CD Diary 13.January 2002

"Music for The Iliad" Electronic Music from DIEM,
dacap 8.224198-99


CD 1
Hans Peter Stubbe Teglbjaerg " Iliou Persis"
Morten Carlsen "Iliad 5-8"
Jorgen Teller "Four Encounters"
CD 2
Hans Sydow "Entropy 1 for virtual voices"
Gunner Moller Pedersen "Iliad 17-20"
Wayne Siegel "Burning River"


このCDはホメロスの叙事詩「イーリアス」を題材とした電子音楽。1999年に「イーリアス」がデンマーク語で初めて翻訳されたのを契機に、6人の現代音楽作曲家に委嘱された作品がこのCDに収録されている。デンマークでは6週間にわたりイーリスの朗読会が開催されたが、各週にこれら6作品が大規模なマルチスピーカーシステムで演奏されたとのこと。そもそもホメロスのイーリアスがギリシャ時代に朗誦される際、ギリシャ古楽器により伴奏されたそうで、単旋法ながらも後の西洋音楽やオペラの源泉と考えられている。そのように考えると、これら現代音楽もイーリアスに描かれたバイオレンスやロマンといったものをイメージとして良く捉えていると思う。

1曲目のTeglbjaergのイリオウ・ペルシスからして不気味で無機質な響きが奏でられ続けられるが、狼たちのうめき声はトロイ戦争の廃墟に俳諧する怨霊のようだ。森の中を凶暴に駆け抜ける熊のような唸り声や足音も実に恐怖そのもの。続いてミーホーのテクニックを用いた音楽はチベットを思わせるし、瞑想に至るアプローチが安堵感を与えてくれる。


2曲目のCarlsenのイーリアス5-8は遠くに列車が走るレールの音が聞こえるようで、機関車のリズムがビートとなる。さらにはリゲティを思わせる空虚な響きは、カルタゴの航海船が宇宙船に置き換えられていうにも聞こえる。音楽はクラシカルに捕らわれずに超未来を感じさせる。

3曲目のTellerの4つの遭遇はカットグラスが輝くような音塊のほとばしりで始まり、カオスから生じるエネルギーの閃光に満ちている。時を刻むリズムの発生はイーリアスへの懐古を離れるかのようであるが、途中に聞かれるデジタル的なヴォーカルはアキレスの怒りを静めるための哀歌にも聞こえた。

4曲目のSydowのエントロピーはリップ・サウンドとヴァーチャル・ヴォイスが織り成すアコースティックさが心地よい躍動感とロマンを作り上げている。バックに流れる電子音楽の波動が上昇するエネルギーを生み出していているが、途中、単語が途切れ途切れになってくるのはイーリアスへの忘却を欲しているのかも知れない。

5曲目のPedersenのイーリアス17-20章はトロイの英雄ヘクトールの下りを扱っていて、荒野に響く郷愁で始まる。途中、巨大建造物が倒壊していく音が静かな迫力として迫ってくる。またある時は巨大ビルの鉄骨現場での工事音が聞かれ、破壊と建設の繰り返しを思わせる。

6曲目、Siegelの燃える川では、冒頭、デンマーク語によるナレーションが断片的途切れ途切れに登場する。アキレスの戦いはインディアン達との騎馬戦に置き換えられ、その臨場感はフィルム映像を連想させる。戦いは多層的に展開し、西部劇から中世の剣による殺戮へと変貌する。同時に聞こえる水の流れる音と、ヴォーカルは戦いへのミサにも聞こえてくる。ともかく壮絶なドラマが聞こえるようだ。イーリアスに描かれたドラマは昔話とするのではなく、現代の問題として警笛を鳴らしているかのようだ。



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