── One Summer Holiday ──

 

 

 

「……あぢぃ……」
 ぼそりと呟いたタスカヴィーレに、すかさずスール=ジョーが突っ込んだ。
「嫌なら帰れ貧乏人。」
 とりつく島もないとはこのことだ。
「お前なあ、その言いぐさはねぇだろう。暑いから暑いと言って何が悪い!?」
「その暑さを楽しめないお前が悪い」
 真っ当に聞こえるタスクの反論も、すっぱりあっさり切って捨てる。
 会話を耳に挟んだモマンギアーナがタスクの隣でクスクスと笑い、耳の良いニーノ=ラーと彼から話の流れを聞かされたトリユーズが、波打ち際でやはり笑った。
 砂浜に着陸して日陰を提供しているトーマ=ガーネイまでが、「ですよね」とジョーに賛同して音声を送って寄越す。
「このご時世、ありのままの自然を堪能出来る場所なんてそうそうないぞ。こんな贅沢めったに出来ないんだから、満喫しなきゃ損だろう」
 真顔で力説している相棒の言葉に、
(そう言うお前の台詞の方がよっぽど貧乏じみてねぇか?)
 と思わないでもなかったけれど、賢明なことにタスクはそれを我慢した。
「お嫌でしたか?」
 横から問いかけてくるモモに、
「あ? ……いや、そういうワケじゃねぇけどな……」
 歯切れ悪く答えると、水から上がったトールとニーノが笑いながら訊いてくる。
「タスク、そんなに暑いの苦手なのかい?」
「この程度じゃ、暑いとは言わないと思うんですがねぇ、アタシは」
 そうではないと知っているくせに、更にジョーが追い打ちをかけた。
「気にすることはありませんよ姫君。自然を楽しめない可哀想な男なんですコイツは。にしても……タスク。この程度で音を上げて、よく賞金稼ぎなんてやってるよなぁ」
 ニヤニヤ、ニヤニヤ、ニヤニヤ。
 3人とも……いや、砂浜に影を落として銀色に輝くトーマまでが、絶対に“何か”を期待している。
 そうして、知らず期待の的になった人物は。
 期待に違わず、見事に4人と1機を脱力させてくれたのだ。
「暑いのが苦手でしたの、タスクさま? まあ……。あ、でもほら。自然の気温を楽しむのも素敵ですし、気の持ちようとも言いますし……。地球の言葉にもあるのでしょう? 信徒を滅却すればなんとか、と」
「信徒…………。モモ、お前、何をどうするつもりなんだ……?」
「違いました?」
「全っ然、違う!」
「それを言うなら心頭滅却すれば火もまた涼し、ですよ、モモ姫」
 苦笑しながらジョーが訂正すると、
「あら、まあ、そうですの。どうもありがとうございます」
 と、モモは笑顔で礼を言った。
「モモお前、頼むから公式の場でそんなコワい言い間違いすんなよ? まっすぐ外交問題になるぞ」
 別の意味で涼しくなれそうだ。
 タスクが言うと、しみじみと残る3人が頷き。
「しませんわ、そんなこと。自分の立場はわたくし心得ておりますもの」
 とのモモの言葉に、やっと全員がほっとしたのだ。
(やれやれ。)
 肩をすくめながら、タスクは視界に広がる景色を見渡した。
 見上げる空は抜けるように青い。ゆったりと頭上を行く雲は純白。砂浜は日の光を反射して眩しいほどに輝いているし、打ち寄せる波音は涼しげで、水も綺麗に澄んでいる。トーマが砂浜に落とす影は濃く、背後の椰子によく似た木々の林からは、耳に優しい葉ずれの音が聞こえる。
 陽射しはきついが空気は乾いているから、日陰に入れば少々高い気温も実を言えば苦にならない。
 タスク達一行の眼前に広がっているのは、今ではヴァーチャル図書館の記録映像でしかまずお目にかかることの出来ない、典型的な“夏”のイメージそのままの風景だった。
 いわゆる、リゾート地、というヤツだ。
 それも庶民が繰り出す程度のランクではなく、各国王族や大グループの経営者といった本物の大金持ちが別荘を構える類の。
 何が違うかと言うと、だ。
 一般市民の言うところのリゾート地はほとんどが環境コントロールされたものであるのに対して、こちらは全て“本物”なのである。
 陽射しも本物なら海も本物、砂浜も林も乾いた空気も、この場所が本来持っているものなのだ。
 間違いなく、最高の贅沢の部類に入る、快適な避暑地、というのが、今タスク達がいるこの土地だった。
 だからジョーが言うのだ、相棒に向かって「嫌なら帰れ」と。
 普通ならしがない賞金稼ぎごときが訪れることなどまずないのだから、このチャンスを逃す手はない、とジョーが言うのも当然だった。これを嫌える人間はまずいない。
 にしても、と、タスクは思う。
「なあ、モモ」
「はい?」
「なーんでお前、わざわざ自分の休暇に俺達を同行させたんだ?」
 問いかけるとモモが笑って答えた。
「だってわたくし、みなさんとここに来たかったのですもの」
「だから、それが何でかって訊いてんだよ」
 とぼけているのか天然なのかさっぱり判らないモモの返事に、苦笑を返しながらタスクは食い下がった。
 答えたモモの笑顔は極上だった。
「だって、あの時……タスクさまがルーナを見つけてくださった時、わたくしはここに向かう途中で。お礼に、とこちらにご招待しようと思いましたのに、タスクさまもスール=ジョーさまも、急いでいるから、と仰って、結局ご一緒出来なかったのですもの」
 と、横からトールが口を挟んだ。
「ああ、そういえば、行方不明になってたモモ姫の飼い猫をタスクが見つけたのが、タスクと姫君の出会い、でしたっけ」
「ええ、そうですの。素敵でしたのよ、あの時のタスクさま。夕日をバックにわたくしの方に歩いていらして、アンタの猫か、こいつ、って、本当に素っ気なくお聞きになって」
 それのどこが一体“素敵”だというのか、いまだにタスクには判らない。
「下世話な言葉を使うなら、一目惚れでしたの、わたくし。あの時から、機会があればご招待しようと思っておりましたのよ」
 頬を染めてのモモの台詞は、謎以外のナニモノでもなかった。
「念願叶った、ってヤツですね、姫君。よかったですねぇ。おかげでアタシもこんなところで贅沢させてもらえるってワケだ」
 にこにこと人が良さそうに笑うのはニーノ。
「ええ、ありがとうございます」
 嬉しそうに礼を言うモモを、少しからかってみたくなった。
「言っとくけどな、モモ。俺達がお前の申し出断ったのって、そこにいるニーノを追っかけてたからだぞ」
 ニーノ=ラーを追いかけ追いつめて、ニーノに賞金をかけた当人に連絡を取ってみれば、なんとその雇い主が極悪で、危うくやはりニーノを追いかけていた他の賞金稼ぎともども宇宙の藻屑にされそうになったのが、タスクとジョーとニーノ(とトーマ)のそもそもの出会いだったりするのだ。
 トールと出会ったのはその更に後。同じ賞金首を追いかけて同じ都市に集い、やはり同じ賞金首を狙うマフィアに殺されかけたところを協力しながら逃げ切ったのが、このタスクとジョー曰くの偽りの友情の始まりだった。
 告げると、モモはふわりと微笑って言ったものだ。
「ご苦労なさいましたのね、みなさま」
 やはり天然なのかわざとなのか判らない。
 彼女の生まれ持った性格なのか、それとも立場と環境がそうさせたのか知らないが、このモモという人物は、およそ他人を職業や年齢、第三者の一方的な評価を基準に計るということがなかった。
 だから、今タスク達はここにいるのだ。
 モモは一国の王女、それも王位継承権第1位の、掛け値なしの王族である。
 対して、彼女の招待を受けてここにいるのは、賞金稼ぎのタスク、相棒のジョーと宇宙船のトーマ。やはり賞金稼ぎのトールに、ニーノに到っては泥棒。
 普通に考えればこの組み合わせはない。
 そもそも出会わないし、仮に相まみえることがあっても言葉を交わすことも稀、まして互いの立場や性格を考えることなどまずないはずだ。
 それでもモモは笑って問うのだ。
「でも、止める気はないのでしょう?」
 選んだ生き方を変える気など、誰1人持ち合わせてはいないのだろう、と。
「ああ。まあ、な」
「好き放題やってますからね」
「楽しまなきゃ損だしねぇ」
「退屈すぎるのはアタシもどうも」
『私も……飛ぶのが好きですからねぇ』
 答えるとモモがまた笑った。
「わたくしもですわ」
 生き方を変えるつもりなどサラサラない。
 きっと全員が同じなのだ。
 きっと全員が、どこか、似ている。
 モモだけではない。タスクもジョーもトーマもトールもニーノも、地位や名声や外見でも、他人のフィルター越しでもなく、自分の感覚でモノを見る。
 だから、こんな風変わりな“友情”が、この場に成立しているのだ。
 それぞれがそれぞれに笑みを刻んで、見上げると空を鳥が過ぎった。
 と、見送ったトールが、ふと思いついたようにタスクに問いかけた。
「そういえば、タスクとジョーはどうやって相棒になったんだい?」
「そうですわ。わたくしもずっとそれを伺っていますのに、いつまで経っても教えてくださらないんですもの。いい加減教えてくださいませな」
 モモも加わっての質問攻勢に、返された答えはほぼ同時だった。
「そりゃお前、ジョーがどうしてもトーマに乗せてください、相棒にしてくださいって言うから、相棒にしてやったんだよ」
「そりゃ、タスクがどうしてもトーマの乗組員になってください、相棒にしてくださいって言うから相棒にしてやったんだよ」
 しばしの沈黙の後、ニーノとモモがぼそりと呟いた。
「……旦那方」
「つまり、本当のことを教えてくださるおつもりはない、と」
「ま、そーゆーこった」
「謎は謎のままが美しいんですよ姫君」
 2人の答えに、トーマにまで沈黙を守られて、不満そうなモモにタスクが笑った。
「いいじゃねぇかそんなこと。休暇中なんだろ、今は?」
 贅沢きわまりない“夏”を、せっかくだから楽しもう、と。
 暑い暑いと零していたクセにそんなことを言うタスクに、
「そうですわね」
 とモモが微笑み、男どもが揃って頷いた。

 

 

 賞金稼ぎも宇宙船も、王女も泥棒も全部休業。

 そんな休暇を、彼らは今、夏の陽射しの下で過ごしている。

 

 

 

 

 

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あとがき

本当にひっさしぶりに登場の(というかまた登場することがあるとは…………いやいやいや・^^;)『G線上のフーガ』メンバーでお届けいたしました、十六夜茶寮版2002年『残暑見舞い』、お楽しみいただけましたでしょうか? わずかなりともみなさまにリゾート気分を味わっていただければと思います。

毎度のことですが、ご感想、お聞かせいただけると主は泣いて喜びますのでよろしくお願いいたします。