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  もしも、人の想いが業を作り出すのなら、人は皆生まれながらにして
  業を背負っているという事になる。
  あらゆる人はその正負に関わらず、例外なく「想い」の産物であるのだから。
  だが、「造られた」者はどうなのだろう?
  例え、生まれに人の「想い」が介在せずとも、
  彼ら、彼女らもまた数々の「想い」を産む存在なのだから、
  やはりそれも「業」を伴うのだろうか?
  きっと、それに絶対なる答えを用意できる者は存在しないだろう。
  しかし、これだけは言えるだろう。
  如何に「業」を背負おうと、人は、人ならざる者でも、
 「想い」を産む事は止められないのだと。
  そう、その果てに逃れられない破滅があったとしても、だ。


  − PHANTASY STAR ONLINE −
        【ふたり】


  ……メイ……

  メイフォアの意識は急速に覚醒した。
  まるで深海から一気に海面へと浮上したかのように、唐突に。
  誰かに呼ばれた様な気がしたから。
  でも、誰が?
  だけど、今だまどろみを引き摺る脳細胞はその答えを容易には教えてくれない。
−メイフォア様おはようございます。朝食の用意ができました−
  毎朝、そんな決まり文句を聞かせてくれた世話役の黄色いキャシール?
  違う、彼女は今…壊れている。壊されている。
  なら…”あの人”?
  それも、違う。
  あの人は、今ごろわたしを探してくれているかもしれないけど、ここにはいない。
  間接的にとはいえ、別れを告げてきたのだから。
  それに、本当に大事な人を見つけてしまったあの人にとって、わたしは二の次のはず。
  ほんの少し前まで、その事を思うと心が千切れそうな程痛んだものだけど、
 今ではそうでもない。
  わたしもまた、心寄せる人を、心寄せてくれる人を探し出せたのだから。
「メイ……」
  また誰かがわたしを呼んだ。今度は肉声で。
  苦しげな肉声で。
  そこで意識が漸く完全に覚醒した。

「ノヴァ……!?」
  すぐ隣りも見えないような暗黒の中、体を預けていた冷たい無機質の壁から
 跳ねるようにして起き上がる。
  その時、何処か遠くで発生した放電の光がここにまで届き、
 すぐ横で同じ様にして寝ていた者の姿を刹那の間照らし出す。
  それは少女。
  背丈はメイフォアより少し高いが、ずっと年下の子。
  同じ悲しみを定められて生まれてきた子。
  名はノヴァ。NEI experiment No.13 個体名「Nova」
  遥か遠くの”伝説”に準えた名を持つ子。
  そのノヴァがメイフォアの横で、苦悶の表情を浮かべていた。
「メイ……メイ……メイ……」
  うわ言で呪文の様にメイフォアの名を繰り返しながら。
「わたしは……ここ……。だから……頑張って……」
  メイがその白魚の手を重ねてやると、ノヴァも無意識にその小さな手で
 力強く握りかえした。
  それと同時にうわ言は鳴りを潜めたが、苦悶の表情は和らがない。
  メイは左手はそのまま握らせておき、右手でノヴァの頬に触れてみた。
  火照った頬から手を滑らしてゆき、粘ついた寝汗で額に密着している
 その名の様に真紅の前髪を静かに払ってから、苦しみに皺寄せる額に手を当てる。
「凄い……熱……」
  そこは頬以上に火照っており、異常とも言える体温だった。
  人は体温が42度以上となると、その身体を構成する蛋白質が硬化し、必ず死に至る。
  それは人間、ヒューマンから派生したと言えるニューマンでも同じ事だ。
  今のノヴァの体温は、その限度ぎりぎりに近いと感じられた。
  その生まれ故に病弱なメイフォアでさえ、ここまでの発熱の経験はない。
「ごめんね……」
  メイフォアは一度ノヴァにそう断っておいてから、握らせていた手を放させる。
  途端に再びメイフォアを呼ぶうわ言が始まった。
「メイ……! メイ……、メイフォアッ!」
  その痛苦の叫びに心揺るがされたメイフォアだったが、
 きゅっと口元を結んで自らの痛心を押え込み、敢えてそれを無視した。
  すぐ隣りから聞こえて来る求めの声を聞きながら、自らの上着の左袖、
 その付け根を口で固定しておいてから一気に右手で引き千切る。
  そうして作製した布切れに向けて念を込めてテクニックを使用する。
  右手で下げた布切れに、左手の人差し指と中指を揃えてつくった”剣指”を突きつける。
「バータ……!」
  それは冷却系下級テクニックのバータだった。
  だが、通常使用されるそれと違い対象物を貫通する事なく、
 対象物のみに絡み付くようにして発動している。
  テクニックの術式を熟知していれば、こういう芸当も可能となる。
  ”魔術”が起源となっているテクニック故に、極めれば数々の応用が可能となるのだ。
  尤も、一瞬を競う実戦闘の最中では精神集中が難しく、
 今のメイフォアでは実戦投入できるものではない。
  兎も角、こうしてバータを一個所に凝縮させる事によって、
 その密度と冷気を飛躍的に高める事が出来る。
 右手が下げていた布切れは既に氷塊に覆われていた。
  一先ずの作業が成功した事に安堵の息を漏らすメイフォアだったが、
 横で苦しんでいるノヴァの顔を見るとすぐさま表情を固くして、次の行程に移行した。
「……フォイエ」
  次に使ったのは、火炎系下級テクニックのフォイエ。
  勿論、普段の様に人の頭程の火球を作り出すのが目的ではない。
  その際に瞬時にして発生する熱量をじわじわと放出する様にその属性を変更する。
  そうして、左手から放出された熱は布切れを覆っていた氷塊を、
 ゆっくりと溶かしていき、僅かの間にそれを冷水へと変えさせていた。
  メイフォアはその冷水をたっぷりと含んだ布切れをノヴァの額に乗せてから、
 慌てて両手で彼女の手を握り締める。
  何かを求めるように蠢いていたノヴァの手が、求めるものを探し当てたのだろう。
  すぐさまそれを強く握りかえす。もう離さないという意思表示でもあるかのように。
  ノヴァが落ち着いた寝息を発て始めるのに、それから然程の時は必要とされなかった。
  その満足げな、微笑さえ浮かぶ顔をじっと見守っていたメイフォアの顔にも、
 伝播するように微笑みが浮かぶ。
  だが、その微笑もすぐに心痛に歪められ、悲傷に飲み込まれた。
  ”強襲型 近接戦闘ユニット”として”造られた”ノヴァは、
 更に”短期決戦用”という属性を与えられた故に、異常な速度で、
 通常のニューマンの更に数倍から十数倍の速度で成長したものの、
 その反動でか、それ以上の速度で体細胞が朽ちていくという宿命を背負わされている。
  そう、戦闘力のピークを既に迎えたノヴァは、その朽ちていく過程の真っ最中なのだ。
  この発熱さえその片鱗の一つに過ぎない。
  生きながら腐っていく。その痛みと苦しみは想像だに出来ない。
「ノヴァ……」
  救いたい。その想いが名を呼ばせた。
  当然返事はない。
  唯、反射的により強く握りかえして来るだけ。
「ノヴァ……」
  もう一度名を呼んだ。
  返事が来ないのは分かっている。
  しかし、呼んで欲しい。触れて欲しい。不安になるから。
 このまま消えてしまいそうで恐いから。
  思えば、ノヴァと出会ったのはそんなに昔ではない。
  つい最近とさえ言える。それまで互いに、お互いの”養父”よりその存在を
 知らされてはいたものの、実際に顔を付き合わせてからまだ一月も経っていないだろう。
  それなのに、もう離れられない程に強く強く、心惹かれている。
  心身が激しく、求め合っている。
  それは、互いに欠けたピースを補い合うかのように。
  振り返れば、嫉妬心から自分を見失いさ迷っていた時に、
 二人その生まれ持った”本性”を解放し、本気で殺し合った事もある。
  世話役の黄色いキャシールを破壊し、”あの人”の想い人を
 殺害しようとしていたのを知り、一時は彼女を憎んだ事もある。
  しかし、それら全てがノヴァ自身の為でなく、メイフォアの為、
 それだけだったと、メイフォアの幸せだけを願い、何の見返りも求めずに
 その短い生をより縮めてまで戦っていたのだと知った時、応えたいと思った。
 その激しい”想い”に応えなければと、否、メイフォアもまた、
 ノヴァに幸せになって欲しい。
 幸せにしたいと思う様になったのだった。
  そう、唯、傍にいたい、ではなく、支え合いたいと思うように。
  それはかつて、”あの人”に対して抱いていた感情とは似て非なる想い。
  守られるだけでなく、守りたい。守られ、守りたい。
  二人で、ずっと一緒にいたいから。
  同じ時を歩み、同じ苦しみを味わい、同じ喜びを分かち合いたいから。
  以前、ノヴァがメイフォアに告げた言葉が思い出される。
「いつだってあたしの願いは一つ。唯、お前の笑顔が消えない事。
唯、お前が幸せである事。これは譲れない願いなんだ」
  それはメイフォアにとっても同じ事だった。
  ノヴァの笑顔がもっと見たい。
  ノヴァにもっと幸せになって欲しい。
  ノヴァにもっと、愛して欲しい。
  これはメイフォアにとっても、譲れない願い。
  だけど、それを実行するにはまだメイフォアは弱かった。
  体が、技術がではなく、その心が。
  守られる事に慣れてしまっている、その心が。
  だから、メイフォアは強くなろうと決心している。
  少なくとも、自分とノヴァだけは守れるぐらいに強くありたいと。
  だから……今、敢えてメイフォアはノヴァの傍を離れた。
  ノヴァが落ち着いたのを確認してから、起こさないようにそっと立ち上がり、
 狭い通路を記憶と手探りを頼りに進む。
  そこから幾つかの梯子を昇り、固く閉じられたメンテナンス用ハッチを開いて、
 上層部へと出る。
  と、同時に眠らない街の灯かりが瞳に飛び込んできて、メイフォアは目を細めた。
  先程まで居たのは、パイオニア2最下層部、そのメンテナンス通路。
 倉庫や機関部が集中している為に、人も滅多に近寄らず、
 隠れるにはもってこいの場所だった。
  先日、ノヴァが市民権をもつ一人のアンドロイドを破壊し、
 また一国の王女を殺害しかけた事により追われる身となっている為に、
 今彼女達はこの近辺に身を潜めていたのだ。
  当然、隠れるに適した場所であるから追う方も、執拗にこの近辺を
 探っている様ではあったが、小柄な彼女達は隠れる事が出来る場所が多く、
 まだ発見されるには至っていない。
  だから、メイフォアは眠るノヴァを置いてこれたのだ。
  だが、だからといって安心できる訳ではない。
  早く目的を果たして、彼女の元に戻らなければならない。
  メイフォアは周囲を確認し、見られていない事を確認するとハッチから体を出して、
 改めてそこを閉じた。
  そこから暗がりを選びながら、街の方へと小走りに駆けていく。
  この一体の市街地は、上層のそれと違い、一日の半分を人工の太陽が照らす事もない為に、
 身を隠せる暗がりも多く、メイフォアはすんなりと進む事が出来た。
  そういえば、メイフォアと再会する前の”あの人”もこの近辺に住んでいたと聞いている。
  劣悪な環境故に、住居の料金も安いからだとか。
  その事を思い出したメイフォアはふと足を止めて、周囲を見回した。
「ここに……住んでた……」
  ”あの人”との想い出が脳裏に蘇り、郷愁にも似た想いが胸を焦がす。
  だが、すぐに頭を振ってそれを振り払う。
  今考えるべきなのは、昔の事じゃない。今の、そしてあの子と迎えたい未来の事だから。
  メイフォアは改めて、自らの頬を叩いて感情を入れ替えると、再び歩を進めた。

  目的の物は意外と早く見つかった。
  立ち並ぶビル、その一つの一階にひっそりと店を構えているパン屋。
  そこから流れて来る、焼き立てのパンの香ばしい匂いがメイフォアを呼んだのだ。
  駆け寄り、ショーケースを兼ねたカウンターから奥を覗き見ると、
 そこには小太りの白衣を着た中年の男が椅子に座って、TVに見入っていた。
  彼はすぐにメイフォアに気付いたが、一瞥をくれただけですぐにTV観賞に戻る。
  逃亡生活の為に薄汚れた姿となっているメイフォアを浮浪児だとでも思い、
 冷やかしだと判断したのだろう。
  油断なくメイフォアの動向を探ってはいるが、その意識の半分はTVで流されている
 往年の名作ドラマのリメイクに行ってしまっている。
  メイフォアはその事に微かに苦笑しながらも、店主に構う事無く、
 ショーケースの中に並ぶ数々のパンを物色し始めた。
  無愛想な店主だが腕は確からしく、一目で美味しそうだと分かるパンが
 たんまりと陳列されている。
  本当はもっと、栄養価の高い食べ物を病床の身であるノヴァに食べさせてあげたいのだが、
 追われる身である以上、手持ちのお金だけで当座を凌がねばならないし、
 何よりノヴァからあまり離れたくなかった。
  だから、メイフォアはここで買っていく事に決め、並ぶパンのうち、まず一つを決めた。
  それは、二枚の食パンの間に肉と野菜を挟み込んだサンドイッチ。
「あの……これ……ください……」
  メイフォアがショーケースの外から希望の物を指差して、購入を申し出る。
「カネ」
  それに対する店主の返事は簡潔なものだった。持ち逃げを考慮しての事だろう。
  言われてから、それに気付いたメイフォアは慌てて財布を取り出して、そこで固まった。
  もう、残金が少ない。メイフォア名義の口座を利用できればまだあるのだが、
 残念ながらそれは利用できない。
 例え、口座が封印されていなくてもお金を引き出す事は自分達の大体の居場所を
 教える事になる。それだけは避ける必要があるからだ。
  そうやってなかなかメセタを払おうとしないメイフォアを店主が不審そうに睨み付ける。
  ここで不必要に怪しまれる訳にもいかないので、メイフォアは素直にメセタを支払った。
「ほらよ」
  代金を受け取った店主は無造作にショーケースの中からサンドイッチを取り出して、
 ショーケースの上に置いた。
  メイフォアは軽く会釈してそれを受け取り、もう2、3個は欲しいと再びショーケースへと
 視線を移した。
  だが、それまでメイフォアに対して無関心であったはずの店主がやけに自分に視線を
 注いでいるのを感じたメイフォアが怪訝に思い顔を上げ、そして驚愕に目を見開いた。
  ドラマを流していたはずのTVは何時の間にか、その画像を変え、ニュースになっていた。
  そして、その中で指名手配犯として、ノヴァとメイフォア、
 そしてメイフォアの知らないもう一人の男の顔が流れていたのだ。
  店主は画面とメイフォアの顔を見比べて、胡乱な眼差しを彼女へと送ってきている。
  メイフォアは青い顔をして、一歩下がり、二歩下がり、店主がなにか行動を起こす前に
 くるりと踵を返してその場を逃げ出した。
「帰らないと……ノヴァ……!」
  置いてきたノヴァの事が気掛かりとなったメイフォアは、来た時とは違い一直線に
 元来た道を駆け戻った。
  だが、その道程はそう優しくはないようだ。
  上空から何かが急速に接近してくる飛行音を聞いたメイフォアが見上げると、
 彼方から幾つもの影がこちらに飛んできていた。
  それは瞬く間に、メイフォアの上空まで辿り着くと彼女を囲む様にして着地した。
「ギルチックタイプ……!」
  飛来してきたのは、鋼の人型。ラグオル地下の坑道で多数目撃されているそれと同一のタイプ。
  だが、パイオニア1で製造されたと思われているそれと違い、ここパイオニア2で
 警備目的で配備されているタイプは長距離高速移動モードとして飛行する能力を有している。
 また、それを併用した高速戦闘モードはパイオニア2に潜む犯罪者にとって恐るべき存在であり、
 彼等からは”狩人”として畏怖されていた。
  そのギルチックタイプが四体、メイフォアの四方を囲むようにして飛来した。
  恐らく先程のパン屋の店主が通報したものと思われた。
  逃げられないと判断したメイフォアが、愛用の武器を探して腰を探るが手応えはない。
  愛用の実刀”アギト”は唯の買い物には不要と判断して、ノヴァと共に置いてきていたのだ。
  不利を悟ったメイフォアが一歩下がるが、後ろにもギルチックタイプが控えており、
 それ以上は下がれない。
  メイフォアの額を嫌な汗が流れ落ちる。
  メイフォアがそうして逡巡している間にもギルチックタイプは徐々にその輪を狭めつつあり、
 更にはまだ増援が飛来しつつあるのが見えた。
  正に絶体絶命。たかが一人二人の犯罪者に大層な事だが、当のメイフォアには
 そんな皮肉を思う余裕はない。
  突破口を探して、周囲を見回すが特に利用できそうな物はない。
  それどころか、騒ぎを聞きつけた野次馬が集いつつあり、広範囲テクニックの連発による
 強行突破を行いにくい状況になり始めていた。
  もっと早く決断をしていれば……。そう思っても既に遅い。
  唯、自らの甘さを痛感するだけだ。
  だが、更に愚を重ねる程愚かでもない。
  メイフォアは決心すると、床を蹴って正面のギルチックタイプへと飛び掛かった。
  跳躍と同時にその両手に飛び散る雷光が生まれ、ギルチックタイプにつかみ掛かった瞬間に
 それを解放する。
「ギ・ゾンデ!」
  相手に接触する事で被害が拡散するのを抑えると同時に、威力も向上する。
  これで一体を倒して、一気に突破するつもりだった。
  だが、
「効いて……ない?」
  確かに一瞬怯みはしたものの、余程強固な絶縁をされているのだろうか、倒すには至らず、
 メイフォアはその太い鋼の腕で弾き飛ばされた。
  弾かれたメイフォアは背後のギルチックタイプのボディに、後頭部を強くぶつける。
  目眩を覚え、視界が歪むが四体のギルチックタイプが一斉に手を振り上げるのを見て、
 咄嗟に床を転がり、回避する。
  直前までメイフォアがいた床には、四つの鋼の腕が突き刺さっている。
  冷や汗を掻く間もなく、メイフォアは転がりながら起き上がり、床に腕を突き立てて
 動きを止めている四体目掛けて右手を突き出した。
「ギ・バータ!」
  メイフォアの右の掌から発せられた、小規模の極低温の風は渦を巻いて四体を包み、
 その手足を床に凍り付ける。
  それだけで倒すには至ってないが、それでいいのだ。
  メイフォアはすぐさま、踵を返してその場を離脱した。
  多勢に無勢で闘い続けるより、逃げて活路を見出そう。そういうつもりだからだ。
  だがしかし、そんなメイフォアを嘲笑うかのように、その行く手を遮るように
 四体のギルチックタイプの増援が降り立った。
  急停止し、別方向へと向かおうとすると、そこにも四体。
  振り向くと、そこにも四体。
  更に、先程凍り漬けにした四体も戒めを解いて、行動を再開していた。
  一対十六。そして、野次馬の群集の為に、広範囲テクニックは使えない状況にある。
  ”絶望”、或るいは、”死”
  そんな言葉が思い浮かんだ。
「ノヴァ……」
  もう会えないかもしれない愛しい子の名が、メイフォアの唇から呟きとなって洩れる。
  その自らの言で、助けに来てくれるかもしれないと思っている自分に気付いたメイフォアが
 頭を振る。強くなると、自分も守ると決めているのに、守ってくれると
 まだ何処かで思っていた事に気付いたのだ。
  そんな情けなさに目尻に涙が浮かび上がる。
  ノヴァはあんな状態なのに、それでも頼ろうとしていたなんて……。
  今、頑張らないといけないのはわたしなのに……。
  だが、来た。
  メイフォアの求めた人物はここに来た。
  ざわめく群集の中から、ゆらりと現われた小さな影。
  それは遠くから見ても一目で分かる鮮やかな緋色の長髪を持つ少女。
「ノヴァ……!」
  信じられないと両手で口を抑えて、メイフォアがその名を叫ぶ。
  だが、その様子はおかしかった。
  名を呼ばれたのにも反応せずに、ただ夢遊病者のようにゆらゆらと揺れながら、
 それでも真っ直ぐにメイフォアに向かって歩いていく。
 その右手では、彼女愛用の鎌、ソウルバニッシュを、
 左手ではメイフォアのアギトが納まった鞘を引き摺りながら。
  そう、ノヴァは意識も不明瞭なままでここまで辿り着いたのだ。
  高温にうなされ、満足に立つ事も適わぬような体なのに、だ。
  以前メイフォアがノヴァを知る医者から聞いた話では、既に戦闘なんか出来る状態ではないと
 言っていた。一週間前の話だ。
  その時よりも更に症状が悪化している今でも、ノヴァは来た。
  唯、譲れない願いを叶える為に。
  唯、愛しい人を守る為に。
  もう、溢れる涙を抑える事はメイフォアには出来なかった。
  愛しさと悲しさが雫となって溢れ出て、視界を歪ませる。
  しかし、その感情に浸っている暇は無かった。
  もう一人の標的、ノヴァを認識したギルチックタイプが四体、彼女に向かったのだ。
「ノヴァ!」
  目を覚まさせようとメイフォアが名を叫ぶ。
  だが、間に合わない。先にノヴァまで到達した一体がその鋼の腕を振り上げ、彼女を薙ぎ払う。
  ノヴァは声を漏らしもせずに、吹き飛ばされ床を長く滑っていく。
  しかし、すぐにゆらっと起き上がり再びメイフォアへと向かって歩き出す。
「ノヴァ! ノヴァ! ノヴァ!! お願い目を覚ましてぇ!!」
  もう一度メイフォアが叫んだ。大声を出すのが得意ではない彼女が声の限りに。
  そして、ノヴァは目を覚ました。
  瞳の焦点が合い、そこにメイフォアの姿が写る。
「メイ……?」
  状況が分からないのか、ノヴァはきょとんと目を瞬かせる。
「ノヴァ! 前!」
  メイフォアがそんなノヴァに痛ましい警告を発する。
  ギルチックタイプはまたもやノヴァに襲い掛からんとそのすぐ前まで接近していたのだ。
  しかし、ノヴァはそれよりも大事な、看過できない事象を見つけ出していた。
「メイ…? その傷は!?」
「え……?」
  言われて初めて、メイフォアは自分が血を流しているのに気付いた。
  先程後頭部をぶつけた時の傷なのだろう、血は首筋から背まで鮮やかな色を付けて
 流れ落ちていた。
「……が……か」
  顔を伏せたノヴァがぼそりと呟く。
「お前達が……!?」
  その瞳が怒りの色に染まり、
「お前達がメイを傷つけたのかぁ!?」
  緋色の長髪が激昂に逆立つ。
  ノヴァの体からその体温を発散するかのような紅蓮の炎が巻き上がり、
 彼女に肉薄しようとしていたギルチックタイプの姿勢を崩す。
  そこへ間髪いれずソウルバニッシュを構えたノヴァが突入した。
「メイの敵はあたしの敵っ!」
  ソウルバニッシュの発する赤紫のフォトンの煌きが、
「メイを苛める奴もあたしの敵っ!!」
  一本の流線となって、
「メイを傷つける奴もあたしの敵っ!!!」
  四体のギルチックタイプを、
「メイを悲しませる奴もあたしの敵っ!!!!」
  次々と切り裂いていき、
「……みんな……狩るっ!!!」
  ノヴァが駆け抜けた後で四体同時に爆発した。
  ノヴァはその爆風を追い風として、より加速する。
  この勢いのままで次はメイフォアの背後に迫りつつあった別の一群を撃破するつもりだ。
「メイーー!!」
  想い人の為に戦っているのだという高揚感が更にノヴァを後押しする。
  より速く。より強く。より激しく!
  宛も、燃え盛る一本の炎の矢の如くに!
  そして、メイフォアもまた、涙を振り払い、自らも走り来るノヴァ目指し走り出す。
  新たなギルチックタイプがノヴァの後ろから急速に接近しつつあるのに気づいたからだ。
「ノヴァ!」
  ノヴァとすれ違うコースを取りながら、右手を差し出す。
  その意図に気づいたノヴァはこくんと小さく頷いて、右手のソウルバニッシュと
 左手のアギトを持ち替え、右手のアギトを鞘ごとくるりと半回転させて逆手に持ち直す。
「ノヴァ!」
「メイ!」
  交差の瞬間互いの名を呼び合い、視線で意志を交換しあう。
  メイフォアはすれ違いざま、ノヴァの握った鞘からアギト本体だけを逆手で抜き取り、
 ノヴァはそれと同時に鞘を腰のベルトに突き刺し、ソウルバニッシュを両手で持ち直す。
  そして、二人同時にギルチックタイプの群れへと突入した。
  ノヴァは疾走の勢いを殺さずに軽く跳躍し、正面の一体の頭部を両足で蹴りつけ、
 残りの奴らがその鋼の腕を突き刺そうとしてくる瞬間にそこを足場にして、垂直に跳躍した。
  目標物を失った彼等の腕はそのまま慣性に従い、仲間を貫き、破壊する。
  その密集状態にあるギルチックタイプの中心に跳躍したノヴァが降りてきて、
 着地直前でソウルバニッシュを一閃。
  着地すると一瞬遅れて、赤紫のフォトンの煌きが円の軌跡を描き、彼等の頚部を寸断する。
  ノヴァがバックステップして場を離れるのを待っていたかのように、遅れて爆発する。
  メイフォアはノヴァから受け取ったアギトを両手で握り直し、
 切っ先が床を掠る程の下段に構えて疾走する。
 その体表を紫電が幾重にも走る。体を動かしながらの精神集中は困難なはずであったが、
 今メイフォアは不可能な事がないと思える程の力に突き動かされている。
  生まれ持った才能もあるのだろうが、何より大切な人と互いに守り合ってるという高揚感が、
 その想いがメイフォアを強くしている。
  だから、こんな芸当も可能となる。
  恐れもせずにギルチックタイプの群れに飛び込んだメイフォアは、下げたアギトを
 跳ね上げながら、自ら大きく回転し彼等の装甲だけを軽く切り裂くと、
 彼等の腕が襲い来るより早く後方へと跳んだ。
  その過程で今にもはちきれんばかりに膨張した紫電を中空で解き放つ。
「ラ・ゾンデ!」
  ラゾンデ、それは本来術者の周囲に大量の雷を放つテクニック。
  だが、メイフォアが放ったこれは違った。
  周囲に解き放たれるべき雷は幾条かの電光へと収束し、それぞれ意志を持った蛇のように
 その鎌首を浅く切り裂かれたギルチックタイプの装甲へと潜り込ませた。
  絶縁装甲を潜り抜けたその複数のギゾンデともいえる雷の蛇どもは、
 獲物の内部で存分に暴れまわり、着地したメイフォアがバックステップで離脱するのと
 同じくして連続で爆発させた。
  そうしてほぼ同時に尖兵を打ち倒した二人が、背中を合わせて次の来襲に備える。
  だが、その前にメイフォアにはどうしても聞いておきたい事が一つあった。
  それを口にするのは躊躇われたが、それでも聞かずにはいられない。
「ノヴァ……どうして……」
(来たの?)
  それは口に出さなかった。出せなかった。
  胸の奥から溢れ出す、悲しさと愛しさが口を塞いだから。
「メイが……」
(呼んだから)
  ノヴァもまた最後までは言葉にしない。分かってくれていると信じているから。
  でなければきっと来れなかったから。
「……ノヴァの……馬鹿……」
  今だって、闘えるような体じゃないのに。言葉尻の震えがメイフォアの心情を表していた。
  だけど、
「メイも、ね。一人で行くなんて駄目駄目ぷ〜だよ」
「……あは……」
  ノヴァのおどけた口調に思わず苦笑が洩れた。
  つい一瞬前まで抱いていたしんみりとした感情を吹き飛ばすような苦笑が。
「きゃははっ」
  ノヴァもまた吊られて朗らかな笑い声を挙げた。
  殺伐としているはずの戦場で、その一瞬だけその場だけに穏やかな空気が訪れた。
  触れ合った背中より伝わる温もりが、傍にいる今を実感させる。
  二人はそれを目を閉じて存分に噛み締めたあと、
「行くよメイ!」
「うん!」
  新たに迫り来る敵目掛けて駆け出した。


  それから暫くして、二人は再び暗いメンテナンス通路に戻ってきていた。
  ギルチックタイプは殲滅したものの、今度は人間のポリスがやってきた為に逃げ出したのだ。
  既に包囲網は解けていたし、二人が協力して放った連続ギフォイエによる”炎幕”のお陰で随分
と楽にここまで戻る事が出来た。
  その、荒くなった息を二人並んで整えている時にノヴァがメイフォアに笑いかけて言った。
「殺った、ね!」
「あは……」
  その一点の曇りもない笑みに勇気づけられたメイフォアの顔にもまた笑顔が浮かぶ。
「うん……やった、ね」
「うんうん、殺った殺った! きゃはっ、あはははははは!」
「ふふ……あははは」
  二人頬寄せて笑い合う。
  どんなに苦しくても、こうした一瞬があるからこそ進んで行ける。
  明日を信じて生きて行ける。
  焦げたパンを分け合うように、苦しみも悲しみも、喜びも全て分かち合おう。
  一人では無理でも、二人ならきっと出来るから。
  その為に二人ここにいるのだから。

  焦げたパンを分け合い、人心地ついた頃メイフォアはノヴァに休むように言おうとしたが、
 それよりも早くノヴァはメイフォアの小さな肩に頭を乗せて眠りに就いていた。
  メイフォアをまた一度守れた事に満足したのか、先程と違い随分と安らかで満ち足りた笑顔で。
  その唇から寝言が洩れた。
「守るから……あたし、メイを絶対に守るから……」
  微笑みでそれを聞き入れたメイフォアは、愛しい子の頬に口付けてその耳朶に返事を流し込んだ。
「わたしも……、ノヴァの事……、守る……」
  そしてメイフォアもまたノヴァに持たれるようにして目を閉じた。
  明日を信じて。
  きっと明日は今日よりも良い日になると信じて。
  この幸せがずっと続くと信じて。
  お互いに支え合うようにして、明日を夢みて眠りに就いた。

  それは、ラグオル地下遺跡にて、「ノヴァ」と呼ばれた個体がその名が示す通りに短く、
 凄烈な生涯の幕を降ろす僅か一週間前の事である。

  【了】

  著  MIB
  メイフォア監修 OKEYUKIさん

  
 

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