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2002. 11. 25
職場で流しっぱなしのFMの、午後の番組の特集が、今日は『クリスマスツリー』だった。
クリスマスまであと1ヶ月を切って、これからが本番の、主にお台場周辺のツリーをいくつかピックアップして、その大きさや雰囲気、オーナメントまで、本気で「うわちょっと見てみたい」と思わせるような紹介をしていた。
が。
ナビゲーターの仰ることには。
「こちらのツリー、願い事をすると願いが叶うそうです」
とか。
「こちらのツリーは、メッセージを書いてツリーに飾れば、後日それを、サンタクロースにゆかりのあるイタリアの教会に届けてくれるそうです」
とか。
…………待て。
いつからそんな日になったんだクリスマス?
願い事を書いてつるせば願いが叶うって、七夕の笹や神社の絵馬掛けじゃないんだからクリスマスツリー(^^;;;)。
ごちゃまぜもここまで来るか現代日本…………
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2002. 11. 22
先日の健康診断の結果が出た。
身長体重はほぼ不変なのでざっとも眺めず素通りして、総合判定Bもいつものこと。血圧低めで診断結果がBなのも例年通りで、面白がって他の検査結果の数値を眺めていたのだが。
いつも出ないところにB判定が出ていたのだ。
血液。
それも中性脂肪。
見れば、女性の標準値が32〜7・80のところ、今年は25しかない……去年は普通に51だったにもかかわらず。
(何で?)
不思議に思って他のデータを辿って、最後に身長体重に戻ったら。
…………体重、3kg、落ちてました(^^;;;)。
引っ越しにまつわるあれこれに、親父殿に関するあれこれと、引っ越してから伸びた歩行距離。
さあ、原因は、どれだ!?(……つーか全部だろ……)
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2002. 11. 21
今年の獅子座流星群、残念ながら日本ではあまり数は見られなかった。
そもそもピークと予想される時間帯が日本の日中や夜早い時間だった上、満月直前の明るい夜。天気にも恵まれず、普段より少し多い程度の出現に終わった。
去年のあの降るような流星の雨など望むべくも、なかった。
次にあれほどの流星雨が見られるのは、早くても30年後。
これは獅子座流星群の母彗星であるテンペル=タットル彗星が、33年周期で太陽に接近するからだ。
30年後のその時に、生きてまた夜空を見上げられればいい。
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2002. 11. 17
日米野球最終戦=松井秀喜の巨人軍選手としての最後の公式戦。
松井は今月あたまにFAでメジャー挑戦を宣言したので、『日本プロ野球リーグの選手』としてはこれが最後の試合になるのだ。
高校生の頃からその活躍を知っている松井が、10年のジャイアンツ生活を経てメジャーへ行く。
ついつい
「あれから10年経ったのか」
などと、感慨を覚えてしまう。の、だが。
もっと衝撃だったことを思い出した。
今年、現在流通している紙幣を2004年に刷新する旨が発表されたが、その時。
ちょっとショックだったのだ。
現在流通している紙幣が、その発行から既に20年経過しているということが。
聖徳太子が福沢さんと新渡戸さんに、伊藤博文が漱石先生になった時にはそりゃ私だって子供だったが、いざ『20年』と数字を言われると、
「もうそんなにもなるのか」
と、つい思ってしまうのである。
さあ、これにやはりショックを受けたと名乗り出てくれる同士はいないか?(笑)
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2002. 11. 13 義経千本桜 狐忠信
e+の得チケで、市川猿之助監修の二十一世紀歌舞伎組公演『義経千本桜』忠信編を、翠條さんと見てきた。二十一世紀歌舞伎組は、市川右近、市川笑也ほか、市川門下の若手を集めて猿之助氏が結成した劇団である。
上演されたのは、伏見稲荷鳥居前の場、続いて吉野山の場、最後が川連法眼館の場の二幕三場で、いずれも主役は佐藤忠信に化けた源九郎狐だ。
チラシやパンフではどう見ても『男』な女形の、静御前が見事可憐だったり、身軽に動く右近さんに「ああ、ダイエットしたのかなぁ」と思ったり、早変わりや落としを使ったあっと言う間の大移動に感嘆したり、アクロバティックな動きに目を瞠ったり。
歌舞伎は江戸時代の一大エンターテイメントだったのだ、と納得出来る楽しさだった。
惜しむらくは、これが私の初歌舞伎だったこと。
どこが猿之助さん独自の演出で、どこが本来の『古典』に倣った芝居なのかが、判ればもっと楽しめたに違いない。
右近さんの狐忠信を楽しみながら、「絶対ちゃんと歌舞伎座で歌舞伎を見よう」と心に誓った夜だった。
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2002. 11. 11 はじめてのばりうむ。
毎年恒例の職場の健康診断。
今年は胃のレントゲン撮影をするため、生まれて初めてバリウムを飲むのだ。
人から色々聞いていたのでどんなものかとちょっと興味津々だった。
健康診断が実施されるクリニックへ出向いて、まず身長・体重、視力、血圧、聴力を計り、眼底撮影をして、採血。
今年の採血担当は結構初心者の部類に入る看護士さんだったらしく、採血作業は確実だが、時折「うーん」と悩んだり首を傾げながら血管を探したりしていたのだが、私が腕まくりをするなり、その看護士さん、
「あっ、血管はっきり出てますねーv」
と、ぱぁあっと明るい顔になる。
嬉しそうーに気楽ーに血管に採血針を刺した彼女が、試験管3本分の採血を全行程1分以内で完了したのは、ひとえに私の血管の太さと血流の良さのなせる技である。(ちなみにベテランさんがやると、実は30秒とかからない・笑)。
問診を受けて、胸部レントゲンと心電図を取って、残るはいよいよ胃のレントゲン。
「炭酸飲まされて、げっぷしないでくださいねって言われるんだけど、絶対出ちゃうんだね、あれ……」とか「それでげっぷしちゃうとまた炭酸追加で飲まされるんだよ」とか散々友人たちに言われていたが、いざ指示に従って飲んでみても、確かに炭酸で胃は張るがげっぷのひとつも出やしねえ(笑)。
続けてバリウムを飲むよう指示されたのだが、これも「すっごくマズい!」とか「とても一息じゃ飲めない」などと事前情報を得ていたワリに、いざ飲んでみれば確かにマズいが
──こく、こく、ごく、ごく、ごくぅううーーーっ。タンッ。
(↑イッキ飲み・大笑)
事前情報をことごとく無に帰す、クリニックの職員方にとっては非常に楽な検診対象なのだった。
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2002. 11. 9
良い芝居を見た。
木山事務所公演の『人間万事漱石の自転車』。
平田広明さんが客演で夏目漱石を演じる3人芝居、というので、はるばる大阪から観劇に来られる某Mさまに宿を提供する代わり、相当入手困難なその芝居のチケットを、私の分も取っていただいたのだ。(聞けばほぼ発売と同時に完売状態だったらしい。Mさまに大感謝!)
芝居の下敷きは、漱石先生の『倫敦消息』と『自転車日記』である。
倫敦の漱石と、東京の子規と虚子が、直接の対話はないまま、往復書簡のように互いに宛てての言葉を綴る。
台詞は全て文語体。そして、オリジナルを知っている身には「あ、これあそこだ」「この後ってこうだよな」、と判るほど、漱石の文章に忠実で。
ともすればただの朗読劇になりそうな話が、脚本と、演出と、なによりも役者さんの演技で、見事に『芝居』になっていた。
漱石の書いた文章そのままの台詞を口にしながら、そこにいるのは確かに『平田漱石』で。同様に子規も虚子もそれぞれに──この2人はほとんど動かないにもかかわらず──見事に俳優さんの演じる子規と虚子で。
悟浄でもカーターくんでもサンジくんでもカルーでもない『俳優・平田広明』を堪能させていただいた、笑えて、泣けて、感動する、あっと言う間の1時間半だった。
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2002. 11. 3
先日壊れたオーブンレンジの跡を継ぐ2代目電子レンジが到着した。
最初の仕事は冷凍ご飯の解凍&温め。
そして最初の大仕事は、クッキー焼成、だったりする。
10月末に職場の後輩が保険組合主催のマラソン大会に出場したのだが、2日前になって、仕事が忙しくて練習が出来てない、完走出来たらそれだけでもいい、などと言い出したので、別の後輩と2人で鼻先に人参をぶら下げるべく
「3位以内に入ったらクッキー焼いてあげる」
と言ってあったのだが、いざ終わってみたらその後輩お嬢、なんと出場者35人の中で準優勝なんぞしていやがったので(笑)、餌をぶら下げた手前、ウソにするワケにはいかなかったのだ。(←と言いつつ実は嬉々として焼いた)
後輩以外に渡す分を含めて全部で何枚焼いたかは敢えて言わないが、時間単位でオーブンが稼働していたのは確か。
いきなりこき使ってゴメンな、レンジv
でもウチの子になった以上たまにこういう仕事があるのだ。頑張れ、New
オーブンレンジ!
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2002. 11. 2 睦月ちゃんともぐもぐ。
睦月ちゃんと久々に会った。
4時に待ち合わせて、私の馴染みの喫茶店へ直行。ここでお茶しつつ話すこと1時間半。
その後やはり私オススメの多国籍料理店へ移動して、食べて話して3時間。
店を出たのは8時半で、4時間半しか一緒にいなかったにもかかわらず、やけにゆっくりまったり話した気分になったのは、一体どういうワケだろう?(笑)
で、ほんわか気分で電車に乗って、改札を抜けて駅の外へと出てみたら。
なんと、雨が降っていたのだ。
真上の空には星が見えるにもかかわらず。
どうやら少し西側や北側にある雲から落ちる雨が風で流れてきていたようではあるのだが、それにしては結構な降り方。
傘なんて持っていなかったのでそのまま歩いて帰ったが、ちょっと本気で驚いてしまった。
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2002. 11. 1
昨夜帰宅してさあご飯を食べようと思ったら、電子レンジが壊れていた。
冷凍してあるご飯を電子レンジに放り込んで温めようと思ったら、いきなりデモモードに突入しやがるのである。
オートがいかれたのかと思い、手動でモードを選びタイマーをセットしてスタートしてみたが結果は同じ、ひょっとして妙な設定にでもなったのかと一度コンセントを抜いてみたが、やはりデモモードに突入するのだ。
────諦めました速攻で。
はっきり言って電子レンジは既に生活必需品。うちのはオーブンレンジなので、これが壊れたら手土産として大活躍の手製クッキーも焼けなくなる。
修理に出せば直るかもしれないが、直るのを待っている間、我が家は電子レンジなしになる。いくらかかるかも判らない。翻って新品を見れば、今なら機能も良くて消費電力も少ないものが比較的安く買えてしまうのだ。
と、いうわけで、早速ビックカメラに赴いて製品を決め、日曜日に配送してもらうことにした。
思えば壊れたオーブンレンジは私が大学に進学するとき買ってもらったものである。随分とよく働き、長持ちしてくれたものだと思う。
心から、「お疲れさま」と言おう。
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