2000年9月の私淑言

 


2000. 9. 30

東海村で臨界事故が起こってから、1年。
付近一帯では、30日、『事故の教訓を生かして』避難訓練や事故発生時の対応の訓練が行われたそうだ。
訓練後、テレビ局のインタビューに答えて、住民の方が仰った。
「どれだけ設備を整えても、どれだけ避難訓練をしても、使うのは、人、ですから」

ドイツは全ての原発の稼働を将来的に停止することを決めたそうだ。台湾でも今後新たな原発の建設はしない方針を定めつつあるという。
人が制御するには危険に過ぎる原子力。
だからと言って今すぐ原発を停止出来るかというとそうもいかなくて。電化製品に囲まれたこの生活を捨てられるかと言われれば、「否」と答えてしまう私だけれど。
あの後も何度か発生した原発絡みの大小のトラブルを、あの事故を教訓として、なくす努力は出来るだろう。

あれからまだ1年しか経ってない。

 


2000. 9. 29

夜、電話が鳴った。
「はい」(←この時点で既にしっかり低音。でも本人的にはナチュラルヴォイス。)
「あ、夜分すみません、ハウスクリーニングのご案内ですが……」
中年の女性の声だった。続けて彼女は迷わず言った。
「奥様はいらっしゃいますか?」
わざわざ間違いを指摘して相手を混乱させることもない。長々と話を聞くつもりもない。このままいけばあと一言でカタがつく。
アタリマエのように返す言葉が
「あぁ、すみません、今ちょっと出てまして。」(←やはり低音)
相手のおばさま、かけらも疑うことなく
「そうですか、ではまた日を改めてお電話させていただきます。失礼しまーす」
ふっふっふ。完勝。(←待て)

とても簡単なセールス電話の撃退法でした(笑)。

 


2000. 9. 23

上野の国立科学博物館で9日から開催されている『ダイアモンド展』を見てきた。
本日のデートのお相手もやはり翠條さん。頻度高いな最近(笑)。

2時半に上野で待ち合わせて、いざ博物館へ。
一番の目的はダイアモンド展だが、入ってすぐに恐竜の化石があっては、そちらに心惹かれるのが人情というものである。(え、違う?)
心の声に従って、2人、常設展示の化石や骨格標本その他本館の展示物を、3階の『日本の動植物』までしっかり、茶々も入れつつ見て回る。
ダイアモンド展の開催されている新館へ向かったのは、結局4時頃のことだった。
で、目当てのダイアモンド展。
感想は、というと、まず最初に出てくるのは、
「……疲れた……」
だったりする(^^;)。
確かに展示物は多い。ダイアモンドの組成、特徴、採掘方法、歴史から産出地の推移まで結構詳しく解説してくれてある『第1部』と、ダイアモンドを使った数々の装飾品を展示してある『第2部』、それぞれにかなりな数の展示があるから、普通に見て回るだけでも多分時間はかなりかかる。
だが。
なにしろ人が多かった(^^;)。特に第2部に。しかもその大部分はジュエリーに熱心な視線を送る女性陣。
参考に(笑)と出掛けていた翠條さんと私は、一通りちらちらと隙間から眺めて、半ば逃げるように会場を抜け、ショップへ。
グッズやカタログを少し眺めて、さて他の常設展示を、と思ったら、もう閉館時間の5時になってしまってアウト。
南極犬のタロとジロに逢えなかったのが残念だった。

国立科学博物館を追い出された(笑)私達。雨が降っていたので近場の東京文化会館内のレストランでお茶をすることに。またぞろ喋り尽くして1時間、その間ダイアモンドのダの字も出なかったのはどういうことだ?(笑)

それでもやっぱり楽しかった午後なのだった。

国立科学博物館の特別展示『ダイアモンド展』は、11月12日までです。

 


2000. 9. 20

夢枕獏氏原作・KOtoDAMA企画プロデュースの芝居『陰陽師』を翠條さんと観てきた。

待ち合わせをとりあえず開場時間の30分前にしたら早く着きすぎて、開場までずっと話していたのが(陰陽師を見に来たクセに)何故か『最遊記』の話だったりサッカーの話だったりしたけれど(笑)、いざ芝居が始まれば当然芝居に集中である。
『鉄輪(かなわ)の女』だけかと思ったら琵琶の玄象の話も入った1時間半の芝居。
中身はほぼ原作に忠実で、原作を読んでいればだいたい判る芝居なんだが、原作を読んでない人が見て判るんだろうか、あれ、詳細が……?
意外に思ったのは、晴明様役の俳優さんの声が高めだったこと、晴明様が大立ち回りしていたこと、それから、全体的に口調が早回しだったこと。原作でも岡野玲子さんの漫画版でも、晴明様は声は低めで大立ち回りはあまりしないイメージがあったし、他の方々もどこかゆったり話すイメージがあったので。
まあこれは私の勝手なイメージだから置くとして。
『鉄輪(かなわ)の女』主題だけをじっくり1時間半でもよかったんじゃないか、とは思うし、ラストに少し「で、何が言いたい?」的な疑問が残ったりもしたけれど、純粋に芝居としては、まあよかったのではないだろうか。
その後喫茶店でお茶しながら1時間近く喋り倒す。
あー、楽しかった♪

 

シドニーオリンピックサッカー、日本はブラジルに1:0で惜しくも負けてしまったけれど、スロバキアが南アに勝ったため、D組2位で決勝リーグに進出できるそうだ。
準々決勝は23日、対アメリカ。
今回はどうにもゴールに嫌われた感のある日本チーム。次はゴールに好いてもらえるといいのだが。

 


2000. 9. 16

8年越しの恋が実った日。
あたりまえだが私のことではなく。
シドニーオリンピックで念願の金メダルを獲得した、柔ちゃんこと田村亮子選手のことだ。
バルセロナ、アトランタ、過去出場した2度のオリンピックで、金メダルの最有力候補と言われ続けながら銀に甘んじてきた彼女が、この日、やっと金色のメダルを手にした。
試合開始からわずか36秒の、見事な一本勝ちだった。
プレッシャーに耐え、怪我や不調にも負けずに戦い続けた8年。
試合後のインタビューに答えて彼女は言った。
『初恋の人とやっと巡り会えた気持ち』だと。
それを恋だと彼女が言うなら。
これほど多くの人からの声援を受け、またそれが実ることでこれほど多くの人を幸せな気持ちにしてくれた『恋』は、そう多くはない。

あらためて。心から。
「おめでとう」と、言いたい。

 


2000. 9. 15

翠條さんと美術館をはしごした1日。

まずは池袋は東武美術館で今日から10月22日まで開催の『京都大原三千院の名宝展』。
展示されているのは、仏像、曼陀羅や仏画、仏具、経典はもとより、手紙、記録文書、日記など、多数。文書の類の草書体が解読できなかったり、仏画の梵字が判らなかったりでかなり悔しい思いもしたが、解説を読むだけでも十分楽しめたし、勿論他の展示物も堪能しつつ約1時間半をそこで過ごした。
冗談のように量の多い長崎皿うどんに敗退した昼食の後、次に向かうのは目黒の東京都庭園美術館。ここが元々の目的地である。
ここは、戦後皇族籍を脱した朝香宮の邸宅をそのまま美術館として使用しているところなのだが、10月29日までは、『旧朝香宮邸のアール・デコ』と銘打って、普段は見られないところまで建物の内部を見せてくれるのだ。
入るとすぐ、正面玄関のルネ・ラリック作のガラスレリーフが来館者を迎えてくれる。
大広間、次の間、大客室、大食堂をじっくり眺め、2Fに移動して宮家の方々のプライベートルームを巡って、装飾や意匠を堪能した。モザイクの床、壁のレリーフ、ガラスレリーフ、天井、ラジエーターカバー、シャンデリア、家具の一つ一つ、どれを取っても趣味が良く、美しく、それでいて気が利くところに気が利いていて機能的でもある。
時々我々の間で交わされる会話が「やっぱり天井はこのくらいはなくっちゃね」だったり「あーこここうなってるのかなるほどー」だったり「この床の大理石、厚さどのくらいだろう?」とか「ドアにはこのくらいの厚みが欲しいか」とかだったりしたのはまあ『類友』ということでご容赦いただくとして(笑)、純粋に楽しい時間だった。

 

帰宅してからは、シドニーオリンピックの開会式生中継である。
選手入場の時、一緒に入ってきた韓国と北朝鮮の選手団のが、やはり印象的だった。
観客も全員立ち上がって拍手していた。
多分、あれを見ていたほとんどの人が思ったことだと思うのだけれど。
ふと、願ってしまった。
「どうかあれがただのパフォーマンスで終わりませんように」。

 


2000. 9. 14 まず、1勝

15日の正式開催に先駆けて、シドニーオリンピックのサッカー予選が始まっている。
日本チームの初戦は、今日14日。相手は南アフリカ共和国だった。
前半は動きが堅くて先取点を入れられてしまったようだが、ロスタイムと後半にそれぞれ高原が1点ずつ入れて、逆転勝利。まずは、めでたい。
日本、ブラジル、南アフリカ共和国、スロバキアで決勝リーグへの出場権をかけて争う男子D組。上位2チームが決勝リーグへの出場権を獲得するから、南アを破った日本は、17日のスロバキア戦に勝利すれば決勝リーグに出場できる。

32年前、メキシコでメダルを獲得したときには、『奇跡』と言われたそうだ。
アトランタで日本代表がブラジルを破った時にも、奇跡だと思った。
けれど今回は、このチームは違う。
底辺が広がり、プロとして戦い、世界の舞台を踏むようにもなって、彼等は確実に強くなった。
奇跡を待つのではなく実力でメダルをもぎ取ろうとしている彼等に、心からの声援を贈りたい。

 


2000. 9. 10

駅近くにあるとある美容室の前に、妙なモノが登場した。
屋外にぽつんと出された白い丸テーブルの上に置かれた、ヘアカット練習用だろう頭部だけのマネキン。虚ろな眼差しのそれに、着物を着た女の子が結うような髪型のカツラをかぶせて、花かんざしをいくつもさしてある。
テーブルの横には『七五三の着付け 予約受付中』の看板が立てられていた。
目的は、判る。そこまでやられたら、当然のように。
だが、七五三の着付け予約受付中、と言いたいなら、普通に着物を着付けて髪を結い上げた女の子の写真でも飾ればそれでいいぢゃないか。
大人の顔立ちで虚ろな眼差しで髪型だけは子供の、首から上のマネキンなんかより、余程見目良い宣伝だろう。
つまるところ、ナニが言いたいかと言うと、だ。

ブキミなんだってばよ、だからっっ!!(^^;)

 


2000. 9. 8

新500円玉、見ました。

コンビニで買い物をしたらおつりでもらったのだが、もらった時は気付かずただ「何か色の変わった500円玉だなぁ」などとすっとぼけたコトを思いつつ、戻って改めて、ちょうど財布に入っていた旧500円玉と見比べて気付いた次第。
とりあえず、手元にあった昭和年号の旧500円玉と新500円玉、2枚一緒に記念として別所に保管することにした。
この500円玉が出来たきっかけは、変造ウォンである。
自販機などでの変造ウォン使用の被害が大きかったため、であるらしい。
どこかの誰かさんのミーハー心丸出しの思いつきで出来た2000円札とは大違いだ。

通貨の偽造は、貨幣経済の登場とともに出現した、古い古い犯罪である。
貨幣を造る。偽物が出回る。新しい貨幣を造る。また偽物が出回る。繰り返されるイタチごっこに、やはりいつまで経っても似たようなことを繰り返しているヒトの歴史を思ったり。

 


2000. 9. 3

紅茶の新茶は、年に2度出る。
4〜5月の『春摘み』(ファーストフラッシュ)と、秋の『夏摘み』(セカンドフラッシュ)。
今は『夏摘み』の時期だ。
というわけで、近所の紅茶専門店でダージリンのセカンドフラッシュを楽しんできた。
紅茶の種類種類で異なる独特の味や香りが一番出るのがこのセカンドフラッシュである。
色々な果物が旬を迎え、新米も出回るこの季節。
『旬の紅茶』も楽しんでみてはいかが?

 


2000. 9. 2

三宅島の全島避難が決定したそうだ。
噴火の傾向いまだ収まらず、全方向への火砕流、泥流の危険がある、というのだから、仕方のないことだし、島民の方々の安全を思えば当然のことでもあるだろう。
けれど。
こうして避難する方々を目にする度に、思う。
住み慣れた家を離れ、町を離れるその心境はいかばかりかと。
特に今回などは、いつ戻れるか判らない。戻った時に家があるかどうか、その保証もない。
『避難』というものをしたことのない私には、それがどれだけ辛いことなのか、想像することしかできない。
既に大きな被害を受けておいでの方々に、これ以上の被害が及ばないことを、1日も早く火山活動が収束することを、祈るばかりである。

 


2000. 9. 1

あっと言う間に8月も終わり。
今年も後4ヶ月、といえば「え、もう?」と思ってしまう。
まだまだ昼間の気温は高いが、朝夕はずいぶん過ごしやすくなった。
天高く馬肥ゆる秋、という言葉があるが、いろいろ美味しくなる季節。
『馬』の代わりに『人』という字を入れた方が、実感が湧くのではなかろうか(笑)。
実りの秋、食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋。
『秋』につく言葉は多いけれど、どれを選ぶかは人それぞれだろう。

ともあれ。
空の色に、風に、日差しに秋の気配をしのばせながら、20世紀最後の夏がゆく。

 


 

 

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