2005/05/03
ロリン・マゼール『1984年』世界初演/ロイヤルオペラ

THE ROYAL OPERA
1984
Opera in two acts
Music Lorin Maazel
Libretto J.D. McClatchyand Thoma Meehan
after George Orwell's 1984

Condctor Lorin Maazel
Director Robert Lepage
set Carl Fillion
Costumes Yasmina Giguere
Lighting Michel Beaulieu
Choreography Sylvian Emard

Winston Smith Simon Keenlyside
Julia Nancy Gustafson
O'Brien Richard Margison
Gym Instructress / Drunken Woman Diana Damrau
Syme Lawrence Brownlee
Parsons Jeremy White
Charrington Graeme Danby
Prole Woman Marry Lloyd-Davies
Cafe Singer Johnnie Fiori
Pub Quartet The Demon Barbers

The Royal Opera Chorus
Chorus director Renato Balsadonna

The Orchestra of the Royal Opera House
Concert Master Peter Manning

Tuesday 3 May 2005
World premiere
------------------------------------------

今日はロンドン、ロイヤル・オペラにてロリン・マゼール作曲の歌劇「1984年」の世界初演を見た。「1984年」はジョージ・オーウェルが1949年に完成した小説で、当時のスターリン体制を批判する意図を含めて、35年後のロンドンはオセアニア国の全体主義により統制されているというシナリオで描かれた作品である。内容はかなりのページ数に及ぶが、オペラは要点を上手く網羅しながら第1幕102分、第2幕48分に圧縮されている。真理省で働くウィンストンを主人公として、彼が圧制に疑問を抱き始め、ジュリアと出あってからストーリーが急展開していく様は衝撃的である。

オペラは「憎悪」の場面から始まる。「憎悪」とは全ての者に義務付けられている儀式で、敵国ユーラシア、イースタシアに対して行われるが、特に人民の敵ゴールドスタインに対しては強烈である。具体的には真理省内のフロアに椅子が並べられ、青い制服を来た男女達が勢揃いし、狂気に満ちた絶叫を放つ。なおステージ背面を巨大なスクリーンとして、ゴールドスタインと思われる覆面を被ったテロリスト風の異様な風貌が沢山映し出される。音楽は不協和をベースとしながらも、途中からハーモニーを伴った断片が現れだしたのは、憎悪が陶酔へと移り変わる様を表現しているものと感じられる。このあたりにもマゼールの解釈と上手い描写を感じた。

なお第1幕のセットは巨大な円筒をステージ正面に設置し、これらがさらに幾つかの小部屋に仕切られている。その一つがウィンストンの仕事部屋であり、彼は過去の記録を改竄する業務に就いている。またウィンストンが居住するアパートメントもステージに登場する。2階構造となっており、これも複数の部屋に仕切られ、回転舞台として、ストーリーの展開にあわせる仕組みだ。特に部屋の壁にはテレスクリーンというTVモニター兼カメラが埋め込まれている。党はこれに偉大なる指導者ビッグ・ブラザー(BBと発音する)を写し、いろんなメッセージを通じて人民の思想統制を行う。テレスコープは同時に部屋の中の人民の行動を常にカメラ監視する。不信な行動が見つけ次第、これに引っ掛かった者は世の中から抹消され、過去に生きていた記録も全て消去される。以上のセットを駆使しながら、第1幕では、ウィンストンが愛人ジュリアと情事に耽っている場面で、党内局のオブライエンに逮捕される所までが描かれている。特に1幕フィナーレにて、軍がヘリからウィンストンの部屋の窓に流れ込み、2人を拘束する場面は急激なテンポの音楽とともにインパクトがあった。

マゼールが作り出す音楽は、コンテンポラリーをベースに、電子音、ジャズ、ナレーションを含めて多彩である。オペラの場面は映画を見ているような臨場感で演出されるが、マゼールの音楽も時に映画音楽風であったりする。特にウィンストンとジュリアの愛の主題が印象的で、その官能的な響きは凶暴の主題と鮮やかにコントラストしていた。

第2幕も円筒状の白い壁の場面から始まる。中央には扉があり、周りに拘束された反逆者たちが捕われ、順番に白衣を纏った作業員に扉の中へと連れて行かれる。いわゆる医学的拷問を連想させるが、ウィンストンが101番の部屋へ連れて行かれた時、ステージも回転し、その内部が現れる。背景は円筒状の巨大スクリーンとなっており、中央にCTスキャナーのようなものがあり、これに巨大なホーンが取り付けられている。ウィンストンは完全に拘束され、このマシンに掛けられる訳であるが、脳の中で考えている事が全て巨大スクリーンに映し出される。ここでウィンストンは愛人ジュリアが殺されたことを悟るが、その悶絶の場面もスクリーンに現れる。かくして、不都合な思考はマシンがウィンストンの頭から消去に掛るが、ウィンストンは狂気の苦しみを味わうものの、彼の記憶を消すことが出来なかった。それにしても、ビッグ・ブラザーへの忠誠を宣言するまで、重厚な音楽と重く陰惨なステージが展開したのが刺激的だった。

主要キャストは、サイモン・キーンリサイド(ウィンストン)、ナンシー・グスタフソン(ジュリア)、ディーナ・ダムラウ(体操教師と酔っ払い女)、リチャード・マーギソン(オブライエン)で、普段聞くオペラ作品とはまた違ったキャラクターで、作品を浮き彫りとしていた。またアンサンブルではヴァイオリン・ソロが複雑な心理を繊細に描き出していたのが大変素晴らしい。マゼールの天才的な作曲は勿論のこと、彼の指揮で小説のコンセプトがストレートに描かれていたのが何よりもインパクトあるものであった。なおロイヤル・オペラのポスターは不気味な目を片目だけクローズアップしているが、その瞳が赤く染まって、ビッグ・ブラザーが小さく写っている。サブタイトルは「ビッグ・ブラザーが貴方を見ている」とあり、このストーリーは現代社会にも類似のリスクを示唆しているようで非常に興味深い内容であった。なお観客の反応も素晴らしく、世界初演の成功に圧倒的な喝采が沸き起こった。



[HOME]