Wolfgang Amadeus Mozart
Die Zauberfloete
Grosse Oper in zwei Aufzuegen KV620
Text von Emanuel Schikaneder

Felsenreitschule
Freitag, 9. August, 18.30 Uhr

Dirigent Bertrand de Billy
Inszenierung, Buehne, Kostueme und Figuren
Achim Freyer
Licht Lurt-Ruediger Wogatzke/ Hubert Wolschlager
Choreinstudierung Rupert Huber
Glockenspiel Rainer Keusching

Sarastro Alfred Reiter
Tamino Rainer Trost
Sprecher Wolfgang Schoene
Erster Priester Dietmar Kreschbaum
Zweiter Priester Markus Eiche
Koenigin der Nacht Diana Damrau
Pamina Barbara Bonney
Monostatos Robert Woerle
Erste Dame Anja Harteros
Zweite Dame Katharina Kammerloher
Dritte Dame Katharine Goeldner
Papageno Simon Keenlyside
Papagena Martina Jankova
Erster Geharnischter Torsten Kerl
Zweiter Geharnischter Dan Dumitrescu
Drei Knaben Solisten des Toelzer Knabenchors
Drei Sklaven Freyer Ensemble
Artistin Blanka Modra

Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor
Wiener Philharmonikier



今日は午後から晴れてようやく夏らしさを取り戻し、ザルツァッハ沿いの木陰道を歩くのはとても爽やかでした。途中、左手の教会の上を大きな虹が出ていて、ラインの黄金のワルハルを思い浮かべてしまいました。それにしても川の流れは先日の大雨でかなりの水かさとなっていて、いつもの透明なグリーンではなく、濁った急流になっているのが残念です。



さて今日のオペラは97年の初演時から見ているアヒム・フライヤーの魔笛。すでにフェルゼンライトシューレ、メッセ特設会場と二度見ていて、いずれもドホナニが振っていました。今回は会場を再びフェルゼンライトに戻し、指揮はデ・ビリーで。今日の座席は最前列やや右手だったので、大きな幼虫が背負った時計が目前にありました。この時計は時間の経過とともに右から左へ移動し、時間を示す針も実際の時刻を表示しているのが面白い所です。また傾斜した円形舞台の背景に掛かっているカーテンは7色の縦模様になっていて、これが先ほどザルツァッハで見た虹と偶然にも一致していて驚きました。

今日は隣りの祝祭大劇場ではドン・ジョバンニも上演されているため、ウィーンフィルは二手に分かれ、魔笛のコンサートマスターは前回の魔笛と同様シュトイデでした。キャストも前回から入れ替わっていて、バーバラ・ボニーのパミーナ、サイモン・キーンリサイドのパパゲーナ、ライナー・トロストのタミーノらが素晴らしかったです。ザラストロはルネ・パペではなくアルフレッド・ライトナーでしたが、彼も貫禄一杯でした。前回のミンコフスキ&モーツァルテウムにキーンリサイド、コジェナと一緒に出演していたマルチナ・ヤンコーヴァはパパゲーナを歌うという豪華さで、歌手に関しも随分と聴き所満載といった感じ。なお2004年のザルツブルク音楽祭の「死の都」に登場予定のトルステン・ケールも出演しているのも興味あるところでした。

アンサンブルはさすがにウィーンフィルの味わい深さで、序曲の調和の3和音から引き締まった演奏を聞かせ、ビリーの端正で生彩のある指揮に共感するばかり。フライ−の演出も今年から若干のアレンジがありました。巨大な猫のお化けや巨大なザラストロ像とその両手が登場したりと見せ場を作っていました。パラシュートでメッセージが天井から降りてきたりなど、かなり細かい所や、パミーナの登場がマジックで行われるなどなど。とはいうものの、今までのような煩雑さは感じられず、上手くまとめていて、集中力を増しているのが面白いところでした。

傾斜した円形舞台はあたかもギリシャ劇版のコミックであり、随分とシャウシュピール、演劇性を感じさせるものでした。既に何度も再演しているフライヤーの魔笛をあえてルジツカ初年度に持ってきた意図は良く分かりませんが、一連のオペラと併せてドラマが強調するための一環性をフライヤーの魔笛に求めているのかも知れません。ともかく久しぶりにボニーの出演するオペラを見られて楽しかったです。


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