ザルツブルク日記 2000年8月12日
ウィーンフィル(ゲネプロ)〜グルック『トーリードのイフィジェニ』


今日のメニューはムーティ&ウィーンフィルのゲネプロとグルックのオペラ『ト
ーリードのイフィジェニ』の二つ。ゲネプロは10時に始るので、ホテルを9時
半に出る。今日も快晴で日向は暑いが、木陰はさすがに爽やか。いつものように
ミラベル庭園を抜けて行くが緑がとても眩しい。

●ウィーン・フィル/ゲネラル・プローベ
 2000年8月12日10:00/祝祭大劇場
 リッカルド・ムーティ指揮ウィーンフィル
(演目)
 モーツァルト作曲 交響曲第41番「ジュピター」
 シューマン作曲  交響曲第3番「ライン」
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祝祭大劇場に着くと既に沢山の方が来られていた。平土間の前10数列は立ち入
り禁止とされ、それよりも後ろの席に座ることとなる。ちょうど中央部の真中付
近に座ったが、ここは視界も良くて音響も素晴らしい。コンサートマスターはキ
ュッヒュル。青のシャツで颯爽と登場したムーティはとても若々しい。

最初のモーツァルト「ジュピター」は第1楽章を無難に流すが、とても端正な響
きがする。そういえばムーティ&ウィーンフィルによるモーツァルトはいずれも
出来なので、改めてモーツァルトの相性の良さを感じる。この曲は前回の日本公
演でも演奏されたが、プローベだとまた雰囲気が違う。リラックスしているよう
でいて、緊張感が漲っているという感じ。

第2楽章から終楽章に掛けてムーティの木目細かな指示が入る。所々メロディを
口ずさみ各パートへの注文をつけるが、無駄がないというか、ひとこと指示すれ
ばウィーンフィルがすぐに意図を汲み取るあたりはさすが一流のオケだ。また面
白いことに、プローベでの指揮ぶりは実演よりもかなり誇張されている。抑揚を
つけるところで、体を極端にかがめて、ピアニッシモを要求したり、時に指揮台
から片足を下ろして、各パートを聞き入るように、オーケストラをコントロール
していく。途中の観客の咳の大きさに対してムーティが観客席に睨みを効かすと
いう場面があったが、穏やかでいて真剣な厳しさが感じられる。

こういったプローベは見ているものにとっても緊張を強いるようで、演奏がどの
ようにして形作られて行くのかを見る上でとても参考になった。特に後半のシュ

ーマンの『ライン』では楽章を追うごとにシンフォニーの形成の過程が面白いほ
ど克明に聞えてくる。特にホルンをはじめとする管楽器への注文も多く、ライン
の伸びやかな流れがさらに魅力を増して行くように感じられた。明後日のマチネ
がとても楽しみである。

●グルック『トーリードのイフィジェニ』
 Christoph Willibald Gluck "IPHIGENIE EN TAURIDE"
Tragedie opera in vier Akten
Text von Nicolas Francois Guillard
Neuinszenierung im Residenzhof
12 Augsut 2000, 20.00 Uhr

Musikalische Leitung :Ivor Bolton
Insezenierung :Claus Guth
Buehnenbild und Kostume :Chiristian Schmidh
Licht :Michael Bauer
Dramaturgie :Bettina Auer
Choreinstudierung :Donald Palumbo

Iphigenie :Susan Graham
Oreste, ihr Bruder :Thomas Hampson
Pylade, sein Freund :Paul Groves
Thoas, Koenig der Skythen:Philippe Rouillon
Die Goettin Diane :Olag Schalaeva
Fine griechische Frau :Elena Belova-Nebera
Erste Priesterin :Christiane Kohl
Zweite Priesterin :Astrid Hofer
Ein Skythe :Patrick Arnaud
Tempeldiener :Walter Zeh

Oreste-Double :Paul Lorenger
Iphigenie-Double :Daniela Pusswald
Agamemnon-Double :Markus Walter
Clytemnestre-Double :Monika Huber

Morzarteum Orchester Salzburg
Cembalo :Robert Howarth
Konzertvereingung Winer Staatsopernchor
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レジデンツのオペラは2年ほど前のアラブ式「後宮」が記憶に新しいが、今年は
グルックの「トーリードのイフィジェニ」が上演される。歌手にはスーザン・グ
ラハム、トーマス・ハンプソン、ポール・グローヴスが登場するとあってか、今
年の一月には既に完売になったとのこと。さすがにレジデンツ入り口周辺はズー
ヘ・カルテの方が多数おられた。

レジデンツは例の如く建物の中庭に段々畑の客席を仮設し、平面状の舞台と壁だ
けを使ってオペラを作らなければならないという制約がある。前回の後宮ではプ

ールを作ったり、左右にアラブの小部屋を設置したり、いろいろ工夫があったが、
今回の「トーリード」ではとても簡素なセットとなっている。舞台背景は赤の絨
毯のような壁で、左右に開閉して人物の登場に用いられる。それに中央に設けら
れた白いベッド。音楽の開始とともに大きな人形の頭をつけた二人、イフィジェ
ニとアガメムノンと思しき人物が登場する。実はこの人形の頭はストーリーの成
り行きを説明するためのエイリアスのようなもの。例えばアガメムノンとクリテ
ムネストラの下りを説明する場面で、エイリアスたちが現れ、ストーリーを分り
やすく演じる。まずクリテムネストラがアガメムノンをナイフで刺し、オレステ
スがこのナイフを奪い、クリテムネストラを刺すといった場面を何回も繰り返し
という劇を演じるのである。アリアが歌われているときに、こういった人形劇も
どきのことを演じられると、つい煩い演出となってしまうのであるが、これはこ
れで面白いアイデア。

舞台演出はともかくも、スーザン・グラハムの凄さには驚嘆した。オペラの開始
とともに最後までグラハムの怒涛の歌唱力に圧倒されっぱなし。まるでレジデン
ツ全体がグラハムの迫力に呑み込まれたといって良い。ハンプソンも素晴らしい
がグラハムの影に隠れてしまいそうだ。グローブスも年々円熟度を増しているよ
うで、今回のグルックでもとても良かった。とにかく彼ら3人の歌声がレジデン
ツを唸らせたのだから、このオペラは大成功である。

ボルトン指揮モーツァルテウムの演奏も古楽器を使いながら、バロック風の演奏
が素晴らしい。特にグラハムの圧倒する歌唱に、古楽アンサンブル調で演奏も大
いに盛り上がった。嵐のようなティンパニと甘く美しいクラリネットの響きに酔
いしれる。レジデンツは前回の後宮で、かなりクリップしたような響きと感じた

のだが、今回は実に伸びのある響きを楽しめた。これはアクセントを聞かせた古
楽風スタイルが上手く成功したためかも知れないが、二時間半の公演はまたたく
まに終わってしまった。とにかくグラハムの素晴らしさに唖然とした。