読売日本交響楽団・定期演奏会


2000年11月7日(火)19:00
サントリーホール
 マンフレッド・グルリット作曲
 歌劇『ヴォツェック』全曲
(演奏)
 指揮     :ゲルト・アルブレヒト
 ヴォツェック :ローランド・ヘルマン
 マリー    :緑川まり
 大尉     :福島明也
 鼓主長    :大久保光哉
 医者     :大間知 覚
 アンドレス  :福井 敬
 マルガレーテ :井坂 恵
 ユダヤ人   :高橋 淳
 老婆     :重松みか
 女中     :坂本江美
 合唱     :二期会合唱団、東京少年少女合唱隊
 ヴァイオリン・ソロ:藤原浜雄
 ヴィオラ・ソロ  :店村眞積
 チェロ・ソロ   :毛利伯郎


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今日のチケットはほぼ1年ほど前にゲットしていた。このオペラは滅多に上演されな
いだけに絶対に見逃す訳には行かない。ベルクのヴォツェックは今までに幾つかのプ
ロダクションを見ることができたが、グルリットのヴォツェックは今後ともまずお目
に掛かれないと思う。それゆえに今日の公演は貴重であったし、出来栄えも素晴らし
かった。

アルブレヒトは珍しい作品を良くとりあげるようだ。昨年5月のミュンヘン・フィル
ではペテルソンの第九シンフォニーを黙々と指揮する姿が印象に残っている。今日の
ヴォツェックも既にベルリンで公演しCDまで録音しているから、グルリットへの力
の入れようはただものではない。そのCDはタワーで売られていたが、これを聴くと
意外なほどにベルクの作品に似ていることに驚いた。が、違いもかなりあって作風は
ベルクよりも抒情味を帯びている。

音楽は短い叙事詩的な場面が淡々と流れて実にシンプルである。常に流れるような叙
情があって、ベルクの緊密さには無い潤いすら感じられる。音楽語法はベルクには似
ているが、時に弦楽アンサンブルがトリスタンの響きを奏でるなどかなりロマンチッ
クな作風だ。さらに面白いのはベルクの90分に対してグルリットのは70分でドラ
マを完結させていること。それでいて時間の短さを感じさせずに、ベルク並の凝縮さ
も感じられる。

今日はコンサート形式で上演されたが、ステージのライティングに趣向が凝らされ、
ドラマの情景を見ているようだった。暗く重々しい場面は照明が落とされ、炎の幻影
ではオルガン下に赤い光が漂うなど。特に沼の場面ではオーケストラを囲むホールの
壁の縁が青い照明で沼の領域を視覚に訴えるように感じた。

ヘルマンと緑川の主役ふたりの出来も素晴らしく、特にヘルマンはCDでもタイトル
ロールを歌っている。互いに顔を見合わせるような演技は全く無いが、登場人物たち
はいずれもリアルな描写を展開した。合唱も比較的少人数で場面毎に合唱の位置を変
えていたのが面白い。オーケストラも力強い場面もあれば、抒情に浸るところもあっ
て変化に富んでいたし、弦楽トリオのソロも心に沁みる。沼の場面に続くエピローグ
はまるでレクイエムを思わせるパッセージで淡々と終わってしまった。ベルクほどの
鮮烈な衝撃ではなくともグルリットの淡々とした表現に込められた深いドラマを十分
に感じることが出来たと思う。