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 【残された欠片】


 ゼロは確かに悲痛な叫びを聞いた。
 だが、その空間の空気を振動させるそれが、自分の発したものか、
それともサクラのものだったのか、エンジェルのものだったのか。
 それが分からなかった・・・。
 「なんで・・・・ こんな事に・・・」
 言葉にしてみてゼロの記憶がフラッシュバックする。この場所に
来るまでのほんのわずかな冒険の思い出が脳裏をよぎる。
 黄色い一人のキャスト、ロボ-9。
 自分やエンジェルが挫けそうになるたびに、そいつは馬鹿みたい
に明るく元気付けてくれた。
 キャストにしては小さめのボディで戦いの中を駆け回っていた。
 とぼけた事を言うこともあって。
 じっと、何かを見ていることもあった。
 その全てが、たった一つの事実に突き当たって、そいつは悲劇の
幕開けとなった。
 ゼロの白い強化スーツにポツリと頬を伝わった涙が落ちる。
 『これは予想外でしたね。まさか、倒してしまわれるとは』
 壊れたモニターに囲まれた空間に、スピーカー越しの男の声が響く。
 「ふざけないで・・・・」
 ずっと、唇をかみ締めていたサクラが言葉を搾り出す。握られた
拳が白くなるほどの怒りをうちに宿したその言葉に、男の声は至極
真面目だった。
 『いえいえ、賞賛に値します。あなた方は私どもの思っていたよ
りも、高額の商品だったようで』
 「BPもあんた達も、命を何だと思ってるのよ!」
 サクラが赤い髪を振り乱して叫ぶ。
 「ロボさんを、返してくださいの・・・・」
 床にちらばった機械の破片を抱くようにしてエンジェルは涙声で
訴える。
 『まあ、今回は引きましょう。まだ刈るには早いようですしね』
 ぶつりと一方的に音声が途切れる。
 やり場のない怒りと悲しみがその場にみちる。
 「ロボさん・・・」
 エンジェルの胸に抱かれた部品は、撃破したボルオプトタイプの
ものだった。
 だが、それにはここまで共に戦ってきたロボ-9が組み込まれてい
たのだ。
 いや、正しく言うなればそれこそがロボ-9。とぼけたヒューキャ
ストの正しい姿だったのだ。
 「やだ。いやですの。いやぁぁぁぁ・・・・」
 涙を流し、大声で叫ぶエンジェルの悲痛な姿に、ゼロもサクラも
声をかけることが出来ない。
 「ロボは何も知らなかった・・・ だから、壊せって・・・・」
 ゼロの声が震える。さっきから涙がとまっていないのがわかる。
 生き残るため、望まれたため・・・ だが、戦友を壊したのは、
いや、殺したのは自分だという事実が、重く重くのしかかる。
 突然また、耳障りな音と共にスピーカーに電源が入る。一瞬、緊
張して武器に手をかけるサクラの耳に届いたのは雑音混じりの酷く
聞き取りにくい声だった。
 ・・・ ネットワークの海に・・・ 欠片・・・
 「ロボさん!!」
 エンジェルが驚いたように顔を上げる。聞き取りにくいその声は
確かに、ロボ-9の声だったように思えたのだ。
 「ネットって・・・」
 「もしかしたら、ネットワークを使って人格部分を逃がしたのかも」
 一つの可能性に思い当たり、サクラは呟く。
 「本当ですのロボさん!?」
 だが、エンジェルの呼びかけに答える者はない。
 「ど、どうすればいいんですか」
 涙をぬぐって戸惑ったようにゼロは言う。
 「とにかく、ここを抜けましょう。ナギさんやウォンさんなら、
何とかできるかもしれないわ」
 サクラはできるだけ冷静に言うと、ゼロとエンジェルを促した。


 「なるほどね。製作者不明とは言っていたが、人身売買組織の偵
察用だったとはね。人格プログラム関連が、未熟なのは単なるフェ
イクだったからか」
 フォニュームであるウォンはサクラ達から事情を聞いて事態をそ
う理解した。実際それがほぼ真実であることは、同様にここに呼ば
れたフォニュームのナギも理解できた。
 「そして君たちは戦いの後で、声を聞いたわけですね。ネットワ
ークの海、欠片、ふむ」
 ナギの言葉にエンジェルが頷く。
 「それがロボ-9の言葉であるのなら、サクラさんの考えた"可能
性”はあながちはずれではないでしょうね」
 「なら、助けてやれるのですか? あいつを」
 ゼロは伏目がちな瞳に希望の光をともしてナギを見つめる。
 「可能性は残されています」
 真っ直ぐにその瞳を受けて答えるナギにウォンが呆れ果てたとい
う表情を見せる。
 「本気か? もはやネットワークは海なんて可愛らしいものじゃ
ないんだぜ? そこからたった一人のキャストの人格の欠片を探す。
はっきり言えば現実的じゃないぞ」
 「やはり無理なの?」
 サクラは半ばその言葉を予想していた。ウォンの言う通り現実的
に考えれば、あまりにも手がかりは少なく、あの言葉が、真実であ
るのかすらわからないのだ。
 「そんな・・・・ そんなの・・・」
 エンジェルが嗚咽を漏らすように呟く声が響く。だが、ナギは動
じた様子もなく、視線を合わせるとその頭をなでてあげる。
 「大丈夫です。ネットワークの方はなんとかしますよ。だから泣
かないで」
 「確かにアンタはただもんじゃないだろうが。それでも今回は無
理だって」
 明後日のほうを向いてウォンは両肩をすくめて言う。
 「そんなふうにやりもしないうちから、諦めるような言い方はよ
くないですよ!」
 ゼロにしては珍しく語気を荒げると、エンジェルも嗚咽を交えて
それに続く。
 「あ、あの時・・・ 一緒にた、戦ってくれた、のに・・ ウォ
ンさんが、そんなこと、いうの・・・ やですのぅ」
 「現実を見なくちゃ生き残れないぜ。それにな、あーっと、あの
ときが特別! おかしかったんだから、俺にそういう優しさとかを
求めるのは、勘弁してくれ」
 ゼロとエンジェルにじれったそうに言い放つウォンにナギは静か
な視線を向ける。
 「なんだよ・・・」
 その視線に気圧されてるような気がして。ウォンは短く言い放つ。
 「いえなにも。ところで、ウォンさんにも手伝っていただきたい
ことがあるのでは?」
 ナギは笑みをウォンからエンジェル達に向ける。
 「あっと、ロボさんの身体が・・・」
 促されて言いかけたエンジェルの言葉にウォンがぎょっとする。
 「まさか、俺にボディを造れっていうんじゃないだろうな! い
くらなんでも無茶言わないでくれ。キャスト一体のボディなんて、
いくらかかるかわかってるのか? 誰が費用を持つんだよいったい」
 ウォンは疲れ切った顔でサクラ、エンジェル、ゼロを順に見回す。
 「費用は、何とかしてみるわ」
 「そうですよ。ちょっと時間はかかるかもしれないけど、ちゃん
と返します」
 サクラとゼロの言葉にエンジェルもこくこくと頷いてみせる。
 「俺の忠告は聞いてなかったのか? たとえボディが出来たって
・・・」
 「賭けますか?」
 なおも言いつのろうとするウォンの言葉を遮ってナギが聞く。
 全員がきょとんとナギを注目すると、相変わらずの涼やかな笑顔
で続ける。
 「もし、一週間でロボ-9の言った欠片を見つけることが出来れば、
あなたはただでボディを組み上げるというのはどうです?」
 こともなげに言ったナギの言葉にウォンは楽しそうな表情で肩を
すくめた。
 「いいぜ。あんたが負けたらなにをしてくれる?」
 「あなたの元とでバイトでもしましょうか?」
 「一年。それで手を打とう」
 完全に二人で話を進める様にはっと気づいてサクラが慌てて申し出る。
 「そんな。ちゃんとお金は何とかしますから、ナギさん。そんな
賭はしなくても・・・」
 ナギは先ほどのウォンの時と同様にサクラの言葉を止めるように、
小さくささやく。
 「まあまあ、せっかくウォンさんがあなた方に協力する理由が出
来たんですから、そっとしておいてください」
 「どうゆうことなんです?」
 困惑顔で話に加わるゼロにナギは珍しく子供のようないたずらっ
ぽい笑顔を見せる。
 「素直じゃないんですよ。だから、賭に負けたっていう理由を付
けて上げれば、ウォンも快く協力出来ると言うわけです。表面上は
いやいやを装ってね」
 「よ、よくわかりませんの」
 エンジェルがまだ困惑顔でいるが、自分を残して円陣を組むよう
にこそこそと話すナギ達にウォンがやれやれといった様子で声をか
ける。
 「へ、一週間だぜ。のんびりしてられるのか?」
 それは挑発的というよりはどこか、心配げな響きを含んだ呼びか
けのように聞こえて、サクラはくすりと笑ってしまった。


 一週間。
 それはわずかな時間に思えた。
 だが、そのわずかな時間でサクラ、ゼロ、エンジェルは思いつく
限りのハンターズ仲間に連絡を取った。それぞれの端末にほんのわ
ずかでも、何らかの異変がなかったかどうか。
 ナギはそれこそが必要な上だと三人に頼んだのだ。ロボ-9の言葉
が真実であったなら、その欠片には意志が、方向性があるといった。
生き残るための再会のための意志が。
 ナギはそこから、広大なネットワークに埋もれた欠片を引き上げ
たのだ。一週間以内で。
 嬉しそうに報告に行ったエンジェルにウォンは渋い顔をした。
 「ち、しかたねーな。組むのもめんどくさいし、倉庫に眠ってた
のが・・・」
 ぼやきながらナギが示したのは倉庫の奥に眠っていたとは到底思
えない立派なキャストのボディであった。
 「ありがとーですのーーーー!!」
 ナギの言葉の意味が意味が実感できてエンジェルがウォンに抱き
ついたのは言うまでもない。

 それからしばらく、ナギはウォンの店に通うことになった。最終
的な調整には、サクラ達が予想したよりもずっと時間がかかったのだ。
 「欠片か・・・ ほんとに、それで精一杯だったんだな・・・」
 ウォンは作業台の上に横たわる、自らの渾身の作品であるキャス
トのボディを見つめる。まだ、補助電源がつながれただけの状態で、
自立稼動はしていないが、明日にはサクラ達と再会を果たすことに
なっている。
 「しかたありません。こればかりは・・・・」
 今日はさすがに泊まり込んだナギが少し寂しげに微笑む。いかな
る卓越した技術を持っていても、無いものを探し出すことは出来な
い。ネットワークに逃がされたロボ-9の人格は、完璧なものではな
かったのだ。
 「やっぱり、補完はしないのか?」
 ぼんやりとウォンは聞く。ナギほどのプログラム知識があれば、
以前のロボ-9に近い人格を補完することが出来るだろうと、ウォン
には確信がある。
 「それは、出来ないよ・・・・」
 一瞬、ナギの瞳が曇る。なにか、心の深淵がのぞき見えた気がし
てウォンは「そうか・・・」と短く応えるだけだった。
 時間はゆっくりと、だが確実に進んでいく。

 「ウォンさーん、ナギさーん!」
 真っ先にエンジェルが駆けてくるのが見える。結んだリボンがを
揺らして、息を切らして走り込んできた少女は、瞳を輝かせて二人
を見上げる。
 「二人は?」
 ナギに聞かれるとエンジェルは振り返ってずーっと先を指さす。
その先にサクラとゼロが走ってくるのが見えた。
 「じゃ、呼んでくるか・・・」
 ウォンはつぶやくと、店の方へときびすを返した。

 数分後、ウォンと共に現れたのは白いヒューキャストだった。
 身長は以前と同じくらいだがボディーカラーの他に、頭部パーツ
がだいぶ変わっている。サクラたち素人目にはよく分からないが、
おそらくはセンサー部分が角のように正面に伸びている。
 「ロボさん!!」
 エンジェルは外見には構わず問答無用でそのキャストに抱きつく。
外見の変化よりも、つながった心が大切なのは身に染みて知ってい
るからだ。
 疑似体温と、廃熱のためにわずかに人肌より暖かいそのボディの
感触にエンジェルは瞳を潤ませる。
 サクラも、ゼロも、その姿に安堵の表情を浮かべる。
 キャストの無骨な手がおずおずとエンジェルの頭をなでる。
 「懐かしい・・・ 感じ・・・・」
 表情のないキャスト特有の顔をナギやウォンに向けて、そのキャ
ストはそう口にする。
 「ロボさん?」
 わずかに、違和感を感じてゼロが声をかける。キャストはその声
に応じるように顔を向けたが、それだけで、言葉をかけては来なか
った。
 「完璧じゃないんだよ。ロボ-9は真実を言ったんだ。あいつは、
ほんとにかけらしか、一番大切な部分しか逃がすことが出来なかっ
たんだ」
 ウォンがはっきりとわかる寂しげな瞳で告げる。
 抱きすくめられたままのエンジェルも、立ちつくすサクラもゼロ
も、言葉が出なかった。
 「私達のことは覚えていないと言うことなのですか?」
 サクラがやっと聞くとキャストがそちらの方に顔を向ける。
 「名前は、覚えてないと思います。ただ、どこかで、懐かしさと
か、愛しさとか・・・ そう、本能的な感情みたいなものを覚えて
いるようなんですよ。自分の名すら忘れていながら・・・」
 ナギは出来るだけ冷静に事実を告げる。心の奥で痛むものがあっ
たが、それは無理矢理に押さえ込んだ。
 「ロボさん。名前、覚えてないの? エンジェル達のことも、覚
えてないんですの?」
 抱きすくめ、頭をなでられながらエンジェルは聞いてみる。
 「はい、自分の名前もメモリーされてないです。 あなた方の名
前もメモリーされておりません」
 キャストは答える。だが、サクラも、ゼロも、エンジェルも言葉
が出なかった。
 「ですが、風に揺れるこのリボンと、あなたの白い姿と、燃える
ような赤い髪を、わたしは知っているような気がしています・・・・
 おかしな事ですが・・・」
 キャストは順に、抱き寄せたエンジェルと、ゼロと、サクラに顔
を向けていく。
 「ロボさん・・・・・・・」
 エンジェルはそのか細い腕でぎゅっとそのキャストを抱きしめて
上げる。ただただ必死に・・・。
 嬉しさと、悲しさの入り混じった沈黙がしばし続く。それを打ち
破ったのはウォンの声だった。
 「さて、こいつの存在証明登録をしないといけないんだが、以前
と同じ名前や登録ナンバーはまずいだろうから・・・」
 ウォンは順にサクラたちに視線を向ける。
 「新しい姿同様、新しい名前がいるぜ。無用なトラブルを避ける
ためにもな」
 「ロボさんはロボさんですのよっ」
 エンジェルが抗議の声をあげるが、ウォンは首を横に振る。
 「以前と同じ名で仕事を続けるのか? 敵の組織の網にかかれば、
怪しまれるかもしれないんだぜ?」
 そういわれてしまっては、エンジェルもそれ以上抗議できない。
 「新しい名前ね・・・」
 呟いたサクラはしばし考えてから、頭をふるふるとふっている。
どうやら、自分でも照れるような名前を思いついたらしい。
 「InNoCent… InNoCent-9っていうのはどうでしょうか?」
 「なるほど無邪気な人・・・ もしくは無罪なる者。といったと
ころですか?」
 ゼロの言葉にナギが感心する。サクラやエンジェルもその名は、
白いヒューキャストにとても似合う気がした。


 後日、ナギの手続きによってハンターズギルドに、また一人のハ
ンターが登録された・・・・。



<注釈>
★今回もリプレイ形式でなく後日談です。
★今回は特にRPに参加されていなかったウォンさん、ナギさんをSSで使わせていただいています。ありがとうございました。★InNoCent-9は表記上はI9(Robo)となっております(笑)

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