させろと押しかけていた形であった。おなかをつかせると挑戦的についてくるしどうも変なので聞いてみるとなんのアポイントメントもなしでいっていたことがわかった。

 これがいかに相手にとって失礼なことか説明するとジムさんは泣きそうにして謝ってくれた。彼はどうやらいろいろ短期間でみんなにおれのよさをわかってもらおうと必死に機会作りをしてくれて悪気はなかったのである。彼はシナリオライターである。おれはもう一度回って非礼を謝った。ろくに確かめもせずいきたくないなと思いながらも断れなかったおれのミスである。



2005/3/23
27:ありのままに

 どうやっても完璧にはならないよ。完璧に向かって努力することはいいと思うよ。でも現実のありのままを受け入れ、今を必死にやるしかないような気がする。太極拳家は一生プレーヤーなんだと思う。「よくどのくらいやったら強くなりますかとかものになりますか」という質問を受ける。「基礎がしっかり身についたら向上しますよ」と答えたりするが。結局ゴールなんてない。死ぬまで追い求めていくのだろう。

 いつ何時、災難がやってくるかわからない。対処できるようになってからね。なんていって災難は待ってくれない。今の持っているもので対処しなくてはならない。いまのありのままを素直に受け入れ一生懸命いきていくしかないよ。練習するうえでお勧めなのが、ビデオで自分をとること。型を教わって一人で型を練習するなら是非自分の練習しているところをビデオでとってみるといい。これは自分にとってあまり気持ちいいものではない。こんなぶざまだったかと思い知らされることが多いから。誰だって自分の変なかっこうみたくない。でもこれがありのままだと受け入れて素直にみてから練習していくときっと変な部分を自分が意識し直っていくと思う。

 あと練習でお勧めなのが武器をやるということ、体の一部として武器を扱うことはきっとプラスになるよ。おれの得意で好きだったのは棒術、棒の連続組み手もよくやった。このおかげでだいぶ動きがよくなった。なんせ体捌きしないと長い棒あたってしまうからね。捌きができるようになっていった。ありのままの自分をうけいれ少しでもよくなるようがんばろう。



2005/3/23
26:技を考え込んだための失敗談

 本で「楊露禅先生が一番得意な技はなにかと聞かれたとき、裏鞭砲を見せた」という記事を読んだことがある。本に書いてあっただけで、実際見たことがないし、本当かどうかわからない。でもそんな話から裏鞭砲の技の興味が増したりする。

 空手の型では下段受け、上段突きなどの名称で味気がない。白猿献果などそういった名称で呼ぶほうが味があるね。人間だってあいつ、こいつというより、やはり名前を呼んだほうがうまくいくね。味があるほうが愛着がある。

 おれは、一つの技を考えると必死になって考えこむ時期があった。ずっと技のことを考えてしまう。ある日電車でうつらうつら寝てしまった。そのときも寝ながら技を考えていたらしい。寝ながらどうやら裏鞭砲をやってしまったらしい。寝ながら手が動いてしまったんだ。「ばしっ」となりの女学生の膝にあったノートなどが床に飛んでしまった。恐怖におびえる女学生。おれはすぐ立ち上がって「すみません。寝ぼけました。」と真剣に謝った。まわりはあっけにとらわれていたけどすぐ状況を把握したようだ。思い切り笑われてしまった。



2005/3/23
25:ホットな空間
 まだ基地に入って始めのほうだったが、基地でマーシャルアーツの大きな団体のリーダーが私たちの練習を陰でみていたらしい。私のアシスタントしていた生徒をどうやら勧誘していたようでその人が彼から聞いたのは、「池田はマーシャルアーツとして技の実力は確かにある。しかしマスター(先生)ではない。」といっていたそうだ。
 それはどう意味か聞くと。彼らの考えでは指導者と生徒とは一線をひくべきと考えていることがわかった。フレンドリーになっては、先生としては失格だそうだ。常に上に立つものとして、距離を持つ。それが池田はあまりにも生徒とフレンドリーにやっている。先生としてはやっていけないだろう。ということのようだ。

 おれはマイペースで自分のやりたいようにやっている。中国の公園で早朝行くと、いろいろな人がいた。気功をやっているもの、太極拳をしているもの、大声をだして上半身裸で走っているもの、他の武術をやっているもの、花、木などの植物となるで話をしているかのような人など。さまざまな人がいた。その人たちが活動終えると茶店でお茶を飲みながら楽しそうに話している。一日がそこから始まる。とてもホットなゾーンに見えた。練習が終わったらはい終わりでなく、熱く武術談義で盛り上がったり、みんな仲良く過ごす、そんなホットなゾーンを作っていきたいと思っている。


2005/3/22
24:モニュメントバレーの太極拳

 ロスのサンタモニカに空手、キックボクシング、タイチ、の道場をだしている天心会の天山先生と交流を持っている。

よく呼ばれてロスにいっていた。彼の演武会にも参加したことがある。演武会が終わってアリゾナに行った。

 モニュメントバレー

 西部劇の「駅馬車」の舞台になったところだが、とても魅力があった。中国に行ったとき歴史を感じて感動したが、ここは人類以前の歴史を感じた。一人で岩の間に行き思わず太極拳を一人でやった。誰も近くにいずとても自然にやってとても気持ちよかった。

自然と一体になった感じがした。



2005/3/21
23:おれの太極拳

 太極拳は動きの質が違うと思っている。
型を覚えてやることは必要だが、動きの意味がわかってやることが大切なんだと思う。
太極拳がなにかわかっていないといくら型を練習しても質は変わっていかないのではないかな。なんといっても呼吸とあった動作をすることなんだ。ただ形を覚えてあとで呼吸をあわせればいいと思っても筋肉中心の動きをしていれば、太極拳の方向性をどんどん離れていってしまうのではないかな。

 うしろから抱きつかれたとき呼吸の合わせて動くと筋肉マンがホールドしてもたやすく逃げることができる。無形塾ではよく二人組んでお互いにホールドしあいそれから逃げる練習をよくする。大森ゴールドジムは前面マットで技の練習をするのに適している。

 実際に使える体験をする。最初は未熟ながらも実際に技が使えてくるとだんだん型も定まってくるようだ。型一つ一つ、技を使って練習するようにしている。ほとんどの練習生がしっくはっく苦労して技をかけているがたまにうまくきれいに技がかかり相手が倒れたりすることがある。そんなとき実に無駄がない動きができていたりしているんだ。

 太極拳は哲学、健康法、武術と多様な面を持っているが、無形塾では、健康法でもものの見方でも、武術でもあくまでも実用的だということにこだわっている。今後年配の方を対象に健康法にも力をいれていきたいと思う。考え方ではどんなことを考えているかというと。気というエネルギーを追及することで太極拳は実に深い世界に連れて行ってくれそうだ。まだまだ浅いが少しでも実用的に考えるようにしている。プラス、マイナス。陰と陽。虚・実。吸う・吐くなど相反する二つの極を意識して全体をみていくという姿勢をとり続けて生きたい。

 それには一つの極の限界を知ることだと思う。化勁の原理はここだと思う。相手の限界に導き力の方向性を変えていく。これは生き方にもかかわってくる。いつも幸せな気持ちでいればそれにこしたことはない。でもいつも幸福というわけにはいかない。親または大切な人が亡くなったとき楽しんではいられないだろう。悲しみを素直にうけいれなければならない。ただ悲しみという極だけになってしまうと自分を殺すまでになってしまう、どこかではいあがることが必要だ。その限界を見極めをすることが大切なんだ。伝統とか歴史にこだわることもいいが、おれはあくまでも太極拳を実用的に考えていきたい。



2005/3/20
22:高郛先生

実はおれに大きな影響を与えた太極拳家は女性なんだ。
故田秀臣先生のお弟子さんで随分前だが当時70歳くらいだった。
だんなさんが通訳していた。小柄で本当にやさしそうなだんなさんと
きりっとしてなんとも強そうな高郛先生。安定した姿勢でとても70歳の動き
ではなかった。田秀臣先生の話を交えとてもていねいに教えてくれた。
その当時視線は二目平視ということが頭にあった。
陳式太極拳で高郛先生から「畏怖の目をしなさい。鷹のように」といわれて驚いた。
先生の目は実にするどかった。年・性別を越えた迫力・実力に大きな感銘を受けた。



21:おれの夢

なんだかんだいってやりたいことやれた気がする。
空手の上原先生にめぐりあえたこと、陳家溝に行けたこと、基地で教えたいと思ったらできたこと、ゴールドジムの格闘技スクールなど。中国にいってみてよかった。あの雰囲気から太極拳が生まれたと理解できた。無形塾は今まで基地での活動してきたためあまり弟子が育たなかった。だいたい三年か四年で帰国してしまうからである。いまのクラスはみんないい人ばかり。早くまかせられるような人材が育って欲しいと思う。

おれは新架式に惚れている。陳発科先生や陳照奎先生に会うのは不可能なら陳照奎先生の息子さんの陳愉先生に会ってみたい。会うといってもただあうのではなく交流すること。親しくおつきあいさせてもらうこと。といっても弟子になるのではなくこちらの腕を認めてもらって親しくしてもらうこと。これがおれのいま持っている夢である。一生かなわない夢なのかもしれない。でも修業を積み重ねいつかかなえたい夢である。中国の実力ある人から日本人がどんどん実力を認めてもらう。これが日本の太極拳を向上させる一つの方法だと思う。思いあがりかもしれない。到達できない夢かもしれない。でも努力はしたい。日本の太極拳家が本場中国の実力者にどんどん認められることを願っている。


内山書店で陳愉先生のVCDつきの本を買った。見てやはり陳愉先生は本物だと思った。あの雰囲気はなぜか親近感がある。いつの日か陳愉先生と仲良く照奎先生や発科先生のことを語り合う夢。それを実現するためには認められるよう精進に励むしかない。



20:見えないかけひき

どこにでも強さを試したくなる人がある。まして人の強さを試そうとするのは。

太極拳クラスの生徒と二人で歩いていた。その人は自転車をひき二人で歩いていた。前からいかにもからみそうな酔っ払いがきた。その人はどういうわけか自転車を酔っ払いにぶつけて逃げてしまった。どうやらおれの強さを試したらしい。どう対応するのか。おれは謝り酔っ払いは気をつけろといっていってしまった。その人は拍子抜けしたような感じだった。だけど実はかけひきしていたんだ。少しでもおれが恐いとか嫌だと思えば確実に酔っ払いはからんできただろう。正直いって実に自然に謝ることができた。日頃いつも武術は保険だといっている。日頃の練習が保険料。やはりこのときも保険は適用されていた。武術やってよかった。太極拳やってよかったと思うよ。



19:動きと呼吸を一致させろ

眠れないときいくら寝ようとしてもなかなか眠れたものじゃない。
眠ろうとする努力を忘れたときふと眠りがやってくる。
努力せず本を読んだりすることのほうが効果的だ。
昔からいわれている方法がある。ひつじが一匹、二匹、  これだ。

動作と呼吸を合わせるのは難しい。
おれがいい方法だと思うのは一動作一呼吸で合わせるようにして套路を覚えたら呼吸だけに専念するんだ。そのときだけエゴが消える。瞑想状態に自然になれるのではないかな。いざとなったとき自己意識はかなり邪魔になることが多い。動物のように自然な動きをするために呼吸と動作を合わせる訓練をするんだ。自己意識といったがは恐いとか怒りとかどうしようとかそんな思いにとらわれることなく自然に動くということなんだ。



18:打たない音を数えろ

おれは54才、ビートルズエイジ。高校二年の頃ビートルズが来た、おれはビートルズが大好きだった。リンゴスターになったつもりでレコードに合わせて椅子をたたいていたよ。自己流ででもドラムができるつもりになっていた。正式にドラム習ったのは40過ぎてたからなんとなくやってみたくて生のドラムとエレキドラムを手にいれて高い月謝を払ってヤマハのドラムスクールで個人指導を受けた。とても上手な先生だった。

先生がおしゃるにはリズムを狂わさないため打たない音を数えなさい。例えば打った音をトン、打たないときはウン。ウン、トン、ウントンというふうに。このことは太極拳の技を虚実の使い方ととても通じることがあると思うんだ。



17:船が難破したとの仮定で!

みんなの乗っている船が難破してみんな海に投げ出されたとする。
みんなおぼれないように必死に泳ぐだろう。鮫がいたらしょうがないけど。
どうするのが一番いいと思う。おれはいい方法しっているよ。
みんながあおむけになって手をつないであおむけになって浮袋のようになって浮いているんだ。これが一番いい方法だと思う。でもいざそうなった時いくらそれをいってもみんなもがいてできるのは難しいだろうな。いくらいい方法とわかってもなかなか実行することは難しい。それを冷静にできるために武術をやっているような気がする。



16:気になる呼吸

三日食べなくても死ぬことはないよな。
呼吸はそんなわけにいかない。三分だってきつい。
要は呼吸をいっぱいためて食べ物のようにプールできるものではなく、吸って吐くという行為をしないかぎり体のエネルギーは回らないということ。これはおれにとってとても気になることなんだ。海の水をコップにとったらだれもコップの海水を海とは呼ばない。コーラでも味噌汁でも海にいれたら海だよ。

みんな人はそれぞれ生きている。でも呼吸という行為でみんなつながっているような気がする。みんな同じエネルギーをとっている。
その行為をしないと生存を持続できない。
みんな人それぞれ別別なものだが呼吸でみんな一つのエネルギーでつながっている。
エゴというコップをすてたときみんな海のようにつながれるのではないかな。



15:思い出に残る弟子

この人がずっとおれのそばにいてくれたら間違いなく今の無形塾は変っていただろうという人が一人いる。
彼の名前はカール。ジャマイカ出身で米軍のパイロット。
家がボブ・マリーの家の近くで彼が小さい頃ボブマリーと話したことがあるそうだ。右眉毛端に傷が少しある。ニューヨークのバーでビール瓶でなぐられた跡らしい。その後三人をのして逃げたといっていた。アメリカの学生ボクシングのチャンピオンにもなったことがあるらしい。カンフーも習ったらしい。端正な顔立ちで抜群の跳躍力と瞬発力を持っていた。なによりセンスのよさが際立っていた。野馬分そうが先生のように決まらないと一ヶ月程悩んでいたこともあった。
帰国するとき、私は先生に一年間習うことができ幸福だった。しかし先生と会う前に三年間基地にいたのに先生を知らなかったのが最大の後悔で残念でたまらないとみんなの前でスピーチしてくれた。基地は入れ代わりが激しくその度にさみしい思いをする!



14:基地での出来事

基地に赴任している軍人の家族も住んでいるので基地の中は一つの街とも言える。
大学も含め学校がある。
7年位前かな、当時小学校校長のディーブ氏が、突きをすばやく突くとその切り替えポイントに倍の力がかかるという説明にどうしても納得いかない様子だった。
それを見兼ねたメリー大学物理学主任教授のサムトンプソン博士が、「デイーブ今度君にレポート書いてきてあげるよ」といってレポート本当に書いてきてくれた。
仮に体重〜ポンドの人が突いて引いた場合、力がどう加わるかレポート5枚にみっちり書いてあった。ディーブ氏は見事納得した。あれを大切に保管するべきだった。サム教授が帰国したあとあれを読み返そうとさがしたら見つけ出せなかった。残念だ。



13:太極拳の動きについて

多くの人の問題点は体を地面に置いているということである。
右足を前に出すときどうするだろう?右足を引き上げ地面に置くという二動作で動いてないかい。おれなら先ず左の軸足を実にし右足を滑らせるように出し一動作で動く。薄氷を踏むがごとく  という言葉があるけど重心移動ではとても大事なことだよ。



12:太極拳で心がけること

套路という型を覚えるわけだが、一番大事なことは呼吸と動作をあわせることだと思う。それには一動作一呼吸をお勧めする。基本的には関節が開いたとき息を吸い、関節が内側に動くとき吐く。

型を覚えてから呼吸をつけようと思うかもしれないが、型ができてから呼吸に合わせるより始めから呼吸と動作を合わせたほうが近道だと思っている。呼吸と動作と合わせた動きと合ってない動きでは動きの質が違う。型を覚えてから質を変えようとするより最初から質を変える努力をしたほうがいい。呼吸と動作を合わせるこては簡単ではない。だから焦らずとりくむことが大切である。

たくさん型を覚えても質が筋肉中心の動きなら体操と変わらない。
呼吸と動作があっての太極拳ではないだろうか!



11:打たれ強い体について

上地流では三戦という型をやっている最中体を打って鍛えるやり方がある。
このときはあくまでもがまんしているような感じだった。
太極拳をやってからこのがまんするような感覚ではなくもっと楽に耐えられるようになった。
だが体型も変わりどうみてもビール腹に見えてしまう。



10:日本における太極拳の発展
いま内山書店にたくさんのVCDが置いてある。書虫でも手に入る。
勉強が必要。いろいろ見ることが。
一番気にいっているのが内山書店で見つけた陳愉先生の本とVCDのセット。
この雰囲気無形塾と同じ匂いがするなんてVCD見て思った。
いつか会いにいきたいな。おれは新架式に惚れ込んでいる。
陳照奎先生のお弟子さん達の画像も集め研究している。
陳照奎先生の型を研究することがライフワーク。
つくづくたくさんの画像みるたびにやはり中国の層の厚さレベルの高さを感じる。
ただ真似するだけでなく太極拳はなんなのかようく理解して日本独自に
発展しなければならないと思っている。


9:空手の時の練習

どちらかというと組手が好きだった。
いまから考えるとうそのようだがその当時体重は52キロ。
どうしても体格で不利。おれはひたすらスピードをつける練習をした。
半紙をつるしそこに素早くついてひく。
半年後半紙の前でひくと半紙がまとわりつくようになった。
風呂場に杉の八分板を浮かべ突いて割る練習を必死でやった。



8:凄まじい組手

守礼堂という店に重さ5キロのやけに分厚い本があった。
それが沖縄上地流の本だった。さっそく購入。巻末に支部の情報が記載されていた。
詳しく書かれた内容いっぺんで見てみたくなった。
東京には牛込修武館があり師範と門下生が顔写真入りで紹介されていた。住所は書いてない。おれは牛込の街をさがしまわった。そしてとうとう見つけた。上地流の独特の三戦、黒帯の組手、上地流では足先げりといって指先でけるのだが胴着にかすっただけで胴着が切れていた。その当時おれは別流派でニ段。もう一度白帯からやり直す決意をした。



7:わが恩師 

尊敬する中国の太極拳家がたくさんいる。
でも一番の恩師はなんといっても上地流の上原勇先生だ。
私は空手から離れてしまったが、心の中でいつまでも慕う気持ちは絶えない。
太極拳を選び道は違ってしまったが上原先生の武術に対する精神はうけついでいるつもりだ。
いまでも家族ぐるみのおつきあいをさせてもらっている。



6:おれのめざす型

いろいろな先生から習ったが、おれがライフワークとしてとりくむのは陳照奎先生の型を研究すること。俺が太極拳をはじめたとき資料がものすごく少なかった今は内山書店にいけばたくさんVCDやDVDがある。
なかでも照奎先生の息子さん陳愉先生、弟子の張志俊先生など画像でみるだけだけどすごいね。
陳愉先生はなんかおれと共通したことがありそうで勝手に親近感をもっている。
お腹つかせたりして。いつかお会いしてみたいな。



5:基地で

10年前から基地で指導している。大きな組織から離れ自分を試すため基地に入りたいなと思っていた、言ってみるもんだね。「基地に入りたい」といっていたら入れる機会を得ることができた。

基地のフットネスセンターと契約パワーのある人、武術をやっている人いろいろきたよ。最初は体が小さいしばかにされることが多かった。一番とってり早い方法をとるようになった。いちいち説明しても語学力もないしなかなかコミュニケーションとるのが難しかった、そこでおなかをおもいきりつかせることにした。これは彼らを納得されるのにものすごく効果的だった。最初はこわれてしまうぞなんてやさしくついてもぜんぜんきかないと伝えるとだんだん顔真っ赤にしてついてくる。それでもきかないとすぐ納得して生徒になってくれる。

これをするまでなかなかばかにした態度がなくならなかったが、お腹をついてこっちは効かない、向こうには軽く押し当てた拳がきくことがわかるとすぐ素直になる。だからおれのクラスにはいるものはみんなおれのおなかをたたいている。
もう何人にたたかれただろう。10年やっいているから100人くだらないと思う。



4:窓からみたもの

上海の街をバスに乗って回っていたとき、バスの窓から見たもの
自転車からおりたおばさんがいきなり自転車から降りて
いきなり太極拳の雲手の型だけやってまた自転車にのっていってしまった。

日本じゃ考えられないな。

日本には日本の太極拳の発展があってもいいのではないかと思うよ。
感覚が違う、いきなり銀座のまんなかで歩くのやめて雲手やってまた歩くことできる?
できる人はいるだろう。でもまわりの雰囲気が違う、そんなことやったって中国では
ごく自然なんだ。やはり日本では変な人と見られると思う。

おれの趣味は音楽なんだ。ギターやピアノもいじるけど

すきなのはドラム。
ロックをはじめたイギリスの若者かれらはブルースのとりこになった。
でもどうあがいても黒人にはかなわないとおもっていた。
彼らなりの発展をしそれが今はロックとしてうけいられている。
いまから無理して中国人になりきって太極拳をやらなくてもいいのいではないかと思うよ。
あれは太極拳が大好きこんなすごいものにめぐりあったことに感謝しているよ。
でもおれはおれなりに太極拳を理解しおれなりにやっていく。
それでもいいんじゃないかな。



3:初めて陳小旺先生に会ったとき

エレベーターがあくとカーキー色のコートを着た陳小旺先生が立っておられた。
早速の講義
真冬の寒いなかたったままホテルの中庭で聞いた。
陰、陽など反対のことばをいわされた。

強弱、明暗、表裏、なんでもよかった。なんでこんなこと聞くのかと思ったよ。
でも今なんとなくものの見方の大切なことを教えられたような気がして

あのときのことを思い出すんだ。
男と女を陰と陽とにわけたらどっち
男が陽、女が陰
一見これはもう変わることなく不変に見える。
子どもと大人と見たとき
大人が陽で子どもが陰
さあ大人の女性と男の子と比べたとき
この不変は崩れてしまう。

ものごとは変化し多様である、
反対がきわまれば反対に転じる、このことは技を練るときおおきなヒントになった。



2:陳家溝で

1982年の暮れに出発。寒かったな。
年があけて1983年1月、陳家溝で先生方が演武
陳正雷先生、朱天才先生の演武が見られた。
でもこの人の演武みたいなと思う人がやらない。
とても強そう。招待所で懇談会をしているとき、なにか残念な気がしていた。

ひとり気になる人がいる。カーキ色のコートを肩にかけ、椅子に深々とかけている。
名前は王西安先生。
やっと彼の動きが見れたのは
「引進落空」の説明を受けたとき
すくっと立ちあがりコートを脱いで
朱天才先生相手に技をぱっとかけ
実技で引進落空を見せてくれた。

来日して見せてくれた新架式2路の井欄直入すごかったな。
あれは今でも脳裏にやきついている。
本当に武術家だと感じさせてくれた王西安先生。本当にすごい



1:プラス思考とマイナス思考

つい人の悪口をいってしまう。また人が困っている時少し自分が安心したり、他人の不幸を喜ぶというやつ。
悪いと思ってもついやってしまう。それも人間しかたないといえばしかたない。でもそれは自分の気分の問題で自分には決してプラスになるものではない。

太極人口も多く、いろいろやりかたも違う。でもやはり中国に比べたら層は薄い。
おれは中国の伝統を尊敬しなければならないと思っている。
でも鵜呑みにして真似だけしていればいいというものではない気がする。
自分達で吸収して更に発展させることが大切ではないかい。
やりかたが違うということでお互いはりあったり足をひっぱりあったりせず、できる共通点があれば協力しあうほうがお互いの太極拳の向上に役立つと思う。提案したとおり本気でそう思っているよ。

人の欠点を見つけて笑うのはその場の自分をなぐさめるかもしれないがただそれだけのことなんの発展もない。ここはお互い認め合い少しでも日本の太極拳を向上するようにしていかないか。いまの日本のレベルひきあげるのはマイナス思考ではなくプラス思考だと思うよ。



池田のざっくばらんトーク 2


よく誰先生に習ったとか誰先生を知っているとかそういうことを重視する人がいる。

確かに師に対していつまでも恩を感じ礼をつくすことはとても大切だと思うよ。
でも先生のことだけでなく自分が何ができるか、自分がどうなっていくか、自分の向上に努力することがなによりも大切なのではないかと思う。

たまに武術の想いが強いもののあこがれとして先行してしまうケースがある。達人達のエピソードを知ってとてもいい気持ちになり満足する。だけど今自分がどうなるか、なにができるかそのことがおろそかになってしまっては行けないと思うんだ。空想の世界で強くなってそれで満足していたら現実の世界はもって厳しくなってしまうよ。達人になっていなくてもつよくなっていなくても今現在自分が最善を尽くすことが大事だと思う。


新潟の地震や津波災害ひどかったね。
著名な人々が大金を寄付している。自分たちはなにができるのかな。
そんなときおれがミュージシャンだったらいいのにななんて思ってしまう。チャリティコンサートなんかひらいたりね。太極拳家はなにができるかな。
そんなとき柔術の平直行さんが地震、津波のチャリティの試合を計画しおれにも声をかけてくれた。
試合につなぎのデモンストレーションをお願いされた。リングで演武した。リングって滑りやすくなっているんでおどろいた。でも滑ったりしないで無事演武できた。

太極拳いろいろ流派あり、それぞれがいろいろ特徴をもっているけど、たまにはお互いに協力しあってなにかしたいな。



池田のざっくばらんトーク 1
提案1
悪口いいあわないでお互いを認めいいところをみつけるようにしていかないかい。

みんないいところもあれば欠点もある。いいだせばきりないよな。つい人の悪口をいいたくなることだってある。おれだってよくいってしまう。でもさ、こと太極拳に関してはお互いいいことさがししていかないかい。

悪いことつつきあって足ひっぱりあってもなにも向上していかないと思うんだ。
このごろ内山書店や書虫などで安くVCDを買ってみるけどやはり中国は太極拳の層が厚くレベル高いや。
おまえのここが悪いどっちがいいなどいったってしょうもない気がする。日本のレベルはまだお互いがいいあうようなレベルではないような気がする。


けなしあうことではなく、お互いが向上するためにもっと協力しあってレベルを高めることが今必要なのでは。
注意するのはいいけどそれがちゃんと向上させてあげるためのものでないとだめじゃないかな。お互い認め合うことが大切。気がつかせて直すために指摘するのはかまわないと思うけど相手をへこますためのは止めようや。ちっともプラスにならないよ。いいとこだってきっとあるさ。それを認め合っていくことが日本の太極拳のレベル向上に大事なことではないかな。

どっちが強いなどといいあうのは武術の世界ではありがちだけどそれもやめたいな。けんかに勝ったってそれは自分より弱かったからで、きっともっと強いやつがいるよ。そこで強いといい気持ちになったって自分より強いやつがきてまければへこむさ。

自分や大事な人を守るためたとえ相手が強くても対処していくことが武術だとおれは思っている。どんなに自分より大きくて強くてもやらなければならないときは逃げずに最善をつくす。そのための技だと思っている。
その状況で自分が後悔しない行動をしたいよな。そのための保険なのかもしれない。

おれは何回か保険を支払われている。

大きな交通事故だったよ。反対車線を猛スピードの車が突っ込んできた。おれは赤信号で止まっていた。でも冷静に判断できた。まるでスロモーションのように見えからだを横にくねらせて回避するよう身構え再度ブレーキもひいた。ガッチャーン。フロントガラスもとびちった。おれの車はタウンエースだった。
車はひどいありさま。後ろの車の運転手は3か月の重傷。おいらはなんにもなっていなかった。車弁償してもらって終わり。偶然かもしれない、でも冷静に対処していた。武術やってよかったとしみじみ思ったよ。