2001年10月の私淑言

 


2001. 10. 26 エラー表示の潔さ

誕生日には「Happy Birthday」、正月三が日には「謹賀新年」と起動画面で挨拶をするMac OSが、どうやらエラー画面でもその本領を発揮するようになったらしい。
エラー表示といえば、勝手にフリーズしておきながら『前回終了時、正しく終了されなかったおそれがあります』と言ってみたり、『ファイルがありません』だの『原因不明のエラーが発生しました』だの『メモリが不足しています』だのとただ訴えるのみならず、挙げ句別段変わったことはしていないにもかかわらず『不正な作業です』などとほざいてみたり、真っ白なダイアログボックスを出したり爆弾を表示したり、ポインタが動かなくなったり画面自体がブラックアウトしたりと、何かと使い手の神経を刺激してくれるものがほとんど、なのだけれど。

先日、職場の先輩のコンピューターで、いっそ潔いくらいに正直なエラー表示が、出た。

Macに詳しいSさんによれば、どうやらこれはサッドマック(シャララーンという大音量なくせにどこか切ない音とともにコンピューターの泣き顔が現れる、コイツが出たらもうOSの再インストールしか手の施しようがないことがほとんどで、下手をするとHD自体がかなりヤバいという、Macintosh特有の、だが滅多に拝めず拝みたくもない恐怖のエラー表示)の進化形らしいのだが、コンピューターが不調を訴える度に皆から頼られ、OS再インストールもお手の物、エラー表示など見飽きるほど見ているSさんですら、それを見たのは初めてだったのだそうだ。
あまりの珍しさに、別の先輩が画面をキャプチャーしたのが、これである(↓)。

 

 

 

 

何よりもまず(しかも大文字で)謝ってみせるこの腰の低さ。
エラーの発生したコンピューターの持ち主である先輩は、真っ黒な画面の中央に大きく現れたこのエラー表示に、脱力するより先に笑ってしまったそうだ。
その上に、「回避できないエラーが発生しました。」である。
一番下の『OK』ボタンに、「うん……判ったよ」とか「もういいよ、ありがとう」などという翻訳をつけたくなるのは私だけだろうか?

 


2001. 10. 22

子供向けの通信教育のCMで、ついつい笑ってしまった。
アニメ絵の、ウサギに似た耳の長いみょーな動物が、勉強する子供の相手をしたり、母親を手伝う子供の傍らでのーんびり寝転んでいたりするのだが。
言葉遊びをしながら、子供とこんなやりとりをするのだ。
フダのてんてんを移動したら?」
ブタ!」
ははにてんてんをつけたら?」
ばばでござりまする。」
件の耳長動物は、ご丁寧にも顔にしわを増やし口調まで変えてこう口走り、おかあさんに追いかけ回されることとなる。
が。
このCMを見ていて、ふと、同種の通信教育だったか家庭教師センターだったかのCMを、思い出してしまった。
前述の通信教育CMでは、おかあさんがおばあさんにされるのだが、こちらでのおかあさんの扱いはこうだ。
「Mother。Mを取ったら?」
「Other。他人です。」

 

果たして世のおかあさん的に、言われてよりムッとくるのはどちらなんだろうか?

 


2001. 10. 17

ウチの会社で夕方酒のつまみが会議机に並ぶのは、今に始まったことではない。
ことではないが、16日、やはりつまみとして登場した茹でたての枝豆をいただきながら、しみじみ思ったことがある。
「枝豆あるよー」
と先輩に声をかけられ、いそいそと会議机に赴くと、後から後輩がやってきて言った。
「うわーいっ、私枝豆大好きなんですv どうしたんですか、これ?」
答えて本部長曰く
「○○の実家から毎年送ってくれるヤツだよ」
「ああ、そうなんですか。いただきます!」
そのやりとりを聞きながら、私はふと、思ったのだ。
この2人のやりとりは、世間一般から見れば、多分微妙にずれていると。
何故なら、後輩が「どうしたんですか?」と問いかけたのは、枝豆の出所であって、決して茹でたての枝豆が職場で酒のつまみとして出てくることに対して、では、なかったから。
入社して数ヶ月の新人2人はそれでも「……すごい」とささやかな感嘆の声を漏らしたが、そろそろ1年になろうかという後輩に至っては、既に職場で調理が出来ることは、ウチの会社に限ってはアタリマエのことであって、驚く理由にすらならないのである。
私も入社したばかりの頃は驚いていた記憶があるが、今ではこれが日常になってしまった。

人間とは、環境に順応するイキモノなのである。(←何か間違ってないか?)

 


2001. 10. 16

1936年の西安事件の立役者だった張学良氏が、10月14日、ホノルルで死去なさったそうだ。
張学良氏といえば、父・張作霖氏を関東軍に爆殺されて後、蒋介石率いる国民政府に加わり、1936年、共産党の掃討を主張する蒋介石を西安で監禁して内戦停止と抗日推進を迫り国共合作を実現させた人物である。
享年100才だったそうだ。
戦前・戦中の重要人物として歴史の教科書に名の出るその人が、今までご存命だった、ということの方に驚いた、と言ったらやはり失礼だろうか。
さらに、もっと私のツボをついてくれたのが、この記事を見ての職場の友人Hの言葉だったりするのだ、と、言ったら……?
彼女はこう宣った。
「こんな教科書に載ってるような人が、金さん銀さんより若かったんだね
ちょっと意外な方向から攻められて、納得しつつもついつい吹き出してしまった。
ありがとう、H。
そんなキミの感性が大好きだ。

 


2001. 10. 11

先日、銀座で、オフ会があった。
同好の士7人の集まりである。食べて飲んで話して、とても楽しい時間を過ごした。
が。
その、幹事を務めて下さったRさんとの間に、意外な事実が発覚したのだ。
ふとした流れで、職場の話が出た。
自然な流れで、場所の話になる。
「職場、どちらですか?」
「あ、K町です」
「えっ、私、S町です!」
…………区こそ違えど、JRの隣り駅だった。
Rさんは宣う。
「だったら、すれ違ってるかもしれませんよねー!」
だが、すれ違うどころの話ではない。その距離なら、しっかり『あの集団』と認識されていかねない行事が、ウチの会社には存在する。
恐る恐る訊ねてみた。
「あのー、お花見とか、どこでなさいます……?」
答えてRさん「お堀の土手です。」
…………やっぱり(^^;)。
「えー、狐さんとこもあそこでやるんですか? ますます会ってそうですねー」
ここに至って覚悟を決めた。
「ええ、そうですね……。あのー。土手にカセットコンロ持ち出して、寸胴鍋でおでんとか豚汁とか煮てて、お燗とかもその場でつけてて、スペース、ランタンで照らしたりしてる集団、見掛けたこと、ないです?」
「知ってます! すごいね、って、みんなで…………ひょっとして?」
「はあ、それです、ウチの会社(^^;)」
「えぇえええ〜〜〜っ!!」
ウチの職場の非常識な花見は、やはりRさんの記憶にしっかり刻まれていたのであった。

狭いですね、世の中って…………。

 


2001. 10. 8

日本時間10月8日午前1時30分すぎ、アメリカとイギリスがアフガニスタンへの空爆を開始したそうだ。
小泉総理は、可能な限りの援助をする旨、会見で発言した。
空爆の範囲は広い。首都カブール、タリバンの本拠地カンダハル、ビン=ラディン氏のいる可能性が高いとされるジャララバード。
タリバン側からの反撃があったとも言うし、反撃は見られないとも言う。
ツインタワーを破壊し、数千の命を奪ったあのテロを、許すことはできない。
それを指示したのが本当にビン=ラディン氏でタリバンであるのなら、彼らは相応の裁きを受けるべきだと、思う。
けれど、それでも。
闇を裂いて走る光の下に、内乱に巻き込まれ今苦しむアフガニスタンの人々の、命が、なければいいと、願ってやまない。

どうか。
この戦火の下、喪われるものが、なるだけ少なくてあるように。憎しみに憎しみの塗り重ねられることがないように。これが世界大戦へと広がることがないように。

そう願うのは、『平和ボケ』した私のたわごとでしかないのだろうか。

 


2001. 10. 2

いつも私にネタを提供してくれる職場の友人H嬢が、またやってくれた。

先月末から休暇を取って旅行に行っていた彼女。
どんな土産話を聞かせてくれるかと期待していた、の、だが、なんと。
『土産話』以前に、財布を忘れて旅行に行ってしまったらしい。
ウチの会社の人たちの、一部はある意味ツワモノで、財布をすられたりホテルのカードキーを(それも出張先で、顧客の分も一緒に)入れたバッグを奪い取られたり、荷物の入ったトランクまるごと置き引きされたり、挙げ句危うく片耳切り落としかけたりと、旅先や出張先での逸話には事欠かないが、それでもこれは聞いたことがない。
今回は友人方と4人での旅行だったそうで、お金を借りてしのいだそうだが、これが1人旅だったらそれこそ目も当てられないし、ついでに2人旅でも借金するのも辛かっただろう。
しみじみと
「よかったね、4人で」
と呟いた私達なのだった。

いや、そもそも財布忘れるって時点で既に大幅に間違ってるんですけどね(爆)。

 


 

 

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