ホテルから2分ほどでナンシー美術館にも行けますので、久しぶりにアートを鑑賞することとしました。ナンシー派美術に加えてルーベンスの巨大な絵画や、ピカソなどの名作がありました。いずれの作品も手で触れるような環境で展示されていましたので、至近距離でピカソの筆の捌きを確認できました。絵の具の盛り上がり具合と微妙にバランスしていて、全体で力強いタッチを描く秘訣なのでしょうか。モネとマネがちょうど向かい会うように展示してあるのも面白いところでした。地下にもガラス工芸の展示があり、古代からアールヌーボー風に至るまで多彩なグラスに見とれてしまいました。聖杯を連想させるワイングラスも幾つかあり、パルジファルに思いを馳せつつ時間を忘れてしまいました。ナンシーの街を散歩するのも面白かったです。列車で少し離れるとフランスの片田舎というイメージですが、街自体は活気に満ちていてC&Aなどもあって以外と都会です。
さてナンシーオペラのタンホイザー(新演出)はとても素晴らしい公演でした。指揮はラング=レッシングでオーケストラを見事に掌握していて、フェストターゲのレベルとまでは行かなくとも、見事なワーグナー演奏です。タンホイザーのジョン・トレレーフェンはさすがに声量豊かなヘルデンテナーで良いワーグナーを聞かせてくれます。さらに素晴らしかったのはディートリヒ・ヘンシェルのヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ。端正で深みのあるバリトンは最高で、今日一番の喝采を浴びていました。ヴェーヌスは当初予定のナターシャ・ペトリンスキからヘドヴィッヒ・ファッスベンダーに代わりました。とてもセクシーなトップモデル風だったので最初はダンサーかと思っていたら本当のヴェーヌスとして美声で迫ってくる凄さでした。
演出はアンドレアス・ベスラーで、そのステージは現代風に読み替えられていました。冒頭のヴェーヌスの愛の世界は、大きなベッドが中央にあって、周囲は赤のカーテンで仕切られているセットでした。タンホイザーはギターとアタッシュケースを携える作曲家という設定で、ヴェーヌスとの愛の中、床に散らばった譜面のことが気になってしょうがない場面から始まるのでした。それにしてもヴェーヌスはモンロー風のヘアスタイルに決めて、その美貌に会場がどよめきました。途中、ヴェーヌスの分身のダンサーが沢山登場して、タンホイザーをベッドに組みふすとういう展開となります。場面は変わってヴァルトブルクの谷間は、美術館の中なのかタンホイザーの邸宅の中なのか、先ほどのベッドは白と赤のコーディネイトが外されて、黒のソファーに早変わり。羊飼いは美術館の清掃婦かまたは邸宅のメイドといった感じで、コミック風な演出となりました。なお2枚の巨大な絵画はひとつはヴァルトブルクの絵でした。第2幕は中央に白のピアノが置いてあり、あとは第1幕の娼婦の館を基本にして、白のシーツを被せただけのシンプルなセットで、ミンネゼンガー達はピアノの上に立って歌うのでした。第3幕は、第1幕のベッドと第2幕のピアノが同時に出てきて、ベッドもピアノも足が折れて、部屋全体が朽ち果てた感じでした。ともかく斬新で刺激的なステージで大いに盛り上がるオーケストラと歌手達が圧倒的なタンホイザーを聴かせてくれました。
ラング=レッシングの指揮に奮い立つオーケストラの雄弁さを聞かされると、はるばるナンシーに来て正解だったと思うばかり。街や劇場でも日本人の方にお会いしませんでしたが、こんな小さな街で、こんなに素晴らしいワーグナーに出会えるとは予想以上のことです。この新プロダクションを見る限りフランスのワーグナー上演はかなユニークで熱も入っています。なおトレレーフェンのサイトによると2005年までのスケジュールが発表されていますが、東京にて2003年のジークフリート、2004年の黄昏に出演するようです。
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