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不穏分子掃討作戦


滅び行く母なる大地を後にして早数年。
タイレル総督の指導の下、移民船団パイオニア2の市民は平和に暮らしていた。
管理統率された何不自由ない生活に満足しているとさえ言っていいだろう。
しかし、多くの市民が不安を抱えていたこともまた事実である。
この船の行く先にあてはあるのか?
あと何年この航海を続ければいい?
先発のパイオニア1をはじめとする他の船団は?
不安は不満となり、叛乱に成長する・・・。

ル=ゼル。叛乱の首謀者の名だ。
彼はニューマンの一派を率い各シップでゲリラ戦を展開。
不安を抱える市民を扇動し暴動を引き起こした。
事態を重く見た総督府は治安維持軍に出動を要請。
長い平和に腐りかけていたとはいえ、軍は軍。
一般市民上がりのゲリラ勢力との戦力差は歴然だった。
しかも投入されたのは、単独あるいは少人数で行動する精鋭の特殊部隊。
叛乱は軍の出動から一週間と待たずして、
ゲリラ組織幹部の暗殺という形でその芽を摘まれていった。

そして、首謀者であるル=ゼルも追い詰められていた。
彼の隠れ家に二人の兵士が乗り込んできたのだ。
一人は細身で冷徹な雰囲気の男、もう一人は筋肉質で血の気の多そうな男。
氷のバーチェンと炎のマッキィ。ゲリラに恐怖の象徴として名高い凄腕チーム。
絶望的な状況だ。しかし彼は退くことはできなかった。
この奥には未来があるから・・・。
正面から対峙して、ル=ゼルはスライサーを振りぬく。
これならば二人に同時に斬撃を浴びせられる。
怯ませることができれば、テクニックの起動時間も稼げるはずだった。
しかし、彼は相手を過小評価していた。
マッキィが全速力で彼に接近し、スライサーの光刃をかわしざま回し蹴りを叩き込んできたのだ。
もんどりうって倒れる彼の視界の隅でバーチェンが顔色一つ変えずに
まるで埃でも払うかのように左手で光刃を叩き落している。
倒れたところへ、マッキィの拳が襲いかかる。
ル=ゼルはとっさに左腕のバリアで受け止めるが、
バリアを支える腕そのものに激痛が走り、尺骨から嫌な音がする。

圧倒的な戦力差としか形容しようのない事実。
マッキィは本来の武器との情報があるダガーを使用していないし、
バーチェンにいたっては対峙した場所から一歩も動いていない。
とんだアマちゃんだ。多くの仲間を失い、今自分も死地に立っている。
このままでは未来への希望も・・・。
その時マッキィの口から意外な言葉が漏れた。
「抵抗を止めろ。叛乱の首謀者として貴様を連行する。
 貴様は法によって裁かれるべきだ。今貴様を殺すつもりはない。」
何?連行だと?ふん。どの道あとで処刑するだけだろうが!
こいつもとんだアマちゃんだ。
いいだろう。ぎりぎりまで抵抗してやろう。
貴様らさえここで倒せば、未来は守られる。
視界に捕らえずとも有効で、かつ最大射程を誇る攻撃手段が俺にはある。
これならばバーチェンもかわせまい。
ル=ゼルは口元をゆがめ、言葉を紡ぎ始めた。
「大気を司る最も偉大なる精霊よ。我が意に答えよ。ラ=ゾン・・」
彼が言葉を紡ぎきる事はできなかった。
彼の背中から青い光刃とともに鮮血がほとばしる。
とっさに腰のダガーを引き抜いたマッキィの一撃だった。
「命を粗末にしやがって・・・馬鹿が!」
それがル=ゼルがこの世で耳にした最後の言葉となった。

吐き捨てるようにいうとマッキィはル=ゼルから離れ、
後方のバーチェンと合流した。
バーチェンはそれまでまったくの無表情で事態を静観していたが、
マッキィが近づくと、突然左の眉を吊り上げた厳しい表情になり、
平手でマッキィの頬を打った。
「少尉、あのような勝手なまねは慎め。」
マッキィにもその言葉の意味は分かっていた。
彼らが受けた命令はル=ゼルの「逮捕」ではない・・・。

再び無表情に戻ったバーチェンはル=ゼルの死体を確認するため、
部屋の奥に足を進めた。
部下の性格はともかく戦闘能力は高く評価している彼だが、
何事にも完全を期さねば気がすまない性格であるため、
仕事の後には必ず確認するようにしている。
なんと言っても死の瞬間を映し出した新鮮な死体は美しい・・・
そして部下の能力評価と彼の奇妙な性癖が、
後のマッキィの人生に多大な悲劇をもたらす幕をあげてしまった。

完全なる油断。
それはそうだ。死体は攻撃してこない。
何も警戒する必要などない。死体の顔を間近で確認したかっただけだ。
バーチェンがマッキィとル=ゼルのちょうど中間点まで歩いたとき、
音を立てて奥の扉が開いた。
ル=ゼルの希望であった扉。そしてマッキィの絶望の扉。
バーチェンは足を止めた。
何事だ?私の楽しみを邪魔するとは・・・
ゆっくりと扉のほうを見やる。彼の視界には一条の光刃。
スライサーの刃だった。あまりに無警戒すぎたため、
回避行動が一瞬遅れる。
鈍い痛みのあと、口元に鉄の味がしみこんでくる。
彼の端正な白い顔の左頬の部分に縦横に赤い筋が入っていた。
直後、「お父さん!」という叫びとともに
ニューマンの少女が部屋に入ってきた。
そして半ば呆然と立ち尽くすバーチェンを無視してル=ゼルの死体にすがりついた。
大きな目から涙をこぼし、手には光跡残るスライサーを持って。
さらに、扉からはもう一つの影が姿を現した。
大きなお腹を押さえたニューマンの女性・・・。
なるほど・・・。そういうことか・・・。バーチェンの思考が全てを理解する。
この2人(いや3人か?)が何者であるか。ル=ゼルがなぜあれほど無駄な抵抗をしたか。

そしてマッキィはバーチェンの口から漏れる言葉を聞いて咄嗟に走り出した。
「少尉、俺たちの任務は「不穏分子掃討」だったな?クックック・・・」
「やめろ!そこまでする必要はないはずだ!」
マッキィの胸に熱いものが込み上げる。上官も部下もない。
今、ここで俺はこの3つの命を救わねばならない!
しかし、その熱い思いは現実の冷気によって伝播を阻害される。
「熱くなるなよ。任務だろうが。貴様はそこで見ていろ。分子間運動抑止・・・バータ」
短いコマンドワードとともにバーチェンの指先からマッキィにむけての空間で、
空気が瞬間的に運動を制限され熱量を失う。
そして、走ってくるマッキィの周辺の空間が完全冷却され、
マッキィは走行中の姿勢のまま冷凍された。
バータというテクニックの恐るべき点はこの冷凍効果にある。
冷気による肉体のダメージは各種装備で軽減できるが、
周囲の空間の冷凍による金縛りを避ける術は少ない。
しかも、バータはバーチェンの最も得意とするテクニックだ。
いや、そもそもバーチェンというコードネームこそ、
「バータを行使する者」という意味なのだ。
マッキィは意識と視聴覚を残されたまま身動きできない状態にされた。

「聞いての通りだ。我々の任務は不穏分子の掃討。
 よって貴様らもここでル=ゼルの後を追ってもらうことになるが・・・、
 クックック・・・俺は慈悲深い男でな・・・。
 貴様らに選択権を与えてやろう。
 光に包まれて塵になるか?電撃で痺れて死ぬか?氷に包まれて美しく死ぬか?んん?」

バーチェンは悦に入っていた。
警戒さえしていればニューマンの小娘と臨月の近い女など恐れるに足りぬ。
俺が自由にできる命だ。そして死体の顔が二つも増えるしな。

当然のことながら、当の命は自由にされることなど望んではいない。
「よくも父さんを!」「よくも主人を!」
娘からスライサーの光刃が、妻からはフォイエの火球が、
バーチェンに向かって放たれた。
しかし、所詮は悲しい些細な抵抗だった。
「そうか。選択権は放棄したか・・・。では、俺の楽しめる死に方をしてもらおう。
 広域”任意”分子間運動抑止・・・レ・ギバータ!」
光刃が空中で凍りつき、火球はその熱源を遮断され消滅した。
ついで少女と女性にも冷気が襲いかかったが、そこで奇妙な事態が発生した。
首から下だけが凍りついたのだ。
「バーチェンの名は伊達ではないんでね。俺が趣味で開発したオリジナルテクニックさ。
 いい表情してもらいたいからね・・・クックック。
 さて、まずはお母さんからいってみようか。」
バーチェンは凍りついた少女の脇を通り過ぎ婦人に近づく。
「お腹のお子さんは元気ですかぁ?クックック。
 凍りついたままでお母さんが亡くなったらお子さんも駄目でしょうなぁ。」
バーチェンは楽しそうに目を細めて婦人の怒りの表情を見る。
「これ以上何をしようというの?!外道!」
「もっといい顔になっていただきます♪
 闇より出でし昏き御霊よ。この者の魂を食らい尽くせ・・・メギド」
バーチェンがそう言いながら婦人の顔に手をかざすと、
掌から黒くもやもやしたものが湧き出し、婦人の口に侵入した。
「いやぁぁぁぁぁあぁっぁぁあぁあああぁ!!!」
数秒後、長い悲鳴とも嗚咽とも取れる絶叫を残して苦悶の表情のまま婦人は息絶えた。
バーチェンは涙を流していた。しかしそれは悲しみではない。
彼のネクロフィリア的感性は、いたく感動していたのだ。
「お母さん。最高ですよ。いい死に顔だ。やはりメギド死は胸を打つなぁ♪」

その時、彼はピシッという小さな音を聞いた気がしたが、
大きな感動の前にはあまりに小さな音であったし、
これから大本命の少女の造形にかからねばならないので、
大事の前の小事として彼の脳内から速やかに抹消された。

もちろん少女もメギドで美しくなってもらおう。
生き続ける美しさは加齢とともに変化してしまうが、
死の瞬間や死後の美しさは彼が死ぬまで彼の記憶に残る。
それが彼の美学であり哲学だ。

「それではお嬢さん。いきますよ♪」
そう言って彼が少女の方を振り向いた瞬間、彼が目にしたのは信じられない光景だった。
「やめろーーーーーーー!!」
叫びとともにマッキィを固定していたバータの氷が砕け散った。
マッキィは電光石火の早業で両手にダガーを抜きながらバーチェンに肉薄した。
「貴様だけは・・・殺す!」
右手を水平に薙ぎ、そのまま体を一回転して遠心力で倍化された左手の攻撃を見舞う。
しかし、バーチェンは上体を反らせて2度の斬撃をかわす。
「お前の攻撃の癖はよく知っている。俺を殺すなど無理な話だ。」
バーチェンは軽く後方に跳び退いた。
一瞬前までバーチェンがいた空間にマッキィが踏み込み、
素早い左右のフックを放つが当然かわされている。
「分子間運動抑・・!!」
普段、マッキィは攻撃の隙を最小限にするため2連撃を繰り返す。
しかし、このときばかりは違った。続きがあったのだ。
バータの詠唱の最中、マッキィはバーチェンに向かって跳躍した。
空中で放たれた回し蹴りが、バーチェンの顔面を捉える。
バーチェンは己の敗北を悟った。
「俺の死に顔・・・しっかり確認してくれよ。」
「うるさい!地獄へ落ちろーー!!」
跳躍時に広げていた両手を体の正面に寄せ、ダガーの切っ先を合わせると、
体重を乗せてバーチェンの脳天に突き刺した・・・。

戦闘服のグローブが破れ、血に塗れている。
マッキィは泣いていた。少女を凍結しているレ・ギバータの氷が砕けない。
己の無力さが心底憎かった。
フォトン武器で解除しようとすれば少女を巻き込みかねない。
なんと言っても少女の顔が氷の外に露出している。
俺はこの少女を救わねばならない。少女の父を殺したのは他ならぬ俺だからだ。
しかし、バーチェンのテクニックは想像を絶する陰湿さをもって
救出作業にあたるマッキィと当の少女を苦しめていた。
「兵隊さん・・・もう・・いいです・・・」
少女は震える声で言った。
「兵隊さんもこんなに血だらけになって・・・」
バータの凍気と恐怖で青ざめた顔なのに、
少女はマッキィを気遣う優しさを見せた。
「俺は君の父を殺した!母も兄弟も救えなかった!!」
マッキィは拳を打ちつけ続けた。
「でしたら、私の顔を忘れないで下さい。それがあなたが背負う罰・・・」
「?!」
少女が示したのは優しさなどではなかった。
全てをあきらめ、孤高の存在となった者の余裕だったのだ。
「天より光きたりて存在に終止符を打て・・・グランツ
 さようなら。兵隊さん。」
少女に光が降り注ぐ。呆然と見つめるマッキィ。
最後に少女はニッコリ微笑むと、光の塵となった。

マッキィは軍事裁判にかけられるのを覚悟でありのままを報告したのだが、
翌日のニュースで報道されたのは、
「叛乱組織完全鎮圧。最大の功績者バーチェン少佐は部下をかばって殉職。」
と、まぁ陳腐な見出しだった。
マッキィの身柄の取り扱いは、「功績」により2階級特進。
さらに、「危険な実働部隊から安全性の高い指令本部への転属」辞令だった。
体のいい軟禁であることは言うまでもない。

数日後、マッキィは治安維持軍に辞表を提出した。


更に数ヵ月後、パイオニア1からの通信で「惑星ラグオル定住可能」の報がもたらされた。
その、お祭り騒ぎに沸き返る街で、マッキィはある手続きをしていた。
「惑星ラグオルは安全な場所だと聞いていますが、
 パイオニア2の方たちには初めての場所です。
 危険なトラブルが発生しないとは言い切れません。
 ですから、あなたのような経歴の方の加入は大歓迎ですよ♪大尉。」
「大尉はよせ。とっくに軍は辞めてる。」
「はい。ではこれからよろしくお願いします。「ヒューマー」マッキィさん♪」

こうして、マッキィはハンターズの一員として新たなる人生を歩み始めた。
だが、これすらも彼自身にっとっては修羅道の入り口に過ぎないことを、
誰も予想し得なかった・・・。




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