'97ザルツブルク音楽祭旅行記

リンツ・ブルックナー詣でと歌劇『グラン・マカブル』

■#2724 芸術劇場 97/ 9/20 1:18 (ID:DAT19113@biglobe.ne.jp)
ザルツブルク音楽祭(9)リンツ・ブルックナー詣で tujimoto

●8月13日(水)/5日目

昨日の「ボリス」はとにかく凄かった。「ヴォツェック」も凄い。やっぱりザルツブルクに来て良かったと改めて実感しました。ところで今日はリゲティの「グラン・マカブル」だけでマチネーは無し。開演は20時と余裕です。

ザルツブルク中央駅 明日からはマチネーとオペラが3日間連続で、観光は今日しか出来ません。そこで朝9:10のザルツブルク発のインター・シティでリンツに行くことにしました。実は本屋でトーマス・クックの時刻表を立ち読みして時間を調べておいたのです。せっかくですから、ブルックナーゆかりのザンクト・フローリアンへ行って、ブルックナー詣でしようという訳です。

7:30起床、ゆっくり朝食とった為、あまり時間がありません。9:00まであと10分しかない。ヤバイと思いつつ途中走りました。駅に着いて往復切符を買い、電車は9:15発と聞いてホットしました。二等車のザルツ〜リンツ往復で384シリングです。

夏休みの為、ホームはかなりの人で混雑しています。いろんな国から学生さんが鉄道の旅に来ています。やっぱり学生のメリットは休暇が長い事ですね。さて車両は向かい合わせ6人のコンパートメント方式。空いてそうなコンパートメントを見つけて、「Darf Ich setzen hier ?/ここに座っていいですか?」と問いかけましたが、向かい合わせに座った女性ふたりは???とキョトンとしています。すると窓側に座っている紳士のかたが「Please sit down」と英語で答えてくれました。窓側のご夫妻は米国の方で、通路側の方達はイタリア語を喋っており、イタリアから乗ってきている様子です。

暫く走ると緑の草原と牧場ののどかな風景が現れてきました。何という名前か分かりませんが大きな湖が印象に残りました。ウェルズを通過し、もう少しでリンツです。しかし今日も快晴で朝から太陽が照りつけています。電車は冷房が効いていないので、とても暑い。さっそくモバで昨日のボリスの感想をメモします。美しい景色を眺める車窓の旅を少しだけ楽しめました。

リンツには10:30に着きましたが、さてここからザンクト・フローリアンまでどうやって行こうか? ガイドブックにはバスが出ているが本数が少ないと書いてありました。あたりを見回してもそれらしきバス・ストップも見当たらないので、タクシーで行くことにします。

タクシー乗り場には2、3台とまっており、暇そうにドライバー同士で楽しそうにお喋り中です。英語が通じなかったので、ドイツ語の片言でザンクト・フローリアンへ行きたいと行いました。あとは値段の交渉で、片道280シリングだそうです。

ザンクト・フローリアン 運転手はとても陽気で、ブルックナーの話をしながら車を飛ばします。結構スピード魔でちょっと怖かった。途中とても綺麗な草原を通って行きますが、昔は馬車でブルックナーも通ったのかなと想像しながら景色を眺めていました。なだらかなな丘陵が何個も連なり、グリーン一色に真っ青な空。のどかで素晴らしい景色です。凄いスピードのおかげで15分程度でザンクト・フローリアンに着きました。"St.Florian Markt"という標識があり、いかにも村という感じで周囲には何もありません。やがて修道院の塔が見え、門に囲まれたところが修道院の入り口。タクシーは入口へ入っていき、中庭の建物のところで停車。

親切でひょうきんな運転手は受け付けまで案内してくれました。受付嬢は英語が分かり、見学したいと言うとちょうど今(11時)からツアーがあり、終了は12:30とのこと。バスはほとんど走っていないので、タクシーの運転手に帰りの分も頼みました。電話すれば迎えに来てくれるとのこと。

ガイド・ツアー料50シリングを払って参加します。既に中庭に20名くらい集まっていて、お年を召された女性ガイドさんが説明を始めました。ツアーに参加している方たちは皆マイカーで来ているようです。日本の方はいませんでした。最初の門と建物全般の説明が始まりました。ガイドさんはドイツ語なもんで、説明は良く分かりません。知っている単語と後は想像にまかせて話を聴くだけ。

■ザンクト・フローリアン修道院

【図書室】
建物に入り、最初に見たのが図書室です。中央に大理石のテーブルが何個もあり、周囲はバロック調書棚に本がぎっしり。天井まで本で埋まっています。階段があり中二階へ上がれます。そこからまた天井まで本がぎっしり。なんでも古い本が沢山あり、オーストリアの歴史研究で重宝されているとか。

【マラブル・ザール】
一面大理石の大広間で調度品は置かれてはいません。いわゆるシューボックス型で、天井はレンガで作った半円形。そこには天界の絵画が描かれています。ガイドの人が手を叩くと、反響音がしました。それにつられてお客も手を叩いて響きを確認しています。

【アルトドルファー・ギャレリー】
赤い絨毯が敷かれた四角い部屋の壁3面に小さな絵画が何枚も展示されていました。レーゲンスブルク出身のアルブレヒト・アルトドルファーという絵描きの作品。キリストを題材にしたものが多く、小さなキャンパスにとても細かくリアルに描写されていました。ここではガイドの説明がとても長かった。それにしてもドイツ語圏の小さな子供達は大人しく説明に聞き入っておりました・・・

【音楽の部屋】
と言ってもまだブルックナーではありません。シューベルトの部屋です。シューベルトが住んでいたわけではなく、彼の楽譜とかが展示されていました。彼はリンツ郊外を訪れたことがあり、その際あの有名な「ます」を作曲したそうです。

部屋から部屋を回りますが、その度にガイドさんは鍵を開けたり閉めたり。彼女は腰に鍵を沢山吊っています。我々は中庭に面した廊下を歩かされ、階段を上がったり降りたりの繰り返しです・・・

【皇帝の間】
この修道院は皇帝たちも訪れたそうで、その為の部屋が沢山あります。1700年代の皇帝カール5世やマリア・テレジアなどが利用したそうです。当初は宗教上に使われていたのですが、そのうち皇帝達の観光用となったとか。置かれている家具は250年前からそのままの状態とのことで、なるほとすごく古びれて見えます。このような部屋が扉を隔てていくつも連なり、子供用の部屋もあります。そこにはとても小さなベッドがあり、人形や動物達の大きな彫刻が設えてあります。ちょうどおもちゃで遊びながら眠れるように工夫してあるのは今も昔も同じですね。

【ホール】
客間のホールはこれまた豪華で壁は赤のビロード張り、女帝マリア・テレジアやヨゼフ皇帝の大きな肖像画があります。天井は巨大なフレスコ画で、テーマはヘンデルのオラトリオにもなっているバビロン帝国の王ベルサザールの物語。・・・どの部屋も広間もドイツのどこかの宮殿とか城の中に似ています。大理石の床に天井画、豪華の椅子とヴェネチアンとかボヘミアンのガラス細工などなど、どれもこれもみんな同じに見えます。・・・

そろそろ疲れてきました。ガイドさんは全然疲れていない様子で、ますます得意満面、説明に熱が入るようです。

【ブルックナーの部屋】
やっとブルックナーです。とても小さな部屋にベーゼンドルファーが置いてあります。これは彼が使っていたものです。かたわらに金属パイプの枠があるベッドがありますが、これはブルックナーの最後を迎えたもの。天に召された直後の写真も一緒に展示されていて、まったく同じベッドの実物がそこにあるので、何となく感慨深いです。ちなみにピアノとかベッドなどはウィーンから運ばれてきて、ここに展示されているのです。ワードローブそれに博士号を授与された式典で肩に掛けたテープ、壁には大きな彼のポートレートもありました。

ここからは廊下に出て別棟へ移動します。参加者の方で、もう疲れたのかここでツアーから離れた人が数名いました。大聖堂を見ないで帰るのは勿体無い。

【大聖堂】
これが本日のクライマックスです。ここでは昨年9月にブーレーズ指揮ウィーン・フィルによるブルックナー交響曲8番が演奏されました。その模様はこの春BSで放送されたましたね。放送でも映っていましたが、ドーム状の天井には巨大フレスコ画が描かれています。丸いドーム天井が何個も連なり、その高さは40m近くになるそうです。この高さと奥行きの巨大空間には全くの驚きです。教会にしては明るく、冷たさを感じません。教会に入ると普通冷んやりしますが、むしろ暖かさを感じました。壁の大理石は滑らかで木目の細かさは遠くからでも分かります。昨日はザルツブルクのザンクト・ペーターの中を少し覗きましたが、これに比べると、ここはとても美しい。

祭壇と反対の後ろ側の高いところにオルガンがありますが、ブルックナーがこれを弾いていたので、ブルックナー・オルガンと呼ばれています。1700年代に作られたそうで、パイプを支える筐体はバロックの黄金飾りや彫像で囲まれています。ぜひ音を聞いてみたいものです。

大聖堂の説明の最後にガイドさんが「ではお祈りしましょう」と。ここで方膝を床につけ手を合わせてお祈り。

【ブルックナーのお墓】
いよいよです。大聖堂の出口から回ったところに地下への階段があります。ガイドさんについて降りると、冷たい空気が漂っています。中は薄暗いということはなく、外の光も天窓から入ってきます。ここには廊下が二つ平行して通っていて、その両側はいくつもの小部屋があり、それぞれの部屋に歴代修道院関係者の棺があります。どれもとても古く、中世から眠っているのもあります。まるでドラキュラに出てくるような黒光りしたものから、比較的新しいものまで。ここは一人では絶対に入れませんね。

そして奥のほうへずっと進むと、ひときわ立派な黄金の棺が大理石の台座に鎮座しております。アントン・ブルックナーと銘が打たれています。ここはちょうどブルックナー・オルガンの真下になるそうです。これはブルックナーの遺言によることはご存じの通り。ブルックナーの棺のさらに奥は壁に彫られたアーチ状の洞穴。一瞬ドッキ! 無数のしゃれこうべが大きな目を開けて一斉にこちらに向いています。いわゆるカタコンベで、これらは近くの1200年代の中世教会から発掘された6000以上の頭蓋骨だそうです。この修道院の祭壇の地下にも1000年代のロマネスク教会とかゴシック教会の遺跡が眠っているとか・・・

反対側の廊下を通って地上に上がります。これでツアーの終わりで解散です。外に出ると中庭で、修道院のレストランがあります。ここは閑古鳥が鳴いていました。中庭は大きな修道院の建物に四角く囲まれ、緑がとても綺麗。とりあえずそのまま受付へ。親切な受付嬢はタクシーを呼んでくれました。5分で来てくれるとのことで、その間にポストカードなどを買います。ここにはブルックナーのメダル、書籍類や修道院のビデオなんかも売ってました。

フローリアン村案内 門の外でタクシーを待ちますが、やはり猛暑なんでしょうか。ジリジリと焼け付きます。しかし今日で5日目になりますが、毎日雲一つ無い快晴続き。ザンクト・フローリアンの入り口には大聖堂でのコンサート案内があります。8/15夜7時からブルックナー交響曲8番。リンツのアマチュア・オーケストラによるものです。きっと良い響きなのでしょう、機会があれば聴きたいです。

門の前にもレストランがありますが、噂によるとここにはブルックナー・メニューがあるとか。当時ブルックナーが好んで食べたソーセージ料理だそうです。

・・・例によって陽気な運転手と再開。このままリンツへまっしぐらです。リンツの駅ではなくて、市街地に降ろして貰いました。せっかくですから、街も少し見てから駅に向かうことにします。ハウプト広場という所で、適当に散歩。しかしずっと歩き通しなので、疲れてきました。まずはカフェ・レストランで昼食です。

リンツといえばブルックナー・ハウスが有名で、一度見たいところですが、少し離れているので、パス。 ブルックナー・ハウスのホームページはこちらです。

昨年秋来日したリンツ・ブルックナー管弦楽団の演奏会やブルックナー・フェスティバルが開催される所です。さてモーツァルトがリンツを作曲した家も見たいですが、場所が分かりません。おまけにこの暑さなので、もう帰ります。市電で中央駅へ・・・そして例によってインター・シティでザルツブルク目指し車窓の旅を続けるのでありました。ザルツブルクに着くまで昼寝でもしましょう・・・

(PS) ザンクト・フローリアンの写真が紹介されたホーム・ページを見つけました。

                              tujimoto

■#2729 芸術劇場 97/ 9/22 1:34 (ID:DAT19113@biglobe.ne.jp)
ザルツブルク音楽祭(10)歌劇『グラン・マカブル』 tujimoto

♪ Gyoergy Ligeti, "Le Grand Macabre"
   13. August 1997, Grosses Festspielhaus
   Musikalische Leitung        Esa-Pekka Salonen
   Inszenierung                Peter Sellars
   Buenenbild                  George Tsypin
   Kostueme                    Dunya Ramicova
   Licht                       James F. Ingalls
   Choreinstudierung           Winfried Maczewski
   Choreographie               Jachim Schloemer
   Piet vom Fass               Graham Clark
   Amanda                      Laura Claycomb
   Amando                      Charlotte Hellekant
   Nekrotzar                   Willard White
   Mescalina                   Jard van Nes
   Astradamors                 Frode Olsen
   Venus/Gepopo                Sybille Ehlert
   Weisser Minister            Steven Cole
   Schwarzer Minister          Richard Suart
   Fuest Go-Go                 Derek Lee Ragin
   Philharmonia Orchestra
   Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor
   (Neuinszenierung / Koproduktion mit dem Theatre du Chaelet Paris)
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グランマカブル リゲティのオペラ「グラン・マカブル」は初めて見るオペラ。このオペラに関する文献は少なく、オックスフォード・オペラ辞典を本屋で立ち読みしても、何やら怪しげな作品で詳しい説明はありません。音楽の友社発行『クラシック音楽の20世紀/オペラの時代』に2ページ程あらすじと説明があます。最近だと音楽現代97年6月号にフェラーラ座での詳しいレポート記事がありました。CDではwergoレーベルより、Elgar Howarth指揮/ORFの演奏によるもの(1991年録音 WER6170-2)が唯一ではないでしょうか。リゲティに関してはここなどで知ることができますが、ここでグラン・マカブルの経緯について少し・・・

リゲティはハンガリーに生まれ。彼の家族はナチスのテロに遭い、彼自身はウィーンへ逃げのびたそうです。その為ヒットラーなど独裁への恨みは唯ものではなく、政治的にも左翼思想を固持しています。こんな彼はあらゆる独裁や怪しげな宗教を風刺する為、グラン・マカブルを思いつきました。グラン・マカブルとはフランス語で大いなる死という意味で、既に中世においてゲルドロドが「大いなる死の散歩」とう物語を書いています。ヨーロッパの中世は絵画においてもブリューゲルやボッシュらが「死の芸術」を開花させており、人はみな死と一緒に生活しており、終末思想が身近なものでした。リゲティはこの終末思想を利用して逆説的に平和と生へのスローガンをオペラのテーマにしようと考えたのです。

リゲティによると、最初ストックホルムの劇場人ミヒャエル・メシュケから「グラン・マカブル」のリブレットが送られて来て、彼ら二人でテキストを書き上げたそうです。1970年代の現代音楽界はアンチ・オペラ指向であり、リゲティも最初オペラというジャンルを否定する意味で作曲を考えていたそうです。しかしアンチ・オペラ思想そのものを否定すべくアンチ・アンチ・オペラとして、作曲に取り掛かったとか。当初はリブレットの言葉が多くて解りにくいものでしたが、言葉をどんどん削っていったそうです。そのうちオペラにはほとんどテキストは不要だと気がついたとか。その為このオペラはストレートかつインパクトあるものになりました。最初は風刺などシリアスなもからスタートしたのですが、いつの間にかコミックなものになり、リゲティ自身「グラン・マカブルは愉快なレクイエム」とまで言っています。ではそのあらすじは・・・

●あらすじ(初版)
【第1場】ブルーゲルラントという国に墓堀り人ピエトがおりました。彼は酒好きで酔っ払っていると、愛に耽るアマンド(スペルマンド)とアマンダ(クリトリア)を見つけました。すると墓の中からネクロツァール(死神)が生き返ってきて、世界の破滅を宣告。ピエトは恐怖の余り死神の奴隷になりました。アマンドとアマンダは誰にも邪魔されない墓穴に入っていきます。

【第2場】同じ頃、メスカリーナと星占い師アストロダモルスという夫婦がおりました。妻のメスカリーナは女性肌着を着たアストロダモルスを鞭打って、SMプレイを楽しんでいます。アストロダモルスは妻の鞭打ちから逃げ天文観測の仕事を開始。そこで彼は何と望遠鏡で地球を破滅させる彗星を見つけてしまいます。欲求不満のメスカリーナは酔っ払って眠りこけました。夢の中で「もっと強い男がほしい」とヴィーナスに要求。突然ネクロツァールがピエトを従えて登場。彼はアストロダモルスも奴隷にします。夢心地のメスカリーナはネクロを一目見て、ヴィーナスへの願いが叶ったと思いますが、彼は彼女を咬み殺してしまいました。

【第3場】ゴー・ゴー王子の館では白大臣と黒大臣が互いに罵りあい、増税に関してもめています。まだ子供のゴー・ゴー王子は二人の大臣にバカにされながら、おやつを餌に増税にサイン。そこに秘密警察長官ゲポポが登場し、良くない大異変があると警告。暫くするとネクロツァールが現れ世界の終末を宣告し、ブルーゲルラントは大混乱となります。ピエトとアストロダモルスは酒を酌み交わしますが、酒を人間の血だと勘違いしたネクロがこれを飲み干し、旨い旨いと・・・酔っ払った彼ははついに倒れます。この真夜中、世界は終末を迎えようとしています。

【4場】しかし未だ終末はやって来ません。ピエトとアストロダモルスはもう天国にいるものだと信じきっています。気がついたネクロとゴー・ゴー王子は墓場に向かいますが、メスカリーナが墓から生き返りました。そしてネクロが新しい夫だと思い彼にすがりつきます。結局世の終末は来なくて、ネクロツァールが消え去りました。最後に墓穴で愛に耽っていたアマンダとアマンドが地上に出てきます。死神が死んで、皆の無事に気づきハッピーエンドで幕となります。

●ザルツブルク音楽祭版(97年)
さて「グラン・マカブル」はザルツブルク・ヴァージョンとして上演されます。ミュージック・マニュアル7月号にちょうどリゲティのインタビュー記事が載っており、今回の改訂について興味あるコメントしています。それによるとテキストは英語版となるが内容はほとんど変更無し。音楽面の改訂を行ったそうです。第2場を適度にカットし、オーケストレイションを改善したこと。第3場はほとんど作曲し直したとか。第4場は元々インパクトが弱かったので補強を行い、エンディングを拡張したそうです。

ところでテキストは前回とほぼ同じですが、演出家ピーター・セラーズによる「あらすじ」の別刷り1枚がプログラムに添付されていました。これによると

  • (1場)真夜中の砂漠にて酔っ払いが、愛し合う二人を見つけ、死神に出会う。
  • (2場)科学者と彼の妻は暗礁に乗り上げた結婚生活を何とか頑張っている。妻 はヴィーナスを拝み、夫は死神を拝む。両者は目的を達成する。
  • (3場)王子と大臣達は大異変に慌てふためく。最初の犠牲者はエリート・シー クレットサービス。審判のトランペットが鳴り響き、行進が始まる。
  • (4場)世界は新たに破壊され、新たに生まれ変わる。彼らは過去に侵した行動 について責任をとるべく不気味な煉獄をさまよう。一方、次世代は不確 定な惑星への旅に向かう。

以上のあらすじでは一度世界が滅亡すること変わっています。この演出の変更に対してリゲティは怒って帰ったとか。

音楽祭のチラシ新聞にもリゲティのインタビューが載っていて、セラーズにに関する記述がありました・・・
『やつが演出で何をするか、わしは未だ知らん。我々は友達じゃよ。ある時やつはジャワからダンサーを連れてくると言いよった。わしは言った、「まま、いいか。じゃあ見せてくれ」と。もしもやつがこの事を黙っていたなら、わしはやつを怒鳴り散らしていただろう』・・・セラーズの舞台を見る前からこの調子ですからリゲティを怒らすと怖いですね。

●舞台と演奏
さて本日の演奏はサロネン指揮のフィルハーモニア管弦楽団。歌手はネスを除いて名前を聞くのも初めてです。このオペラは第1幕(1場・2場)と第2幕(3場・4場)に分かれますが、休憩無しの1幕ものとして演奏されました。

【第1場】オーケストラピットの至る所に見慣れない楽器が沢山並んでいます。若手指揮者サロネンが登場。第1場から第4場まで舞台の基本構成は変わらず、広大な荒野(砂漠)が広がっています。右に2001年宇宙への旅に登場した石板モノリスのような巨大壁があります。その壁に長い蛍光灯の束が突き刺さり、さらに右側には超巨大なレフ・ランプが上向きに立っていています。舞台中央にも巨大オブジェがあり、その中に巨大なランプ球が埋もれ、さらに舞台奥にも蛍光灯の柱が林立しています。これらランプ類は互いに光ったり、消えたりしています。舞台左側にはメカニックで大きな砲塔のようなものが鎮座。ここは墓場の場面。墓は繭に包まれたミイラとして舞台一面に転がっています。

序曲代わりにカー・ホルン(クラクション)12本がそれぞれ音程を変えながらトッカータを演奏。冒頭から刺激ある響きで驚きます。続く打楽器とピアノのパーカッションを聞くとリゲティ音楽は無調ながらも魅力的です。

墓堀人ピエトが酔っ払って登場。CDで聴く歌はドイツ語ですが、英語だと何となくパワーが弱くなったようにも聞こえます。続いて互いに愛し合うアマンダとアマンドの登場。二人とも女性です・・・スクリャービンの如く幻想的で官能的響きが美しい。ネクロツァールの登場する場面ではアフリカ音楽の要素が用いられており、凄み満点。時折ストラヴィンスキーの春の祭典を思わせる原始のリズムを彷彿とさせます。ウィラード・ホワイト扮するネクロツァールは色とりどりの頭蓋骨を首輪としてぶら下げています。ネクロが世の破滅を宣告している間、無数の繭から黄色い衣装を着た死体が生き返り、両腕を真っすぐに伸ばし、痙攣しながらネクロツァールに従って合唱する場面はまるでゾンビのようです。

【第2場】第1場のトッカータに対して、ここでは12本のカー・ホルンがフーガを演奏。この響きは笑いが出るほど面白い。さて台本によるとアストロダモルスは女性肌着を着ているはずですが、普通のスーツ姿でメスカリーナに鞭打たれています。小さなテントの中ではさらに過激な責めが待っています。彼らのコミカルなやり取りに対し、場内のあちらこちらから笑いが・・・

アストロダモルスは一度気絶し、大嫌いな蜘蛛でメスカリーナから起こされるまでの間は実に多彩な音楽が展開します。チェンバロにより調性を思い出したような響きがメスカリーナの歌をサポート、低弦によるハーモニー、ヒステリックな響き実にいろんな音楽が詰まっています。

アストロダモルスが占いの為の天体観測を始め、終末を予告する彗星を見つける場面、メスカリーナが「どうだい何か見えるかい?」と。この時、2001年スペース・オデッセイで使われたリゲティのレクイエムの神秘音が劇場を充満しました。続くメスカリーナがヴィーナスの夢を見る時ハープが美しい調べが響き、そしてオール・ヌードのヴィーナスが登場しました・・・

「グラン・マカブル」では既に彗星と終末思想の記述があった訳ですが、ヘイル・ボップ彗星で世界は滅亡すると信じて集団自殺した最近の出来事が妙に類似していますね。これを意識してか、プログラムにもヘイル・ボップ彗星の写真が載っていました。

【第3場】ここでも奇抜な音楽が序奏。目覚まし時計のベルや電話のベルの合奏です。ゴー・ゴー王子はカストラートが歌います。白大臣と黒大臣はスーツ姿にそれぞれアタッシュ・ケースを持って互いを罵声。訳はNGで、ここに書けません。音楽はアフリカの太鼓、紙を叩いて独特の音を出すペーパー・ミュージック、破裂音の合唱などなど、とても面白いリズムと響きです。さて秘密長官ゲポポは全裸の美人歌手にヘドロ状のメーキャップを施し、瀕死状態でベッドに横たわりながら歌いますが、ここにもリゲティのナチスへの風刺が伺えます。

圧巻はサイレンが鳴り響き小太鼓の連打。ピアニッシモの低弦ピチカートにのって、ネクロツァールが登場します。いよいよ終末を宣言し、壮大な行進へと展開。舞台左から馬の骸骨で出来た巨大サイボーグが登場。腹にはこれまた巨大な銀の球を抱え、見るからに恐ろしい。ネクロツァールは青の布をまとい、同じ衣装をした男女の群衆がこれに続きます。音楽は壮大で、客席にも金管群などアンサンブルをあちこちに配置。よく見ると彼らもネクロと同じ衣装です。サロネンが客席アンサンブルにもタクトを向け祝祭大劇場はさながら地獄と化したのです。

【第4場】第3場の修羅場が一段落し、シンプルな空虚ただよう照明の中に混沌とした音楽が響きわたり一瞬の盛り上がりを見せます。静寂に落ち着いたところで聞こえる神秘音は生き残った生命の鼓動のようにも聞こえます。短いドラマの後、巨大照明を含めて舞台全体が真っ白に凍り付く場面で終幕となりました。

夜8時から10時まで休憩無しでしたが、まさしくオペラを見たという充実感です。カーテンコールでは猛烈な拍手が沸き起こりました。馴染みの薄い現代物オペラですが、ドラマトゥルギーに融合した素晴らしい音楽は誰をも虜にする魅力に溢れています。オペラというと歌手が主体になりやすいのですが、歌手や合唱もアンサンブルの一つという演奏で、複雑な音楽に生命力を与えたサロネンは凄い指揮者です。テキストも短くて見ていて本当に解りやすい演出でした。

                               tujimoto

■#2739 芸術劇場 97/ 9/26 11:30 (ID:XGM57171@biglobe.ne.jp)
Re:#2729>『グラン・マカブル』tujimotoさん  メテオリット

 観劇記とてもおもしろく拝読いたしました。機会があればせめて
VDでも観たいものと思います。

 >宗教を風刺する為、グラン・マカブルを思いつきました。グラン・マカブルとは
 >フランス語で大いなる死という意味で、既に中世においてゲルドロドが「大いな
 >る死の散歩」とう物語を書いています。ヨーロッパの中世は絵画においてもブリ
 >ューゲルやボッシュらが「死の芸術」を開花させており、人はみな死と一緒に生
 >活しており、終末思想が身近なものでした。リゲティはこの終末思想を利用して
 >逆説的に平和と生へのスローガンをオペラのテーマにしようと考えたのです。

 この解説を読んでいて、1年ほど前に読んだ小説「魔女の鉄槌」 
(原題マレウス・マレフィカールム)を思い出しました。(図書館
から借りだした本なので出版社、作者など忘れました。外国の翻訳
ものです)

 マレウス・マレフィカールムとは1484年にドイツで出版され
た論文で、魔女や魔女に誑かされたと烙印を押された男女を裁くた
めの手引き書として絶大な権威をもったようです。

 当時は黒魔術といったものも広く流布し、魔法使いや夢魔などと
いったもので悪を擬人化したり(なぜか女の形をとらせる)、また
ネクロマンシー(死人起こし)といった醜悪なものをテーマにした
木版画が多く出回ったようです。

 この小説では、中世の狂信的な書「マレウス・マレフィカール
ム」を現代に持ち込んで猟奇的な殺人を繰り返すネオ・ナチの組織
と、ヒトラー政権崩壊の直前に再版された本書に隠された暗号文
(それはナチス元将軍が隠匿したスイス銀行の口座暗号)をめぐる
ヒロインたちとの対決といったサスペンスものです。作者は女性で
した。

 私はこの小説を読んでいて中世ヨーロッパを支配したキリスト教
のパラダイムをいまも引きずり、またヒトラーのホロコーストの悪
夢が残る西欧社会を強く感じました。

 リゲティがオペラ「グラン・マカブル」で宗教とナチズムをパロ
 デーに替えた意義を私なりに納得出来る思いです。

ところで話が変わりますが、

 >ゴー・ゴー王子はカストラートが歌います

 いまもカストラート歌手がいるんですね。

メテオリット

■#2740 芸術劇場  97/ 9/27   2:18 (ID:DAT19113@biglobe.ne.jp)
RES#2739>メテオリットさん>グラン・マカブル    tujimoto

●メテオリットさん、中世ヨーロッパのお話、ありがとうございます。

>マレウス・マレフィカールムとは1484年にドイツで出版され
>た論文で、魔女や魔女に誑かされたと烙印を押された男女を裁くた
>めの手引き書として絶大な権威をもったようです。

面白く読ませて頂きました。
魔女とか烙印とかの言葉を聞くとまさに地獄ですね。

ちょうどこの情景にピッタリの絵画があります。それはあの有名な
ブリューゲルが1562年に完成させた「死の勝利」です。
それはそれはまさにグラン・マカブル(大きな死)の地獄絵。

でも、中世は暗い反面とても明るくて開放的な面もあったと物の本
に書いて有りました。ペストとか戦争で死と隣あわせであるが故に、
現世を思いっきり楽しんで、意味ある生活を送るとのこと。
一例として、キリストの坊主なんかが享楽に没頭して、カルミナ・
ブラーナを作ったとかの話しが有名ですね・・・

実はオペラ「グラン・マカブル」も、シリアスな話しからスタート
している割には、コミックに転じてカルミナ・ブラーナ的要素を感
じました。

>私はこの小説を読んでいて中世ヨーロッパを支配したキリスト教
>のパラダイムをいまも引きずり、またヒトラーのホロコーストの悪
>夢が残る西欧社会を強く感じました。

確かに中世とナチズムには深い共通点とかがありますね。これが
根底のパラダイムに起因しているとすれば本当に恐いです・・・

キリスト教は良い意味で、特にヨーロッパの方の生活の糧になって
いるのを良く実感します。昔ヴェルディのレクイエムをコンサート
ホールで聞いたのですが、あるご婦人が手を合わせて祈りながら音
楽に聞き入る姿を見て、カルチャーショックを感じました。
ただ音楽として聞いているのでなく、そこに音楽以上のものを得よ
うとする姿にいたく感心したことがあります。

>>ゴー・ゴー王子はカストラートが歌います
>いまもカストラート歌手がいるんですね。

今回のオペラには デレック・リー・ラギンというカウンター・テノー
ルの方がゴー・ゴー王子を歌いました。プログラムの説明によると、
米国ニュジャージ出身で、ザルツブルクには1990年のオルフェオで
デビューしたそうです。「Farinelli」という映画でカストラート/
カルロ・ブロッシの生涯を演じたようなことが書いて有りました。
                   
                            tujimoto

■#2741 芸術劇場  97/ 9/27  21:10 (ID:XGM57171@biglobe.ne.jp)
Re:#2740>『グラン・マカブル』関連     メテオリット

 ●tujimotoさん 早速のご回答ありがとうございます。

>今回のオペラには デレック・リー・ラギンというカウンター・テノー
>ルの方がゴー・ゴー王子を歌いました。プログラムの説明によると、
>米国ニュジャージ出身で、ザルツブルクには1990年のオルフェオで
>デビューしたそうです。「Farinelli」という映画でカストラート/

 映画「カストラート」(farinelli IL CASTRATO)は昨年春BSで
見ました。1994年制作伊・仏・ベルギーの合作です。原作(ア
ンドレ・コルビオ著 斉藤敦子訳 新潮文庫)が面白かったので録
画しました。

 この録画に貴重な”おまけ”が付いていました。メーキング・オ
ブ・カストラートと題した制作裏話ですが、これが実にびっくりす
る内容でした。

 18世紀に「天使の声」と言われたカストラートの中でも3オク
ターブ半の声域をもったファリネッリことカルロ・ブロスキーの声
の吹き替えは2人の歌手の声を合成したものでした。

 1人はカウンター・テノールのデレック・リー・ラギン(黒人歌手で
すね)。彼はその人間性、柔軟性、表現の豊かさで選ばれ、もう1
人の方はコロラトゥラ・ソプラノの白人歌手、エバ・マラス・ゴド
レフスカです。彼女の声が一番デレック・リー・ラギンの声質に近
かったからです。

 当代最高の録音・分析技術を駆使しての長期にわたる試行の結果、
一人のカストラートの声を合成することに成功します。

 カウンター・テノールなる言葉をこのとき初めて知りました。十
数年前にはなかったように思います。

>キリスト教は良い意味で、特にヨーロッパの方の生活の糧になっ
>ているのを良く実感します。昔ヴェルディのレクイエムをコンサ
>ートホールで聞いたのですが、あるご婦人が手を合わせて祈りな
>がら音楽に聞き入る姿を見て、カルチャーショックを感じました。

 私の経験ですが、観光でギリシャのエーゲ海の島エギナでバス
の運転手が道ばたに建つ小さな礼拝堂のまえを通るたびにハンドル
から手を離して十字を切るので、曲がりくねった山道などではヒヤ
リとさせられたことを思い出しました。

 ギリシャ正教はカトリックとは別なようですが、日本人の宗教観
ではとても計れないものがヨーロッパの土壌にしみ込んでいるのを
感じます。

メテオリット

■#2742 芸術劇場  97/ 9/27  23:59 (ID:DAT19113@biglobe.ne.jp)
RES#2741 >メテオリットさん         tujimoto

●メテオリットさん

とても興味あるお話、ありがとうございます。

> 18世紀に「天使の声」と言われたカストラートの中でも3オク
>ターブ半の声域をもったファリネッリことカルロ・ブロスキーの声
>の吹き替えは2人の歌手の声を合成したものでした。
>1人はカウンター・テノールのデレック・リー・ラギン(黒人歌手で
>すね)。彼はその人間性、柔軟性、表現の豊かさで選ばれ、もう1
>人の方はコロラトゥラ・ソプラノの白人歌手、エバ・マラス・ゴド
>レフスカです。彼女の声が一番デレック・リー・ラギンの声質に近
>かったからです。

この映画は見るのを忘れてしまい、どのような話か知りませんでしたが、
とても面白そうですね。しかし音声まで画像合成のように処理できると
は驚きです。

>私の経験ですが、観光でギリシャのエーゲ海の島エギナでバス
>の運転手が道ばたに建つ小さな礼拝堂のまえを通るたびにハンドル
>から手を離して十字を切るので、曲がりくねった山道などではヒヤ
>リとさせられたことを思い出しました。

それにしても恐怖ですね。確かにヨーロッパの人達の信仰には畏れ
入りますが、安全運転には心がけて欲しいものですね。ギリシャとか
南欧はドイツとかに比べて格別に信仰心が強そうですね。

                          tujimoto

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