OSTERFESTSPIELE
SALZBURG 2002
Berliner Philharmonisches Orchester
Freitag, 29. Marz, Groses Festspielhaus 18.30 Uhr

SCHUMANN "Faust"
Szenen zu Goethes Tragodie

Gretchen/ Una Poenitentium Amanda Roocroft

Faust / Pater Seraphicus / Dr.Marianus Thomas Quasthoff
Mephisto / Boeser Geist Albert Dohmen
Marthe / Not Lisa Larsson
Ariel / Pater Ecstaticus Endrik Wottrich
Engel /Sorge / Magna Peccatrix Rachel Harnisch
Mangel / Muliner Samaritana Mater Gloriosa Lioba Braun
Shuld / Maria Aegyptiaca Elena Zhidkova
Pater Profundus Hans Tschammer
Tenorsolo Patrick Henckens
Chor Schwedischer Rundfunkchor
Eric Ericson Kammerchor
Toelzer Knabenchor
Dirigent Claudio Abbado

アバド&ベルリンフィルは1994年にシューマンのファウストをライブCDにしているが、これ聞き込めば聞き込む程、その素晴らしさの虜となってしまう。序曲における二つの主題の凝縮さとロマン漂う音楽。アバド&ベルリンフィルの透明で引き締まった響きは、ベートーヴェンの第5シンフォニーを思わせる緊密さと、ゲーテが描いた壮大なドラマを浮き彫りにして、臨場感豊かに語りかけてくれる。これを6年経った今、ライブで聴けるのは大きな歓びである。と同時に、驚異的な回復を見せているアバドは必ずや不死鳥の如くの名演を聞かせるに違いないと期待を抱かせる。それで今日のライブは正に唸る名演奏だった。キャストは当初予定されていたメンバーから変更などがあって、CDに比べるとキャストの一部に不満があったとしても、今の生気漲るアバドに掛かれば、全ては感動に導く名演だった。



序曲は、劇的なヴァイオリン上昇から第1主題の源を一挙に畳み込んでくるが、アバドの演奏では決して誇張はない。むしろ余裕に充ちた流れを作る。31小節目から明らかとなる第2主題も第1主題とコントラストするというよりも、この大きな流れに取り込まれているように感じる。そしてベルリンフィルの強力なアンサンブルが魅力的だ。そのバランス感覚は完璧。ニ長調のファンファーレで早くも今日の感動が約束された。

第1曲(Scene im Garten, Gretechen und Faust)、アバドの左にファウスト役のクヴァストホフが長椅子に座り、右手にグレートヒェンのロークロフト、それにメフィストのドーメンが並ぶ。他の歌手陣はオケ後方の合唱の前に。チェロから湧き上がる上昇音とともにクヴァストホフの端正な歌声にまず痺れてしまった。ロークロフトの歌も音楽の流れとリズムに弾みがあった。二人の見事な掛け合いから、45小節目でファストがJa, mein kind!と応える場面の伸びやかさは絶品だった。その素晴らしい感性は実に新鮮!

第2曲(Gretchen vor dem Bild der Mater dolorosa)、このシーンの特徴は第1曲、冒頭のチェロの上昇と相反するかのように、オーボエとクラリネットが下降音形を繰り返しながら、グレートヒェンの悲しみが心に染み入る点。アバドもタクトを激しく上から下に振り下ろし、時折、ヴィオラ・パートを鼓舞する。

第3曲(Scene im Dom)、アバドは第2曲から間髪を置かず、第3曲のタクトを振り下ろした。序曲の上昇と逆転した下降音形の圧倒的な威圧感が大波の如く押し寄せる。ドーメンの悪霊はグレートヒェンに対して厳しいものながらも、慈悲すら感じさせる深い味わいだ。そして多層的に繰り広げられる怒りの日の合唱。言葉を失うほどの壮絶な合唱だった。祝祭大劇場はまさにレクイエムが演じられているのではと思うほどだ。CDでは178小節目から連発するトランペットがややもすればヴェルディかと思うほど響くが、今日のライブではそのような誇張は無い。アバドの指揮はシューマンの多様性よりも、より普遍的なファウストを求めているかのような集中力が漲っている。そして彼の指揮は若く精力的だ。年齢を感じるというが、その指揮はますますパワフル。

第4曲(Ariel, Sonnenaufgang, Faust, Chor)、この情景はファウストの中でも特に感動的だ。CDと同じくヴォトリヒがアリエルを歌った。心が洗われる音楽に乗って、テルツ少年合唱も素晴らしい。CDでは140小節目からの高揚感はベルリーズを思わせるようなところがあるが、CDよりも誇張することなく、アバドは実に抑制を効かせた重層展開を見せる。これは219小節目からのアリエルのHorchet! 以降の高揚を逆に引き立てていて、ファウストの息吹をさらに劇的なものにしている。296小節のピアニッシモから弦パートのトレモロまで見事なエネルギー充満を感じさせてくれた。

第5曲(Mitternacht)、ここではアバド信頼の歌手達が魔女達を歌う。軽妙なアンサンブルとともにそのテンポはかなり早く、駆け抜けていく。そしてファウストの盲目と同時に希望に沸き立つ情景は感動の境地だった。ここはCDのターフェルが魅力的と感じるが、クヴァストホフもハンディキャップを感じさせなかった。

第6曲(Faust's Tod)、ついに感動の場面がやってきた。ドーメンはステージ前面ではなく、後方に移動してメフィストとしてテルツ少年合唱を率いる。アバドのタクトもオケと合唱を巧みに振り分けている。ファウストが死に至る場面、とりわけ Verweile doch, du bist so schoen!をピークに実に感動的だった。高まり行く高揚とともに、225小節目から5小節に渡るAugenblickでアバドがたっぷりとしたテンポを取って、クヴァストホフから留めも無く感動の言葉を引き出す。これは歌うというよりも、むしろ祈りの境地だった。これを頂点に第1部、第2部の感動の最高点が達せられた。ほぼ75分間は集中力によって身動きも出来なかった。

休憩を挟んで第3部となる第7曲では、ソリスト達の全てがオーケストラ後方に並び合唱とともに歌う。ファウストも変容して天に揚がって行くためには、合唱の中に昇華していく必要があって、このレイアウトがベストであることを随所に聞き取ることが出来た。

第7曲の第1番では、Ziemlich Langsamのテンポは確信に満ちているし、透明無垢の合唱は祝祭劇場の隅々まで敬虔な霊気を充満するように神秘的だ。第2番、法悦の神父はヴォトリヒの潤うようなテノールが染み入る。この時のソロ伴奏(チェロ)はゲオルグ・ファウストと並んだクアントが担当した。序曲の第2主題からの派生した流れるパッセージは聞くものを恍惚とした世界に誘う。第3番では、昨年12月のパルジファルにてティトゥレルを歌ったハンス・チャマーが瞑想の教父を歌った。語尾の子音を強く響かせすぎるのが余分だったが、少年合唱とともに荘厳な愛が語られる場面では彼の歌もまた心に響く。

そして第4番の合唱!序曲冒頭で提示された第1主題のモチーフのリズムがGerettetを歌わせる。こういったあたりにシューマンの主題の展開の見事さに感心するが、フォルティッシモからピアノへの抑揚を巧みに操るアバドの指揮と透明なオーケストラと合唱が力強く響き時、シューマンの良さは何倍にも感じられる。22小節目からのハーニッシュが歌う天使も一つの光明を照らすかのように明るい希望を与えてくれた。ファウストの変容によって救済された場面での音楽は、時にウェーバーの魔弾の射手のようだったり、Gerettetがミサのグローリアであるかのように感じていたが、こうしてライブに接してみると、アバドの強い求心力によって、全ての要素が普遍の歓びに統一されていくことを実感できる。

第5番では、4本の第1、第2ヴァイオリンに2本のヴィオラが美しい音楽を奏でる。安永、シュタブラヴァによる布陣も完璧なら、ヴィオラトップに座った清水さんのソロもアバドの信頼も厚く、美しい音楽が流れていく。ちなみにヴィオラの第4プルト目には今日のコントラプンクテで指揮をしたヘンドリック・シェーファーが弾いていた。そしてクヴァストホフのマリアヌス博士に続いて18小節目からのフルートとハープの調べの陶酔!何と言う素晴らしさなのだろう。まるでワーグナーのタンホイザーの場面を想起させるような感じだが、今日のライブはあくまでもシューマンによる普遍性に統一されていく。小生は、ここでさりげなく語られるJungfrauの言葉に止め処も無く感動した。



第5番からの余韻をそのままに引き継がれる第6番はもはや語るべき言葉が見つからないほどの感動に至る。特にリオバ・ブラウンのグロリア聖母で感動のクライマックスとなる。彼女は昨年のマンハイムにてクンドリーを歌っていたが、Komm! 以下の短いパッセージにおいて重要な役割を見事に果たしたと言えよう。続いてトランペットの輝きとともにマリアヌス博士の最後の祈り。バックに流れる第1ヴァイオリンの3連譜のさざなみが荘厳さを掻き立てる。第7番、2重フーガによるフィナーレでは壮大な受難曲から希望に満ちた開放感が漂う感じだった。ドーメンの個性的なバリトンもクリアーに浮き彫りにされていて、それでいて全体に溶け合っていく見事なハーモニー。第1、第2合唱の掛け合いの力感!ベルリンフィルの手応え一杯のアンサンブルが壮大なドラマを描くように、そして第1版のスコアとおりに静かに感動の世界を終えた。かなりの間を置いてから沸き起こる大喝采。病気を克服したアバドの生命力がこれほどまで強く語り掛けられ、希望を与えてくれる稀有のコンサートだった。ファウストにおける救済のテーマはこのままパルジファルに引き継がれるように、感動がこみ上げてくる。


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