ザルツブルク日記 2000年8月11日
フレミング&コッセ『ドン・ジョバンニを語る』〜ベルリオーズ『トロイの人々』

朝7時に目が覚めた。外は快晴で今ようやく夏が訪れた雰囲気で一杯だ。少し
早めに朝食とする。今日は朝10時から音楽祭イヴェントに行き、昼は郊外で
ランチ。夜はベルリオーズの大作「トロイ」と結構忙しい。ザルツブルガー・
ナハリヒテンには「ドン・ジョバンニ」の写真が大きく一面を飾っている。な
んでも今年の演出は昨年とは少しアレンジされているようだ。いずれにせよ写
真で見るフルラネットのドン・ジョバンニとゾフィー・コッホのツェルリーナ
の二重唱は美しい場面だ。


9時頃、外へ出る。さすがに眩しいほどの快晴だがミラベル公園の緑は清清し
い。ちょっと木陰に入るととても爽やかだ。今年のザルツブルクは至るところ
に牛の像が立っている。さらに面白いことに牛の一頭一頭に名前が付いている。
例えばペーター教会入り口付近の牛はTattoo-Kuhという名前だ。なんでもこれ
はミルク会社が催しているコンテストらしい。いずれにしても、これだけ沢山
の牛の彫像が有るのはとても滑稽でもある。

さてイヴェントの前にメンバーズ・カードを取にメンヒスベルクの事務局に向う。
ここは祝祭劇場の左手の岩場に設けられたエレベーターで上がれば良い。


フレミング&コッセ『ドン・ジョバンニを語る』
Freunde der Salzburger Festspiele
Don Giovannni: Peter Cosse im Gespraech mit Renee Fleming
11. August 10:00 Hoersaal 230
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今日の音楽祭イヴェントはHoersaal-230で開かれるルネ・フレミング&ペー
ター・コッセによるドン・ジョバンニを語るというもの。Hoersaalとは視聴
室を意味し、ドーム横のカピテルガッセにある。大きなガラス張りの建物の
地下で、大きなガラス天窓から太陽が差し込むとても開放感のある講義室とい
った感じ。フレミングとコッセが登場し一斉に拍手と同時に、あちらこちらか
らカメラのストロボが光る。それにしてもフレミングは普段着でもとてもチャ
ーミングだ。テーマはドン・ジョバンニを語るとなっているが、お話はそれに
留まらない。彼女がボストン響と共演した内容からアメリカでの活動状況、か
つてのショルティとのオテロ、シューベルトなどにも話が及ぶ。コッセが主に
質問をフレミングに向けるのであるが、逆にフレミングがコッセに現代音楽に
ついての質問を行うなど、変化に富んでいた。途中、フレミングが歌うオペラ
録音「ドン・ジョバンニ」やシューベルトのリートなども再生され、面白い趣
向が凝らされていた。お話は一時間半近くに及び、最後に一人一人、フレミン
グとおしゃべりしながらサインをして頂けとても面白かった。

このあと祝祭ショップに立ち寄り、オペラの写真のいくつかとオペルン・グラ
スを買う。それにしても、写真で見るコシの舞台は余りにも奇抜だ。ノイエン
フェルスのアイデアではアバドもキャンセルするのは当然だというのに頷けそ
うだ。それはともかくコシを見るのに興味が沸いてきた。



8/11『トロイ』開演前の祝祭劇場前

ベルリオーズ『トロイの人々』
Hector Berlioz "LES TROYENS"
Oper in fuenf Akten (zwei Teilen)
Text nach Vergil von Hector Berlioz

Musikalische Leitung : Sylvain Camberling
Regie, Buehnenbild, Kostueme und Licht
: Herbert Wernicke
Dramaturgie : Xavier Zuber
Choreinstudierung : Donald Palumbo

Enee : Jon Villars
Chorebe : Russell Braun
Panthee : Tigran Martirossian
Narbal : Robert Lloyd
Iopas : Ilya Levinsky
Ascagne : Gaeele Le Roi
Cassandre : Deborah Polaski
Didon : Deborah Polaski
Anna : Yvonne Naef
Hylas : Toby Spence
Priam : Gudjon Oskarsson
Un Chef Grec : Frederic Caton
L'Ombre d'Hector : Detlef Roth
Helenus : Toby Spence
Deux Soldats Troyens : Frederic Caton, Gudjon Oskarsson
Le Diue Mercure : Tigran Martirossian
Hecube : Natela NIcoli
Andromaque : Dorte Lyssewski
Astyanax, son fils : Phillip Schroeter
Orchester de Paris
Buehnenmusik: Mitglieder der Salzburger Kammerphilharmonie
Konzertvereingung : Wiener Staatsopernchor
Slowakischer Philharmonischer Chor, Toelzer Knabenchor
NEUINSZENIERUNG GROSSES FESTSPIELHAUS
11. August 2000 17.00 Uhr
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今年の音楽祭のテーマは「トロイと愛」で三つの三本柱は、ベルリオーズの「トロイ」、サアリアホの「遥かな愛」にワーグナーの「トリスタン」となる。その中で「トロイ」はワーグナーに匹敵する巨大なオペラであるが、上演されることは珍しい。夕方5時の開演で終わったのは10:40分だから休憩を含めて約6時間近くかかる大作だ。もっとも第一部と第2部の間に一時間の休憩が入り、第2部ではさらに25分の休憩が入ったので、思ったほどの疲労感はない。むしろカンブルラン&パリ管弦楽団の圧倒的な演奏、ポラスキ&ヴィラーズの圧倒する演技と歌、それにヴェルニケの冴え渡る演出・舞台・照明が群を抜いた名上演に、見るものを捉えて離さなかった。

まずザルツブルクの広いステージが狭く感じられるくらいヴェルニケのセットは巨大である。舞台は全幕を通して凹面に広がる巨大な壁だけのシンプルさであるが、とても変化に富んだ舞台を作り出していて、ドラマとの一体感は抜群の出来。どうしてこんなシンプルな舞台で、多彩な表現が可能なのかと驚くばかりであるが、その秘密は壁の中央に天から伸びる細長いスリット状の開口面。この奥にハイテクを駆使した映像や照明、さらにはあのトロイの木馬などのオブジェを巧みに見せて観客の想像力を掻きたてるからだろ。
見ているものに
とっては、ちらっと望めるオブジェや場面場面に応じた適切な映像が無限の広
がりが感じられるのである。ある時はこのスリットはドラマの語り部として音
楽と見事な一致を見ることができる。第一部ではこの巨大な壁はトロイの城壁
を示唆していて、ある種の重圧感を与える。これは閉ざされたトロイの状況を
示すと同時に攻撃のギリシャに対して守りのトロイを上手く性格付けていたし、
第2部では巨大な壁はカルタゴの海岸に面した砦を象徴していた。すなわち第
一部と第二部に視覚的な共通性を見せることで、トロイとカルタゴには共通し
た守りの世界が描かれているのである。この両者を渡り歩くのはエネーが率い
るトロイ人であり、ヴェルヒリウスの長編叙事詩の巨大さが体験できるのだ。

登場人物では第1部のカサンドラと第2部のディドンをポラスキが演じること
で二人の女性の対比と共通性を描くのに効果があったと思う。なによりも彼女
の素晴らしいドラマと歌が、ベルリオーズのこの大作に一本の筋を貫いている
とも感じた。登場する歌手たちはロイドやスペンスをはじめザルツブルク音楽
祭おなじみの面々であり、指揮者とオーケストラに合唱が素晴らしいチームワ
ークを発揮していた。もちろんヴェルニケの演出が全体をまとめるキーにもな
っていることが成功の理由だ。時にこういった叙事詩的オペラはコンサート形
式でも素晴らしい上演が可能であるが、やはりヴェルニケの舞台を見せてもら
ったからには、舞台演出の重要性を感じざるを得ない。

音楽的には幕を追う毎に緊迫感・集中力が高まってくる。特に第2部第3幕と
第4幕が圧倒的な出来映えだった。やはりエネーとディドンの愛が素晴らしす
ぎる。ベルリオーズの限りなく美しい音楽が高まる情感を愛を見事に描く。そ
して終幕のディドンの圧倒的な最後。表面的にはブリュンヒルデの自己犠牲に
も似た場面であるが、ワーグナーとは一線を画するベルリオーズの世界がそこ
にはあった。素晴らしい合唱が最後にはステージに溢れてフィナーレとなるが、
この巨大作品を片時も惹きつけて止まない上演に驚嘆を隠し切れない心境だ。