'97ザルツブルク音楽祭旅行記

バヴァリアン・アルプスと歌劇『ヴォツェック』

■#2699 芸術劇場 97/ 9/14 0:19 (ID:DAT19113@biglobe.ne.jp)
ザルツブルク音楽祭(6)バヴァリアン・アルプス   tujimoto

●8月11日(月)/3日目

昨日は「オスロフィル」と「ペレアス」を聴いて充実した一日でした。さて今日はマチネーがなくて、夜には「ヴォツェック」90分一本勝負です。このようなオペラだけの日は3日間あり、観光するならこのチャンスしかありません。昨日はオペラが終わってからレストランで夕食したのでホテルに戻ったのが午前1時頃。おかげで朝起きるのが遅くなり、さほど時間がある訳でも無し。これから狭いザルツブルクに長く滞在する訳ですから、今のうちにどこか遠出したいところです。

ちょうどホテルにあったパノラマ・ツアーズの観光パンフレットを繰っているとアルプスの雄大な写真が出てました。コース名はバヴァリアン・アルプス。毎日午後2時出発・所要4時間・330シリング。今日のオペラは午後8時からで、このコースはちょうど手頃です。何よりもアルプスの景色と湖の美しい写真に惹かれました。今日はこれに決定。ホテルまで迎えに来てくれるのも便利です。早速、フロントに申し込みに行きました。ガイドは英・独・仏・伊語コースに分かれて、日本語コースはありません。とりあえず英語コースに申し込みました。フロントで電話予約して貰ってから、チケットを貰います。それからこのコースはドイツの国境を越えるのでパスポートは必携とのこと。まだ出発までは十分時間があるので、散歩と昼食に出かけることにします。

まずは近くの銀行へ。前回の旅行で余ったマルクのT/Cを円に両替して貰います。T/Cが無くなればカードでATMを利用すれば便利ですね。銀行にパンフレットが置いてありましたが、その表紙はソプラノのカサローヴァのアップです。やっぱりこの国でも美人が、しかも音楽祭に出演するアーティストがカバーガールに使われるのかと妙に感心しました。そういえば、CD屋さんでなく普通のお土産さんまでがバンズやオッターのクローズアップでショーウィンドウを飾っていました。

銀行を出ると足は自然に旧市街に向かっています。ザルツブルクは狭くてそこにしか行きようがないのです。しかし今日も日差しが強くて暑い!ミラベル公園を通るにしても日陰を求めて、のらりくらり。ちょうど木陰にベンチがあったので、腰を降ろしました。バックからモバイルギアを出して昨日の「ペレアス」の感想をメモ書きします。とても爽やかな風で快適でタイプが進みます。

今日は少し違った道を通り旧市街へ。公園の中を縦断するのではなくザルツァッハ寄りに少し歩くとシュヴァルツ・シュトラーセという自動車道路に出るのですが、その横は日陰になっていて涼しいです。しばらく歩くとモーツァルテウム大ホールの前を通過。それに隣接して音楽院があり、窓からソプラノのレッスンが聞こえています。もう少し歩くとマリオネット劇場を通過。そしてマカルト橋に出ます。とりあえず祝祭劇場のショップで昨日の「ペレアス」などのフォトを買って、適当にブラブラしてシュテルン・ブロイというお店の中庭で昼食。この時期はどこも観光客で一杯ですね。さて半日ツアーは14時に出発なので、すこし急がなくては。

ホテルに戻り外出の準備。この暑さの中、午前中の散歩だけでも少し疲れました。このまま「ヴォツェック」開演までのんびりした方が良かったのかなと少し後悔しましたが、予約済みなのでいざ出発です。

ロビーで待っていると車が迎えに来てくれましたが、一度ミラベル公園前の広場に行って、そこでツアーの車に分乗するシステムのようです。ミラベル公園前の広場ではいろんな国の言葉が聞こえてきます。なるほどコース別にここで分かれて出発なのです。仕切り役の係員が何人もいて、観光客をコース別にさばいています。しばしここで待たされますが、凄い日差しで既に汗がタラタラ。バヴァリアン・コースへは行く人が少なくて、米国観光客3名と一緒です。

しばらくするとミニ・バンの車が停車し、中からブロンド美人のドライバーが颯爽と登場。スペイン語をペラペラ喋っていましたが、この人がバヴァリアン・アルプスへガイドしてくれるそうです。とりあえず挨拶して小さなライト・バンに乗り込みます。私は助手席に座りましたが、ドライバー兼ガイドの人はとにかくよく喋ります。とても流暢なネイティブ・イングリッシュなので米国人かと思いましたが、生粋のザルツブルク人とのこと。なんでも彼女の姉がカリフォルニアに居るので、よくアメリカへ遊びに行って英語を覚えたとののこと。

ケーニッヒ湖 車は緑の草原を快適に飛ばし、外の景色はとても牧歌的。山々が日に当たり回りの山々が眩しいくらい良い天気です。道路もとても空いていてかなりのスピードが出ています。ヘルブン宮殿を通過し、この付近はアニフという所だそうです。ちょうどカラヤンの墓があるそうです。しばらくすると検問所で車は一旦停止。本当ならここでパスポートのチェックがあるのですがフリーパス。おそらくツアーの車だからでしょう。しばらく森の中を走り、ヘアピンカーブをぐるぐると上昇。そして高台に出ました、ここはドライブインになっていて、このあたりはオーバーザルツベルクと言うそうです。標高1000mくらいで、ケールシュタイン山が間近に見えています。その山頂は鷲の巣(イーグル・ネスト)と言って、ヒットラーの山荘があったところ。このツアーではここには行きませんが、アルプスの展望が抜群とのこと。時間があればぜひ行きたいところ。ここで少し休憩しますが、ドイツなのでマルクが必要。ちょうどホテルを出る時、余っているマルクを持ってきたのが正解。暑いのでとりあえずソフトクリームを買いました。

車は再び山道を駆け抜け、深い谷間を走ります。ガイド女史はいろんな説明をしてくれます。客が少なくても手抜きをしない徹底ぶりには感心しました。そう言えば、ベルリンのシャルロッテンブルクやサンスーシーでのガイドも徹底した説明でした。ドイツ圏の真面目さと完璧主義がこんなところにも現れていました。お客も少ないので、ガイドの人も冗談や身の上話をしたり、とてもアットホームです。後ろの観光客との会話もはずみ、彼らはLAから来ているとのこと。

車は山に囲まれた牧場のようなところで停車。少し歩けば湖に出るとのこと。1時間ほどの休憩を散策します。ゆるやかな丘を上っていきますが、回りににはいろんなお土産屋さんやカフェ、ビアガーデンが沢山あり賑わっています。来ている人たちはほとんど自家用車でドイツ内外からのバカンスのようです。丘をのぼりきると、大きなケーニッヒ湖が現れました。強烈な日差しを浴びて水面全体がキラキラ光ってとても綺麗です。緑色の湖水に映った周囲の山々は格好の被写体です。ボート遊びも出来ますが、時間が無いのでパス。湖の回りは散歩道になっていて湖を回れます。歩いていくと角度の違いで、いろんな眺めに変化します。途中まではビア・ガーデンがあり、昼間から酔っ払っている観光客がたくさんいました。さらに行くと店もまばら。途中に湖を横断できる屋根付きの長い橋があり、これを渡って対岸へ。時々向こうからトレッキングの人が歩いてきます。ひょっとしてヴァッツマンという山が対岸にあるのでそこから降りてきたのかもしれません。気がつくと結構な距離です。まさかアルプスの湖畔をこんなに歩くとは思いませんでした。そろそろ引き返すとしましょう。

湖畔からはロープウェイでイェンナー山頂まで上れるようですが、時間が無いのでこれはパス。今日みたいに良い天気だと山頂のパノラマはさぞかし素晴らしいことでしょう。歩いたせいでしょうかお腹が空い来たので、途中の屋台でヴルストとコーラ。昼間からビールは飲みません。きょうは大切な「ヴォツェック」があるのです。さて車に乗り込み次の目的地はベルヒテスガーデン。

ケーニッヒ湖の路面車 ベルヒテスガーデンでも40分くらい休憩できるので、とりあえず散策します。ここは山奥の村ですが、ちょっとした美術館、レストラン、ホテルなど建ち並び結構活気があります。教会の裏手には散歩道への分岐があり、ここを少し歩くと素晴らしいアルプスの眺め。天気が良すぎて少し霞んでいました。ベンチもあり、のんびりするには最高です。通りには民芸店もあって、値段も安いです。それとここはコーヒーがとても美味しい所だそうです。時間が中途半端なのでカフェに入れなかったのが残念。車に戻り、ここからザルツブルクに戻ります。帰り道はガイドの人とオペラ話になりました。今日の演目は何かと聞かれ、ヴォツェックと答えると「あぁ、アルバン・ベルクね」と返事が。さすが地元だけあって音楽のことはいろいろ詳しいようです。ご一緒した米国の方もレストランやビヤホールのお勧めはどこかと・・・こんな会話をしているともう到着です。

ミラベル公園に着いたのが夕方6時ぴったり。半日ツアーとはいえ、結構充実していました。まずはホテルでシャワーを浴び、例の如く着替えて「ヴォツェック」に挑みます。何かとても忙しい一日です。

                               tujimoto

■#2710 芸術劇場 97/ 9/17 0:33 (ID:DAT19113@biglobe.ne.jp)
ザルツブルク音楽祭(7)歌劇『ヴォツェック』    tujimoto

♪ Alban Berg "WOZZEK"
   11. August 1997 (Premiere), Grosses Festspielhaus
   Musikalische Leitung          Claudio Abbado
   Regie                         Peter Stein
   Buenebild                     Stefan Mayer
   Kostueme                      Moidele Bickel
   Licht                         Heinrich Brunke
   Wozzeck                       Albert Dohmen
   Tambourmajor                  Jon Villars
   Andres                        Alexander Fedin
   Hauptmann                     Hubert Delamboye
   Doktor                        Frode Olsen
   Erster Handwerksbursche       Andreas Macco
   Zweiter Handwerksbursche      Wolfgang Koch
   Der Narr                      Kurt Azesberger
   Marie                         Angela Denoke
   Margret                       Margit Neubauer
   Mariens Knabe                 Konradin Schuchter
   Wiener Philharmoniker
   Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor
   (Neuinszenierung / Koproduktion mit den Osterfestspielen Salzburg)
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今日は初日の公演のせいでしょうか、会場は昨日に比べて一段と華やかです。座席は平土間1列目ですが昨日のように指揮者の真後ろでは無く少し右寄りです。指揮者に遮られることなく舞台を全望でき、少し左側を見ればアバドの指揮ぶりも観察できるという素晴らしいポジションです。

さて先に結論ですが凄い演奏と舞台に圧倒されっぱなしの90分でした。ヴォツェックはもともと密度の濃い作品ですが、シュタインの斬新な演出とアバド/ウィーンフィルの強烈な演奏が噛み合い、とてつもない緊張と感嘆の連続でした。

ベルクのこの作品は『90分という短い時間に多くのドラマが展開し、それらが絡み合い、破局を余儀なくされる情け容赦無しのオペラ』です。アバドとシュタインはさらに踏み込んで、観客も一緒に引きずり込み身震いさせてしまう。しかも原作者ビュヒナーの客観的な冷静さで作品を見せてくれる。この唸るような出来栄えに感激しました。これが今回の音楽祭で一番の収穫だと思いました。

アンサンブルも完璧で、歌手との駆け引きはすこぶる室内楽的であり、シンフォニックであり、緊張感溢れるものでした。特にアバドはティンパニを始めとする打楽器を思う存分強打させ、金管と弦を壮絶に響かせました。この恐るべき合奏は身の毛もよだつような凄さです。私の席からはピットと指揮者が良く見えるので、ウィーンフィルの必死な演奏が良く分かりました。これはやはり今年のイースターで初演されたアバド/ベルリンフィルの「ヴォツェック」に対するライバル意識がプラスに働いた為でしょう。既にKAZUさんとΩさんがご覧になられたベルリンフィルの「ヴォツェック」が一体どのような演奏だったかは分かりませんが、少なくともウィーンフィルの演奏には強烈な主張(主観)と冷静さ(客観)がバランスよく同居していました。

ヴォツェック役には当初予定されていたターフェルではなく、イースターで抜擢されたドーメンが歌いました。マリーはデノケです。コンサートマスターはホーネックでした。ではまずシュタインの斬新な舞台と演出を中心に・・・

●第1幕
・冒頭の第1場、大尉とヴォツェックの場面は黒い幕の中央部に正方形にぽっかりと開いたところで始まる。最前列から見るとかなりの高さでドラマが展開されており、音楽とドラマに空間という次元が加わったことを実感させられる。ドーメンはヴォツェック役で有名なグルントヘーバーに似ているといえば似ている。彼よりも投げやり的で、この歌手は私生活でも狂暴性を帯びているのでは?と思うほど。大尉のひげを剃る場面、剃刀の研ぎ方はとても荒っぽい。革の粉が飛び散っているのが見える。大尉の顔についた泡を大きなタオルで拭き取るが、そのまま顔を覆って窒息さるようなしぐさ、さらには首に巻き付け引っ張り回す様はヴォツェックは最初から狂暴な性格として描かれている。

音楽はガヴォットとフーガーの精緻な古典組曲。アバドと舞台の二人とオケを結ぶ空間には火花が飛ぶようなアンサンブルが展開している。アバドの指揮に二人が楽器のように機敏に反応し、かつドラマを演じているのを見ていると、本当にドラマと音楽が表裏一体の関係に見えてくる。

・第2場、ヴォツェックとアンドレアスが薪の枝を集めている場面。幕の下半分が開き、横一杯に広がった舞台になっている。背景は円弧状に広がったパノラマスタンド。この壁に映し出される幻想的な照明は中間色でいろいろな色に微妙に変化する。最初はヴォツェックに緑色の照明が照らされ、背景は黄色に染まっている。背景が不気味に青白く変色し、日没の夕日が下がるのではなく、逆に明るい太陽が次第に昇ってくる!客席も眩しく輝く夕日で照らされる。常識を覆したこの演出には唯ならぬドラマの始まりを印象づけた。

・第3場 第2場の舞台中央に立方体の小さなマリーの部屋。正面は開放、奥には扉、右側面には窓がある。マリーとその子どもに軍楽隊の行進。軍楽隊は円弧になったパノラマ背景に沿うようにして行進してゆく。ここはマリーの歌と軍楽隊だけの音楽であり、アバドは指揮をせずに、舞台を眺めていた。オケとマリーの歌が開始。スリムで美人のデノケのソプラノが素晴らしい。ヴォツェックの登場は奥から立方体の小部屋を目指して直進してくる。背景の照明でシルエットになった姿は迫りくる狼男そのもので、観客にも一抹の恐怖を与える。

・第4場 ヴォツェックと医者によるパッサカリアの場面は舞台上段の右側に長方形の分割舞台が現れ、ここには消毒液の入った洗面台が置いてある。医者を演じるオルセンの風貌はフランケンシュタインに似ており、黒い衣装を着て、頭には円い反射鏡を付けている。ヴォツェックを手荒く扱うが、表情はとてもコミカルで異常性が伺える。

さて今までの舞台の使い方を見ると、下記図のAが冒頭1場で使用された部分だとすると、第2場はB・C・Dが用いられてる。続く第3場はCがマリーの部屋に変わるだけ。第4場ではEが用いられてる。すると次の第5場は未だ使われていないFかなと思ったが、第5場はマリーと鼓主長によるロンド、すなわちマリーの部屋が必要な為、BとCが用いられた。もちろんそれ以外は真っ黒の幕。

          ┌─────┬───┬─────┐
          │  F    │  A  │    E    │
          ├─────┼───┼─────┤
          │  B    │  C  │    D    │
          └─────┴───┴─────┘

・第5場 マリーと鼓主長によるロンドでは、どう猛な鼓主長にマリーが飛び付く場面と怖がるマリーの子どもが目をふさいでいる場面がとてもリアル。ここで第1幕が終了して観客席から拍手があったがアバドは観客席には振り向かない。すなわち彼は全幕通しで演奏するようだ。ウィーン国立オペラでのLDでも全幕通しだが、この時はアバドは拍手に答えていた。今回は全曲終了するまでは観客席には答えないで一気に演奏しようという固い信念が伺えた。

●第2幕(5楽章の交響曲)
・第1場 マリーとヴォツェックのソナタ第1楽章。ヴォツェックがやって来るとマリーはいち早く耳飾りに両手を当てて、これを握りこぶしに隠してしまう。ヴォツェックはそんなしぐさにいち早く反応し、マリーの両手から耳飾りを奪い取る。すなわちヴォツェックは鈍感なタイプではなく、割りと敏感な性格として演出されている。もちろん耳飾りがまずいといち早く気がつくマリーも同様機敏。この演出上の機敏さはマリーの第1主題とヴォツェックの第2主題の展開も機敏な音楽であることとあいまって緊迫した舞台を作っていた。

・第2場 大尉、医者とヴォツェックによるファンタジーとフーガの第二楽章。さてここまでくれば分割舞台のFの部分がそろそろ現れても良さそうに思える。予想は当たり!Fが出てきた。ただしF・A・Eすなわち分割舞台の上半分が全て登場。ここには橋桁の手すりが横一直線に走るつり橋のような舞台。左から医者が歩いて登場。次に大尉。大尉は医者にからかわれながら右側へ歩いて行くが、ヴォツェックは右側から登場。もうヴォツェックは逃げられない。橋の上で三つのテーマが衝突し絡み合う様は、ヴォツェックの進むべき運命が舞台の橋のように一直線に方向付けられたことを示している。

ここで気付くことはヴォツェックは分割舞台の上下どちらにも登場しているが、大尉と医者は分割舞台の上半分にしか登場しない。マリーは全曲通じて、下半分である。すなわちヴォツェックもマリーも最下層に生活するものであり、大尉と医者は支配層に位置する為、舞台下半分には登場しない。ただし、ヴォツェックは大尉や医者から生活の糧を得る為、舞台上半部にも登場する。

・第3場 マリーとヴォツェックによるラルゴ第3楽章。この舞台は第1幕第5場のマリーと鼓主長の舞台と対照に、分割舞台のBとCが用いられていた。

・第4場 酒場の場面 スケルツォ第4楽章。今までは分割舞台であったが、ここでは一挙に舞台全体が用いられスケールの大きさと開放感に目を見張る。左右両サイドにテーブルが並べられ、舞台奥にはダンス台がある。色とりどりのランタンが横一杯に吊され、星空と立体的なコントラストを示す。ダンスが怪しげにダイナミックに繰り広げられ、極めて退廃的なリズムが妙にマッチしている。マリーと鼓主長によるダンスは、ヴォツェックを決定づけた。

・第2幕5場 兵舎の夜 ロンド第5楽章。ここでは舞台下半分のB・C・Dが用いられる。舞台の高さも低くされ、横一列に兵隊達が寝ている。さらに黄色いランプが横一列に吊され、薄暗い中でいびきを象徴するようなハミング・コーラスが漂うように響く。ヴォツェックは根っから狂暴性を帯びて描かれているが、鼓主長はそれ以上の迫力で、巨体を武器にヴォツェックを倒してしまう。もうここまでくれば、第三幕は必然的に破局へまっしぐら。

●第3幕
・第1場 ひとつの主題によるインヴェンション。ここは分割舞台Cのみ幕が開く。小さな閉ざされた部屋でマリーが割れた鏡を見ながら聖書を読んでいる。ここでの演奏は悲痛な響きとデノケの美しい悔い改めの歌が印象的であった。鏡面を時々こちらに向けながら、子供をいたわる姿は次の場面とのコントラストをなし、とても哀れであった。一瞬デノケと視線があい、ドッキとした。

・第2場 ロの音によるインヴェンション。いよいよ核心の場面。ここはA〜Fの分割舞台全てが幕開けとなる広大な舞台である。手前が通路であるが、その奥が池、その奥両側は逆ハの字になった広い谷がある。寒気を感ずるロの音に乗って、ドラマが破局へ向かう。次第に真っ赤な月が広い谷間から浮かんできた。ほとんど昇り切って、赤い光りを池に映している。この大きな月は不気味。そこであっさりとマリーを刺す有名な場面。圧倒されるような音楽とともにこの場を終える。この場を見ていて本当に震えが出た。

・第3場 居酒屋でのリズムによるインヴェンション。ここは分割舞台Cだけの幕が開き、早いリズムの投げやり的なポルカが印象に残る。

・第4場 和音によるインヴェンション。先ほどの二場と同じ真っ赤な大きな月が昇っている池のほとり。マリーが刺された広大な舞台に第2幕2場で登場した長い橋が天井近く横幅一杯に重ねられる。二つの舞台をスーパーインポーズするとは凄いアイデア!!!この瞬間、第3幕と第2幕の時間的隔たりを超越し、第2幕の支配者層とヴォウェックとの因果関係を鮮やかに思い出させてくれた。支配層から舞台を見下ろすように、観客にも今一度、冷静にドラマを見直してくれと言わんばかり。ビュヒナーやベルクの客観的視点を強調しているようだ。この鮮烈な場面からシュタインの舞台が本当に唯ものではないことに気付く。

ヴォツェックはドライアイスの靄が立ちこめてくる池に沈み、マリーの死体が未だ転がっている。アバドの音楽、特にヴォツェックが沈みきり呻き声が消え入る時のピアニッシモにも緊張がみなぎる。

・間奏曲 ここはアバド/ウィーン・フィルの独断場。最前列の座席からは管・弦・打がかなりの距離でもって響き、これがまたとても立体的に聞こえる。広大な空間に個々の楽器が緊密な図形のように結ばれている。特に管と打に対してはアバドは容赦することなく、猛烈なアタックを強いていた。

・第3幕5場 ここは分割舞台のCだけが開き、中から明るい光が漏れてくる。その他は真っ黒の幕。子供達が幕の外とオケピットの境目で遊んでいる。マリーの死の知らせに子供達は分割舞台Cの明るい日差しの部屋に入っていく。ひとり残ったマリーの子もCの舞台に入るが、その中でほうきの馬にまたがりくるくると回転する。極めて短いシーンであるが、8分音符のインヴェンションは無限に繰り返されるようで、消え入るようにオペラが終わる。

ドーメン、デノケ、アバドの三人は言うに及ばず凄い拍手。最終場面の黒い幕が全開し、眩しく広大な舞台に全員横一列に並んでのカーテンコールは壮観。マリーの子も歌手に手をつながれて、可愛いお辞儀をしていたのが印象的でした。時計を見るとまだ21時半・・・この緊張と充実感で90分とは信じられない!4時間のオペラに匹敵するこの充実感。今夜は興奮できっと眠れそうにありません・・・

tujimoto

■#2725 芸術劇場 97/ 9/20 9:56 (ID:DAT19113@biglobe.ne.jp)
#2724>ブルックナー詣で        tujimoto

●#2723 野ざらしさん

>tujimotoさんのザルツブルグ旅行記も快調ですね。とりわけヴォツエッ
>クは委曲をつくしたレポートで、まるで自分がその場に居合わせたよう
>な感銘を受けました。ヴォツエックは、偏食で有名な(^^)BMWさ
>んのお気に入りのオペラでもあるんですよね。アバド/ヴイーン国立歌
>劇場公演のヴィデオをとってあるので、この週末にでも一度見てみよう

お褒めにあずかり、ありがとうございます。ヴォツェックは見たままを
モバにメモしておき、後で編集しました。ザルツブルク音楽祭日本公演?
の時にはぜひ上演して欲しい演目です。(これのLDが出ないかなぁ〜)

                            tujimoto

■#2734 芸術劇場 97/ 9/23 17:56 (ID:QDB83422@biglobe.ne.jp)
RES>羨望と脱帽!!!   Ω

>tujimotoさん

連載絶好調の途中でRESするのも少々気が引けるのですが、大雑把な印象しか書けない私と違って、オペラの各場面をこれほどまで精緻に説明下さるとは、もう、ただただ脱帽しかありません。感動。噂のリゲティのオペラも、概要を知ることが出来て、大変有り難かったです。

さて私も春に見た「ヴォツェック」ですが、最前列でご覧になったとは羨ましいです。私なんか、1階の最後列に近い席でしたからね。やはり席の違いも受ける印象に影響を与えるのかなとも思いました。

ベルリンフィルでも、ティンパニなど強打させてましたが、どうも最近のアバドが指揮するときのベルリンフィルは、オケ全体の厚みがあまり感じられないので、全体から浮いて聞こえましたね。最後の間奏曲もあっさり処理していて、ティンパニの強打の音が迫力満点でも、オケ全体の響きが薄味気味ではね(>_<)といった感じでした。全曲が終わったあとは、うーむ、これはやはりヴィーンフィルで聞いてみたいな、といった気持ちにも少々なったものです。

舞台については、tujimotoさんの詳細な文章で、もう一度見たような気になりました(^_^) ありがとうございます。シュタインの巧みな舞台の使い方については、私も非常に感心しました。特に第3幕のマリーが殺される場面で大きな月が昇っていくシーンは圧巻でしたね。私も翌日、写真を購入したりしました(^_^)

本当にヴォツェックを見せる(魅せる!)舞台としては申し分なく水準の高い舞台であったことは疑う余地がないといえるでしょう。ただ私の席からだと、ただ単にきれいな絵を見てるような舞台というか、マリー殺害も何かあっけなく行なわれ、暴力的な感じは受けませんでした。2幕5場でもヴィーンのLDなんか見ると、結構暴力的なシーンになってましたが、私の席からでは全然あっさりして、暴力的な感じはしなかったです。ということで、美しく魅せる表現主義オペラというのが私の印象でした。

とはいっても、最前列で見れれば、もっと私もtujimotoさんに近い印象を受けたのだろうなと、書き込みを読ませていただいて思ったりしました。今は少々複雑な心境だったりします(^_^;)

あとアバドですが、帰国後に10年前のヴィーンでの録画を見てみると、今と比べて全然若いなぁという感じですね(^_^)

何はともあれ、続編を楽しみにしております(^_^)    Ω オメガ

■#2735 芸術劇場 97/ 9/23 23:15 (ID:DAT19113@biglobe.ne.jp)
RES>#2733・KAZUさん & #2734・Ωさん   tujimoto

●#2733 KAZUさん

>とりわけtujimotoさんの『ヴォツェック』BMWさんの『トリスタン』のレ>ポート
には
>圧倒されました。

ご無沙汰してます。お褒めにさずかり、ありがとうございます。

>いくつかresしたいことも出てきているのですが−BPO/アバド や ムスバッハ
>演出の
>『ヴォツェック』(ザルツの演出と同様、舞台全てを開けず一部のみ使った)>等−
>今日から来週の日曜日まで不在なので、その後でじっくり書きたいと思いす

ぜひ是非お願いします。
ムスバッハは「ルーチョ・シッラ」も演出していて、これには私も感動しまし
た。どんな「ヴォツェック」だったのか興味しんしんなのです。

●#2734 Ωさん

>(私の方はちょっと、連載を開始する自信を失っております.... ^_^;)

実は私も原稿の貯金が無くなってしまい、苦しんでおります。気長に
書かせて頂きますので、Ωさんも のんびり気楽に書き込んで頂けれ
ばと期待しています。特にΩさんが訪れたアムステルダムとかパリとか
ウィーンのヨハネの話が聞きたいです。

BMWさんのようにスラスラ書けるようになりたいです。

>さて私も春に見た「ヴォツェック」ですが、最前列でご覧になったとは
>羨ましいです。私なんか、1階の最後列に近い席でしたからね。
>やはり席の違いも受ける印象に影響を与えるのかなとも思いました。

1番前はやっぱり音が大きいのと、歌手をアップで見えるのが迫力ですよね。
確かに舞台全体を見渡すのに不利な場合とか、音のバランスとか欠点もありま
すが、迫力という面ではベストではないでしょうか。

                                     tujimoto

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