ザルツブルク・イースター音楽祭・日本公演
 ワーグナー楽劇『トリスタンとイゾルデ』

 2000年11月23日(木)17:30/東京文化会館
(キャスト)
 音楽監督・指揮:クラウディオ・アバド
 演出:クラウス・ミヒャエル・グリューバー
 舞台装飾:エドゥアルド・アローヨ
 衣装:モイデーレ・ビッケル
 合唱指揮:ヴィンフリート・マツェヴスキー
 ジョン・フレデリック・ウェスト(トリスタン)
 ラースロー・ポルガー(マルケ王)
デボラ・ポラスキ(イゾルデ)
アルベルト・ドーメン(クルヴェナル)
ラルフ・ルーカス(メロート)
リオバ・ブラウン(ブランゲーネ)
ライナー・トロスト(牧人)
アンドレアス・ヘアル(舵手)
ライナー・トロスト(若い水夫の声)

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アバド指揮のオペラを聞くのは「ファルスタッフ」以来、ひさしぶりのこと。しかも
今年夏のトリスタン・キャンセルなど色々心配させられたが、今日ようやく元気な指
揮ぶりに出会えて幸福の極みとなった。まず彼の指揮するオペラはどれも本当に素晴
らしいが、今回はとびきりの出来栄えとなったことに感謝。

第1幕、あの巨大な船を文化会館の狭い舞台に無理やり押し込んだためか、間口で船
首と船尾がカットぎみ。本当なら船の前後に空間があるのだが、四角い窓で舞台の奥
を覗くかのような圧迫感を感じるのが残念だ。アバドが描く音楽はかなり起伏を抑え
たすっきりさ。ここはマゼールの重厚で濃密なトリスタンに好みを感じないでもない
が、ベートーヴェンのシンフォニーと同様に、軽やかで透明な響きに聞き入る。

しかし第2幕に至っては、抑制の効いた響きの中、集中したドラマに釘つけとなる。
この幕は木が茂るだけのシンプルさだが、アバドの禁欲的とも思えるほどの音楽がむ
しろ抒情を掻きたてるし、陶酔の世界へと導く。明らかにマゼールとは対極の力強い
音楽だ。ポラスキのイゾルデはマイヤーのような強烈さというよりも内面から滲み出
すような情熱的な愛の世界を描く。

ウェストは今年夏のトリスタンでは冴えなかったが、第2幕から素晴らしさを発揮。
特に第3幕は圧巻だった。極めて深遠な前奏に引き続き繰り広げられるクルヴェナー
ルとトリスタンのくだりでは悲痛さがひしひしと伝わる。良く見るとアバドはウェス
トを巧みにコントロールしているのが分かる。ウェストは馬力があるので、暴走する
と夏のトリスタンのように破綻ぎみとなるが、アバドの指揮で実に上手く歌えている。
それゆえに歌(ドラマ)とオーケストラ(音楽)は緊密に一体化し、その絶妙なバラ
ンスはスリリングな緊張を生み出す。

ベルリンフィルの上手いアンサンブルには言うに及ばず、アバドは無限に連なるトリ
スタンの音楽を実に上手く捌き、混沌としたドロドロさを排除した明晰さで語るため
か、聞き手は次第にワーグナーの官能の世界に没頭してしまう。それにしてもあのイ
ングリッシュ・ホルンが忘れられない。

今回の公演では脇役も豪華キャストの布陣となっている。マルケ王は今年4月にベル
リン・ドイツで素晴らしいグルネマンツを歌ったポルガーだ。彼の慈悲深い味わいが
何とも感動的。第2幕マルケの嘆きには心打たれた。さらにアバドのヴォツェックで
定評のあったドーメンがクルヴェナールを演じたし、ザルツブルクのカーチャ・カバ
ノヴァーなどでもお馴染みのトロストが水夫を歌うという贅沢さ。単にキャストが粒
ぞろいという点に留まらず、本日のトリスタンは全てがアバドの凄い集中力によって
成り立っていたという点に大いに感謝したい。全幕聞き終わって、これは夏のマゼー
ルを遥かにしのぐ公演だということを痛感した次第。

今年のベルリンフィル日本公演はチケットがゲットできなくて、全てお譲り頂いたも
のだったが、今日は平土間の良く見えるポジションだった。今年5月に見た時よりも
痩せているものの、マエストロの指揮はとても力強く熱気みなぎるもの。第3幕前奏
では指揮棒を大きく振り下ろすのが印象的だった。それにしても実に熱く感動的なト
リスタンだったことか。