2004/10/16
『アッシジの聖フランチェスコ』ノーディ新演出/パリ・バスチーユ

Oliver Messiaen
Saint Francois d'Assise
Scenes Francciscaines et Trois Actes'et Huit Tableaux
- Poeme d'Olivier Messiane
Nouvelle Production

Direction Musicale, Sylvain Cambereling
Mise en Scene, Stanislas Nordey
Decors, Emmanuel Clolus
Costumes, Raoul Frenandez
Lumieres, Philippe Berthome
Assistante a La Mise en Scene, Valerie Lang
Chef des Choeurs, Peter Burian

Christine Schaefer, L'Ange
Cuillaume Antoine*, Frere Sylvestre
David Bizic, Frere Rufin
Roland Bracht*, Frere Bernard
Christoph Homberger*, Frere Elie
Christ Merritt, Le Lepreux
Brett Polegato, Frere Leon
Jose Van Dam, Saint Francois
Charles Workman, Frere Massee

Orchestre et Choeurs de L'Opera National de Paris
* Debuts a l'Opera National de Paris

16 Octobre 2004, 17 h 30
Opera Nationa de Paris Bastille
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今日はパリ・バスチーユにてメシアンの大作「アッシジの聖フランチェスコ」を見る。この作品は小澤征爾の素晴らしい演奏CDを聴いて以来、見たい作品の一つであった。滅多に上演されることが無く、ザルツブルク音楽祭やベルリン・ドイツオペラでの公演も日程の都合で見ることが出来なかったのが惜しまれる。従って今日が初めての体験となった次第。小澤やケント・ナガノのCDでも明らかなように、この作品ではメシアン特有の色彩とリズムが「鳥の歌」さらには14世紀にフランチェスコが残した「太陽の歌」を見事に描かれている。フランスのパルジファルとも称されるように、規模のみならず内容の深淵さにおいてもワーグナーをも超越していると言える。12使徒のひとりヤコブはヘロデに殺された為、最初の殉教者となったが、フランチェスコは聖痕を自ら進んで受け、究極の愛を説いた。メシアンの作品が第2のキリストとしてフランチェスコの宗教と神秘を体験させてくれる所以である。

斯くのように期待十分に望んだ公演。結果として休憩を入れて6時間に及ぶ大作ながらも時間を超越した感動を与えてくれた。メシアンによって描かれた8場面は十字架、賛美、奇跡、旅人、天使、小鳥、聖痕、死と生の段階を経ており、それを体験するにはやはりこれだけの時間を要することに納得する。むしろ緩やかな呼吸の流れが啓示を受けるための準備として必要にすら感じられるのである。スタニスラス・ノーディ新演出は、メシアンが指示した鳥の投影などのト書き通りではなく、極めて象徴的な基本構造でもって展開していく。

第1場、十字架(Premier Tableau, La Croix)では黒の闇に四角く仕切られた床のみが白く傾斜して浮かび上がる。これだけのシンプルさであるが、十字架を受け入れるという究極の目標が説かれる場面においては、無の空間のみが相応しいことに納得させられる。第2場、賛美(Deuxieme Tableau, Les Laudes)では円筒を開いた扇状の背面が現れ、先ほどの床が宙に浮いていることが明らかとなる。第3場、皮膚病人(Troisime Tableau,Le Baiser au lepreux)では円弧状の背面が格子状の構造物であることが見えてくる。

第4場、旅人としての天使(Quatrieme Taleau, L'Ange voyageur)は一変し、正面に大きな四角い画角で修道院の門が描かれる。なお天使が語る言葉が文字として門に映し出される場面は象徴的。第5場、天使の演奏(Cinquieme Tableau, L'Ange musicien)では第2場の凹面背景をベースに第1場の四角い床を正面に立ててた構造。さらに四角い床はグリーンに彩られており、フランチェスコが貼り付けられたように位置している。そのすぐ高いところの脇に天使が下から上がってくる仕組み。フィードルは持たずに演奏の場面を描写する当たりに象徴的な神秘性を湛えている。第6場、小鳥への説教(Sixieme Tableau, Le Preche aux oiseaux)では、基本形となった凹面壁に第4場と同様に言葉が文字として一面を埋め尽くす。これがモザイク的な模様としも見えるのが興味深いところで、さらにステージ正面にパイプで組まれた四角いフレームが直立している。その正面にフランチェスコが第5場と同様に位置している。メシアンが詳細に記載した情景とは異なるが、素晴らしい演技と演奏によって場面が描かれる。

第7場、聖痕(Septieme Tableau, Les Stigmates)ではステージ下層部分に初めて合唱が黒装束で顔だけを見せる。その上層においてはステージ正面に大きな蛍光板が3枚が並ぶ。左から緑、黒、白になっていて、それぞれに格子のデザインが施されている。中央の黒の板にフランチェスコが張り付いており、聖痕を作る5つの光線は具体的には現れず、フランチェスコを中心として黒の板の裏から赤いペンキを塗ることで傷み(血)を表現していたのがユニーク。第8場、死と新しい生(Huitieme Tableau, La Mort et la Nouvelle Vie)では、合唱がステージの左右に別れ、中央前方にフランチェスコが座っている。ステージ後方には第7場の3色の板が5色の屏風状として5つの壁を作っている。その一部にはやはり言葉が文字として映し出されている。ステージ奥からフランチェスコに至る道は照明で白く輝いている。この白いベルトに沿って天使と皮膚病人が最後の別れを告げに来る。そしてフィナーレでは背面の中央部に数字の1と見て取れるカクテル光線が光輝き、最高度に客席までをも照らし出す。ステージは逆光でシルエットとなり、圧倒的な演奏とともに儀式が終わる。

以上の演出において「死と生」がやはり最大のポイントとなっており、特に最高度に光輝く瞬間において「復活」を強く感じるところ。これはメシアンの作品において十字架が重要なアイテムとされていながら、その復活を光によって表現し、イエスの受難のみに終始するのではなく、広義の意味において他宗教への普遍性をも有していると解釈することが可能かも知れない。ちなみにフランチェスコ自身もイスラム教徒たちの交流などを通して、狭いキリスト教に拘らない点、仏教との類似性などが指摘されてているという。ユダヤ教もキリスト教も旧約聖書に端を発しているという共通性からも、ここにはグローバルな宗教性が聖フランチェスコに写像されているという解釈も有り得る。以上の論拠に基づいているかどうかは不明であるが、ノーディの演出は、メシアンのト書きの十字架をあえて表現しなかったのかも知れない。さらに思い切った解釈として、最後の場面に登場する5色の蛍光板は5箇所の聖痕に相当するものの、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、仏教、ヒンズー教の5大宗教を包括する普遍的宇宙を意図しているのかも知れない。ちなみにキリストとイスラムさらには仏教の交流に関しては12世紀前後の説話にも融和が見られ、シルクロードによって持たされた歴史が興味深い。

以上のように内容の規模からもオーケストラの規模も壮大で、特にマリンバや木琴のグループはステージ右側にセクションを設け、オンドマルトノのスピーカーは客席側に設置された。従って演奏も極めて立体的なサラウンドとなる。コンテンポラリには滅法強いカンブルランの指揮のもと、手応えあるメシアンの演奏を展開した。天使が門を叩く時と聖痕の場面で鳴り響く重低音、パルジファルのゴングをも越えて、磔の時の木槌がずしりと響く要素も含み、さらには東洋的な混沌としたカオスが漂う音空間に圧倒される。フランチェスコのライトモチーフとでも呼べる下降音形、半音階で上昇する時の色彩、全てが透き通って聞こえてくる。ホセ・ファン・ダムのフランチェスコを聴けたことも実に嬉しいことで、彼の敬虔な歌と演技、その存在感の大きさを痛感させられた。クリスチーネ・シェーファーの透明な歌声が素晴らしく、羽を付けた天使の姿とともに大きなアクセントとなっていた。

以上、素晴らしい演奏とともに深く根源的な感動を体験できた。終演後は圧倒的な喝采となった。ちなみに演奏が始まる前にはモルティエも客席内の知人の方と挨拶されていたのが印象的であった。



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