08/07 ザルツブルク音楽祭『ボレアデ』
●JEAN-PHILIPPE RAMEAU
" LES BORE'ADES " Tragedie lyrique
Samstag, 7. August 1999, 19.0 Uhr, Kleines Festspielhaus

Dirigent : Sir Simon Rattle
Inszenierung : Ursel und Karl-Ernst Herrmann
Buehnenbild und Kostueme: Karl-Ernst Herrmann
Choreographie : Vivienne Newport
Dramaturgie : Micaela v. Marcard
Choreinstudierung : Simon Halsey

Alphise, Koenigin von Baktrien : Barbara Bonney
Amor in Gestalt von Semire : Heidi Grant Murphy
Abaris, Geliebter der Alphise : Charles Workman
Calisis, Sohn des Boree : Jeffrey Francis
Borilee, Sohn des Boree : Russell Braun
Boree, Gott der Nordwinde : David Wilson-Johnson
Apollon in Gestalt von Adamas : Lorenzo Regazzo
Monsieur Jean : Lutz Foerster

Orchestra of the Age of Enlightenment
European Voices
Continuo Cembalo : Emmanuelle Haiim
Continuo Cello : Richard Tunnicliffe
La Troupe Aimable Taenzer
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叙情的悲劇「ボレアデ」はラモー最晩年の作品。滅多に演奏されない演目だ。しかしラモーのバロック・オペラは実に良い作品が多く、もっと演奏されても良いのではと思う。今年はパリ・ガルニエでの「プラテー」が名演だったようにラトルの「ボレアデ」も大いに期待される。

ザルツブルク・マガジンでは " SIR SIMON GOES BAROQUE "というタイトルでラトルのインタビューが載っていたが、彼がボレアドに興味を持ったのは15年前のガーディナー指揮の演奏会形式を聞いたのが発端だとか。以来、クリスティなどにも指導を仰ぎ、バロック・オペラを演奏することが夢になったとのこと。それほどまでにラモーにこだわるのは、時代を超えた音楽のエッセンスが凝縮されていて、啓蒙時代オーケストラなどのオーセンティックなアンサンブルで演奏して初めてその真価を発揮できるためと言う。

ラモーのオペラはギリシャ神話を題材にしているものが多く、コミカルな面もあり取りつきやすい。ボレアデのストーリーもなかなか面白い。

●あらすじ

北風の神ボレアスは、雲上にてアテネの王の娘オリシアを誘拐し、二人の息子、ボリレアスとカリシスを生ませた。その後、二人の息子はバクトリアの女王アルフィーセに求愛する。アルフィーセは、伝統に従いボレアスの子から夫を選ばなければならない。しかし彼女は二人の息子達を拒絶し、見知らぬ人、アバリスに好意を寄せる。彼女の親友セミラはボレアスの怒りを買うと忠告するが、アルフィーセは、運命はアポロに委ねられていると言って、しつこい二人の求婚者から逃げる。

アバリスもアルフィーセが好きであり、アポロの司祭長アダマスに、彼女への愛を告白する。女王も、アポロが彼女の願いが叶うよう、司祭アダマスに懇願する。彼女は、「ボレアスが、彼女の宮殿や国を破壊するため、嵐を呼び起こす」という夢を見たと話す。アバリスは神の怒りを彼女から自分に向けさせる為、アルフィーセへの愛を宣言する。

アルフィーセの付き人達が、ボリレアスとカリシスとともに到着した。ボレアスがオリシアをかどわしている間に、愛の神エロスは光の炎とともに現れ、魔法の矢をアルフィーセに与える。彼女はアバリスを断念して幸福を失う気持ちにはなれない。アバリスのほうは彼女が求婚者に奪われるのではないかと恐れている。アダマスが女王に求愛者のうち 1 人を選ぶよう促すが、彼女は、愛するアバリスを選ぶため、王座を放棄すると宣言。ボレアスの怒りを回避するため、魔法の矢をアバリスに示す。人々はアルフィーセの選択に拍手かっさいする。

恥じをかいたボリレアスとカリシスは父に復讐を求める。嵐が吹き荒れ、旋風によってアルフィーセが連れ去れてしまった。おびえた人々は、ボレアスをなだめようとする、しかし、嵐は、荒れ狂う。アバリスは絶望の余り、彼女への愛を諦め、魔法の矢で自殺しようとする。アダマスは、アバリスに思い止めさせる。そして魔法の矢に秘密の力があり、きっと役立つことを教える。

アポロに懇願し、アバリスは西風の神によってボレアスの王国に運ばれる。そこにアルフィーセが捕らわれていた。ボレアスは、アルフィーセが彼の息子を拒否するならば、拷問だと脅す。しかし、彼女の意思は固い。激怒して、ボレアスは、頑固な女王に新たな責苦を命ずる。アバリスが到着する。アルフィーセは彼に逃げるように言うが、アバリスは魔法の矢で戦いを挑む。そしてアポロ自身が登場し、アバリスは彼の息子であることを表明する。ボレアスは諦め、アルフィーセとアバリスに祝福が与えられる。

●演奏と舞台

前回のバルトーリとのコンサートも驚異的だったことから、今日も期待で会場に入る。座席は平土間の最前列中央部。オーケストラピットの壁が取り外され、客席とオーケストラピットはほぼ同じフロアに居るという状態だ。私のちょうど目の前は独奏チェリストの位置で、その左にチェンバロと指揮台。ピットの壁が無いと、何となく落ち着かないが、そのままオペラに飛び込んで行きそうな臨場感がある。

さてラトルがエヴィアンのボトルを下げて登場。彼は拍手をしないようにというジェスチャーで、まず椅子に座り込み、客席の人とおしゃべりに興じている様子。実に親しみを持てる指揮者だ。いよいよ演奏が始まるが、最初から幕が上がっている。オーケストラの向う側に銀色に輝く筒状のバックステージがあり、これに取り囲まれた中央部は円形の舞台。上段には円筒に沿ってテラスがあり、さらに大きな窓が3つ。下段の部屋にも矩形の窓が3つあり、外の美しい景色が見えている。

ラトルのタクトと共に啓蒙時代オーケストラが古楽パワーを炸裂。実に軽快で痛快なテンポ、それに色彩感が見事だ。ラモー特有のトリルを長くひっぱるメロディが美しく演奏されて行く。この前のハイドンの素晴らしさが本物であるかのように、このラモーは並の演奏でないことをしょっぱなから感じさせてくれた。

さてドラマが展開して行くが、円形舞台の上部には窓から北風の神、アポロなどが下界を見守っており、下界はボレアスの子供たちとか、アルフィーセ、アバリスらが居る世界。この大きなセットは全幕通して同じであるが、場面場面で変幻自在な多彩さで目を楽しませてくれた。実は巨大な円形舞台はターンテーブルのように上下左右あらゆる角度に動く仕組みになっている。ボレアスが嵐を引き起こす場面で、突風とともにターンテーブルが大きく揺れ動き、ラモーの激しい嵐の音楽とともに地震のような天変地変を描写するのだ。円盤が傾くと同時に、群集は右へ左へと転がるような演出。これにラトル&啓蒙時代オケの猛烈な演奏が加わり、一大スペクタクルオペラの醍醐味を存分に聴かせてくれる。もうひとつは炎の場面。エロスの神の登場とともに炎が燃え上がる場面を本物の炎を円筒部屋の全ての窓に強烈な閃光とともに燃え上がらせたのは迫力があった。

舞台セットも奇抜だが、衣装デザインも奇抜で斬新。フランス・バロック王朝のデザインを抽象化しているものの、先端ファッション仕立ての美しさが印象的だ。特にボニーが演じるアルフィーセの衣装は素晴らしい。

レチタチーヴォに相当する箇所は通奏低音と美しい歌手たちの調べで、この時はラトルも椅子に座りエヴィアンで咽喉を潤しながら舞台を楽しんでいた。しかしなんと美しい音楽だろうか。これにオーケストラが加わった時の躍動感はなかなかのもの。ラモーの音楽には後世を予言するような先進性も感じられる。

歌手ではボニーが圧倒的に魅力的。聴くところによれば、8月1日の公演ではハプニングがあり、ボニーは演技だけを行い、実際の歌は舞台袖で代わりのソプラノが歌ったとか。今日はその心配もなく、ボニーの素晴らしすぎる歌を至近距離で目一杯聴けた。それにしてもボニーのアルフィーセは気品に満ち、威厳もあって美しさ100倍。やはりボニーの舞台姿は眩しい。それにアバリスを歌ったワークマンは正にアバリスにうってつけの容姿端麗であり、そのテノールも透明で役柄にぴったりだった。

アルフィーセに言い寄るボリレアスとカリシスはコミック調であり、ブラウンとフランシスの演技は執拗なほど役柄を描写。このふたりの多少下品とも感じられる求愛を面白い仕掛けで演出。マーフィが演じるセミラは大きな唇のブランコに乗って天から降りてくるが、彼女も何ともセクシーで、全体にセンスの良いお色気が漂っていた。ウルセルとカール・エルンスト・ヘルマンの夢のような衣装・舞台・演出にラトルの生命力ある演奏が加わり、稀に見る感動の連続。合唱はヨーロピアン・ヴォイシズで、歌も演技にも大活躍である。

前半を終了し、感動を抑えるべくカール・ベーム・ザールでシャンパンを。良いオペラの時のシャンパンほど美味しいものはない。感動を抑えるどころか、後半の更なる起爆剤となってしまった。前半を上回る勢いで、歌、合唱、音楽、舞台が完全なチームワークを組み、怒涛のラモーを演奏して行く。畳み掛けるようなフィナーレの圧倒で、会場は最大限の喝采となった。今日は「ボレアド」の最終公演で、絶え間無く続く拍手が延々と続いた。演出家も登場し、盛大なブラヴォー。ついにラトルが舞台の上からオーケストラに向いフィナーレの音楽を指揮。次ぎに客席に向っても手拍子の指揮を行い、これを交互に、そしてステージの歌手合唱も手拍子を繰り返しながら、まるでラモーをラデッキ−行進曲か、オペレッタの乗りの良さで大いに盛り上がった。まさに完全燃焼の「ボレアデ」となったのである。今日はこの興奮が収まりそうにも無い・・・