'97ザルツブルク音楽祭旅行記

美術館と博物館

■#2749 芸術劇場 97/ 9/30 1:33 (ID:DAT19113@biglobe.ne.jp)
ザルツブルク音楽祭(13)美術館と博物館 tujimoto

さて後半は遠出せずにザルツブルクに滞在です。マチネーとオペラの間を如何に楽しむかが課題となりますが、昼食をゆっくりと取ると余り時間は残りません。こんな時は混雑する観光名所は避けて、美術館でものんびりと回るか、公園で昼寝するのが一番ですね。という訳で美術館と博物館をご案内します。

●レジデンツ・ギャレリー

【歴史】
ところでレジデンツとは当時の大司教の邸宅でした。ザルツブルクはオーストリアとは別の国で、大司教が支配していました。その中でも、あの手この手を尽くして、28歳で大司教の座を手に入れたのがヴォルフ・ディートリヒ・ライテナウ。1600年頃、彼はこのレジデンツを作らせたのです。彼は金使いが荒く、坊主のくせに贅沢三昧。仕事をさぼって、ローマ法王から叱られること度々。とうとう1612年に退位させられました。

続くディートリヒの甥のマルクス・ズティクス・ホーエネムスが大司教となり、この頃から絵画の収集が始まります。彼も贅沢極まりなく、ヘルブルン宮殿まで作ってしまいました。1617年この宮殿でモンテヴェルディのオルフェオ(1607)がドイツ語で上演されました。これはドイツ語圏で最初のオペラになったとか。

ところでこの頃収集された絵画200枚が今のレジデンツ・ギャレリーの始まりで、18世紀中期には1000枚のコレクションとなったそうです。もっとも全部このレジデンツ・ギャレリーに保管されていた訳ではなく、周辺の宮殿などに分散保管されていたそうです。さて1816年、ザルツブルクがオーストリア領土となり、レジデンツ所蔵の美術品の大半、特にクラナッハとかルーベンスとか有名なものはウィーンに持って行かれました。せっかくの歴代大司教・道楽コレクションがザルツブルクにはほとんど残っていません。戦後1952年新装オープンして、少しずつ絵画を買い初めました。現在はやっと200枚のコレクションが集まったそうです。

【オリエント展】

さて入口は一度中庭に入り、オペラ「後宮」のステージ左側の階段を上がって建物の中へ。最初の受付はギャレリーではなくてレジデンツの受付です。ここからとても長い階段で3階へ上がります。入場料は50シリング。

オペラ「後宮からの誘拐」は異文化との出会いがテーマになっていましたが、それに合わせるかのように、ギャレリー内にて「オリエント」展が開催されていました。1848〜1914年のオリエントに関するオーストリア絵画を集めた催しです。おもな画家はレンバッハ、ミューラー、フーバー、マカルトなどでエジプトを題材にしたものが展示されていました。いずれの画風も写実主義すなわちオリエンタルな内容をそのまま伝えようとするものです・・・

・特に印象的だったのは砂漠の砂煙が立ちこめる中で、エジプト人がラクダに乗り、真正面から走ってくる姿。この躍動と力強さ! それとテントの前で遊ぶ子供達や人々の逞しい生活などなど・・・

・絵画ばかりでなく、写真やスケッチ、それと当時の記念品なんかも展示されていました。皇帝フランツ・ヨーゼフ1世がスエズ運河開通のイヴェントに参加した時の豪華な記念本、それにエリザベートがエジプトから貰った衣装など。エジプトやアフリカの生活用品なんかも展示されていて、結構面白いです。

【ギャレリーのコレクション】

ここのギャレリーは大小15の部屋で構成されていて、壁は白を基調とした美しいもので、落ち着いて美術品を鑑賞できます。とりわけ印象的だったのは地元ザルツブルクの画家たちが描いた風景や人物画です。

・フィッシュバッハの「ザルツブルクの眺め」(1797年)
 画面中央がザルツァッハ左岸沿いの道で、左が森、右が川を隔てて城下町を遠くに望む風景です。道には牛とその飼い主が歩き、婦人が日傘をさして子供の手をひいています。麗らかな日を浴びてとてものどかです。川には舟が浮かびホーエンザルツの城が聳えて・・・祝祭劇場へ通うのにこの道を何回か歩きました。今は舗装されていますが、その眺めは遠い昔から同じだったとは・・・永遠の普遍性を感じました。

・ビュールケルの「冬のザンクト・ペーター教会庭」(1802年)
 構図は底辺が教会の墓地で一人の僧侶が雪掻きをしてます。右側はそそり立つ岩壁。それに連なるように中央に雪に霞むホーエンザルツブルク城。岸壁も凍り付き、身を切る寒さを感じます。・・・きっと1月のモーツァルト週間は、この絵と同じような寒さなのでしょう。

・ルースの「ラウリスの谷」(1797年)
 季節は夏、画面上部中央に氷河のアルプスが聳えています。手前はアルプスから連なる渓谷。途中は雲がかかり、川の流れが滝として麓の草原に流れ込んでいます。麓の村には家あり、手前の丘陵で牛が遊ぶ・・・こんな所でぜひのんびりしたいものです。

・ルーベンスの「サチュロスと少女」(1640年)
何枚かあるルーベンスで特に気に入ったのはこの一枚。少女と一緒に仲良くフルーツバスケットを持ったサチュロス。サチュロスとはギリシャ神話の森と野の神。半身半獣でお酒が大好物とか。それを反映してか、バスケットの中にはいろんな種類の葡萄、リンゴ、梨が入っています。頭に月桂樹の葉、とがった耳、それに頭には角があります。この愛嬌さはオペラ「メフィストフェレ」のような不思議な魅力。

さてこのギャレリーはまだまだ見るべきものが多く、しかも閑散としています。音楽祭の合間には持ってこいのオアシスでした。

●カロリノ・アウグステウム博物館

ここはマカルト橋を旧市街に向かって渡り、その通りを右側へ。T字路を左折すると博物館です。祝祭劇場からは馬の水飲み場方向へ真っすぐです。ガラス張りの新しい建物で、入ると広いロビー。受付で40シリングの入場料を払って階段またはエレベータで上がります。二階は大きなガラスの板に絵画が掛けられ、中世ロマネスク、バロックなどの絵や彫刻。やはり何部屋にも分かれています。

ひときわ目を惹いたのがザルツブルク市内の模型。中世と近世の街の様子が模型になっています。特に近世のには鉄道が既に出来ており、現在の状況と比較する上で面白そうです。現在では中央駅からのレールと道路が交差するところは陸橋ですが、これは鉄道が出来た当時から同じだったのですね。それとモーツァルト時代の模型もあり、これは現在の市街地とほとんど同じ。

さてここにはいろんな楽器が展示されています。時代順にリュートを初めとする古楽器、巨大なファゴットのような管楽器、バグパイプ類、マリアンネ・モーツァルトのクラヴィーコード、ハイドンのハンマーフリューゲル、弦楽器類などなど。楽器類のコレクションには結構熱が入っていて、実際の音を聞けるコーナーも設置されていました。

オリジナルCDは250シリングと少し高いですが、買いました。題して「ザルツブルクの響き/ビーバー・モーツァルト・ハイドン」です。またここで使われている楽器は全て博物館所蔵の古楽器によるものです。

Der Salzburuger Klang (DADC Austria, Anif/Salzburg SMCA 0695) Werke Salzburger Komponisten auf historischen Musikinstrumenten des Salzburger Museums Carolino Augusteum

◇ビーバーの「パルティア7番」
 二つのヴィオラダモーレ(1701年)とチェンバロ(1619年)によるパルティータです。ビーバーは1670年以降ザルツブルクで活躍しました。20分強のイタリア風でしかも哀愁に満ちた曲を聞いていると心がとても落ち着きます。

◇モーツァルトの「メヌエットKV1」と「12の変奏曲KV265」
 メヌエットはマリアンネ(ナンネル)が使っていたクラヴィーコードで演奏。さすが音が弱くてヴォリュームを上げないと、良く聞こえません。12の変奏曲は1775年製のハンマークラヴィーアによるもので、弦をハンマーで弾く音が歯切れ良く、意外と迫力があります。

◇ハイドンの「カルテット5番」と「ピアノの為のアンダンテ」
 カルテットにはザルツブルクのフランツ・シモンが1790年代に作った弦楽器で演奏されています。ガットのとても柔らかい響きでまろやか。アンダンテの変奏曲にはハイドンのハンマーフリューゲルを使い録音。低音部がしっかりして、艶消しぎみの響きには華美というより造形美を味わえます。モーツァルトで使われた楽器に比べると格段にスケールアップ。

楽器はこのくらいにして、となりのコーナーへ行きましょう。ここはどうも中世以降の城の中の居室と会議室を再現したフロアー。黒光りする重厚な木で天井、壁、床が組み建てらており、中央に巨大な会議机があります。この博物館も閑散としており、ここには誰も居ませんでした。今にも昔の貴族や騎士達が現れてきそうな雰囲気が漂っていました。

3階にはフランシスコ・ゴヤ展が期間限定(8月末迄)で開催されていました。ゴヤといっても絵画でなく、エッチング画です。壁一杯に数百枚貼られており、見るのは大変。私は適当に歩いて通過しましたが、一枚一枚丹念に見られている方も結構おられました。

地下は考古学の展示です。古くは石器時代からローマ、ギリシャ時代のザルツブルクでの発掘物が展示されています。ザルツブルク周辺はBC500年頃からハルシュタット文明が栄えたそうで、その繁栄はザルツすなわち塩だったそうです。展示されているものがやっぱり石像とか石の床のタイルなどが多いですね。ローマ時代の貨幣なんかもいろんな種類があったのには驚きました。

参考までにカロリノ・アウグステウム博物館のホームページはこちらです。

さてそろそろ疲れてきました。後は自然史博物館が向かいにあり、ミラベル宮殿にはバロック美術館があります。ゆっくり回るにはもっと時間が必要ですね。では、この辺で美術館めぐりを終わりましょう。

                              tujimoto

■#2750 芸術劇場 97/10/ 1 21:38 (ID:XGM57171@biglobe.ne.jp)
RE:#2749>ザルツブルク音楽祭(13)美術館と博物館 メテオリット

●tujimoto さん
 レジデンツ・ギャレリー などご見学のお話、とても興味深く読
ませていただきました。

>・フィッシュバッハの「ザルツブルクの眺め」(1797年)
> 画面中央がザルツァッハ左岸沿いの道で、左が森、右が川を隔てて城下町を遠
> くに望む風景です。道には牛とその飼い主が歩き、婦人が日傘をさして子供の
> 手をひいています。麗らかな日を浴びてとてものどかです。川には舟が浮かび
> ホーエンザルツの城が聳えて・・・
> 祝祭劇場へ通うのにこの道を何回か歩きました。今は舗装されていますが、そ
> の眺めは遠い昔から同じだったとは・・・永遠の普遍性を感じました。

 このMSGを読んだときこんなことを思いました。

 絵画と音楽ではその表現形式が違います。絵画はStaticであり音
楽はDynamicです。また音楽が時間軸上あるとすれば、絵画は空間
の広がりをもっています。

 これほど異なった形をもちながら、ときに絵画のなかに時間の永
遠の普遍性を見いだしたり、音楽に映像や色彩を感じさせられるこ
ともしばしばあります。

 芸術がいかに人間の生を豊かなものにしているかをあらためて思
いました。

 ところで、行きたい場所、見たいものを自由に享受なさっている
ご旅行をとても羨ましく思います。私のような団体パック旅行です
と、美術館へ行っても、ガイドさんは「ガイド・マニュアル」どう
りの説明をします。

 マドリードの国立ソフィア王妃アートセンターは、今世紀に入っ
てからの画期的な前衛絵画の代表作など多くの展示品があるのに、
まずピカソの「ゲルニカ」のまえで説明に20分もかけ、残り時間
は30分しかありませんので集合時間に遅れないようにというあり
さまです。 

 プラド美術館でも、ベラスケスの有名な「宮廷の侍女たち」の説
明が終わると足早に展示室をいくつも素通りして、ゴヤの裸体と着
衣の両「マハ」の絵の前に立たされるといった具合です。結局私は
見たいと思っていたブリューゲルの「死の勝利」を見逃してしまい
ました。

 いまもヨーロッパの田舎と見られているスペインにとっては、世
界に誇れる自国出身の画家たち、ピカソ、ゴヤ、ベラスケスなどを
他国の観光客に誇示したい気持ちはわかりますが、人類共有の文化
遺産としてより、ナショナリズムの方に傾倒している限り田舎者的
メンタリティーから抜け出せないのではと思ってしまいます。

 なんか関係のない話になってしまいました。ごめんなさい。

メテオリット

■#2751 芸術劇場  97/10/ 2   1:33 (ID:DAT19113@biglobe.ne.jp)
RES#2750>メテオリットさん>絵画と音楽       tujimoto

●メテオリットさん

 これはこれはまた面白いお話ありがとうございます。

>絵画と音楽ではその表現形式が違います。絵画はStaticであり音
>楽はDynamicです。また音楽が時間軸上あるとすれば、絵画は空間
>の広がりをもっています。

スタティックとダイナミックの対比それに空間と時間の対比・・・
するどいご指摘です。

>これほど異なった形をもちながら、ときに絵画のなかに時間の永
>遠の普遍性を見いだしたり、音楽に映像や色彩を感じさせられるこ
>ともしばしばあります。

そうなんですよね。静止している絵でも、実は見るものに想像を与えて、頭の中
では本当に動きとか時間を実感できるものもありますね。

実は最近、演奏会形式オペラをもうひとつ踏み込んだホールオペラなるものが演
奏されていますよね。例えばサントリーホールのシリーズとかで、今年はトスカ
でした。大体は舞台の背景スクリーンに模様とかちょっとした絵画なんかを映し
出す簡単な演出です。オペラといえば絵画なんかも舞台美術のひとつとして重要
な要素なわけですが、これをスタティックと扱うか、ダイナミックと扱うかで効
果もかなり変わってきます。

ただ今年のホールオペラのトスカはダイナミックを指向しすぎて、逆効果になっ
たようです。(具体的なヴィデオ映像を大きなスクリーンに映していたり、逆に
絵画が具体的すぎて、くどい説明に見えました。)

その点、古今の名画家たちは必要最小限の描写で雄弁に語りかけるような絵を書
きますね。ある意味で、舞台美術とか演出も画家のようなセンスが求められるよ
うです。


>マドリードの国立ソフィア王妃アートセンターは、今世紀に入っ
>てからの画期的な前衛絵画の代表作など多くの展示品があるのに、
>まずピカソの「ゲルニカ」のまえで説明に20分もかけ、残り時間
>は30分しかありませんので集合時間に遅れないようにというあり
>さまです。 

音楽を優先させてしまうので、スペインは行ったことがありません。「ゲルニカ
」一品だけで20分の説明ですか。やっぱり隈無く見るのには何日も通いつめる
ことになりそうですね。

>いまもヨーロッパの田舎と見られているスペインにとっては、世
>界に誇れる自国出身の画家たち、ピカソ、ゴヤ、ベラスケスなどを
>他国の観光客に誇示したい気持ちはわかりますが、人類共有の文化
>遺産としてより、ナショナリズムの方に傾倒している限り田舎者的
>メンタリティーから抜け出せないのではと思ってしまいます。

なんとなくおっしゃる意味が分かります。このナショナリズムは良い意味では独
自文化を醸成するのに役立ちそうですが、悪い意味では閉鎖性の元になりますよ
ね。

いずれにしても音楽だけの世界と、絵画など美術だけの世界と、お芝居の世界と
、それにこれらが融合した総合芸術のパターンで楽しめるのは幸せです。

                                                              tujimoto

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