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ミュンヘン>バイエルン国立歌劇/マクベス   2.28 tujimoto

 

Bayerische Staatsoper / Nationaltheater Muenchen
Fritag, 28 Februar 1997

Macbeth

Musikalische Leitung        Mark Elder
Inszenierung                Harry Kupfer
Buehne                      Hans Schavernoch
Kostueme                    Reinhard Heinrich
Choreographie               Roland Giertz
Licht                       Hans Toelstede
Choere                      Udo Mehrpohl
Macbeth                     Paolo Gavanelli
Banco                       Jan-Hendrik Rootering
Lady Macbeth                Elena Filipova
Kammerfrau der Lady Macbeth Jennifer Trost
Macduff                     Eduardo Villa
Malcolm                     James Anderson
Arzt                        Gerhard Auer
Diener Macbeths             Ruediger Trebes
Moerder                     Michael Kupfer
Erscheinungen               Jan Zinkler
                            Solisten des Toelzer Knabenchors
Das Bayerische Staatsorchester
Der Chor der Bayerischen Staatsoper
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2月28日のマクベス。もう1カ月前の話です。休暇をまとめて取ったせいか、
最近忙しいです。なかなかレポート書けませんでしたが、今回ようやくオペラ紀
行の最終回となりました。オペラの様子も少しずつ忘れてきますが、なによりの
助けは分厚いプログラム。ウィーンのプログラムは作品に関する記述ばかりです
が、ここのは舞台写真も詳しく載っています。と言っても今回の強烈なマクベス
、決して忘れることはありませんが。

クプファーの問題作(???)、衝撃のマクベスです。当日の朝、散歩の途中ナ
チオナル・テアターに立ち寄ると、横壁にマクベスのポスターが大きく掲げられ
てました。黒の下地に血がぽたぽたと飛沫を上げた垂れ幕を見る限り、これはさ
ぞかし怨念がこもった恐いマクベスが見られるという期待が沸いてきます。ガヴ
ァネッリをクローズアップしたポスターは見るからに凄みあるもの。

今日の座席はパルケット最前列の一番左端。目の前にホルンやトランペット吹き
の人達が並んでいます。指揮者マルク・エルダーが登場。さすがにオケ・ピット
の中身が一望出来ます。クライバーならプラチナ・チケットの座席だと苦笑。

◆木管の不気味なテーマで第1幕が始まります。これに金管群の重圧感ある響き
が加わり、気分はもうヴェルディ。ここまでは血みどろの悲劇にふさわしい幕開
けです。舞台は左側と上下の3面に大きな蛍光板が張りつけられ、コの字を左右
にひっくり返したようになっています。下図では上手く表現できませんが、逆コ
の字の蛍光板の上面と床面は右下へ傾斜し、とてもシンプルで斬新なイメージで
す。

舞台の様子

蛍光面は白く光り、その他は黒です。逆コの字の右側には、歌劇場内部を描いた
絵が垂れ幕としてが下がっています。そこには観客も描かれていて、左の逆コの
字の舞台の方を見ています。この垂れ幕は「みなさんが見るのはオペラですよ」
と念を押しているようです。

いよいよ魔女達の登場。逆コの字の蛍光板の奥に上がり舞台で上昇してきました
。この瞬間、血生臭いシェークスピア劇というイメージは一瞬にして消滅。みん
ないろんな格好をした色気漂うコールガール達です。30人位はいるでしょうか
、原色ピカピカの派手な衣装で着飾っています。髪の毛も染めて、パンクそのも
のです。蛍光板もカラフルな色に変化し、魔女達をけばけばしく照らし出しまし
た。マクベスの魔女は醜い姿が一般的ですが、クプファーはその逆。まるでミュ
ージカルで、音楽は全くヴェルディに聞こえません。しかし合唱と管弦楽による
ヴェルディは派手な舞台と妙にマッチしています。

左下には潜水艦らしき物体が浮上してきました。ちょうど緑色に光る窓はくじら
の目のようです。ハッチが開き、マクベス(ガヴァネッリ)とバンコー(ローテ
リンク)が登場。いずれも現代風の軍服に帽子を被っています。目の前で歌われ
るオペラはさすが凄い声量で聞こえます。

マクベスとバンコーは不思議な予言を魔女達から聴きますが、二人は2台のテレ
ビをそれぞれ見ながら、歌っています。昨年の来日したハンブルク・オペラの「
タンホイザー」でもクプファーはテレビを並べて何やら怪しげな映像を映してい
ました。今回も似たような手法。私の席からはテレビ映像良く見えましたが、映
っているのは、ヒットラーの演説やスターリンを前にした軍事パレードでした。
マクベスはしきりにスターリンの映像を見ながら歌っています。と突然、トレン
チコートを着た新聞記者、カメラマンなどの報道陣が集団で出現しました。マク
ベスを追いかけています。報道陣の照明係はマクベスにスポットライトを照らし
ながら、ビデオカメラでマクベスを映しています。長い棒の先に付けられたマイ
クもマクベスに向けられています。マクベス達が退場した後も報道陣は魔女達に
近付き、魔女の合唱を取材。いつの間にか沢山のテレビが現れ、ズームアップさ
れた魔女達の顔が映し出されてドラマは進行。

さてマクベス夫人が登場しますが、当初予定されていたユリア・ヴァラディでは
なく、ブルガリア出身のエレーナ・フィリポヴァでした。黒のスラックス、白の
リンネル・シャツにネクタイ姿です。オールバックに揃えた髪で、ボーイッシュ
なスタイル。華奢で可憐なフェイスはとてもマクベス夫人には見えません。むし
ろばらの騎士のオクタヴィアンというイメージでしょうか。少しかすれ気味の声
で、歌もリリックです。意図的にドラマティックを避けているようです。しかし
良く聴くと確かにマクベス夫人。このパラドックスは新しいマクベス夫人(表面
上は恐くない)を演出してました。

スコットランド国王ダンカン一行が到着しました。部下達以外に、先ほどの報道
陣の取材を受けています。なんと国王はスターリン! 冒頭でマクベスとバンコ
ーが覗き込んでいたテレビ映像のスターリンはダンカンだったのです。本物のス
ターリン映像を使った演出、クプファーも洒落が上手ですね。

マクベス夫人が夫に国王暗殺を促す場面、とてもコミカルです。嫌がる子を無理
矢理しつけるように、夫人がマクベスを舞台左側に押し上げながら、蛍光板床面
の傾斜を登って行きます。音楽に合わせながら、ガヴァネッリの大きな体を重力
に逆らいながら登る光景は、まさにためらいの心境が表現されてました。あっけ
なくダンカンを刺して戻ったマクベスは本当に貫禄というものがありません。ブ
ルゾンのマクベスには凄み、迫力を感じますが、ガヴァネッリのは全く逆です。
ここは情けなさを求める演出のようです。本来なら血生臭く、起伏の激しいとこ
ろですが、そう言ったものは感じられません。大げさな演出を避けて、庶民的で
主婦主導の関係を描くことで、親近感あるマクベスを作っていました。

◆第2幕。例の潜水艦が浮上し、マクベス夫妻が登場。バンコー暗殺計画の後、
逆コの字に囲まれたスクリーンには立体アウトバーンが交差している風景が映し
出されました。またもや報道陣が舞台左側に控えて望遠カメラを構えています。
中央に赤のジャガーらしき車一台が現れ、中からマフィアの恐い兄さん達が出て
きました。普通のマクベスだとバンコーは刺されるのですが、ここはピストルで
撃たれて殺されます。この時「パン」という大きな銃声は音楽に一瞬ストップを
掛ける程、違和感がありました。そこに待ってましたとばかりに、マスコミ取材
が駆けつけます。マスコミ陣は既にバンコー暗殺を予期していたと言いたいので
しょうか?

とうとうマクベスのスコットランド王就任のパーティ。華やかです。マクベス夫
人は真っ赤なドレスを着て、楽しそう。オールバックに揃えていた髪をロングに
して、華麗に振る舞っていました。反対にバンコーの亡霊に脅えるマクベスは、
落ちぶれ徹底的にダメ男を演じてます。

◆第3幕、魔女達の洞窟の場面では逆コの字の蛍光板の中央部に大きな顔がこち
らを見ています。半分ロボット状、いわゆるサイボーグのようです。第1幕での
コールガール達が上がり舞台で登場し、マクベスは潜水艦で浮上。この場面の合
唱はとてもリズミカルで、ヴェルディの躍動感が素晴らしいです。オーケストラ
も良く鳴り快調ですが、舞台を見る限りヴェルディのマクベスというイメージを
感じさせないのはクプファーの意図でしょうか。ただマクベスと魔女達の駆け引
きはどうもしっくりこないのが残念。

◆第4幕、バーナムの森、とても幻想的な幕開けです。背景は薄い緑色に右側の
空に、月が薄く光っています。夜明け前の明るさです。逆コの字奥の中央部には
群衆のシルエットが見えます。この場面、ドイツオペラのゲッツ・フリードリヒ
のお株を取ったような演出です。ちょっぴりタンホイザーの巡礼の合唱場面に似
ているのです。しだいに明るくなり、群衆が合唱しながら舞台前方に進んできま
した。霧の中から現れた群衆は、シルクハットにコート、ハードケースを下げて
います。ちょうどナチスから逃れてきたユダヤ人達や難民と同じ光景です。マク
ダフが生き生きとしたテノールでマクベス打倒を歌い上げた後、国王ダンカンの
息子マルコムが登場しました。

マルコムは何とイラクのサダム・フセインです!!!これはショック。フセイン
なんて大嫌いな代名詞。なんで正義のマルコムがフセインなの? ここではスタ
ーリンの息子がフセインと言いたいのでしょうか?何となく解るような気もしま
すが(?)、クプファーの意図が読めない。これが問題(?)箇所なのです。

とうとうマクベスを倒し、最後の合唱は音楽的に盛り上がりました。群衆一同が
舞台の横幅一杯に広がって、こちらに向かって足踏みしながらの大合唱は、やっ
ぱりヴェルディを聞いているのだと実感させられました。しかし真ん中でフセイ
ンも一緒に歌っているのは、なんとも不思議な光景。躍動感溢れる音楽で幕が降
りました。

聞き終わっての最初の感想は「不思議なものを見てしまった」です。ヴェルディ
を見た感じは全くしません。が、上質のミュージカルでとても楽しかったのも事
実。音楽が適度にダイナミックで舞台に合っていたのも事実。超ハデな舞台でし
たが、ある意味で洗練されたまとまりもありました。はっきり言って、おもしろ
い。強烈で刺激的な舞台をもう一度見たいと思わせます。

歌手達の出来栄えも安定した歌で、上出来でした。ガヴァネッリの地声はもとも
と大きいようで、耳にガンガン響いてきました。そう言えば、あのフセインも歌
が上手かったなあ。

エルダーはバイロイトのマイスタージンガーも指揮したそうで、ミュンヘンでは
サロメ、ナブッコなどを振っているそうです。折り目正しい明確な指揮をされて
いました。舞台に気を取られていましたが、オーケストラからリズミカルで起伏
の大きなヴェルディを響かせていたのが印象的でした。

本日の公演、奇抜な場面が続出しましたが、その度に客席から一種動揺のような
タメ息が聞かれました。くすくす笑いもあちらこちらで聞こえてました。カーテ
ンコールではやはり大拍手でクプファーの新演出マクベスはまずまず成功だった
ようです。今年7月のオペラ・フェスティバルでも再演されます。

以上で、今回2月の10日間の旅を終えた次第でした。帰りの飛行機でモバをカ
チャカチャと遊んでいたせいか、帰国後、強度の睡魔に襲われ苦労しました。
午後になると、心地好い眠気が2週間ほど続いたでしょうか。
                               tujimoto

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