'97ザルツブルク音楽祭旅行記

ザンクト・ペーター教会ミサ

■#2738 芸術劇場 97/ 9/25 0: 9 (ID:DAT19113@biglobe.ne.jp)
ザルツブルク音楽祭(11)ザンクト・ペーター教会ミサ tujimoto

●8月14日(木)/6日目

この4日間は連続でオペラを見ましたが、意外にも全然居眠りもしないで楽しめました。自分でも不思議なくらい快調です。あとオペラ3本残すのみで、マチネーとのダブルが3日連続します。前半の重量級オペラ4本が終了し峠を越した感じですが、残りのモーツァルト3本も油断は出来ません。これからは、のんびりとザルツブルク市民になったつもりでコンサートとオペラを楽しみましょう。

さて今日は土・日曜ではありませんがオーストリアの祝日の為、マチネーがあります。ちなみに平日にはマチネーはありません。曲はザンクト・ペーター教会でのモーツァルト「ハ短調ミサ」。このミサはこの教会で初演されたそうで、同じ場所で同じ曲を聞けるとは有り難いことです。

●ペーター教会について

この教会はローマ時代の修道院跡に12世紀頃建てられたそうです。その後18世紀にはロココ様式に模様替えされ、壁と天井はキリストを題材とするバロック絵画で埋めつくされています。内部は、何処の教会でも同じですが、横幅が狭くて奥に長細い構造です。ザンクト・フローリアンよりは小さく、歴史の古さを感じさせます。今日もとても天気が良くて暑いのですが、内部は信じられないくらいの涼しさです。この教会の壁は白っぽい大理石で模様が入っています。張り巡らされた絵画は、さながら美術館のようです。またここのオルガンは1620年ものと古く、一体どのような音がするのか興味あるところです。

今日のプログラムの裏表紙にペーター教会の古いステッチ画が載っています。おそらく18世紀の改修前に姿なのでしょうか、塔の形が少し現在と違います。外観はほとんど昔からそのままのようです。教会の横脇は墓地になっており、とても美しい庭になっています。観光名所の一部になっているようで、沢山の人が歩いていました。

●モーツァルトの「ハ短調ミサ」について

モーツァルトは金儲けの為にこれを作曲したのではなく、コンスタンツェとの結婚を神へ感謝する為に作曲したそうです。しかしながら未完に終わってしまい、クレドの後半と末尾のアニュス・デイが無いばかりか、所々のパートも歯抜け状態になっています。この当たりの経緯に関してはベーレンライターから出ている新モーツァルト全集のスコア[1] に詳しい説明があります。例えばサンクトゥスは楽器編成上20段のスコアが必要ですが、当時の譜面が12段しかなかった為、モーツァルトは管楽器を別のスコアに分けて書いたそうです。そのうち弦と合唱のメイン・スコアが紛失し、大幅な歯抜け状態になったとか。とはいえ、この曲が余りにも素晴らしい為、後世のいろんな人が復元を試みました。そのおかげでバイヤー版・モーンダー版・エーダー版あるいはガーディナーやアーノンクールのアレンジ版などの演奏を聞くことができます。
注[1] Wolfgang Amadeus Mozart "Mass in C minor" KV 427,
  Urtext of the New Mozart Edition, Baerenreiter Study scores 255.

本日の演奏は新モーツァルト全集の為に補筆を行ったヘルムート・エーダー(1985年)版の演奏です[1]。 エーダーは補筆を最小限に抑え、編集した部分や自筆譜の抜け落ちた部分は[ ]で囲みました。アーノンクールのCDはエーダー版に少しアレンジを加えたもので結構面白いです。例えばクレドの33〜36,58 〜59,63〜小節にオーボエとホルンのパートを追加し、素晴らしい緊張感と奥行きを作っています。このように未完成であるが故に演奏者の解釈に幅ができ、聴くほうも楽しみが増えます。果たして本日の演奏はアバドのように全くの譜面通りなのか、あるいはアレンジがあるのか、カンブルランの指揮が楽しみです。

●演奏

♪ KIRCHENKONZERT
14. August 1997, 11:00 Uhr, St.Peter
  Worte der Einfuehrung von Pater Petrus Eder
Morzart Missa c-Moll KV 427
Rekonstruktion und Ergaenzung: Helmut Eder
Dirigent Sylvain Cambreling
Camerata Academica Salzburg
Salzburger Bachchor
Orgel Michaela Aigner
Solisten Christine Schaefer, Sopran 1
Soile Isokoski, Sopran 2
John Mark Ainsley, Tenor
Oliver Widmer, Bass
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ザルツブルクの「ハ短調ミサ」は特別演奏会であって、期間中1回しか演奏されません。その為、立ち見以外は早々と完売。チケットをゲット出来たことにまずは感謝。教会前には臨時のテーブルがおかれプログラムが販売されています。さらにその横で立ち見の当日券も売られていました。ミサを教会で聴くのは始めてなので、開演前から興奮ぎみです。

入り口から祭壇に向けては、長い長い通路が一直線に伸び、両側に長椅子が並んでます。所々前後の空きスペースには臨時の椅子が追加されていました。木の長椅子には座席番号の付いた座布団が一枚ずつ置かれています。私の座席は教会の中央部左サイドで、舞台までは距離があります。祭壇の前に合唱・オケが並び狭そうです。ライトアップされた祭壇画と黄金のフレームは眩しく光っています。

本日のソリスト達が登場。第1ソプラノのクリスティーネ・シェーファーはいつものショート・カットのヘア。彼女は「後宮からの誘拐」でコンスタンツェも歌っていますが、今日はミサを歌う為、夜の「後宮」には出演しません。続く第2ソプラノはウィーンで活躍のゾイル・イソコフスキ。彼女はよくウィーンの記念コンサートに出演しているようですね。テノールはジョン・マーク・エインズリで、サイトウ・キネン・フェスティヴァルの「マタイ受難曲」にも出演するそうです。バスはスイス出身のウィドメルで、アーノンクール指揮のチューリヒ・オペラによく出演しています。

指揮者カンブルランが登場。演奏前にエーダー牧師の短い挨拶がありました。内容はよく解りませんでしたが、今日聴くモーツァルトのミサはここで初演されましたとかで、お祈りではありません。

(キリエ)
カメラータ・アカデミカとザルツブルク・バッハ合唱団は若いメンバーで構成されていて、最初のキリエ・エレイソンからとてもフレッシュな演奏です。教会の残響もさほど聞きずらいものではなく、ハーモニーに適度の残響を与えて、厳かな雰囲気も満点です。中間部シェーファーの歌うキリステ・エレイソンがスポットライトの如く聞こえてきます。なんと神々しく美しい!・・・絶妙なヴィヴラートで包まれた天使の歌声には熱くなるものを感じます。オーケストラや合唱とハーモニーすると言うよりも、シェーファーの歌が全てを包み込むような美しさです。

(グローリア)
ここは歓喜が爆発する合唱。カンブルランはテンポを早めに設定し、合唱とオケを伸び伸びと演奏させています。この躍動は本当に素晴らしく、改めてミサを聞く喜びを実感できました。

(ラウダ・ムステ)
通常ここは第1ソプラノがそのまま歌いますが、第2ソプラノのイソコフスキが歌いました。シェーファーに劣らず、素晴らしい歌声です。難しいコロラトゥーラもベテランの貫禄で、いとも容易く歌われました。

(ドミネ)
さてシェーファーとイソコフスキのソプラノ二重唱です。それぞれのソプラノが父と子すなわち神とキリストを示すと言われる二重唱では、二人が目まぐるしく入れ代わり、ある時は重なり合います。何と贅沢な歌声でしょうか。後半二人は同じ音を交互に持続させますが、まさにここは二つのソプラノがひとつに聞こえました。

(クィ・トーリス)
世の罪を除き給えはバッハのマタイのように二重合唱が展開するところ。それぞれの合唱は4声部で合計8声部からなる壮大な曲です。この部分は『キリストが十字架を背負いながら歩く場面をイメージさせる』と言われています[2]。しかしながらカンブルランの指揮はそれほど深刻ではなく、さりげなく早いテンポで淡々と進めて行きます。
注[2]白水社・文庫クセジュ「モーツァルトの宗教音楽」カルル・ド・ニ著

(クォニアム)
さてこのミサはソプラノに比重があり、テノールの出番は僅かです。ここで始めてテノールが登場。第1、第2ソプラノとの三重唱です。ついついシェーファーの美声に聞き入っていた為、テノールの印象が残っていません。

(イエズ・キリステ〜クム・サンクト・スピリトゥ)
ここはでモーツァルトがバッハのポリフォニを勉強した成果が発揮されていますね。素晴らしい!宇宙をイメージする普遍性すら体験できる個所です。これをペーター教会で聞いていると、昔の人はこの同じ教会で聞いていて何を想ったのだろうか?とふと考えてしまいました。

(クレド)
これは私の大好きな箇所です。いろんなCDを買いあさるのも、実はここを聞く為。というのもアレンジや補筆はここが一番多いからです。それとクレドの音楽がシンプルで素晴らしい推進力を持っているのです。さて注意深くカンブルランの指揮に耳を傾けます。演奏はエーダー版の楽譜通りで、アレンジはありませんでした。極めて現代的にスッキリと合唱をパワフルに推進させて行きました。

(エティカルナトゥス)
ところでハ短調ミサが初演された時はソプラノ・パートをモーツァルトの妻コンスタンツェが歌いました。そのとっておきのパートがここのコロラトゥーラ・アリアです。ここはシェーファーが歌いましたが、それはもう天使そのもの。身が引き締まる思いで聴きました。目頭が熱くなり、言葉を失います・・・

(サンクトゥス)
ここも二重合唱の壮大な音楽です。楽譜は確かに20段で立派。ラルゴの後、アレグロに変わるホザナでは譜面が複雑に入り組ん来ます。凄いポリフォニの展開で、合唱も溌剌と歌います。カメラータ・アカデミカの輝かしい金管と弦のアンサンブルも印象的でした。

(ベネディクトゥス)
ここで始めてソリスト達による四重唱が登場。しかしながら、ここは余り印象に残りませんでした。最後の土壇場107小節から2重合唱が加わり、あっけなく終了・・・やはり未完の作品が持つ宿命でしょうか、今までの壮大なミサが途中でプッツンとテープが切れたように終わりました。

ミサだから拍手は無いのかなと思っていたら、パラパラと拍手が起こりました。でもここは教会ですからカーテンコールという訳には行きません。ほどよく拍手が続いたところで退場です。60分の一曲だけでコンサートが終わるのは早すぎるようですが、この一曲だけでも充実した内容でした。

・・・しかしここはとても長細くて出口は後ろの一箇所だけ。ですから退場するのに10分以上も掛かりました。地震の時はどうするのかなと疑問に思うのでありました。

●ザルツブルク音楽祭とモーツァルト「ハ短調ミサ」

祝祭ショップにザルツブルク音楽祭ライブの「ハ短調ミサ」CDが売られていました。これは1958年にベルンハルト・パウムガルトナーがモーツァルテウムを指揮したもので、会場は本日の演奏と同じペーター教会。録音は悪くて教会のトーンなどは全く聞き取れませんが、ソリスト達はいずれもオン・マイクでリアルです。このCDはペーター教会でのライブであること以上に、用いられた版が面白いです。クレドとサンクトゥスの間に補筆が延々10分くらい続きます。さらに未完のアニュス・デイは冒頭のキリエを利用した補筆が9分。エルダー版を聞き慣れた耳には一瞬の驚きです。このCDのライナー・ノートには1956年のロビンズ・ランドン版を用いたとあります。しかし補筆部分はどうしてもモーツァルトに聞こえないのは私だけでしょうか?

ついでながらパウムガルトナーは1920年の音楽祭当初から指揮を続けており、このハ短調ミサをペーター教会で定期的に演奏するようになったそうです。大戦中は一時中断、戦後1950年頃から再び取り上げるようになります。演奏は主としてモーツァルテウムが担当。パウムガルトナー没後は、このミサは特別なものとして毎年、順番に指揮者が交代して演奏されているとか。登場した指揮者はレヴァイン、リリング、ハーガー、シュライヤー、アーノンクール、ガーディナーなどなど。特に1985年からはヘルムート・エーダー版どの演奏が定着しているとのことです。
                               tujimoto

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