●東京交響楽団定期演奏会『聖なる平和の祈り』
 2000年9月30日(土)18:00/サントリーホール
(演奏)
 指揮=飯森範親
 ソプラノ=佐藤しのぶ
 メゾ・ソプラノ=永井和子
 テノール=錦織 健
 バス=李 暁良(リー・シャオリヤン)
 合唱=東響コーラス 合唱指導=宇野徹哉
 コンサートマスター=大谷康子
(プログラム)
 ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス ニ長調 作品123
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秋シーズンの定期は久々の大曲で始る。ベートーヴェンのこの作品は何度かライ
ブで聞いたことがあるが、残念ながら今まで良かったという演奏に出会っていな
い。しかし今日の演奏は本当に素晴らしかった。まず合唱が際立った出来映えで
あったし、オーケストラも然り。

<キリエ>
この大曲の開始には誰しもが緊張を持って望むと思うが、実に自然に力みの無い
音楽で始った。オーケストラのアンサンブルは緻密で、奥行きの有る合唱に目が
覚める。

<グローリア>
何と輝かしく、伸びやかな演奏なのだろうか。ベートーヴェンが特に研究を重ね
たという韻律の響きが素晴らしく実感できる。短く切った合唱とオーケストラの
トゥッティの残響が爽快なくらいホールを覆い尽くす。この大作は教会ではなく
コンサートホールで演奏されることを念頭に作曲されたという解説は良く目にす
る。まさしくサントリーという響きがこの作品の魅力を増しているのは事実で、
今日の演奏をベートーヴェンが聞けばきっと喜んだのに違いないという素晴らし
さだ。

<クレド>
グローリアの素晴らしさは留まることを知らないかのように、今日の演奏の中核
はこのクレドにあったと思う。同じ宗教音楽のジャンルでのロ短調ミサを意識し
て作曲されたという意気込みも十分に伝わってきたし、なによりも音楽的興奮を
喚起されてしまう。しかし今日のソリストたちも実に個性的な良い歌を聞かせて
くれる。4人の声量も素晴らしく、これにフルートのパッセージが織り成す音楽
は例えようもない美しさだ。

<サンクトゥス>
クレドあたりから心を打たれるほど敬虔な気分になっていたが、サンクトゥスに
至って今日の演奏がただものではないことを悟った。歌手・合唱・管弦楽と三位
一体の素晴らしい演奏以上に、本当の素晴らしさは内的な目覚めにあったと思う。
すなわち内面から心を洗われるほどの荘厳さを体験されてくれたからに他ならな
い。特に合唱の後のソリスト達の歌、それに有名なソロ・ヴァイオリンの音楽。
音楽がこれほど内的感動を呼び起こしてくれることは大変なことだと思う。それ
ほどに今日の演奏は素晴らしい。

<アニュス・デイ>
サンクトゥスが終わった時からオルガンの裏あたりで変な振動音が聞え始めた。
暫し演奏は休止状態が続くが、一階の係員が外に調べにいってから音が止んだ。
ざわめきもなくアニュス・デイが開始する。暫しの中断も全く気にならないほど
サンクトゥスの素晴らしさの余韻のままに、平和を願う祈りの音楽に没頭できた。

今日の飯森の指揮は凄かったと思う。彼が作り出す音楽はいつもエネルギッシュ
で生彩に満ちているが、今日はそれに巨匠の風格すらともなっていたと思う。演
奏はとてもオーソドックスながらも随所に魅力があって、全体で壮大な世界を体
験できたし、何よりも深い精神性において感銘を受けた。